第27話 「5並びの日」
令和5年5月5日。
5が並ぶ日。
三浦半島の崖の上。
鬼束刑事はマル被(被疑者)を追って、ここまで来ていた。
その女はトクリュウグループの受け子だった。
17歳。
現役女子高生タレント。
令和ギャルを売りにして、一時はテレビのバラエティ番組にも出ていた。
ただ、このところはすっかり見なくなっている。
ギャルタレントは、忘れた頃にテレビ局がどこかから引っ張ってくる賑やかしの一発屋だ。
賞味期限切れ、という事だろう。
そして、犯罪に手を染めた。
この近くのビジネスホテルで一泊したようだ。
ネット予約。
すでに彼女のアカウントは、警視庁のデータベースに入力してあった。
ヒット。
朝からホテルのロビーで張り込んでいた。
その間、鬼束は思いを巡らせた。
哀れと言えば哀れだ。
昨今よく聞く承認欲求に踊らされて、アイドルだかギャルタレントになってマスコミに使い捨てにされる。
ネット世界を彷徨ううちに、金儲けの甘い罠に引っかかる。
そしていつの間にか、トクリュウ(匿名流動型犯罪)グループに加担してしまった。
(マル被は短絡的思考の持ち主だ。最悪のこともあり得るな)
案の定だった。
マル被は崖の上を歩いている。
恐らくは自殺という選択をしたのだろう。
気づかれないように尾行する。
警察の捜査は、原則二人一組だ。
だが今回の鬼束は、ある事情によって単独で動いている。
本来なら、ひとりが万が一に備えて救援の準備をする。
もうひとりが彼女を説得する、はずだ。
(くそ。スタスタ歩いていくな。ためらいはないのか?ここで引き留めるべきか?)
あっという間に崖っぷちに辿り着いた。
「おい。待て!考え直せ!」
風がビュービュー吹いている。
声がかき消されたようだ。
女は気づきもせず、崖下を覗き込む。
(いかん!)
走り出した。
背後から抱え込もうとした。
女の体が宙に浮いた。
(え?)
あわや、のところで鬼束が踏みとどまる。
ところが。
強風が背中を押したのかもしれない。
鬼束の体もまた、宙に浮いたのだった。
(鬼束…刑事さんだったの?あーし、マークされてたんだ)
「ここまでで、何か言いたいことはあるか?」
見合いの席が今や取調室のようだ。
「やまとなでしこ」
「……ひいい!やめて~。その呼び方」
耳を塞ぎたくなる黒歴史。
鬼束がナプキンを一枚取る。
「大和」
ペンで書き込む。
「撫子。まさか、こんな名前がホントに存在するとはな。やまと、なでしこ」
「大和撫子」と書いたナプキンをひらひら揺らす。
「きっと、子供の頃からかわれただろうな?」
「からかわれたのは中学に入ってから。それまでは『伊藤撫子』だったから、キラキラネーム的にしか思われてなかった。でもクズ男が不倫してママちんを捨てたから、旧姓に戻って……」
「……つくづく、哀れだな」
「うるさい!」
アイドル時代の芸名は「なでっち」だった。
しばらく伊藤で通していたがネットでバラされ、それも誹謗中傷のネタにされた。
だから、戸籍上のこの名前は嫌いだ。
「話を戻す。あのとき俺は一瞬、きみに手を引っ張られた、道連れにされた、と思ったんだが……」
「冗談じゃない。あんたが尾けてたことも知らなかったんだから」
「……そうか」
「あーしはあのとき、誰かに背中を押された、って思った。あんたじゃないの?実はあんたが、あーしを殺したんじゃないの!?」
凛音(撫子)が興奮して、テーブルを叩く。
星児(鬼束)がふっと息を吐く。
「やはり、短絡的だ。刑事の職を捨ててまで、マル被を殺してもなんの得もはない。それに、現に俺も死んでいるんだ。得どころか大損だ。だがまあ、お互いに相手のせいだと思うものかもしれんな」
(さっきまで抱き合っていたふたりが、何を言い争ってるの?)
霧子が望遠鏡をのぞきながら不審がる。
帝都新聞編集部の部室からは、カフェ清流が見下ろせる。
霧子がみんなを引き連れてあっさりと店を出たのは、最初からここで見物するためだった。
すぐそばで、みつえと栄子の即興芝居が始まる。
「旦那さま。どうして今まで迎えに来てくださらなかったの?」
「いや。すまない。実は仕事のことでいろいろあって……」
「嘘おっしゃい。きっと、ほかの女のところにでも行ってたんですわ!」
「凛音。何をバカなことを言ってるんだ。ぼくが愛しているのは、きみだけだよ」
「……って、きっとこんな痴話ゲンカが始まってるのでは?」
「でも、ご安心。最後は私たちの期待通り、誤解が解けてふたりは熱い接吻を交わすのよ…なあんて、きゃははは」
女中たちがのんきに楽しんでいる。
「俺は逮捕をしたかったわけじゃない。きみに自首させたかったんだ。未成年が仮に詐欺行為を犯したとしても、自首すれば執行猶予になる可能性が高いからな」
「名前も出ないの?」
「17歳学生、としか出ない」
(だったら、ママちんにも顔向けできた。じゃあやっぱ、あーしはタンラクテキだったの?)
つづく




