第25話 「赤い、糸と血」
胸がドキドキしてきた。
鼓動がうるさい。
あのときと同じだ。
駆け出す。
コントロールが利かない。
カフェの扉を開けて、表に飛び出した。
(ああ。やっぱ、強制退場、幽体離脱かあ)
令和ギャルの魂が、凛音の肉体から離脱する。
(どうせもう帰っているんだろうが、詫びだけは言伝てておくか)
星児が馬を降りる。
近づいて来る影がある。
「旦那さま!」
懐かしい声だ。
一月前の婚礼の席で聞いて以来だ。
あのときも、この娘は「旦那さま」と叫んでいた。
そして、意識を失った。
死の淵を彷徨った。
だから今日は、別れを告げなければならない。
だから今日は……。
「凛音!」
コントロールが利かない。
「「会いたかった!」」
双子姉妹のようなユニゾン。
シンクローム。
星児が、小さく細い体を抱きしめた。
「ヒュ~。ヒューヒュー」
などと、令和だったら口笛が飛び交ったろう。
だが店内にいる大正の人々は、黙り込んでいる。
ただただ、その光景に見入っている。
(おとぎ話みたいですだ。まるで本物の姫さまですだ)
(天童組二代目が、あんなにロマンティストだとは…絵になるふたりですわ)
(永遠のライヴァル、清流院凛音。わたくしも、あなたの背中を追いますわよ)
それぞれの胸に迫るものがある。
雅がハンカチを取り出す。
(やっぱりあのふたりは、赤い糸で結ばれていたのですね。お兄様。侑李さん。おふたりの願いが、その糸を紡いだのですね?)
雅が天を仰ぐ。
対照的に江田島は顔を伏せる。
(若。それでいいんですかい?それで……)
俯瞰の眼。
(うう。あるんだねえ、真のロマンスって……て、泣いてる場合か?これって、愛のチカラってやつだよね?あの愛のチカラに、あーしは太刀打ちできるのか?もう、あの体には戻れないんじゃないか?)
ふっと湧き上がる仮説。
令和という時代に、命を粗末にするひとりのバカギャルがいた。
大正時代に、薄幸の美少女が志半ばで命を落とした。
その美しき純愛は、そこで途絶えた。
神様は考える。
もったいなくね?
あ。こいつの命、ちょっとの間美少女に貸しとく?
そして今。
よかったよかった。
わし、感動した。
じゃ、こっから先はこの線で。
ギャルの命?
ま、それはいいじゃん。
(かくてバカギャルの魂は、大正の時空を永遠に彷徨うのであった……的な?)
自業自得じゃね?
せっかく与えた命、あんた海に捨ててんだし。
(わ~ん。ようやくここで、カフェ清流で目標を、生きる希望を見つけたのにい。神様。どうか、考え直しておくんなまし。なまなまし~)
あ。そーゆーふざけたとこ、イヤかも。
(ごめんて!)
「旦那さまのぬくもり……ずっと、このままでいたい」
愛しいひとの体温、顔、声、におい……。
鉄の香り。
星児にしがみつくその指に、赤い色が移る。
血。
それは、先ほど着流しの男を鞭打ったときに飛び散った他人の血。
だが……。
「いや!」
愛しい人を押し返す。
「どうした?凛音」
震えが止まらない。
祝言の最中に植え付けられたトラウマ。
あのひとが死んでしまう、という恐怖。
「いや…いや…」
リベンジ葬式のときもそうだった。
あのときは、憲兵を脅すために星児が上原の喉を軽く切ってみせた。
その少量の返り血が、やはり白いスーツに付いていた。
発作が始まった。
「いかないで……いかないで……いか、ない、で…」
あのときも呟いた。
逝かないで、と。
「凛音!」
「いやあああああああ」
この日は、星児の腕の中で失神した。
(まただ。出てすぐ戻るって、小学生の家出かよ)
神様にイヤがられそうなので、下ネタは封印した。
今回も令和ギャルの魂が、凛音の肉体に吸い込まれていく。
薄目を開ける。
イケメンが自分を抱いたまま見つめている。
(ふわああ。こっちの方が気絶しそう)
「凛音。おい。しっかりしろ!」
星児が凛音の体を、両手で抱え上げる。
(おわ!こ、これ、お姫様抱っこじゃね?)
カフェ清流に向かって走って行く。
「おい。店は開いてるか?」
扉が開くと同時に、女たちがあふれ出てくる。
「ひい様。どうしただ?」
「お嬢様!」
わらわらと二人を囲む。
店内に運び込む。
「頼む。少し休ませてくれ」
双子姉妹が椅子二脚を並べる。
星児がその上に凛音を寝かせる。
「また、心臓発作?あのときと同じですね」
「あのとき、とはなんの話だ?」
「あなたの葬式のときです。一部始終を見させてもらいました」
「いたのか?凛音が……」
霧子が、凛音の胸に耳を当てる。
「…いや。発作ではないようだ。少し動悸が早いが、落ち着いてきている」
安堵のため息があちこちから漏れる。
ただ、大勢に見守られている凛音はいたたまれない。
とっくに意識はあるのに、きっかけがつかめない。
(まいった。これ、どうやって目覚めりゃいいんだ?「おっはよ!」って起きたらコントだよね?)
「でも、どうしましょう?日曜でお医者様はいらっしゃらないし、どうすればリンちゃんは目を覚ますのかしら?」
天然の片割れが、フリのようなことを言う。
(コントなら、必ずあれ言うやつがいる。言うなよ。絶対に、言うなよ!)
「接吻ですわ」
(言いやがったあ。さすが、エロマンス系ド天然)
「王子様が姫に接吻するしか、方法はありませんことよ」
権俵よしこに見つめられて、星児は蛇に睨まれた蛙の表情になった。
つづく




