第24話 「成敗してくれるわ」
「お、できた。青短、6文。お嬢ちゃん、筋がいいね」
「あら。ブタさんとキリンさんですわ。これは役になりまして?」
「猪、鹿ですね。蝶が来たら6文でやんす」
「コイ、コイ!」
江田島が場つなぎに、みんなに花札を教えている。
女の子たちは思いのほか白熱している。
(お嬢様の縁談が心配、って話はどこ行った?ふわあ)
ひとり凛音だけが、頬杖をついてあくびをしている。
(もう、3時か。令和だったら、とっくにドタキャンってことで集中砲火だけど……)
大正の人々は待つことも楽しめるようだ。
(おかしなもんで、こんだけ待たされると逆に意地でも会いたくなってきたよ)
「うぐぐ。一体何が起きやがった?」
着流しの男が、車から這い出てきた。
「黑鹿毛に興奮剤を打ったのは、おめえらだな?」
仰ぎ見たのは、馬で追いかけてきた白スーツ。
「だ、誰なんだよ。おめえは?」
「この渡世の調教師だ。これからおめえに馬の痛みを教えてやる」
立ち上がろうとする着流しの肩を、星児が鞭で打つ。
「うう!」
「立つな。おめえは馬なんだからよ」
「あ、兄貴」
背後で、ハンチング帽らしき声がする。
「おめえはあとでじっくり調教してやる。よく見とけ」
めった打ちだった。
着流しが悲鳴を上げる。
「ひい!うがあ!」
「いてえだろ?競走馬はよ、この痛みに耐えながら全力で走らされるんだぜ。健気な生き物だ。それをてめえの欲のためにいじくり回しやがって。くそが!」
「……すいやせん。もう。もう、勘弁してくだせえ…」
顔、肩、背中が出血してきている。
星児自身、少し興奮してきた。
自分のスーツに、血が飛び散っていることにも気づかない。
鞭が止まらない。
「おい、兄さん。もう、そのへんにしてやってくれねえか」
「ああ?」
振り返ると、法被を着た小柄な男がいた。
襟には「坂崎組」と書かれている。
男の背後には、刀を構えた男たちが数人。
その奥には、坂崎組の看板が見える。
(ち。組事務所まで来ちまってたか)
「俺は坂崎亮介。大吉一家の傘に入れさせてもらっている、坂崎組の組長だ」
「そうかい。俺は、天童組の…」
「知ってる。名古屋の田舎ヤクザをマイトで吹っ飛ばした派手男だろ?一目でわかるぜ。ホントにふだんから白スーツ着てんだな。はは」
「……」
「そいつは阿呆だが、ウチの組のモンだ。何をしたか知らねえが、預からせてもらう」
なかなかの貫禄だ。
朔月会の会長が下に見える。
坂崎の手下たちが、着流しとハンチング帽を抱えて連れて行く。
「不満なら、ここで話をつけてもいいが。どうする?」
坂崎が懐に手をやる。
極道の中には、短刀を太刀以上に遣いこなす者がいる。
直感だ。
この男は手練れだ。
しばらくの睨み合い。
(傘下にこんな奴がいるのか?やはり大吉一家は、猛者の集まりだな)
俺は今日、サーベルも刀も持ってない。
それに……。
「あいにく、このあと野暮用があるんだ。残念だが、またにするぜ」
「…そうか。俺も残念だ」
お互いの緊張が緩む。
「頼みがある。あそこにいる小僧を医者に診せてやってくれ。それと黑鹿毛の馬も、できれば助けてやってほしい」
「なに?子どもと馬を助けるためだったのか?馬鹿野郎。それを先に言え。おい」
手下たちが六平の縄を解いてやる。
「オーナー!」
駆け寄ってくる。
「キッド。体は大丈夫か?」
「オイラは別にどうってことなかったけどよ。ごめんよ。オイラが下手打ったばっかりに」
足が震えている。
本当は怖かったのかもしれない。
抱きしめてやる。
「先走ったのはよくねえが、馬のために体を張ったんだ。立派なもんだ」
「ホントかい?」
「ああ。おめえの代わりに悪党は成敗してやった。あとは、あのちっちゃいあんちゃんの言うとおりにしろ。悪いようにはしねえはずだ」
「ちっちゃい、は余計だぞ。でくの棒」
お互いにやりと笑って、同時に踵を返す。
数秒の睨み合いで、どこか通じ合った気がした。
スカイキッドに跨る。
築地から新橋まではそう遠くはない。
このまま行って、馬にごほうびの餌でもやろう。
確か、食べ物も出すカフェだと聞いている。
「スカイ。もう少しだけ俺に付き合ってくれ。今度は急がなくていいからよ」
馬はヒヒンと嘶いた。
5時を回っていた。
夕暮れ時だ。
(ない!これはもう、ない。トイレ行こ)
凛音が立ち上がる。
「あら。お花を摘むの?ちょっと待ってて」
コイコイ大会はまだ続いている。
一番勝っている雅が中座して、着付け直しのために凛音に同行する。
なぜかゆきもついてきて、凛音の袖を引っ張る。
「ゆきも行きたいの?んじゃ、一緒に…」
「ひ、ひ、ひい様。あ、あ、あ、あれ!」
「はい?」
窓の外。
斜陽だ。
大正の街並みが、ヨーロッパの城下町のように金色の光を放つ。
夕日を背に、馬に乗った男がこちらに向かっている。
逆光にあおられてなお、その白い衣装と芦毛の馬体がキラキラ輝いている。
夢のような光景に、目が釘付けになる。
(白馬に乗った……王子様?)
つづく




