第18話 「悪役令嬢」
ぎくり。
学校の関係者かもしれない。
怒られる。
「あなた、清流院伯爵家の令嬢・清流院凛音さんではなくて?」
(いかにも、それがしが…でいいんだっけ?)
返す言葉が見つからないまま振り返ると、女学生だった。
着物姿に縦ロール髪。
ネックレスとイヤリング。
腕組みをして、こちらを睨んでいる。
(まあ。絵に描いたような、悪役令嬢ちゃん)
「何をキョトンとなさっているの?私の顔に見覚えはなくて?」
どうやら、在学中の知り合いのようだ。
(ここも、記憶喪失で乗り切るか)
「忘れた、などとは言わせませんわよ」
(あ、ダメなんだ)
「なぜならわたくしは、あなたの永遠のライヴァル……」
(らいぶぁる、て)
「権俵伯爵の一人娘……」
(ご、ごんだわら?その苗字で華族になれんの?)
「誠心女学園のクイーン……いえ、乙女だから…プリンセス?」
(決めてから言えよ)
「プリンセス……権俵……よしこ!」
(よしこ…庶民くさ!あと、いちいちタメ、長!)
「おーほっほ…ごほ、ごほ」
(そら、むせるわな)
「こほん…あなた、お輿入れが決まってこの女学園を退学なさったはずですわね。そんな方が、そのような召使いのいでたちで一体何をなさっているのかしら?」
(召使い?ああ、メイド服着てるからか)
よしこがビラを一枚奪い取る。
「カフェ清流?まさか権俵家のライヴァル清流院家が、カフェなどという下々のお店の経営を?そしてその娘が従業員を?もしかして、あなた……」
魔女の笑顔で凛音を覗き込む。
「落ちぶれ…没落なさったのではなくって?おーほっ…ごほごほ」
(喉弱いのかな?)
スカイキッドは全く走らなかった。
ゴール板を切る頃には、先頭から10馬身以上離されていた。
さらにはびっこを引いている。
観客のひとりが言う。
「5番はもうダメだな。脚折っちまった。殺処分だろう」
星児はその言葉が気になって、レース終了後の馬たちが溜まる広場に向かった。
スカイキッドは相変わらずびっこを引いている。
(ん?なんだ、あの小僧は?)
少し離れた場所から、ボロボロの服を着た少年が心配そうに見ている。
「おい。こいつの調教師はどこだ?」
「はい。私です。なんですか?旦那」
「こいつは殺処分されるのか?」
「まあ。ここまで4戦全敗、ビリッケツですからね。馬主さんも匙を投げてましたし」
「なんとかならないのか?」
「競走馬ってなあ、生かすだけで金がかかるんですよ。やむを得んでしょうね」
さっきの少年が、調教師にしがみつく。
「待ってください。こいつはちゃんと走ります。オイラがついていれば」
「あ、てめえ。まだいやがったのか」
「こいつは?」
「狭山の馬牧場の小僧ですよ。自分が育てた馬なんだから厩務員にしてくれ、ってうるさくて」
「スカイは骨折なんかしてねえ。蹄鉄が足に合わないだけなんだ。オイラが打ったのを使えば、ちゃんと走るんだってば!」
懐から手製の蹄鉄を取り出す。
「スカイ。おいで」
芦毛が少年のところに歩み寄る。
「痛かったろ?すぐ、とっ替えってやっからな」
釘抜で手際よく蹄鉄を外す。
手製のものと取り替えて、釘を打つ。
「スカイは他の馬よりつま先が尖ってて、走るたんびに爪が痛むんだ。だからオイラの蹄鉄は、先っぽを分厚くしてあるのさ。ほら。歩いてみな」
スカイキッドがおっかなびっくり歩き始める。
数歩で感じをつかんだのか、足取り軽く小走りを始めた。
(へえ。この馬を知り尽くしているってわけか)
星児は、この小僧にも興味が沸く。
「おい、小僧。名前は?」
「…山村、六平だ。あんたは、誰だよ?」
「俺は天童星児だ。おめえ、家に帰らなくていいのか?こっちに身寄りあんのか?」
「オイラは6人兄弟の末っ子なんだ。東京にもどこにも居場所なんかねえよ」
「そうか。だがガキひとりがここで暮らすにゃ、ヤクザにでもなるしかねえぞ」
「冗談じゃねえ。ヤクザになるくらいなら、死んだほうがましだ!」
「……だな。じゃあ、スカイキッド専用の厩務員として俺が雇ってやる、としたらどうだ?」
「それこそ、冗談だろ?」
「おい。芦毛を譲ってくれ。馬主には俺が話をつける」
調教師があわてて馬主を捜しに行く。
「おまえらも、それでいいか?」
星児の言葉に少年が頷き、スカイキッドがひひんと嘶いた。
「清流院凛音。逃げるの?お待ちなさい。お待ちあそべ」
(待ってる暇も、あそんでる暇もないのよ)
ビラを配り終えて店に戻る凛音と小梅の後を、よしこが尾けてきている。
「ひい様。まだついてきますだ」
「放っとこ。悪い人ではなさそうだし。華族ならではのド天然っていうビョーキなだけで」
「それは、キオクソー・シチューよりひどい病気だか?」
「不治の病よ。ただいま……ん?」
店内が静まり返っている。
「きみらにカフェーを営む資格はない。即刻、看板を下ろしたまえ」
(むむ?)
つづく




