第11話 「膝よりすっぴんのが恥ずくね?」
デザインして久美に作らせた制服を、凛音自身が試着してみんなに披露した。
白と黒を基調にして、エプロン以外にもフリルをあしらっている。
典型的なメイド喫茶の制服だ。
「却下。論外ですよ。お嬢様」
「ええ?可愛いじゃん。何が悪いの?」
「脚!脚が見えてますだ」
両目を覆いながら小梅が指摘する。
スカートの丈が短く、膝や太腿の一部が丸見えだ。
「見えてんじゃなくて見せてんの」
「ひい様。下は何を履いているんですだ?」
「ああ。サルマタ(猿股)?とかいうのに切り込み入れた、お手製パンツだよ」
「ぱんつ?」
この時代、女性用の三角パンツは存在しなかった。
登場するのは太平洋戦争後のことだ。
洋装していても着物用の腰巻を履いて、めくれないように内股でそろりと歩くのが一般的だった。
「女が腰巻も巻かずに膝を見せるなんて、娼婦が客を誘うときぐらいです。こんなものをカフェの中で着てたら、官憲が取り締まりに来ますよ」
(イミフだわ。てか、膝よりすっぴんのが恥ずくね?)
価値観が大きく違う。
他の女中たちも顔を赤らめて、こんなの絶対着ないぞオーラを出している。
双子姉妹に至っては、怯えた目で凛音に哀願している。
制服は膝下丈のメイド服で落ち着いた。
「なんか物足りないなあ。ねえ。胸をバッと開けて、上乳とか見せてみる?」
「そんな、破廉恥な!」
「いいじゃん。減るもんじゃなし」
「助平じじいみたいなこと、言うんじゃありません!」
霧子に頭をはたかれ、これも却下。
次は献立。
「珈琲はもちろん用意するとして、軽い食事くらい出したいよね。スープ、サラダ、サンドイッチ……」
(すー?さら?さんどど?ひい様得意のぎゃる弁だべか?)
だが洋食担当のみつえが頷きながらメモを取っているので、そういう洋食なのだろう。
「でも店長としては、オムライスを店の看板メニューにしたいのよね。私にだって作れるし。みつえちゃん、できるよね?」
「オムライス?何ですか、それは?」
「え?それもないの?ほら。ご飯を卵焼きで包んだ…」
「……ああ。ライスオムレットのことですね。炒めた白米に卵焼きをのせるだけの料理ですけど」
「白米?いや。ケチャップかけないと、味しないじゃん」
「……ケチョップですか?でも、ケチョップはなかなか手に入らないですよ」
アメリカのトマトケチャップ自体は「ケチョップ」として明治時代から輸入されていたが、日本では需要が少なく一般には流通していなかった。
ケチャップを使ったオムライスの原型が登場するのも、もう少し先の1925年(大正14年)のことである。
(え?それじゃあ、ハートマーク描いて『萌え萌えキュン』ができないじゃん)
自分の中のメイドカフェ像が次々と崩壊していく。
「ケチョップはわたくしが用意するわ。宅は商事会社も持っているから、アメリカから取り寄せてもらいましょう」
「あ、それと叔母様…」
「社長」
「社長。店内に音楽を流したいんですが」
「蓄音機ね。うちにあるから、運ばせるわ」
社長が財閥夫人だと話がトントン進む。
「あら。今日はカフェの内装業者が来る日ね。リンちゃん、一緒に店舗を見に行きましょう。店長として、いろいろ注文もあるでしょうから」
「あ。んだば、わだすらも…」
「いいえ。社長と店長だけで十分よ」
目で制された。
どうやら、ふたりだけで話したいことがあるようだ。
店舗に向かう自家用車の中で、話は始まった。
「リンちゃん。天童星児さんとの縁談のことなのだけれど」
(そらきた)
「あの縁談は、亡くなったお兄様と親友の天童侑李さんとの希望でした。そしてわたくしも、リンちゃんと星児さんが夫婦になることを望んでいました」
「はい。聞いてます」
「でもあんなことがあっては、あなたが心変わりするのも無理はないと思います」
祝言での襲撃事件のことだ。
だがそれは転生前のことで、今の凛音にはなんの実感もない。
それよりも……。
(心が変わった、って言うより人が変わっちゃったんだよね)
だがこの時代の人に転生の話をしても、頭が変になったとしか思われないだろう。
ここまで親身になってくれる叔母に説明するのは、いろんな意味で心苦しい。
「そのう。星児さんとの思い出がないんですよね。お相手のことがわからないまま結婚するのは、失礼になるような気がして…」
「記憶喪失が一番の壁、ってことかしら?」
「…ああ、はい」
だが、記憶が戻ることはない。
「でしたら、また一から思い出を作っていって、その上で結婚するかどうか判断すればよろしいんじゃなくて?」
「……」
「名案ですわ。改めて、あなたと星児さんのお見合いをしましょう!」
(え?えええ?)
今日の星児は、剣道の練習中だ。
また、若頭が報告に来る。
「若…いや、親分。清流院家から連絡がありました」
「また、あの麗華が何か企んでいるのか?放っとけと言ったろう」
構わず打ち込み練習を続ける。
「いえ。それが、四菱財閥の奥方でもある雅さんからです。凛音さんともう一度見合いをしてほしい、と」
面打ちを大きく外した。
「……見合いだと?おい。縁談は白紙になったんじゃなかったのか?」
「それが、若には黙ってたんですが、お嬢は記憶喪失のようで…」
「記憶喪失?」
「あ。記憶喪失というのは、これまでのことが思い出せなくなる……ほら。こないだ若が撃たれた時もしばらくなっていた、あれです」
「いや、俺はもう治ったがな。それで?」
「記憶を戻すためにも、改めて結婚について話し合いたい、と」
「……そうか」
「若。なんかすごい汗ですぜ。稽古はそのへんにした方が…」
「う、うん。少し考えさせてほしい、と返事しておいてくれ」
「わかりやした」
「……はああ」
海よりも深いため息だった。
つづく
「実は俺は、女が苦手なんだよ」
「え?じゃあ、お、男が……?」
「江田島。後ずさりすんじゃねえよ!」




