第4話 幽閉された宝箱
セシル視点――。
「ここが別館ね」
ランクル邸、別館。
セシルは目的を果たすため、新たな駒を手に入れに来た。
モードレッド家の財力と貴族の情報網を使い、貴族の家の情報や王国の構造の情報などを手に入れてわかった事、そのうちの一つがロイズ家の秘密だ。
ロイズ家には代々、巫女と呼ばれる特異体質の人間が生まれる。今回ここへ来たのはその巫女の確保のためだ。別館の前に立ち、魔法で鍵を開ける。
「解除魔法・時間解錠。お邪魔するわ」
よっぽど隠しておきたいのか別館は廃墟の様にも見え、守り人一人いない。
警備がざるとはこのことを言う。
「光魔法・蛍の光」
魔法で球体の光源を作り、薄暗くしてから中へ侵入する。
別館の中は古く廃坑しており、城砦をなしているレンガの石畳が今にも崩れそうなほど風通しが良い。見た目に反せず中身もボロボロだ。
どんどん中へ進んで行くが今のところ部屋に扉はなく、かつて住んでいた痕跡が少し見られるくらいで全体的にがらんとしている。
「一階はなにもありませんわね」
一階を全て見回ったが特になにもなく、虫とネズミが所々出没する程度だ。
「それじゃあ二階ですわね。構造的に三階になりますけど、一応全て見回りますわ」
続く二階。
二階も一階同様、特に目ぼしい物は何もなかったが一階とは違い人の足跡があった。
(足跡があると言うことは窓か、魔法で入っているということですわね)
別館は普段は使用されておらず、誰にも立ち寄らせていないのだろう。でなければ二階から足跡があるのは不自然だ。そのことはおそらく、ここに出入りしているもの以外は知らない。
続く三階。
部屋を全て回るが何もない。
「おかしいですわね……」
情報が確かなら巫女はこの回に居るはずだ。
過去の文献や古い貴族の情報から巫女が居るのは確実、そして巫女の情報がここ数百年出ていないにも関わらずロイズ家の商売は上手くいっている。これは巫女の情報を外界と断ち切るための手段だ、そして今回のランクル伯爵が事件に関わった原因もこれに関係している。
「もう一度、探しますわ」
三階をもう一周回る、すると一つだけ違和感を感じた。
「三階の部屋だけ狭い気がしますわね」
別館を全て回ったセシルが気になったのは部屋の奥ゆかしさだ。
三階も部屋の数だけみれば一階や二階と遜色ないが、内部構造だけは全て違う。別館全ての部屋の構造は違えど、建物の大きさは全て同じだ。
(なにか、なにかがおかしい気がしますわ)
一度、別館を頭の中で組み立ててみる。一階や二階の部屋の数や大きさ、そして気になっている三階の部屋を構築していく。
すると三階のとある一室、その部屋だけ構造上狭くなっている事に気が付き走り出す。
「この部屋ですわね」
中へ入ると廃墟同然の部屋にボロボロの本棚がおいてあり、色んな足跡がある中で不自然に途切れている部分がある。
セシルはそっと本棚に手を伸ばすとスッと腕が通り抜け、反対側の空間へと抜ける。
「ここが隠し部屋になっているんですわね」
そのまま本棚を抜けると狭い階段が屋根裏へと続いており、上がっていく。
屋根裏部屋。
階段を上っていくとシクシクとすすり泣く少女の声が聞こえてくる。
その声は感情を押し殺しているように聞こえ、一定の間隔を空けて泣いている。
階段を上り切ると一人の少女が一畳ほどの狭い檻の中でうずくまる様に泣いていた。その肌は白く透き通っており、髪は悲しみを表現するかのように青く、
「はじめまして貴女がロイズ家の巫女でして?」
「……お姉さん、誰」
涙をこらえセシルを睨みつける、少女の目には全てが憎く写っているのだろう。だが、少女の思いとは裏腹に背中から生えている大きな鉱石は宝石のように輝き、魔法の様な魅力で引き寄せられる。魔性の宝石だ。
「初めまして。わたくしはモードレッド伯爵が娘、セシル・モードレット子爵です。貴女のお名前は?」
「……いわない」
怖がらせないように優しく声を掛けたつもりだが、警戒を解く気はないらしい。
「そう、じゃあ早速で悪いけど貴女に二つの選択肢を上げるわ。まず一つ目、わたくしの仲間になりなさい」
「……え」
鳩が豆鉄砲をくらったかのような反応を見せる少女にセシルは続ける。
「それが無理なら二つ目、ここで死になさい。もうじきロイズ家は王女暗殺未遂の件で没落する。それだけじゃないわ、王族に刃を向けたことで一族もろとも悲惨な目に合うわ」
「え、え……」
「選びなさい。このわたくしに忠誠を誓って従順なる下僕として働くか、ここで死ぬか」
「…………」
時間がないセシルは少し焦りながらも選択肢を与えるが、相手は齢一桁の少女、当然理解できるはずもなく少女は訳も分からず泣いてしまう。
「やだ…………やだよ……もう、削られるのも痛いのも……わたし、もっと普通に生きたかった…………」
少女の頭の中には選択肢ではなく、自身に降りかかった今までのできごとと望んでいた生き方だけだ。
生まれた時から周りの兄弟とは違い、大きな結晶が背中にできていた少女はその誕生を喜ばれた。子としてではなく財として、少女が物心を着くころ父親であるランクル伯爵は別館に幽閉した。
初めは助けや希望を望んでいた少女も気が付けばすべてを諦め、毎日憎しみだけが募っていった。そして今日、知らない女性からまた同じ生活をするか死ぬかを選ばされ、少女の心は限界に達していた。
「もう、……やだよ……」
その姿を見たセシルは昔の自分と少女を重ね合わせ、自身の言葉選びが最悪だったことに気が付く。
膝をかがんでしゃがみこみ、解除魔法を使い檻を開ける。
「解除魔法・時間解錠」
「……やだ、……こないで…………」
「貴女、夢はある?」
「…………ある……けど」
先程までの生き生きとした声量とは違い、落ち着いた声で話すセシルに少女は涙を流しながらも警戒し答える。
「そう、もしその夢をお姉さんが叶えてあげるって言ったら信じてくれる?」
「…………やだ」
「どうして?」
「……ぱぱみたいに…………わたしを……使うんでしょ……」
「そうね、使うわ」
セシルの答えに少女は絶望する。再び恐怖が襲い掛かろうとしたときセシルが口を開く。
「でも、わたくしは貴女の父上のように悲しませたりはしないわ。絶対に」
「……嘘だ」
「本当よ、家の名前だって使っていいわ。それでも信用できない?」
「……やだ」
少女は人を信用できなくなっていた。一番の身内である父親から別館に幽閉されてから数年、少女は信頼と言う物がなんなのかわからなくなっていた。
「……そうね、いきなり言われてもわからないものね」
「…………」
「でも、これだけは信じてほしいわ。わたくしなら貴女をここから自由にできる。そして貴女が言っていた普通の生き方も叶えてみせるわ」
「…………本当?」
「ええ、本当よ。少なくとも貴女をここで死なせわしないわ」
その言葉を聞いた少女は顔を隠し涙を流す。このままずっとここで死ぬものだと思っていた少女にとってその言葉は強烈だった。
何度助けを求めても変わらなかった現実が目の前の令嬢によって解放されたのだ。
「わたし、本当はもっと、お父様と、皆とあそ、びたかった!もっともっと、普通に、生きて、あそびたかった!」
心を取り戻した少女の激情は痛ましかった。ものごころがつく少し前の記憶、そのころの楽しかった記憶がずっと忘れられなかったのだ。
セシルは檻の中へ入り、少女を抱きかかえる。
「そうね、ここを出たらいっぱい遊びましょう」
「うん……」
少女はお気に入りの服を涙と鼻水で汚すがセシルはそんな事は気にせず、ただ優しく抱きしめてあげる。
少し泣き止んだ頃、セシルは改めて少女の名前を聞く。
「貴女の名前は」
「わたし、マーガレットって言います。マーガレット・ロイズです」
「よろしくね、マーガレット」
セシルが微笑むと少女、もといマーガレットは初めて笑顔を見せる。