第七話 話したくても話せない
今回は少しシリアスです。
場面緘黙症(+緘動)が裏テーマになってるため、その症状の一例を書いてます。
少しずつ春は過ぎ、桜も散って初夏に近づいていた。
しかし、毎日寒かったり暑かったりで、地球も段々と弱りきっているのだと感じさせるようなくらいだ。
そして、体調を崩す生徒もぽつりぽつりと出てきた。
***
「ハロー! 皆さん今日も張り切っていきましょうね!」
一年の担当になった英語教師の黒井先生は、明るく朗らかな女性だ。
歳は四十代前半で、子供好きで自身も小さな子供がいるらしい。
そうもあって、生徒から人気があった。
時に、スマホ画面の待ち受けにしている子供の写真を見せてくる。
「私は、この子の成長のように、皆さんの輝くような成長を応援しています!
私は、皆さんに多様性を教えたく、英語教師になりました」
そう言って笑顔で授業を行う。
「そうそう、今日は例の日でしたね。
皆さん練習してきましたか?」
ALTの補助教師と一緒に、英語の授業は行われる。
今日は発音のテストで、一人一人の席に回ってくる教師に、生徒達は発音を披露する。
和叶は事前にちゃんと練習をしてきてたから、バッチリかな、と思っていた。
――しかし。
(あ、次は愛助の番だ)
前を見ると、和叶は黒井先生が愛助に近づいてるのが分かった。
「佐藤さん、ここ! 言えますか? 発音してみましょう」
「……」
案の定、愛助は固まったまま動けなくなっていた。
(どうしよう、手助けしようか)
和叶はハラハラしながらそれを見ていた。
「佐藤さん! 恥ずかしいですか? 大丈夫ですよ! リラックスリラックス!」
黒井先生は頑張ってと言いながら鼓舞するが、それが逆効果になってしまい、余計に愛助の緊張は加速していった。
(僕だって出来ることなら声を出したい、でも声が出ない……。
頑張れなんて言われると余計に。
ああ、もう……!)
愛助は顔が強張りながら、内心自分の情けなさと戦っていた。
しかし、どうしても何故か声が出ないのだ。
「あ、あの!」
和叶が黒井先生に声をかけたと同時だった。
「皆がいると話せないなら、後でほかの部屋に行ってやりましょう」
愛助の有無を言わさず、黒井はそう決めつけ話を進めた。
「何ですか?」
黒井は何か言いかけた和叶に声をかける。
「いえ……」
和叶は言葉を止め、自分の番の準備をした。
***
放課後。
「バイバーイ」
「またねー」
などとあちこちで声がして、教室から生徒達は出ていく。
その時、愛助が席に座りながら後ろを向き、和叶の方へ小さなメモを渡した。
和叶が手に取って読むと、
(ごめん、先生に呼ばれてるから、ちょっと遅れるかも。
もし、帰りの時間に近づいたら僕に構わず帰っていいよ)
「分かった、無理しないでね」
と和叶は愛助に返事をした。
こく、と愛助は頷き、前を向いて英語の教科書を取り出していた。
愛助は、黒井先生に教師用の休憩室に呼び出されていた。
「佐藤さん、いらっしゃい」
黒井先生は部屋の前に笑顔で立っていて、中まで案内をした。
奥にはロッカールームがあって、
そこまで行くことになった。
「教科書は持ってきましたね? ここなら今誰もいませんし、一対一ですから発音のテストも出来ますよね?」
「……」
愛助は戸惑いながら、口を開ける。
「っ、……」
やはり、出来ない。
「大丈夫。リラックス、リラックス」
先生は急に頭をぽんぽん、と触ってきた。
愛助はびくっとなり、恐怖を感じた。
(あ、これは絶対に、話せない。無理だ……)
奇異の目で見られ、周りよりも子供扱いされる感覚。
また嫌だった記憶が多数蘇る。
***
三十分は経っただろうか。
「はあ〜……チッ……」
黒井先生は、愛助にイライラしたのか、溜め息と舌打ちをしだした。
――ああ、そっか。またか。
(皆の前では笑顔を絶やさないような人でも、僕の前ではこうなるんだ)
愛助の中では色んな感情がぐるぐるしていた。
だが、整理がつかない。誰かに話してしまいたい。
「先生、もう戻りますね。発音テスト、不合格にしますから。さ、もう帰ってよろしいですよ」
黒井先生からは笑顔が消え、部屋から出るよう愛助をうながした。
(消えちゃいたいな……)
とぼとぼと、愛助は教室に荷物を取りに戻る。
と、誰かが一人残っていた。
「や、愛助」
和叶が自分の席から、入り口にいる愛助に、手をふる。
いつもの場所に行かず、待っていたのだ。
「和叶……」
「やっぱ、なんかあったでしょ」
「うん……」
「また、聞かせて」
次か次くらいは今回と一転してギャグを挟みます。