プロローグ 秘めた想いを持つ二人
「幼なじみなのに、はじめましてになりました」
しっかり者で元気な明るい委員長の少女、和叶。
小柄で無口で無表情な少年、愛助。
二人は保育園のころからの幼なじみ。
ただ、中学生に進級したとある日。
お互いの重要な秘密を知ってしまう…。
中学生の男女バディが壊れた日常と戦い、青春を過ごそうと、学園生活を通して一緒に踏み出すストーリー。
(濁してありますが、一部の不安障害や機能不全家族、モラハラ描写などがありますので、苦手な方はご注意下さい)
初夏のうっすらとした爽やかさが段々と薄れ、暑さが人々に染みわたる。
七月に入ったとある小学校。ここはその中の6年1組である。
いかつい中年の男の担任が、何やらカラフルな物を手に持っていた。短冊だ。
「じゃあ、皆、短冊配るから。
名前は別に書いても書かなくてもいいぞ。恥ずかしい奴もいるだろうからな」
「せんせー、やさしーね」
「はいはーい、先生は何をお願いしますかー!」
「先生が恥ずかしいから、とく名なんじゃない?」
そんな声があちこちから聞こえる。
そんな声を、適当にあしらったり聞いたりしながら、机をばんっと勢いよく叩く。
生徒達は、先生を怒らせてしまったかとドキドキする。
――だが。
にっとした良い笑顔を生徒の前で見せた。
「よーし、とりあえず配るから! 出来た奴から体育館前の笹に飾ってこいよ! もちろん、授業外でな!」
飾りも用意してるから欲しい奴は持ってけ、と終わりに話して、彼は授業に移った。
授業が終わり、真っ先に担任の机に向かう少女がいた。
「先生、あの」
「どうした、委員長?」
薄いオレンジ色のしなやかな髪を肩まで伸ばし、眼鏡をかけたその生徒は佐藤和叶
(さとうわかな)である。
「えっと、七夕飾りなんですけど、もしかしたら自分で作りたい人もいるかもしれないから、一応折り紙をもらってもいいですか?
私が教室の後ろに、折り紙の本と一緒に置いておきます」
「お、なるほど気が利くなあ。じゃあ、これが折り紙な。本は……ええと」
「学級用の本棚にあります。私が後で取りますから」
「そうだったそうだった。ありがとうな」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」
「そうだ、俺が持ってるこの飾りも一緒に置いといてくれるか!」
「はい、私が入れ物を作って置いておきますね」
和叶は先生に対してにっこり笑って、その後すぐに教室の皆に呼び掛ける。
「皆! もし折り紙で七夕飾りを自分で作りたい人は、
本と一緒に教室の後ろに用意しておくからね! 先生持参の飾りも一緒に!」
と、先生の飾りと折り紙を上にかかげて元気に伝えた。
お、委員長気が利くじゃん〜、
とか、私なんか作ろうかなあ〜、
といった声でざわめく。
彼女はクラスの委員長として人気者だ。しっかり者で明るく、真面目な性格。
頼まれた事もきちんとこなすし、気づかいもできる。
それは、同じ保育園出身だった生徒達からも口を揃えて言う言葉だった。
くわえて、成績優秀、スポーツもそれなりに出来る。
そういう生徒は、子供の頃は基本的に憧れの的になる。
だから、男女共に友達も多かったし、下級生と遊んだ時も
「すごいおねえちゃん」と言われていた。
***
――夕方、チャイムが鳴り生徒が次々と帰っていった。
和叶は、教室の後ろに置いた折り紙や飾り、本をチェックした。
(いくつか飾りは持っていってるわね。ただ、折り紙が減ってないな……)
そう思った時だった。
入れ物の下から紙がはみ出ているのに気づく。
「あれ……?」
手に取ると、
「委員長マジでうざい」
「ほんといいこちゃんぶって」
と、書かれたものだった。
「……」
正直、こんな落書きは初めてではない。何年も委員長をやってきたから、一部の生徒にこう思われる事は何度かあった。
(私だって、好きでこう振る舞ってるわけじゃないんだよ……)
和叶は涙が出そうになったが、母の顔がよぎったので我慢した。
(全ては……あの人のため)
何度か悲しい顔で帰宅し、ドアを開けた。
「ただいまー!」
さっきの顔はどこへ行ったのか、明るい顔で何事もなかったかのように家に上がり、きっちり靴をそろえる。
「おかえり、和叶」
そこには、夕飯を作る母親がいた。
和叶は手を洗い、今日のおやつは何かと尋ねる。
「ママ特製のマフィンがあるわ。 ただ、そうね、もう十六時だから一個だけよ」
和叶は手にとって、美味しい!と言うと母はニコニコする。
しかし、いっきに少し不機嫌めいた声色で和叶に話しかけた。
「……ねえ、和叶。今日ちょっと帰り遅かったけどどうしたの? 心配したのよ。悪いお友達と遊んでるんじゃ、ないわよね……?」
和叶は焦りながら、
「私委員長だから、七夕飾りの準備してたんだ! 皆が使う折り紙や本も用意して!」
大丈夫、間違った事はほぼ言っていない。「あの紙」を見てしまって、時間を食ってしまったのもあるけれど。
「そう! さすが優秀な子ね!」
和叶の返答を聞いた母は、コロっとまた表情を変え彼女を褒めた。
トントントン……と野菜を刻む音が家に響き渡る。
台所には、市販の飲み物は禁止、市販のお菓子は禁止、など、まるで狂ったかのように張り紙が貼られていた。
***
七夕の日。
朝早く登校してきた和叶は、教室に一人いる人物を見つけた。
背の低い、薄い青紫のふんわりとした髪質の少年がそこにいた。
「あれっ、愛助早いね。おはよう!」
和叶の挨拶に、ぺこり、と無表情で頭を下げたのは、幼なじみの愛助だ。
といっても、和叶にとっては保育園から沢山いる幼なじみのうちの1人。
和叶も愛助もよくある同じ苗字で、
だから同じクラスになれば名簿が近く、新学期の席も近い……ということもよくあった。
席がえをすれば、それこそ離れることはあったけれど。
愛助はポケットから紙とペンを出して机に置き、何かを書いて和叶に見せた。
「今日は、水やり当番だから早く来たんだよ」
これが、いつもの愛助の伝え方だ。紙に文字を書き、相手に見せる。いわゆる、筆談だ。
――彼の声を聞いた事がある人は、学校では「誰1人」いない。
ましてや、同じ保育園出身の者ですら。
紙の内容を読んだ和叶は、
「そっかあ、えらいね!」
と、パチパチと手を叩く。
愛助はほんの少し眉をひそめたが、和叶は気付かなかった。愛助は、当番として当たり前の事をしただけだった。
そして、
「今日も良い髪質してるね! あとほんとお人形さんみたいで可愛いなあ」
そういって和叶は愛助に抱きついて髪を勝手に触る。
この子は本当に可愛い。
守ってあげなきゃ。
助けてあげなきゃ。
「手のかかる子」ほど、可愛いっていうもんね。
これは母性なのかも、と和叶は感じていた。
和叶は小さな頃から抱きつき魔の癖がある。
ただ、小学校高学年になってからはあまり誰かれ構わずしなくなってはいたが、愛助と和叶にとってはこれは日常茶飯事だった。
「⋯⋯」
愛助は、基本的に毎回無表情で、何も言わない。動かない。本当に人形のようになっていた。
可愛がられる反面、目つきが悪くなる時もあるので、怖がられたり不気味がられる事も多かった。
「あいつ怖いね。何考えてるか分かんねーし」
「問題児ー!」
「あのねえ、君が音読してくれないと授業進まないんだよね。先生を困らせないでくれ」
同級生や先生、他にも色んな人からこのような言葉を沢山浴びせられた。
ただそれでも、愛助は、じっとしているしかなかった。
放課後、愛助は七夕の短冊を手にし、
下の方が低学年や中学年の物でいっぱいだったから、背伸びをして、上の方に飾ろうとしていた。
(もうちょっと……)
なんとか頑張ってもう少しで空いている場所に届く。
そんな時だった。
夢中になりすぎて、後ろから近づいてきた女性に全く気付かなかった。
「あらあ? 上の方に飾りたいの?」
以前担任だった、中年の教師がそこにいた。
「……っ!」
愛助は、彼女が苦手だった。
何故かというと、他の生徒には「さん」付けなのに、自分には「ニックネーム+ちゃん」付けで呼ぶ。
他にも、他の生徒と違う扱いをされた事は多々あった。
彼女はニコニコし、愛助の後ろを離れない。正直、怖かった。
すると、愛助が予想だにしなかった事が起きる。
「ほーら、愛ちゃん! 愛ちゃ〜ん!」
先生がまるで赤子に話しかけるようにした後、愛助を背後から抱き上げたのだ。
その瞬間、愛助の思考がストップした。フリーズと言っていいだろう。
(……は?)
この先生からは、以前から奇異の目で見られてはいたが、ここまでするとはおもわなかったのだ。
「じゃあ、一人で帰れるかなあ〜? また先生を頼ってね!」
先生は手を振って、幼児を見送るかのように去っていった。
まるで悪意のない、決めつけからくる話し方、態度。
愛助から先生が去って数分後。
冷や汗とひどい吐き気が襲ってきた。
(いつまでこんな扱いが続くんだろう……僕は、話したくても話せないんだ。赤ん坊じゃないんだよ、可愛い人形でもない……)
愛助はしばらくその場で、ぐちゃぐちゃな思いで立ち尽くしていた。
そして夜には、満点の星が輝いていた。
とあるしっかり者の少女はこう願う。
もし、私にきょうだいがいたら。
うん、歳が近いきょうだいがいいな。
毎日家に帰ったらお話して、
一緒にテレビ見て、ねる時もお話して。
そんな人、今更できるわけないのにな。
「きょうだいが欲しい」
「いつか本当の自分でいられる日がきますように」
―ーそんな、七夕の夜。
似たような願いを胸に秘めている無口な少年がすぐ近くにいた事を、彼女はまだ知らなかった。
次回は4月30日投稿予定です!