1‐5 馬鹿は四月に卒業しない
熱く白い照明がいもりを照らし出す。スイッチを入れて、グリルを指先で叩くとそれだけで今にも絶命しそうなほどの鳴き声や悲鳴が狭いハウスの中を埋め尽くす。あつきも腹の底から咆哮した。腹の奥から溢れ出る母音がいもりのありがとうという感謝の一声で静まり返る。
後頭部の髪をくしゃりと掴んで撫で、眉を下げてへにゃりと人懐こそうなおやつを強請るレトリバーそっくりの笑顔は、爬虫類系という口上に不釣り合いだ。
「あー、皆さん今日は僕の卒業ライブに来ていただきありがとうございます。あ、あつきさん凄く綺麗になりましたね! めちゃくちゃ可愛いです」
ペンライトを胸の前で振る腕がピタリと止まり、ゆるはの髪色そっくりにゆだっていく。沸騰したやかんのような悲鳴が半開きになった口から漏れそうになるのを口角を上げることで誤魔化し、大きく頷いて肯定してみせた。涙は驚くほど静かに、滑らかな肌を洪水のように流れていく。
「ここでメンバーとして成長出来た二年間は楽しかったです。ダンスも歌も中途半端な僕を根気強く応援してくれる人たちの期待に応え、いずれは大きなステージに立ちたいと思っていました。だけど、その中でこことは違う新たなステージに立ちたいとも思い、努力して本気で進んでいるメンバーに不誠実なことをしている気がしてわがままを言って卒業することに致しました。2kナイはまだまだ上を目指せます。僕はこれから先、彼らのファンとして見守ることにします! この二年間本当に楽しかったです。本当にありがとう……」
声がくぐもり、涙ぐむいもりに今まで静かに泣いていた一人が膝から崩れ落ちて泣き出した。
「爬虫類系男子、二枚目看板いもり、卒業ライブこれから二時間最後まで楽しんでいってください!」
控えていたメンバーが飛び出してくる。全員がいもりの肩を叩き、そしていつもの立ち位置にすっと戻っていく。
暗転。
爆音のイントロにカラフルなペンライト。あつきもゆるはも左手に緑のペンライトを持ち、腕を高くあげ、次にくる音に備える。
明転。
ギターの一音がなる一瞬、ゆるはが腕を振り下ろすその瞬間。あつきはゆるはの左の薬指に嵌められているものを見逃さなかった。