1‐4 馬鹿は四月に卒業しない
四月一日、あつきは白いベルテッドワンピースをこの日のために新しく購入した。ファットレードで得たお金は五万円で、そのお金はこのワンピースに全て消えた。腰のベルトをキツく締めて、くびれを強調する。浮き上がる全ての体のラインが彫刻像のように引き締まって見えた。
シルクの生地は地肌に触れてもチクチクしたりせず、触れるところ全てが優しく肌を撫でている。購入の決め手となった胸のあたりの金色の百合のワンポイント刺繍ははより一層高級感を演出していた。
ライブハウスの入り口前には「k(:night いもり卒業ライブ」と書かれた手書きの黒板が立てかけられていた。あつきはそれを数枚撮って、ゆるはを待った。
信号の向こうで赤い髪のお下げが手を振っている。白い大きな襟のブラウスと黒のハイウエストスカートを合わせた文学少女のような出で立ちのゆるはは青になると小走りでやってきた。
「早く入ろ。もうすぐライブ始まるよ」
ドアを開けて、地下へと続く螺旋階段を裾を踏まないように二人は慎重に降りていく。受付は暇そうにぼんやり宙を見つめていたが、二人の姿を見るとハッと顔をあげて、チケットの案内を始めた。
「チケットはワンドリンク付きで二千円です。パンフレット付きのは二千五百円。どちらにされますか?」
「あたしはパンフ付きのを」とあつきは言った。
「私はパンフ無しで」とゆるはは答え、受付は手作りの「k(:night いもり卒業ライブ」と印刷されただけの栞のような紙を二枚と丸いチップ、中央で足を組んで座るいもりがデカデカと載っているパンフレットを一枚、まとめて用意し始めた。
あつきとゆるははそれぞれお金をトレーの上にピッタリ置くと、準備していたそれらをカウンター越しに少し前のめりになりながら腕を懸命に伸ばして手渡した。
あつきが代表して全部を受け取り、歩きながらゆるはの分を渡した。
小さな箱に詰めるようにして、二リットルのドリンクが並べられた三席しかないカウンターとその横にアルバムが一種類、過去のパンフレットが五枚、メンバーの直筆サインミニ色紙が横長のテーブルに並べられていた。あつきの部屋にどれも並んでいるものばかりだった。ゆるは一番右の彼女が大学で来なかった回のパンフレットを一枚取り、裏表に書かれている内容をさっと確認してテーブルに戻した。近くにいた売り子は怪訝そうな顔をしてパンフレットを戻した失礼な指の先を追い、それが赤毛のお下げだと分かると気まずそうに視線を逸らした。
「私今日はコーラにしよっかな」
チップをカウンターに滑らせる。立ちながらオレンジジュースを飲んでいた金髪のツーブロは赤いラベルのコーラをカウンター下の冷蔵庫から取り出して、細長いカクテル用のグラスに注いだ。
「あたしはメロンソーダで」
「ちゃっかりしちゃって」
飲み口をかつんとぶつけて乾杯する。
普段見掛けるいもりのファンはほとんど来ていた。あちこちで啜り泣く声が聞こえる。泣いていないいもりのファンはゆるはだけだった。
裏からスリーピースをかっちり着こなしたいもりがマイクを持って出てきた。その瞬間に鳴き声は更に大きくなり、日本語を忘れた獣たちがセンターに立ついもりに向かって必死に緑のペンライトを振りまくった。