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1‐3 馬鹿は四月に卒業しない

『いもりからの大切なお知らせ』というタイトルでいもりが一つの呟きを投稿していた。そこには画像が一枚添付されておりこう書かれていてた。

『k(:night 2kナイを応援してくださっている全ての人へ。私メンバーであるいもりは四月一日のライブをもって卒業とさせていただくことになりました』

「マジ?」

 どんよりとした通夜のような空気が二人の間を埋めていた。あつきは、ゆるはの現実的な驚きにこの一連の流れがただの悪い夢などではないことにわっと泣き出し、机に顔を伏せてわんわん泣いた。

 「お待たせしました。イカリングです」

 なんの事情も知らない店員が油まみれのてらてらしたお盆にイカリングを乗せてやってきた。一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに笑顔に切り替えて、ゆるはの前に皿を置き、さっさと席を離れていく。

 ゆるはは箸を箱の中から取って、合掌すると備え付けのレモンを全体に絞ってマヨネーズを付けて半分齧った。

 「お待たせしました。ミートドリアです」

 またさっきと同じ店員が今度はあつきのミートドリアを笑顔で運んできた。ゆるはの前に置き、伝票を筒の中に入れると、眉一つ動かさない完璧な笑顔で去っていく。

 「とりあえずさ、食べなよ」

 イカリングをもう半分口に入れる。

 あつきはのっそりとマスカラでぐしゃぐしゃになったパンダ目で、恨めしそうにドリアを見つめ、それからスプーンを取ると緩慢な動きで中央に乗せられた温玉を崩した。黄身がどろりとドリアの下腹部を黄色く染めていく。

「いもりくん、卒業するんだって」

 事実を再確認したことはあつきにとってマイナスにしかならなかった。ドリアをスプーンでつつき、自分に向けて、ゆるはに向けて出した言葉に涙腺がたわんで、ちぎれそうになる。

「ま、不祥事とかじゃないっぽいし良かったじゃん。綺麗に卒業して送り出せるのは綺麗に送り出せるのは地下ドル推してて一番幸福なことだよ」

 ペーパーを一枚取り、あつきの前に差し出す。あつきは躊躇いがちに受け取り、思い切り鼻を噛んだ。どこかでつまっていた米粒と透明な鼻水アメーバのように広がり、それを二つに綺麗に折りたたんで丸めて机の端に置いた。

「あたし痩せよっかなあ……」

 ぽつりと呟いた言葉に、ゆるははぷッと吹き出す。頭から胸の前までをさっと見ると耐え切れなくなって膝を叩きながら大声で笑い始める。

「え!? まじで言ってる? 四月ってあと一ヶ月しかないよ? あんた体重いくつだっけ」

「いやまあ、今から頑張れば。あたしの姉ちゃんモデルだし、デブの家系ってわけじゃないし」

 むっとして、頬を膨らませる。まだ大声で笑っているゆるはの声をかき消すように「でもさっ!」と倍の声を出すと、膝を叩いていた手はピタリと止まり、涙を拭いながら首を傾げた。

「ファットレードがあるじゃん」

「それって脂肪取引でしょ? 知ってる。でも、脂肪売ってお金貰うなんてなんか胡散臭くない? 私なら無理。安値で買い叩いて中国に高額で売ってるって噂だし」

 そう言ってウーロン茶を一気飲みした。顔の前でパタパタ手を振って風を起こし、火照る顔を冷やす。

 「でもあたしはやるよ。てかもう予約した。完璧な姿でいもりくんを送り出してあげたいから」

「そ、まあいいんじゃない? 初期からいもりくんのファンだったもんね」

 初期、という言葉にあつきはまたじわりと涙が滲み、鼻を啜った。色んな汁でべとべとしているスマホをおしぼりの上に置き、温くなったコーラを口元に近付けた。まだ震えの残る手の僅かな振動で炭酸を刺激して、空中で弾けた。コーラを一気に呷り、半分以上残っていたドリアを胃の中にどんどん落としていく。ほとんど咀嚼しないままただひたすら無心で手を動かし、前歯にスプーンが当たるのも気にせず、目の前の食事に全集中力を注いだ。

 その間にスマホが一度震えたが、あつきは気が付かなった。


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