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とりとめない

作者: 虹鱒

「なんでそんなこと言うんだよ。」

「知らん。」

 イツキの問いに、ナナはそっけなく答えた。

 イツキは勇者の格好をしていて、手には立派な剣を持っていたが、ナナの言葉で体から力が抜けたせいか、なんだか少し滑稽だった。ナナは魔女の服を着ていて、こちらは凛としていてなかなか似合っていた。


 この二人はパーティーを組んだ冒険者である。といっても、組んだのは今から十年以上前の話だ。二人の親同士が仲の良い冒険者パーティーだった。4人組の彼らのパーティは仲間たちから一目置かれるくらい強くて頼もしかった。しかし年齢的な限界もあり、十数年前に全員一緒に引退をした。その親たちの子供の娘と息子は、親の名に恥じない強さに恵まれて子どもだった。

 イツキは武具を使った攻撃を得意とし、大抵のものは上手に使いこなせた。体術も得意だったが、親の勧めで剣を手に戦うスタイルを主に学んだ。

 一方ナナの方は、生まれつき強力な魔力を持っていたのに加え、学問に秀でた才女であった。二人は幼馴染として育ち、よきところで旅に出る決意をした。

 その時年齢はたったの7歳だった。普通なら学校に通わなくてはいけないうえに、親の反対も相当なもののはずだが、両親ともに理解のあるのをいいことに、家出同然で駆け落ちみたいに出発した。それ以降、10年以上帰郷せずにガンガン旅を進め、間もなく天下統一でもするんじゃないかという段階である。天下統一をした者には心理の扉が現れるという噂だが、今のところそれに巡り合ったものはまだいないのだった。


 ではその二人がなぜ言い争いをし始めたかというと、はじまりはナナの気紛れだった。

 ナナは暇つぶしに言葉を理解しない生物に魔法をかけ、自分と話せる状態にすることがよくあった。適当な嘘を吹き込んではストレスを与えるという何とも悪趣味な楽しみ方をするので、イツキは幾度となくナナをたしなめてきたが、忘れた頃にふと思い出したようにしてナナがやり続けるので、これは言っても無駄かもなと、イツキは数年前からそんなナナを見かけてもあまり何も言わなくなっていた。

 じつはイツキはナナのことが大好きだったから、ナナに嫌われそうなことは強く言えないという弱点があった。ナナの方は勘がいいのでそんなことにはとっくに気づいていたが、別に自分自身はイツキのことを何とも思っていないので、知らんふりのような態度を取り続けていた。

 そしてナナがいつも通り気紛れで花に魔法をかけて、こう言った。

「あんたは本当は綺麗な宝石になって街で高く売られるはずだったけど、あんまり光り方が良くなさそうだったから、生まれる直前で適当に花にさせられたんだ。最初から花になる予定だった命はそのうち寿命が来て枯れるけど、あんたは急ごしらえの花だから枯れる力を持ってないんだってさ。だからいつまでたってもここでずっと立っていなくちゃいけないよ。花が落ちても、葉っぱがちぎれても、根っこが腐っても、ずっとずっと意識が残り続けるんだ。かわいそうだね。きっと痛いし、みじめだろうね。」

これを聞いた花はすっかりしょげてしまいました。普通なら急に誰かにこんな事言われても信じられないでしょうが、おおもとの意識がナナが魔法で一時的に作った偽ものなので、ナナの言うことは全て真に受けるようにさせられているのです。かわいそうな花はショックですぼんでしまいました。

ナナはそれを見て満足すると、いつものように適当なところで魔法を解いて、元の花に戻しはじめました。イツキはこれをすることを知っていたので、このナナの所業を見かけてそれを怒ることはやめても、魔法がちゃんととけ切っているかをいつもそっと確認してからその場を立ち去ることを忘れませんでした。

しかし今日の花は、いつもと様子が違いました。ナナはちゃんと魔法を解きましたが、あとでイツキが確認したところ、花はまだしくしくと言いながらしょげ返っていました。

魔法を解き忘れたのかとも思ったのですが、どうやらそうではないということが、その場の様子からイツキにはわかりました。イツキはナナを呼んでどうにかしたほうがいいと言いましたが、ナナは一回やったのに駄目だったなら何回やっても同じだからあきらめろと言い出しました。

それじゃあこの花は本当に一生このままなのかと聞くと、多分それはないとナナは主張しました。魔法の効き目が切れたら自然に花に戻るだろうというのです。ちょっと魔法がかかりやすい体質の生き物は稀にいるが、そういった生き物はもともと魔法が抜けやすくもあるから、無理やり説くよりもそれを待った方がいいのだそうです。

イツキはこれを聞いて一瞬納得しかけたのですが、なんだかずいぶん勝手な言い分だなと、いつもよりずっとムッとしました。実はここ最近旅が計画通りに進まないのもあって、だいぶ気が立っていたのです。と、ここで最初のセリフに戻りました。

ナナの方はもともとマイペースなので、旅の計画が遅れても全然気にならないのですが、普段甘やかしているに近いような優しさのイツキが、珍しくおこっているのでちょっと驚いてしまって、思わず売り言葉に買い言葉でとっさに言い返してしまいました。

 二人はしばらく言い合いを続けました。

「お前が変な魔法で遊んでること自体、俺はよくないと思ってたけどな、旅の最中でストレスもあるだろうから、最後にちゃんと元に戻すのならまあ目をつぶろうかと今日まで大目に見てきたんだ。でも戻せないこともあるっていうなら、話は別だ。もうこんなことはやめろ。みんながかわいそうだ。」

「私は戻せないとは言ってない。戻りにくいけどいずれ戻るだろうから、今すぐ焦る必要は全くないと言っているんだ。」

「お前魔力が落ちたんじゃないだろうな?」

「なら、お前をのろいころしてやろうか。」

「なんだと。」

「身をもって私の力を体感すればいやでもわかるだろう。」

「じゃあやってみろ。」

 そういうと、イツキはさあどうぞと腕を広げました。ナナはすっかりムカついていたので、言われるがままに死の呪いを掛けました。

 ナナの微妙な情けで、イツキはちっとも苦しまずに、でも本当に死んでしまいました。

 その一部始終を見ていた花は、自分のせいでこの人は無くなったのだともっと悲しくなり、やがて自然に魔法が解ける前にしおれて死んでしまいました。

 ナナはそれも見ていました。そしてだんだん自分がやったことの大きさに気づき始めました。

 もちろん怖いとも思いましたが、ナナは冷静にその場からイツキの死体を消滅させ、そしてまたいつも通り旅立ちました。

やがてナナは真理の扉にたどり着くことが出来ましたが、扉を開けてどうなったかは誰にもわかりません。心理の扉を罪を犯した者が開けると、恐ろしいことになるという噂がありました。ナナはそんなのは噂だろうと信じていなかったので、ずっと前に聞いたことのあったこの話を、すっかり忘れてしまっていました。

枯れた花も、消滅したイツキの遺体も、全く行方はわからないまま、しかしある意味世界は平和になって、今日もぐるぐる回り続けるのでした。


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