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第八章 タイムリミット


「おい、またいるぜ」

 ゼミ終了後、カバンを手に取り講義室を出ようとした壮介に洋が声をかける。

 扉の向こうには、あの二人の刑事が立っていた。そして二人は壮介と洋のことを見ていた。

 その姿を見た壮介は露骨に顔をしかめる。それは洋も同じで眉間に皺を寄せていた。

「おいお前さんは、どうするよ?」

 洋は壮介に近寄り耳打ちをする。

「ドアの真ん前で待たれてたんじゃ、逃げようがねえだろ。ここは突っ込んでいくしかないでしょ」

 壮介は頭を掻きながら洋に耳打ち。

「お前さんもか。俺も不本意ながら同じ意見だよ」

 そして二人は同時に刑事たちの方へ振り向き、視線を合わせた。

 すると刑事の一人が講義室の中へ入ろうとする。

「待て」

 しかし壮介はこの刑事たちをゼミが行われていた講義室へは一歩たりとも踏み込ませたくなかった。壮介は大股で出入り口へと向かい、刑事の行く手を遮った。

「どうせ俺たちに話があるんだろ? 外で聞くよ」

 壮介は刑事を睨み付ける。その後ろで洋がメガネを光らせていた。

 すると刑事の一人が挑発的な笑顔を見せる。

「だったら、話が早い」

 そして刑事は壮介たちの前から退き、道をあけた。



 壮介たちは食堂へと場所を移す。昼時は学生や大学職員でごったがえすこの食堂も、午後四時を過ぎれば人影はまばらになる。壮介たちはその食堂の隅のテーブルへと移動。壮介と洋は並んで座り、その対面に刑事二人が座った。

 刑事二人と向き合った壮介と洋は終始固い表情。共に眉間には皺が寄っていた。逆に刑事二人は落ち着いた姿勢。その姿はまるで二人の学生を見下しているようにも見えた。

「さて、本題に入ると致しますか」

 刑事の一人が切り出す。すると壮介は大きなため息をつき、頭をガリガリと掻く。

「こっちとしては、答えは変わんないですよ。いいかげんしつこいですよ」

 すると刑事はニヤニヤと笑う。

「まあそう言うな。こっちとしては新たに聞きたいことがあるもんでね」

 すると刑事は胸ポケットから一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。

「まず、この男に見覚えはあるかな?」

 そしてその写真を壮介たちの前へ突き出す。

「この男……?」

 意外な切り出し方に少々驚きながらも、壮介たちはその写真に注目した。

 そこに写っていたのは、パンチパーマにいかつい顔をした中年男性。凡そ知的なカンジはしない。

 しかしその写真の男を見た瞬間、壮介には「ある男」が思い浮かんでいた。思わず洋の方を見ると、洋も壮介と同じようであった。

「知っているみたいだな」

 二人の返事を待たずに、刑事が話す。

「この男は嵯峨野栄太といってな、殺害されたリンの働いていたエステ店の店長だ」

 そして刑事は壮介たちの前から写真を引き戻し、胸ポケットにしまう。

「それが、何か? よく判らないですが……」

 洋が丁寧な口調で訊ね、一瞬壮介と視線を合わせる。二人は嵯峨野については冴子からある程度のことは聞いている。しかしその件について、ここは一旦黙っておくことにした。

「我々の捜査で、この男が殺害されたリンについて、他のエステ嬢にくらべ随分入れ込んでいたようでな、特別な関係だった可能性が高い」

 刑事はテーブルに両肘をついて話す。

「それでだ、我々はこの男から近く事情を聞こうと考えているわけだが、今はそれ以上のことしか判らない」

 すると壮介は再び大きなため息をつき頭を掻く。

「つまり、俺たちにこの嵯峨野という男について、何か知っていることを話せというわけですか?」

 壮介が言い終わると、刑事は笑顔で頷いた。しかしその笑顔は決して二人に対して友好的なものではない。

「さすがは大学生、そこらのチンピラや酔っ払いと違って話が早い」

 その言葉を聞いて、遂に洋も大きなため息をつく。そして壮介は頭をガリガリと掻いた後、その手をヒラヒラさせた。

「俺たちが警察の知っている以上のことを知っているわけがないでしょう」

 すると刑事二人の表情が一変に曇る。

「確かにその嵯峨野という写真の男を見たことはあります。しかしその姿形以上のことは何も知りませんよ」

 壮介の言葉に洋も同調して頷く。

「俺も同じですよ、刑事さん」

 すると刑事の一人が表情を強張らせテーブルに乗り出してこようとしたが、もう一人がそれを制止する。

「そうか……、本当に何も知らないんだな」

 その言葉に壮介たちは同時に首を縦に振る。

「……判った」

 刑事たちの表情は明らかに疑いの目を二人に向けていたが、ここは引き下がった。

「話は終わりですか?」

 壮介は頭を掻きながら訊ねる。洋は横で背伸びをする。

「まあ……そうだな。では我々はこれで失礼するよ」

 そして刑事二人は席を立つ。それを見た壮介たちも席を立った。

「ああ、そういえば」

 去り際、刑事の一人が何かを思い出したかのように振り返る。

「萩田亮平についてだが、依然行方は判らずかな?」

 亮平の名前に緊張を解きかけていた壮介たちの表情が一瞬に強張る。

「実はね、警察としても重要参考人をこれ以上行方知れずのまましておけなくてね、週明けにも公開捜査に踏み切ろうと考えているんだ」

 公開捜査の言葉に洋が敏感に反応する。

「それはどういうことですか?」

 洋は動揺し、そのメガネが揺れる。

「萩田亮平の名前と顔写真を公開するということだ」

 刑事の一人が冷たく言い放つ。

「まあこれで目撃情報が多数寄せられ、すぐ萩田亮平を発見することができるだろう。君たちにとってもメリットはあるんじゃないかな? フッフフフ」

 刑事はそんな皮肉混じりの含み笑いを残し、食堂から消えていった。

 そして閑散とした食堂に残された二人は、ただ立ち尽くす。

「名前と顔写真公開だって……?」

 洋は眉間に皺を寄せ、口を震わせる。そして壮介は頭をガリガリと掻き毟る。

「まずいな。ただでさえ暗に容疑者扱いされているのに、名前と写真を公開されたら……」

「ヘタしたら、停学あるいは……、退学処分」

 二人は最悪のケースを考える。TVのワイドショーでは実名こそ出ていないものの、亮平は重要な鍵を握る人物として扱われ、番組によっては犯人扱いされている。そこに名前と顔写真がつけば、「萩田亮平は殺人犯」というレッテルが、真相を抜きにしてもイメージのみで張られてしまう可能性が高い。

「週明けか……。今日が金曜だから、あと二日か……」

 壮介は頭を掻きながら話す。

「それまでに萩田君を見つけ出さないと、本当に厄介なことになるぞ」

 洋はとうとうメガネを外し、目頭をギュッと押さえる。


 タイムリミットはあと二日。

 それが萩田亮平を捜すために、二人に残された時間であった。



 週明けに亮平の実名と顔写真が全国に公開。

 そのタイムリミットまで、あと二日。

 そんな日の夜。壮介と洋はリンの遺体発見現場にいた。この日は曇っていたため月は出ておらず、普段よりも辺りは暗かった。そんな中、二人は寒さに身を縮めながらその場所に佇んでいた。

「今日は一段と冷えるわ……」

 洋の吐く息はいつもに増して白く、メガネまで曇ってしまいそうな勢い。

「なあ洋、これどう思う?」

 壮介も白い息を吐きながら、洋に訊ねる。壮介たちの足元にはあの花束があった。

 花束はここに置かれてからもう日が経っているのか、所々痛み萎れていた。

「前にここで冴子さんにあった時、ここには度々花束が置かれているらしい。それも誰が置いているのか判らない」

 洋はその花束を手にとって見る。持ち上げると花びらの数枚が地面へと落ちる。

「お前さんは、この花束を一体誰が持ってきているのか、気になっているわけね」

 洋は花束を壮介のほうに向ける。壮介はその花束を受け取り、そして元にあった場所へと戻す。

「わざわざ花束を交換しにきているわけだから、殺されたリンとは相当深い関係にあった人物が持ってきている可能性が高いんだ」

「それが、もしや萩田君だと……?」

 洋がここへやってきた核心へと触れる。

 すると壮介は頭を掻きながらニヤリと笑う。

「お前も判ってるクセに」

 そして洋の肩をポンと小突く。

「まあな。でも確証はあるのか? いつ現れるかも判らないし、当然これを萩田君がやっているのかも……」

 すると壮介は頭をガリガリ掻き、表情を曇らせる。

「確かにな。この花の萎れ具合から考えて、そろそろ花を交換しにくるんじゃないかなって予想しかないのが現状だよ」

 しかし壮介の瞳はギラついていた。

「でも俺たちが今できることは、これくらいしかない。泣いても笑っても、週明けには萩田君の名前と顔写真が公開される。それまで指くわえて見てるなんて、俺にはできない。確証はないけれど、できるだけのことを俺はやりたいんだ」

 壮介は熱く語り、握り拳を作ってみせる。それを見た洋は笑顔で壮介の肩を小突く。

「全く、お前には散々バカ負けするよ。寒い中、それに付き合う俺もバカだな」

 洋がクククと笑うと壮介も同じように笑う。あの時、壮介がどんな行動を取るかは洋には大体想像がついていた。そして壮介も、洋が自分にとことん付き合ってくれるとも信じていた。そんな二人の思いがこの笑いに表れていた。

「さて、でもどうするよ。まさかこの寒い中で延々ここに突っ立ってろと?」

 洋は壮介に訊ねる。すると壮介は苦笑いを浮かべながら頭をポリポリと掻く。

「お、おい、そのまさかかよ……」

 洋は呆れた表情を見せる。まさかそこまでの考えがなかったとは思っていなかったのであろう。

「しゃあねぇだろ。ここは道路側からは丁度死角になるんだから、この辺りで待っているしかないよ」

 すると洋は両手を振る。

「おいおい、そりゃ勘弁だぜ。明日からこの冬一番の冷え込みって天気予報で言ってたのにさ、こんな所に連日突っ立ってたらマジで凍え死ぬぜ」

 洋は真剣な表情で壮介に訴える。すると壮介は困った表情を見せる。

「確かにそうだけれど、でもじゃあどこでこの場所を見張ればいいんだよ」

 壮介は困り果て頭を掻く。

「どっかいい場所はないのかね?」

 洋は辺りを見渡す。この場所は高いフェンスに囲まれており、道路側からは完全な死角となる。

「どっか近くの建物の中から見ることができれば……」

 洋は辺りのビルを見渡す。どれもこれも汚い雑居ビルだ。

「あ、そういえば……」

 壮介が何かを思い出した。

「確かあのビルは……、洋、行ってみよう」

 壮介は近くの側道から道路側へと抜ける。そして壮介はあるビルの前にと立つ。

 ビルの前に来て、洋もピンときたようだ。

「なるほど、ここからあの場所がみえるわけか」

 そして壮介も頷いた。

 壮介たちが来た雑居ビル。そこの四階のテナントにはキューピットが入っていた。



 壮介と洋はキューピットへ入ると、早々に入店料を支払い男性用スペースへ。幸い男性スペースに客はいなかったので、窓側の席を確保することができた。

 キューピットの窓にはブラインドが下ろされているが、二人はこっそりそのブラインドをある程度まで上げる。そこから丁度花束のある場所を見渡すことができた。

「さて、温かい場所を確保できましたぞ。いつでも来いってんだ」

 洋は拳をパキパキと鳴らす。壮介は既にブラインドの隙間に顔を張り付かせている。

「ここが入店料払えば時間無制限でいれる所でホント良かったよ。時間制だったら金がもたねえよ」

 壮介とは反対に洋は窓には近付かず、席に座りリラックスしている。

「とりあえずここは俺が見てるから、お前は店員がこっちに来たらフォロー頼むわ」

 壮介は外の方を見ながら洋に話す。その後ろで洋はOKのサインを出した。

「幸い女性客もいないみたいだ。しばらくは大丈夫だろ」

 洋はスペースに設置されてあるモニターを見る。そこには無人の女性スペースが映し出されていた。

 そして洋はイスを持ち上げ、壮介の背後に移動させる。

「お前の背後は俺に任せろってか?」

 洋は笑いながら話す。それを聞いた壮介も外を見ながらプッと吹き出す。

「じゃ、任せたぞ。俺はこっち担当だ」

 壮介は外の光景に食い入る。月が出ていないためか外はかなり暗かったが、そこに何があるかや人影等ははっきりと確認できる。壮介は全神経を集中させて外を見る。

「いつでも、来い!」

 どうしても亮平と会いたい壮介。今日ここに現れる確証などない。もっと言えば、タイムリミットである月曜までに発見できる確証すらない。でも壮介は精一杯心で念じる。

 そして時間は流れる。一時間、二時間、三時間……と刻一刻と時間は過ぎていく。

 時刻が午後十一時に近付いてきた時、

「あの、お客さん……」

 店長の江嶋が男性スペースへとやってきた。その声に思わず壮介も振り向く。

「そろそろ閉店時間ですので……」

 江嶋はそれだけ告げると奥へとすっこんでいった。

「そろそろ時間だ……」

 洋が壮介に告げる。壮介は洋の方を向いて頭を掻く。

「ああ、今日はおしまいだな」

「また明日だな……。頑張ろうぜ」

 壮介は残念そうな表情でため息をつく。そして最後に窓の方へと振り向き、上げていたブラインドを下ろす。

 その時だった!

「あっ! ひ、人だ!」

 壮介はブラインドを下ろすのをやめ、立ち上がり店を飛び出す。

「あ、お、おい、壮介!」

 突然の行動に驚いた洋は慌てて後を追う。

「ありがとうございました~」

 洋が出て行こうとした時、受付の奥から江嶋の棒読みな挨拶が聞こえた。



 寒空の下、コートの前も閉じずに壮介は走る。その吐く白い息は機関車の蒸気のように後ろへと流れていく。

 壮介はあの場所へ向かい、ひたすら走る、走る、走る……。

 そして川沿いの道へと出た。

 そこには……。

「はあ、はあ……」

 壮介の立っている場所から五十メートル程先、花束が置かれていた場所の前に、ぽつんと人影が一つ佇んでいた。

 人影は何かを持っている。壮介の位置からではそれが何なのかは判らない。

 壮介は息を整え、ゆっくりと近付く。人影の方は壮介の存在にまだ気が付いていない様子だった。

 壮介はゆっくりと近付く、近付く、近付く……。

 そして人影の顔の輪郭が判る距離にまで来た時、壮介の足が停まる。

 ここで壮介は無言で頭をガリガリと掻き毟る。壮介の中で、何かが確信へと変わった。

 まず人影が持っているもの。それは花束であった。

 そして人影が誰なのか? それは壮介の知っている人物であり……、

 壮介が今一番会いたいと願っている人物であった。

 壮介は高鳴る鼓動を押さえ、息を整える。そして、その名を口にする。

「萩田君……」

 すると人影がぴくっと動き、壮介の方へと振り向く。

「…………」

 その時、冷たい風が二人の間をぴゅうと吹き抜ける。

「萩田君、やっと、やっと……会えた」

 壮介は緊張が緩み、笑みがこぼれる。対して亮平は微動だにしない。

「し、んた……に……」

 亮平は魔女のようなしわがれた声で壮介の名を呼ぶ。

 その時、亮平は花束を置くと踵を返し、その場から立ち去ろうとする。

「は、萩田君!」

 壮介は後を追おうとする。

 しかし、それは不要であった。

「こちとら寒空の下散々な目にあってんだ。簡単には逃がさないぜ、萩田君!」

 亮平の行く手には、白い息を荒く吐き出す洋の姿があった。

「…………」

 それに気付いた亮平は顔を伏せる。

「萩田君……」


 月も出ない暗い夜、壮介と洋は、遂に萩田亮平と対峙する。

 亮平を追おうと駆け出そうとした壮介の足元には、亮平の手によって置かれた花束があった。


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