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第十一章 悲劇の深層


 壮介と洋が亮平と再会し、そして再び見失ってしまった夜から三日が経過……。

 以前に刑事が公開捜査に乗り出すと言っていた日を迎えることとなった。

「…………」

 その日の朝、壮介は目を覚ましてから憂鬱な気持ちで頭をガリガリと掻く。

 この三日間、洋と共に亮平の行方を懸命に捜してはみるが、彼はどこにもいなかった。そして遂にタイムリミットを向かえてしまったのである。

 壮介は頭を掻きながらベッドを降り、テーブルに置かれたTVのリモコンに手を伸ばす。

「…………」

 しかしスイッチをONにしようとはせず、そのまま手から離してしまった。

 そして壮介は大きなため息をつき、両手で顔を覆う。

 もし今つけたTV画面に、友人の顔と名前が出ていたら……、

 壮介はそんなことを考え、TVをつけるのを止めた。

「はぁ、どうしたらいいんだ……」

 あの時止めることができなかったこと、そして見つけだすことができなかった悔しさと、全てが終わってしまうことへの怖さが、壮介の気持ちに交錯する。壮介はただただ頭をガリガリと掻き毟った。

 その時だった、テーブルに置かれていた壮介のケータイのバイブが震えた。

 壮介はディスプレイを見る。それは洋からの着信だった。

「もしもし……」

 寝起き声で壮介は電話に出る。

『おい、壮介! TV見たか!』

 電話の向こうで洋はかなり興奮した様子だった。声の大きさに壮介は思わずケータイを耳から遠ざける。

「いや、今起きたとこだから見てない。何なんだ?」

 すると洋はさらに興奮した様子で壮介に話す。

『何やってんだバカ! 早くTVつけろ!』

「バカとはなんだよ。判ったって」

 壮介はケータイを持った手とは反対の手でリモコンを持ち、少し躊躇いながらもスイッチを押す。

 そこに映し出されたのは……、ある公園だった。

 画面の右上にテロップが出ているので、壮介はそこを読んでみる。

「疑惑の大学生、首吊り自殺を計る……」

 その時、壮介の背筋にゾクッとする冷たいものが走る。

 壮介は耳からケータイを離し、TVのコメンテーターの話を聞く。

『先日興橋で起こった留学生殺人について、何らかの事情を知っていると見られ、行方が判らなくなっていた男子大学生が今朝、現場近くの公園で首を吊って自殺を計っていたのを発見。大学生はすぐに病院へ搬送され、現在意識不明の重体です。これにつきまして……』

 それを聞いた壮介は、ただ頭が真っ白になった。

 何らかの事情を知っていると見られ、行方が判らなくなっていた男子大学生……、これは萩田亮平のことであることは、ほぼ間違いなかった。

「もしもし……、見たよ……」

 壮介はケータイを耳につけ、洋に話す。その声に力はない。

『マズいよ、壮介……マズい』

 洋の声にも力はなかった。そして壮介はケータイを切った。

 そして、

「くそったれがぁっ!」

 やり場のない怒り・焦り・哀しみ……、

 激情に駆られる壮介、それを表現するかのように、ケータイをベッドの上へ思い切り投げつけた。


 

 その日、壮介は大学へは行く気にはなれなかった。壮介は部屋のベッドの上で仰向けになり、ただただ無機質な天井を見つめていた。

 時折ベッドの脇に置いてあるケータイのバイブレーションが震えるが、壮介はそれに全く応えなかった。何もしたくない、考えたくない……、壮介の表情からはそれが滲み出ていた。


 そして夕方……、カーテン越しに西陽が差し込んでくる時刻、また壮介のケータイが震える。今までは三十秒くらいでそれは止まるが、今回は一分以上震え続けている。

 さすがに音が煩わしくなったのか、壮介はそのケータイを手に取る。ディスプレイには洋の名前が出ていた。

 ケータイのバイブレーションは依然震え続ける。遂に壮介はボタンを押し、ケータイを耳にあてる。

「もしもし……」

『おう、俺だ』

 ケータイから洋の声が漏れる。

『今、お前のアパートの前にいる。行ってもいいか?』

「今からか?」

 洋の問いに壮介は顔をしかめる。

『ああ、今日の講義のレジュメとか、持ってきてやったよ。大丈夫か?』

 洋の「大丈夫か?」には二つの意味があった。今から行ってもいいかということと、亮平の一件についてのこと。かなり気落ちしている壮介を洋なりに気遣っていた。

「ああ、大丈夫だ?」

 壮介はベッドから起き上がる。どちらに対しての「大丈夫」と受け取ったのだろうか?

『ああ、判った。じゃあすぐそっちへ行くから」

 そう言うと洋は電話を切った。壮介はテーブルにケータイを置く。

「はあ……」

 壮介はため息をついた後、頭をガリガリと掻き毟った。そして大きく背伸び。

「いつまでのヘコんでてもしょうがない……てか」

 そして壮介は立ち上がり、部屋の鍵を持って外へと出る。壮介の向かった先は一階の集合ポスト。壮介の部屋は六階なので、エレベーターで下まで降りる。

「おう、お迎えか?」

 下まで降りると洋が丁度やって来たところだった。壮介はオートロックの解除ボタンを押し、洋を中へと入れた。

「ま、何とか元気そうだな」

 洋は壮介の表情を見てニヤリと笑う。

「フン、ちょっと待ってろ。郵便物見たいから」

 壮介はそう言いながら自分のポストを開ける。するとチラシ数枚の他に郵便物が三通投函されていた。

「これはケータイ料金の請求書で、これは電気代ね。あと、これは何だ」

 壮介の目に留まったのは茶色の封筒。差出人は書かれていない。

「何だそれ?」

 差出人不明の封筒、洋も興味深そうに覗き込む。

「取りあえず部屋に戻ろうぜ。開けるのはそれからだ」

 壮介はそう言いエレベーターのボタンを押し、六階へと移動。洋と共に自分の部屋へと戻る。

「相変わらず男クセえ部屋だな。カノジョさんの苦労が判るぜ」

 洋は部屋に入るとその雑然とした風景に苦笑いを浮かべる。

「うるせえよ。おい洋、そこのハサミ取ってくれ」

 壮介は洋からハサミを受け取り、その刃を封筒に入れる。封書の中には、数枚の便箋。壮介はそれを封筒から取り出して開いてみた。

 そして便箋の内容を読む前に、壮介はその左端に書かれた文字を見て壮介は大きく目を見開いた。

 便箋の一番左端にあったもの、それはこの手紙を出した差出人の名前。

 

 そしてその差出人の名前……、そこには萩田亮平と書かれてあった。


「おい、洋……」

 壮介はそれを洋にも見せる。そして洋も壮介と同じ反応を見せる。

「こ、これは、一体……?」

 壮介は便箋に書かれてある内容に食い入る。そして一行読んでいく度、壮介は頭をガリガリと掻き毟っていた。



『壮介、

 お前がこれを読んでいる時、俺はもうこの世にはいないかもしれない。バカな俺を許してくれ。

 俺がこれをお前に書いたのは、お前だけには俺の気持ちを伝えておきたかったからだ。あれだけ心配させてしまったんだ、俺にはちゃんと話す義務が、お前に対してはあると思った。

 あの晩、あの月の出ていなかった夜。俺はお前と再会した。その時お前が俺に訊ねてきたことに、俺は答えることができなかった。許してくれ、あの時の俺にはどうしても答える度胸がなかったんだ。でもとうとうここまできてしまった。だから、俺はせめてお前だけにでも答えなければいけないんだ。聞いてくれ。

 

 あの時話した通り、俺とリン・エイミは恋人同士だった。最初は店の客と従業員だった。そのうち俺が段々とリンに入れ込んでいってしまった。あの当時、俺は前の恋人と別れた直後で心が荒んでいた。そんな時にあのリンと出会った。まるで荒野に咲く一輪の美しくて優しい花のようだった。俺はそれこそ毎日リンへと会いに行った。そしてそうしているうちに、リンも俺のことを好きになってくれた。俺とリンは恋人同士になった。客と風俗エステ嬢……、普通ならありえないし、あってはならないことなのかもしれないが、俺たちはそんな関係にのめり込んでいったんだ。俺はリンを愛し、リンも俺を愛してくれた。


 その時、俺は気付いたんだ。俺にとってリン・エイミという女性が全てになっていたことに。俺はリンという存在が傍にいるから生きていけるんだって、そう思うようになっていった。実際そうだった。それまで特に楽しくもない人生だったし、前の恋人と別れてからは特に毎日を生きるのが苦痛だった。友達のお前にこんなこと言うのはダメなのかもしれないが、事実そうだったんだ。俺の進む道は何も見えない。俺は真っ暗な闇の中にポツンと取り残されて、これからどうしていいのか判らない、どこへ進んで行っていいのかも判らない、そんな状態だったんだ。そんな状態の時、俺はリンに出会った。真っ暗な闇に、ほのかな光が灯った感じだった。まるで夜空に光る月のように、俺の足元を照らしてくれていた。


 その光があるから俺は歩いていけた。リンがいるから俺は自分に希望が持てた。リンがいたから、俺は、怖くなかったんだ。

 それが、それがこんなことになってしまって、リンはいなくなってしまった。

 

 そして俺は知ってしまった。それは俺があの時答えられなかった、お前からの問い。

 それを知ってしまった時、俺の目の前は今まで以上に真っ暗になってしまった。これから進もうとすべき道も、自分の足元すらも見えなくなってしまった。

 もう俺はどうしようもなくなってしまったんだ。


 壮介、もしお前ならこういう場合、どうする? 頭の良いお前なら、きっと誰もが傷つかない最良の答えを導き出せるんだろうな。残念ながら、俺にはそれができない。

 

 もし、お前にそれができるのならば、俺の代わりにこの悲劇を終わらせてくれ。誰も悲しまない形で真相を導き出してくれ。頼む。


 最後に、本当にすまなかった』

                    

                     萩田 亮平



 便箋を持つ壮介の手がプルプルと震える。

「萩田君……」

 便箋の全てに目を通した時、壮介の目には涙が溜まっていた。それは洋も同じで、メガネをとり目頭をこすっていた。

「そんなことが、萩田君にあったなんて……」

 洋は目頭をこすりながら話す。それに壮介は頷く。二人は亮平からの深層を、何とも複雑な想いで受け止めている。もう何を言ったらいいのか判らない。

 ただ一つ、壮介は心に決めたことがある。それはこの事件の真相を導き出すということ。

「この事件の真相を導き出す。それが萩田君から俺に伝えられた心からの願い。それを叶えてあげなければ」

 壮介その想いを胸に便箋と封筒を握り締める。

 その時だった。壮介は封筒の感触に違和感を覚えた。

「あれ、まだ何か入ってる?」

 壮介は封筒の口を逆さに向ける。するとあるものがポトンと下に落ちた。

「何だ?」

 洋がそれを床から拾い上げる。

「これは、吸殻……?」

 封筒の名から出てきたもの、それはタバコの小さな吸殻だった。殆ど吸われた状態で非常に短くなっている。

「萩田君、何でこんなものを封筒に……?」

 洋はそう言い首を傾げ、それを壮介に渡す。

「今はまだよく判らない。ただ、これが俺たちに残してくれた萩田君からのメッセージ」

 壮介はその小さな吸殻を見つめ、頭を掻く。

「絶対に、真相まで辿り着いてやる。萩田君たちのために」

 そう言い、壮介はその吸殻を封筒の中へと戻した。


 亮平の告白と吸殻。これから必ず真相を導き出す。それが壮介の瞳にはそんな決意が滲んでいた。


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