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7 全部....全部、私に刺さる。自分の言葉は、自分に言っている。

「はぁ....はぁ.....はぁ.......」


 うるさい。うるさい。

 うるさい。うるさい。うるさい。

 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。





 ────うるさい。





「.............」


「とにかく。今は頭を冷やしなさい。あなた何歳なの?全く、自分のことを客観的に見れないの」


 ドサッと置かれた塾の鞄が、目に入る。

 誰か知らない女の人の声が、耳を通り抜ける。


 声.....声.......声.....音.......声......声......


「あなた、どこ高校の子なの?」


「あなた、誰ですか?」


「.....ぅ......私は、その....通りかかったオバサンだけど、あなたが、男の子の首を締め上げてるのを見て、危ないと思ったから貴方を離したのよ。人殺しになったら、捕まるのよ?分かってるの?」


「はぁ....」


 チラッと、雪斗くんを見る。


「.....ぅ......ぅっ......うっ」


 目元を腫らして涙を流している。叫んだりとかするわけじゃなくて、どこか堪えるような感じだ。

 私の視線を感じると、キッと睨みつけてくる。


「........おま....ぇ.....に」


 私は、また動き出そうとして、すぐに押さえつけられる。

 よく分からない女の人と、他にも誰か知らない人が集まってくる。パシャッとなにかフラッシュ撮影のようなモノを感じた。

 すぐに、それをした人に目線を向ける。


 よく分からない中年くらいの男の人が、困惑した顔をしながらなにかをスマホに打ち込んでいる。


「お前らに.......」


 なんで....なんで.......なんで....


 私は、思いっきりその人たちの押さえつけを、振り払って....走る。荷物を、バッと手に取る。

 走って。走って....


 なんで、お前...とか、お前らなんて言う言葉が私の口から出てきたのか分からない。けど....自然と、言葉を選んでいた。


 明日学校で、なにかを言われるかもしれない。


 帰ったら、お母さんになにか言われるかもしれない。


 正美が嫌な奴みたいな顔をして、なにかを言ってくるかもしれない。


「.........ぁあぁあぁあああああ」


 それでも、それでも、近所迷惑になると分かっていても、声上げずにはいられない。

 なにが、私をこんなにも縛りつけるのか。

 現実であり、人であり....モノであり....今であり....


 そうやって、走っていたら....どこか道に迷った。

 コンビニがあった。

 ライトが、バチバチと少しだけ壊れている看板を、目にして....あ....隠れようかな。なんて思った。

 私別に、悪いことなんてしてないのに

 コンビニに入った時の音が、妙に耳につく。


「いらっしゃいませ」


 髪の長い女の人が、やる気のない声で喋った。

 見回した時は、車は一台もなかった。なのに、一人だけ....中にいた。


「........お前」


「...........」


「お前っ!!お前っ!!お前っ!!よく俺の前に顔を出せたなっ!!」


「...........」


「なんだっ!!その目は?あぁ?おい、ふざけんなよ」



「店内で、騒ぐのはやめてください。」



「ぁ?うっせぇんだよっ!!」


「やるなら、外でお願いします」


「ちっ.....おい。彼女さんよぉ、こっちこいよ」


「ぅ......」


 赤髪の男は、私の耳を無造作に掴むと外へと連れ出した。

 私は、不運だったのかもしれない。

 それとも、必然的だったのかもしれない。こうなることは...もしかしたら、私が求めて居たものなのかもしれない。


 ガンッと、コンビニの壁に投げられる。


「っ..........」


「おい。なんで俺の前に顔を出しやがった。つか、お前....さっきの、兄弟?姉妹?まぁ....どうでもいいや。」


「............」


「お前は、殴る。会ったら、一発殴るって決めていた。」


「.............」


「おいっ!!聞いてんのかっ!!」


「..........私が、どうにかできたと思ってるんですか?」


「ちっ......あぁ?」


 木下 奏は、私の前髪を掴んで私の目を見る。

 まるで、さっきの私のようだ。


「.......お前が、一番近くにいた。なら、気づくこともできた違うか?」


「ぅっ.....あなたこそ、気づくことができたんじゃ....な.....」


 ガツンッと、壁に投げられる。

 痛い.....


「お前が、一番近くにいた。なら....お前が、見つけられないのはおかしいだろ」


 ギリィ...と、また歯が軋む。

 どこまでも、どこまでも自己本位的で...どこまでも、どこまでもイラつく。

 また、木下は髪を掴もうとして、私は痛みを無視して立ち上がる。


「私だって!!私だって!!気づいてたら、こんな風になってない。貴方だって、気づけるものなら気づけたはず....なんで、そんな風に私ばっかり責め立てるんですか。」


「うるせぇ!!お前が、一番近かっただろ。近いやつが気づかなかったから....キレてんだよ!!」


「違う。あなたは、ただ.....私を、責めてスッキリしたいだけでしょ!!」


「うるせぇ!!」


 鈍い痛みが、お腹に走る。

 足が、自然と崩れて落ちる。まるで、機械のようにこうなったら、こうなると....プログラムされてるかのように。


 地面が、見える。

 黒いコンクリートが、見える。


「うっ.....」


「.......ちっ........」


「私の知ってるあなたは、そんな人じゃなかった。」


「誰がっ!!」



「おいっ!!あっちに行った女の子が、こっちで殴られてるぞっ!!」


「どうなってんだよ。全く....夜中は、静かにしなさい。」



 微かに見える知らない人達の中に見える警察の姿。

 ちっ...と、言った男はそのままチャリに乗って、何処かへと行ってしまった。

 私は、痛みが高まった興奮によって和らいで感じていなかったものを一気に感じ......動けなかった。





「あなたねぇ...どうしたら、一日でこんなに問題を起こせるのか。」


「........」


「はぁ...まぁ、いいわ。君、どこの子?見た感じ、高校生でしょ?何高校?」


「........」


「.....はぁ...黙り。一丁前に黙秘権ですか。じゃあ、いいわ。そこの男の子...君は、どこの子?親御さんはどうしたの」


「........」



「こっちも、黙りですか。あのさぁ...そういうことされると困るんだよね。ほら、色々とあるでしょ?俺的には、親御さん呼んで...サッパリ解決したいわいだけど...」


「........」


「はぁ.....カツ丼食べる?ほら、美味しいカツ丼。出前で買ってあげるよ?特別に」


「........」「.........」


「女の子の方は、さておき...男の子の方も、よく黙ってられるなぁ...見たところ小学生くらいでしょ?黙りとか...可愛げがないよ?」


「........」


「はぁ.....これ、どうしたらいいんですかね?勝手に、鞄とか見たらそれは、それで...よくないし、せめて名前くらい教えてくれてもいいんじゃないかな?」


「............」


「.......ぅ.....」


 近隣住民の人は、どこかへと行ってしまった。私と、雪斗くんは警察官に質問を受けている。


 私が、連れて来られた時...殴られたような跡にを見て...驚いたような表情と、少し罪悪感のようなモノを感じさせる表情を浮かべた雪斗くん。


 目を合わさないようにしながら、問題を起こした場所に戻っていた。



 なぜか、一言も発しない雪斗くんに、私もなんて言ったらいいかも分からない。


「......時間も遅いしなぁ.....話では、首を絞めようとしていた、っていう話だったけど」


「僕が.....」


「ん?」


「......」


「......」


「.........」


「ごめん。なんか、割って入っちゃったよね。つい癖で、人の話を聞こうとする時、ん?って声を掛けちゃうんだよ。」


「.........」


「..........私は.....」


「ん?」


「...........」


「すみません。話聞くんで、続けてください。」


「..........」


「..........」


「あぁ!!なんで、こうっ!!私がいるのが、悪いのか?そういうことか。」


「はい。」


「そうです。」


「うん。そうか。じゃあ、ちょっとだけ時間作るから、君たちだけで話していなさい。」(この物語は、フィクションです。)


 そう言って、少しだけ距離を開けて、私たちを見つめる警察官さん。

 チラッと、私を、見つめる雪斗くん。

 でも、私は顔を上げる気にはなれなかった。

 一言....言ってしまえば、どこか決壊しそうで....

 体中痛い。痛いから....現実に、向き合わなくてもいいかな。


「.....僕は、悪いとは思ってませんから」


 チラッと、私の目が雪斗くんを見る。

 彼も、どこか下を向いてなにかを考えている。


「...........」


 もう...さっきみたいに、イラつかなかった。

 手を伸ばす勇気すら湧かない。

 ただ....ただ、子ども同士の喧嘩にしては、余りにも脆く。余りにも、年齢がかけ離れていて.....ダメなんだ。

 きっと、雪斗くんの両親がやってくる。

 そうして、私に言うだろう。


「私の子になんてことをしてるの?あなた、大人でしょ?そうやって、やっていい事だと思ってやったの?」と....


 いいと思ってやってるわけがない。

 初めから....いいと思ってやっていたら...こんなことには、なっていない。

 でも、そんな言葉誰に届くわけでもない。

 ただ...やってしまった事実だけが残る。


「もう.....ここまで、来ちゃったから」


 それだけ、言葉を呟いた。

 ここまで、来ちゃったから....なぜか、歴史上の大犯罪を犯したような気分になる。それは、別にいいものではなく。


 どちらかと言えば、重たい重たい....責任という、船が勝手に動かないためのイカリのようなモノで....


「すみません。警察さん。」


 雪斗くんが、警察官の人に声をかける。


「お姉さんは、服を脱がそうとしたんです。それを、僕がイヤイヤって拒んだから...まるで、縛ろうとしたみたいな形になってしまったんです。」


「いや、それは....余りにも」


「それでも、事実はそれです。あなたが出る程凄いものでもないです。」


「でも、君は苦しかっただろう?証言によれば、泣いていたと」


「泣くほど、嫌だったんです。あなたは、近くで泣いてる赤ちゃんの、服を脱がせようとするお母さんに質問するですか?なんで、泣かせようとしてたんだって」


「いやっ!!だからっ!!それは、余りにも筋が」


「僕が、被害者です。」


「............だが.......ぐぅ.......生年月日、住所、名前等の記入してもってもいいですか?」


「はい.....」


 それから、数分くらい書くところは、書いて渡した。

 自分で帰ることを伝えて、帰宅することになった。


(この物語は、フィクションです。現実は、親御さんの付き添いの元適切な処置をとると思われます。)


「うっ.....」


「肩貸します。」


「う....うん。」


「それにしても、なんで...喧嘩なんかしてるんですか」


「いや....私も、したくてしたわけじゃないけど.....」


「はぁ....」


「もっと、自分を労わってください。なんで、こんなに陰キャみたいな見た目してる人が.....」


「いいから。というか、雪斗くん、頭いいね。」


「たまたまですよ」


 途中で、雪斗くんと別れて家に向かう。

 フラフラと、体が揺れる。長い黒髪が、ゆらゆらと揺れる。

 どうして、私がこんな目に合っているのか。悲劇のヒロインぶって、泣くには自分は、余りにも悪者すぎた。

 どうして、隣に寄りかかるような人がいないのに、こんなにも明日を生きるのか。それは、負けたくないから...


 私には遠すぎる彼の背中に、手が届くのは一体いつなのか。


「はぁ.....ぁ、ただいま」


「おかえりなさい。遅かったねぇ。寄り道でもしてたの?夜中なんだから、気をつけなさい。」


「.....う、うん。」


 玄関を通り抜け、廊下を歩いて、私の部屋に向かう。

 リュックがやけに重たい。


「あれ、ご飯食べないの?」


「うん」


 今は、要らない。今は、寝たい。この闇の中で、私は寝たい。

 ボブッと、毛布を被る。

 そっと、ポケットからスマホを取り出す。


『後ろを見て』


「..........」


 これが、無ければこんなにも、キツい思いをすることはなかった。

 誰が入れたのか分からないけど、悪趣味なことをする人だ。

 私は、そっと取り消しボタンを押して....ダダダッと、文字を消す。


「.......はぁ.....っ......」


 お腹がまだ痛い。ただただ....痛い。

 けど、別人のようになった木下さんを、恨む気持ちになれない。

 私が...同じことをしてしまったから。

 現実にもってきては、いけないものを私も持ってきてしまったような気がしたから....。


 見える健人の絵犬が....幸せって、なに?結局、あなたのいない幸せなんて、考えられない。


 もし、近くに健人がいたら....複雑そうな表情で、なにか言いたそうにすると思う。


 そうやって考えたのは、もしかしたら近くに健人がいるから、かもしれない。


「健人....」


 虚空へと、手を差し伸べる。


「私には、無理だよ。」


 どこか、時間が経ったあとでの言葉。あの時、あの場所で....終わった物語は、今もまだ続いている。


『..........』


 私の目には、薄ぼんやりとした闇の中に、人の姿が見える。

 ハッキリとした妄想。

 顔すら、分からない男の人。その人が、私に呟くの。


『大丈夫。』


 と、


 本当は、雪斗くんに話したいことがあった。

 健人とのカラオケでの出来事。

 今日一日中ずっと考えていた。

 言葉にしなくても、片隅でずっと眠っていた。

 しゃべりたかった。

 思い出したことを....近くにいてくれた夢の中の話のことを...


「でも、できなかった。」


 枕に顔を埋めて、声を出す。


 人生は、上手くいかない。考えていた事も、全く予想通り行かない。


 そうして、私の頭の隅に置いてあった思い出の宝箱をまた開けるのだ。

 だって、目を瞑ればそこにあるから...


「.......」


 私は、眠る。今日も、また健人の思い出が蘇ることを願って...


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