3 あなたたちがいる
健人と実質最後のデートの場所になったのは、神社だった。
なんで、神社なのか...多分、薄々自分が死ぬことが分かっていたのかもしれないし、単純に私と一緒にずっといたいって願いをしようとしたのかもしれない。
「はぁ...はぁ....この神社階段長すぎぃ....」
「正美ぃ...置いてくよ?はぁ...はぁ」
「チャラいお姉さんも頑張って歩いてくださいね」
「あんたに言われなくてもっ!!」
バスで自宅から数時間かけて着いたこの神社の名前は、
犬鳴神社
コケや雑草などがところどころに生えている石の階段を上ると、目の前に大きな本殿かある。絵馬や、占いなどもできるため、よく他県からお参りに来る人もいるくらいだ。
「はぁ....着いたァ!!」
「遅いですよぉ。チャラいお姉さん」
「待ちなさいよ....あんたたちぃ....」
頂上に登ると、神社の名前の由来が書かれた看板があった。
犬鳴神社の由来は、神社を立てる時に、数匹の犬がここに向かって吠えている光景に出くわしたらしい。それから街に災いが起こるようになった。
火事が多発したり、記録的な大洪水が、起きたり....どうにも気色が悪いのなんのってことで、犬が一斉にここに向かって吠えるということもあり。山の祟り...がどうの...
『....呪いを祀るタイプの神社なのか。なにに対して吠えていたんだろうね?』
『え、んー、山そのものだったり?』
『じゃあ、願いをかける人は、山に見守られているってことだね。なんだか安心するかも』
山に見守られていたら、安心するか...山に、魂を取られちゃったのかもしれない。そしたら、私はこの山のことを一生恨み続けることになる。
「おっ、あとちょっとだっ」
「やっと、着いたわっ!!はぁ....はぁ....」
「正美は、体力無さすぎww」
「正美じゃ....ないでしょ....正美さんで....はぁあ、ちょっと休憩」
「ざぁこざぁこ」
「煽ってんじゃないわよっ!!」
「イタッ、叩くなよ。児童暴力罪で訴えるからなっ!!」
「生意気な、ガキね 」
いつの間にか敬語の消えた雪斗くんは、煽り厨となっていた。
まるで、姉と弟の関係のような正美と雪斗くんをぼんやりと眺めつつ。
さらに、健人といた時のことを思い出す。
♾
「はぁ...はぁ....ごめん。ちょっと、きついから。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから休ませてほしいんだけど」
「男のくせに....運動とかした方がいいんじゃないの?」
「余計なお世話だよ。...あぁ、そうだ。思い出した。そしたら、俺が次に来る時に、体力が着いたか確かめるために、近くの木に跡をつけてみない?」
「私もう一度ここに来たいって思わないけどね。どうせ行くなら、別の場所行きたいし、っていうか...そんなことしたら、怒られちゃうからやめとこうよ。」
「大丈夫だよ。ほら、俺たちしかいないから」
少しだけ肩を落とした健人は、私の話を聞いてるのか聞いてないのかわからないけど...手元に先の尖った石を付近から拾って、近くの木まで歩くとガツガツと音を立てて、線を入れる。
「できた」
そう言って、木から離れる。
荒く削られた傷がその木に残っていた。
「んー、いや、もうちょっと、深く彫らないと分からないんじゃない?」
「そうかな。でも、確かに時間経ったら、分からなくなっちゃうかも」
私は、苦笑いを浮かべる。
いや、そもそもそんな小さな石じゃ時間が経って見に来ても、分からないと思うんだけどなぁ....
「こらぁ!!君たちなにをしてるの!!!」
階段の下の方から、怒鳴りつける声が聞こえた。
私たちは、いきなり聞こえた大きな声にビクッと肩を震わせる。
下から、黒髪をポニーテールでまとめ、赤と白が基調となった神職装束
を付けた女の人が階段を登ってくる。
「バレたかぁ...」
「に、逃げる?」
と、とりあえず、こういうのバレちゃったら、会わないように逃げちゃうのが、いいと思う。いや、逃げたい。
「いや、大丈夫。俺に任せて欲しい。」
「待つの...なんか、怖いよ」
こういうことは初めてだったので不安が押し寄せてきていた。
「まずは、逃げなかったことは偉いと褒めたらいいのか。豪胆だと責めれらいいのか分からないけど...なんで、こんなことしてたのか説明してくれるかな?」
「すみませんけど、なにか勘違いをしてませんか?」
私は、内心ハラハラしながら健人と女の人を見る。
「なにを勘違いしているのかな?」
「ふと、見てみたら木に傷ができてたので、なにで傷を付けたのか気になったんです。で...調べてみたら、付近に転がっている石っぽいなぁ...っと思って、なんのためにこんなことしてたんだろ?って考えてたんです」
「なるほど?つまり、君は、犯人探しをしていたと?」
「はい。そうです。」
女性の年齢を考えるのは、よくないとは思うけど...口元に小じわができ始めているので、大体年齢は察する。
すくなくとも、健人よりは年上の人みたいだけど、健人は物怖じせずにしゃべる。
「なるほどね〜....あなたは、かなり動揺しているようですけど、なんでそんなに落ち着きがないのですか?」
「凜音は、僕がいきなりしたことに対して驚いてるだけですよ。」
「あなたには、聞いてません。」
ピシャリと、言葉を断つ。
.....
私は....
「健人が、なにかをしようとしてるのは分かってたんですけど、その怒られるほどとは思ってなかっただけです。」
「なるほど?」
彼女は、そっと片目を閉じて、私たちを見つめる。
数分の間のあとに、彼女は口を開く。
「嘘は....ついてないみたいね。」
ドクドクドクという心臓の音が小刻みになる。
.....こ、怖かった。この人の圧が強すぎて、完全にこの人以外に見ていなかった。これから、健人がやることにはちゃんと注意をしよう。
女の人は、ふっ...と、肩の力が、抜ける。
「ごめんなさいね。勝手に犯人にしたてあげちゃって...」
ふと、目元になにかが伝う。
「あ....あれ....」
「凜音....泣いてるの?」
「あら....私やりすぎちゃったかしら」
それから、涙が止まらなくなって...そしたら、健人がそっと近くに寄ってくれて、声を上げて鳴いた。
「ごめん...軽い行動をとっちゃったよね。焦っちゃって」
「ァァアアア」
健人の近くにいると、安心する。そうやって、思ったのがこの時だった。
♾
ふと、小さな傷がついた木が、見えた。
その傷は、できた時からはかなり小さくなっていて...普通だったら、見えないくらいだったのに。
「あっ!!ちょっと凜音っ!!」
「お姉さん!?」
私は、たまらなくなって気に駆け出した。
そして、そっとその木の傷を人差し指でなぞる。
「痛っ...」
ささくれだっていたところに、指を擦り付けたため血が少し出てくる。
「.....」
触っちゃ...いけないんだ。
なんだか、全てに過去に拒絶されてるような気がして...胸を抑える。
私はポッケから、スマホを取り出してその傷を写真に収める。
「よしっ」
「変なお姉さん、それって」
「ひゃ!?あ、雪斗くんか...まず、変なお姉さんじゃなくて、凜音だから。凜音お姉さんって呼んで。で...うん。これ、健人が付けた傷、もう大分見えなくなっちゃってるけどね。」
「凜音お姉さんの前だと、ヤンチャしてたんですね。」
「んー、いや、落ち着いてたかな...どちらかというと」
「へー.....」
「写真は、撮ったからもういいよ。触ったら、ほら..血出ちゃったし」
「危ないんで...危険なことは、しない方がいいと思う」
そう言って、正美のところへと戻っていく雪斗くん。私も彼を追おうとして、ふと後ろを振り返る。
過去に拒絶されたような気がして、それだけで心が折れそうだけど、まだ...始まったばかりだから。
「そう。まだ、残ってるのがあるかもしれないよね。」
自分に言い聞かせて、そのまま階段を登っていく。
「古いなぁ...面白いものとか、なさそう。」
「子どもには、わかんないよな。こういうの、ほら、森に包まれた景色...こま犬?だかなんだか分かんないけど、ちょっと怖めの犬の銅像そして..神職装束を着た女性!!これこそ、安らぎを求める場所って感じでしょ」
「正美。深いようで、浅い話とかいいから...」
「凜音!?!私が、このガキにここの良さを教えてあげてるっていうのに....」
「余計なお世話です。あっ....あれ面白そうだな。」
雪斗くんは、そのまま走ってどこかに行ってしまった。
.....そういえば、雪斗くんが健人のことを知ってるって言ってたから、思わず連れてきちゃったけど、話す機会逃しちゃったな。
そうして、私もお参りをしようと思ったところで、神社の裏側から相変わらずどこか威厳のある女性が出てくる。
「あら....見たことのある人が来てるわね。」
「こんにちは」
いつかの日に、お世話になった人...
♾
「私は、ここで神社の管理をしている 松宮 貴子って言うわ。さっきは、怒ったりしてごめんなさい。」
「い、いえ....」
一通り泣き疲れて、私は健人から離れた。元々私たちが悪いのに、こんなに丁寧に謝られると
心が痛む。今すぐに、本当のことを言いたいけど、そうしたら色々言われそうだし...ぐっと抑える。
「そうだ。ちょっとまっててね。」
私たちは、今は客室のような場所にいる。
お香の匂いがかすかに香る和室で、貴子さんが来るのを待つことになった。
健人は、貴子さんがいなくなったのを見計らって、口元がニヤついている。
「上手く言ってよかった。それにしても、怖かったな....貴子さん」
「....私、もう帰りたいよ。そもそも、なんで神社なのよ。前みたいに街で遊ぶのじゃダメだったの?」
「どうしても、神社がよかったんだ。願いをかけたいんだ。ここに」
どこか真剣な表情で、窓から見える神社を眺める健人。
思えば、この頃にすでに...どこか、私よりも遠いところにいるような気がしていた。
まぁ、百歩譲って神社でお参りすることはいいにしても、嘘は嫌だよ。
なんか、モヤモヤしたまま話すことになるし
「じゃ、じゃあせめて、嘘だけは、やめたいんだけど」
どこか遠いところを見つめていた健人の瞳が、私に寄り添う。
戻ってきた..。
少しだけ安心するとともに、健人は微笑んだ。
「嘘じゃないよ。すでに、傷ついてたから。そこに俺は石が本物なのかどうか確かめてただけ」
あ....嘘つき...。
なんとなくだけど、そんな感じがした。けど...そう言われたら、私も何も言えなくなってしまう。
「.........そう、なんだ。」
痺れてきた足を少しだけ重心をずらす。なんだか....居心地が悪い。
少ししてから、貴子さんがやってきて絵馬を持ってきた。
「よしょ...はい。これ。2人とも使って」
「ありがとうございます。」
「ありがとう...ございます」
「あー....ごめんなさいね。変な空気にしちゃって、はい。これペンだから、これに願いを書いてね。そしたら、犬たちが天に願いを吠えてくれるわよ」
白いおお犬の書かれた絵馬....
「馬じゃないじゃん」
「絵犬....ゴロがちょっと悪いね。」
私たちは、貴子さんからペンを借りて、そこに自分自身の願いを書いた。
∞
「そうだったの....彼、もう行ってしまったのね。」
「貴子さん。私、彼との思い出の写真とか...そういうのこんなになるなんて知らなかったから...全然なくて、だから。その」
私...いつから、こんなに涙もろくなっちゃったんだろ。もう、老人レベル....うううっ...
「分かったわ。協力できるだけ、協力させてもらうから泣かないの。もう...そちらの方は、友達?」
「こんちわ。正美っていいます。友達です。」
「そう。大変だったでしょ。」
「あはは...えぇ、まぁ」
貴子さんは、手元に持っていた掃除道具を片付けてから...私と正美を以前、嘘をついて怒られた時の客室に案内してくれた。
前と変わらない部屋の香りが、妙な心地良さを感じる。
「それで....健人くんだったっけ?彼との思い出呼び起こし旅をしようと...」
「変な言い方しないでください。でも...そういうことです。」
「凜音って、彼氏のことを思ってずっと家の中で引きこもって、ギャン泣き状態。もう手が負えないっていうので...仕方なく、私も着いてきています。」
.....正美は、勝手に着いてきただけでしょ。
「そう...犬の声は、届かなかったのね...」
「それで、健人が作った絵馬って、もらえませんか?」
「あ...んー....そうね。本来は、帰納することで願いが叶うようにする。っていう目的てもあるのよ?持っていくこと自体は、事情か事情たし、仕方の無い事かもしれないけれどね。」
「...ぅ、はい。」
「まぁ、いいわ。薄々そうだろうな。とは思ってたわ。けど、何人も来てるから、いくつあるか分かったものじゃないわよ?あなた達、別々に取り付けたでしょ。」
「記憶力半端ないですねぇ」
「私は、来てる人はちゃんと見てるのよ。ただ、凜音ちゃんと健人くんはちょっと特殊だったけどね。」
今は、午後に入ったばかり...時間も、そんなにかかりそうじゃない...だったら、私はなんとしてでも探し出す。
それに...健人が、最後になんてお願いしたのか気になる。
「探します。」
「......そう。じゃあ、早く終わったら、犬鳴神社の代名詞、滝での占いでもしましょうか。」
「え、この神社って占いもあるんですねぇ...恋占いとか、そういうのかな。私、彼氏が欲しいのよねぇ。」
「あー....その、言い難いんだけどね。そういう、未来の話じゃなくてね。神様から、会いたい人の声を届ける。っていう、そういう占いよ?」
え...そんな、占いができる神社だったんだ。私と健人は、絵馬を書いて、お祈りして帰ったような気がするんだけど...
「私が来た時そういうのなかったような」
「.......それは、その....い、言える雰囲気じゃなかったじゃない?」
「あ、そうですか」
怒られたり、泣いたりしてたから...言えない雰囲気では、あったような?いや、でも...そういうのもっと早くに知りたかったなぁ
「さ、さてっ!!行きましょ行きましょ」
貴子さんは、手を打って外へと出る。なんだか、釈然としない気持ちのまま、絵馬を探しに外へと出た。
移動中〜
「ねぇ...さっきの、彼氏ほしいって言ってたけど、正美ってすでに彼氏がいるんだと思ってたけど...」
「世の中って、結構世知辛いのよ。頑張っても、報われないこともある...そういうものでしょ?」
「......なにを、頑張ったの?」
「そりぁ....あれよ.....男っていうのは、ちょっと胸当てればイチコロとかウェブでやってるし...」
「健人は、そんなすぐに別の人に行くような人じゃなかったけど」
「あぁあ!!色々あんのよ。色々!!」
「へぇ」
(若いわね〜あなたたち....)
後ろで、ごにょごにょしゃべっている凜音と雅美の話を聞いて、少しだけ微笑みが耐えない貴子さん。