2 君はもうどこにもいないんだ
私は、すぐに健人へと駆け寄る。彼は、胸を押さえつけて苦しそうに表情を歪ませる。
私は、どうすればいいのか分からなかった。なにをしたら、いいのか。どうしたらいいのか...そっと、彼の顔に手をあてる。苦しそう…
「だ、誰か....健人がっ!!誰か」
遠くから、誰かが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ねぇ....ホントに、ヤバそうな顔してるよ。救急車呼ばないと...」
「あ....中学生の.....」
「一花、救急車の電話番号って...なんだっけ?」
「え....えっと...確か、110じゃなくて、119じゃなくて、ちょ、ちょっと待って、調べるから....あー、そう。119だよ。」
「119な。もしもし...あの、はい。救急です。はい。坂上り公園のブランコがある場所です...はい。はい...」
どこか、現実にいる感覚がしなかった。彼が、倒れているのが...本当なのか、夢なのか...でも、そこで彼が苦しんでることがわかって...
やっぱり、あの時に病院に無理やりにでも行ってもらうべきだったとか、いくつも...後悔が頭を過ぎって...そんなことより、彼のことが...
ブランコで触れていたように手を握る。
さっきと同じように握り返してくれない。一方的に、握る...となりで、中学生の男女がなにかしゃべってるような気がしたけど、なにを言ってるのかすら耳に入ってこない。
やっぱり、私だけ現実から切り離されているようなそんな感覚。
彼の表情は、どう考えても尋常じゃない辛い顔をしていて....
ふと...こんなことを考えてる余裕なんかないのに、彼がどこかに行ってしまうような感覚を強烈に感じて...
こんな時 どうすればいいのかとか考えて....気づけば、私は彼の顔に近寄っていた。
「っ!?!お姉さんっ!?」
「ちょ、ちょっと!?そういうこと、してる場合じゃないでしょ」
私の唇を、彼の唇に合わせる。
サイレン音が、私の近くでなり始める。ねぇ...健人....健人....大丈夫だよ。って笑顔で言って健人...
「はぁ.....っ......」
一呼吸して、また....唇を近づける。私って、異常だよね。分かってるから....分かってるから....でも、少しでも彼が楽になってほしいから...
「りん....ね…ごめ…」
少しだけ、苦悶の顔表情をした彼の細めた瞳が私を捉える。
私は、そっと彼から離れて彼のことを抱擁する。
「救急車が今来てるから...」
彼の耳元でささやく。
きっと、生きてくれる。絶対に、終わらせない。終わらせないから...
「手....握って」
弱弱しく手が少しだけ揺れる。複数人が公園へとやってくる。
中学生が、救急隊員が何か話をしている。
「君、彼女さん?ちょっと、救急車に彼を乗っけるからね」
「.....はい」
私は、彼から再び離れる。気づけば、彼の手から力が無くなっていた。
手から顔へと流れるように目がいく。
一瞬だけど、私は彼の顔を見ることができた。
健人は、死人のように土色に顔が染まっていて、とても今からじゃ助かるようには見えなかった。
けど....
「はっ?おい、心配停止してるぞ。すぐにAED持ってこい。心臓マッサージ!!」
「了解」
彼らが、健人に人命救助をしている姿を眺め続ける。
助からない....私は、もうほとんど諦めのような気持ちがあった。
助からないのかもしれない。
その言葉を、私は拒絶する。絶対、ありえないから...
必死に、健人を生き返らせようとする救急隊員の人たちを見てると、ひょっとすると助かるかもしれない。なんて、言葉が脳裏を何度もよぎる。
「けん....」
私は、その手を伸ばす....色んな人に、囲まれている健人に....
誰も居ない、切り離された現実に私だけポッツンと立っている。
ここに、私の居場所があるのかな。
結局、私は感情では認められていないけど、心では認めてしまっていた。
彼の表情は、にこやかに微笑んでいたから....まるで、幸せだとでもいうように....だから、もうどうしようもない。
どうし....ようも、ないから
そっと、私は彼に背を向ける。その現実を、見ているだけで何かが湧き上がってきそうだから...
口が震えている。
目が乾燥している。
足が動かない。
涙が出て来ない…涙が、涙が出せない。
異様な静寂感の中で、耳が彼女たちの声を拾う。
「お姉さん....あのタイミングで、キスって...凄いね」
「凄かったな...」
「なに、頬を赤らめてんのよ。」
「いたっ!!別に、赤らめてないだろっ!!」
震えている。まだ、まだ…心が虚しく震えている。
∞
「あっ…うっ…」
頬から、一筋の涙が伝う。
分かっていたはず。
ここに来たら、きっと私はこらえきれなくなって泣いてしまうような予感がしていた。
「……」
無言の男の子は、ただただそばに居るだけ。声を発する事はない。
キィ―ッという不快な音が鼓膜を振動させる。
私は人差し指で、目元の滴を取る。
「私、まだ泣けたんだ。」
呟いた言葉が、身に染みわたっていく。それと共に、隣にいる人の気配を感じてしまってこんなところで、泣く姿を見せたくない。
健人は、救急者に搬送されてからどうなったんだろうか。正直、よくわかっていないけど…
健人に会いに行くのはなんだか、ためらわせる。
「ここ、僕が先にいたから」
「え?」
「だから、僕が先にいたから、どかないからね」
私....どいてなんて、一言も言ってないけど。ちらっと男の子は、私を見る。その目には、侮蔑と同情がうかがえた。
なに....その目....
「なにか言いたいことがあるなら、言えばいいじゃん。別に、私どいてなんて言ってないし」
「態度がそう言ってる」
「はぁ?勝手に勘違いして、そんな目しないでもらっていい?」
「あんただって....勘違いしてるじゃん」
「なにがっ!!」
「別に、僕お姉さんのことなんとも思ってないし、僕の目を見てなんか気に入らなかったのかもしれないけど、変な勘違いしてるのはそっちの方」
うわぁ....めんどくさ。
なに、この子....意趣返しでもしてきてるわけ?お前が座ってるところは、健人が座ってたところだって言うのっ!!
「......」
なんで、こんなクソガキを健人なんて呼んだんだろう....絶対、有り得ないのに...
折角彼との思い出を思い出したいのに、なんで...こんな最悪な気分にならないといけないわけ。
「......なんで、あんた病衣なんて着てんの?新手の厨二病?私そういう子ども無理なんだけど....」
「つっ....ほんと、めんどくさいお姉さんだなぁ.....これは、本物の病衣だから....それだけ」
「そういう設定でしょ。どうせ。痛いしい見た目してたら、誰かに構って貰えるとでも思ったの?」
「はぁ.....だから!!.....あー、もういいや。めんどくさいなぁ」
そういうと、なんだか背を曲げてうずくまる。まるで、なにかを溜め込んでるかのように、頭をグシャグシャと掻きむしる。
めんどくさいのは、お前だろ。
「はぁ....もう、いい時間帯だろうし....言ってもいいかな。」
男の子は、そっとボソッと口にする。
「なに....厨二病の、設定でも思いついたの?」
「は?そんなわけないでしょ。」
背筋を伸ばして、男の子は私の瞳を見つめて言う。
「僕、病院から抜け出してきたんだ」
「へー....凄いねー」
もったいぶったわりには、普通のことを言ってきた。まるで、それが凄いこと、いや、やばい事かのように....いや、確かに病院の患者ならやばいけど....ありきたり過ぎる設定だし....
「子供は、家で寝る時間だよ?普通。こんな夜中に出て....それで?なに、厨二病ごっこ?いいね。そんな能天気で」
「.....こりゃ、ダメかもしれない。本当のこと言っても、通じてない」
「今どきの病院はね。小さい子どもには、外にでないようちゃんとした設備があるの。あんたの力で、抜け出すことなんてできるわけが無いでしょ」
ガチガチという、金属同士がこすれる音がした。勢いに任せてブランコを捻った音みたい。
男の子は、眉毛をピクピクと痙攣させながら、私を見つめる。目がガチになってる...
「あんたこそ、なんなんだよっ!!夜中に、女一人で出歩いちゃダメだって言われなかったんですか?よく、そんなの能・天・気で、入れますねっ!!だらしない服装とかどうにかしたらいいんじゃないですか?聞こえてますか?あー、お姉さん耳が遠いんでしたねぇ!!」
「なんなの!?君....ほんと、生意気なんだけどっ!!」
「どっちのセリフですか」
男の子は、敬語で饒舌にしゃべる。さっきまで、怖いよ?お姉さんとか言ってたくせに....これよ。
「男って、ほんと信用ならない」
「女の人って、訳がわからないですね」
「夜中に、子供たちが公園でたむろってるっていう苦情が来てたけど...はぁ...誰かいますかぁ?」
懐中電灯のような物を手をしたお巡りさんが、遠くに見えた。ビクッと、私たちはお互いに肩を跳ねさせる。
「ど、どうしよう。考えなしにきちゃったから...」
「お、落ち着いて....私たち、別に変な人じゃないでしょ?どうせ、親に連れ戻されるだけ...いや、ヤダ。絶対にヤダっ!!それだけは」
帰ったら、親に説教されるに決まってる。いや、警察に捕まったってなったら、さらに説教されちゃう。それだけは、絶対に嫌だ。
「お姉さん。こっち」
男の子に腕をひかれて、そのまま公園の茂みの裏に隠れる。
一つの大きな茂みの中を二人で身を寄せあってお巡りさんから、身を隠す。
「おかしいな....大きな声がするっていう、苦情が来たんだけどなぁ....どこかに、隠れてしまったか...それとも、逃げてしまったか.....ん?足跡があるな...これ、まだできたばかりだよな?」
な.....お巡りさんって、狩人かなにかなの!?!どこからか見つけた足跡を頼りに歩いてくる。
私の、足跡かな....男の子の足跡だったら、小さすぎるし、絶対私だよね....ど、どうしよう
「大丈夫です。安心してください」
隣から声が聞こえる。少し、震えている男の子...びっくりした。私に言ってるのかと思った。自分に言い聞かせてるんだよね。
ガサガサ...ガサガサッ
と言う音が、近くまで聞こえる。
あー....もう、終わったよぉ....
『大丈夫』
「え?」
「?」
そっと、顔を上げて私のことを見る男の子。不思議そうな顔をしている。
あれ....今
「今....しゃべった?」
ふるふると、首を振る男の子。だよね...そうだよねぇ、男の人の声が聞こえたような気がしたんだけど....
「うわぁ!!ゆ、幽霊!?く、くるなぁ!!誰だよ....お前どこから出てきたんだよ」
近くまで、来ていたお巡りさんが、声を上げて叫ぶ声が聞こえた。
な、なに!?!なにが、あったって言うの?
私は、好奇心となにか恐れのようなものを感じつつ、体を動かすことができない。
「なにか、あったんですかね」
「分からないけど....」
なにかがあったのかな。とにかく...良かった。肩を下ろす。本当に、心臓が張り裂けそうになった。そう...だよね。また帰らないといけないんだよね。
また、いつお巡りさんが来るかも分からないし、そろそろ帰らないといけないよね。
「じゃあ、私そろそろ行くね。」
「え?あー、うん。勝手にどうぞ」
私は、男の子の顔を横目に足についた土や石を払って立ち上がる。相変わらずの適当さね。
「あんたも、さっさと帰んなよ」
そう言って、私はそっと男の子の傍から離れる。
「なに?まだ、なんかよう....」
「.......」
私の服の袖を、握った男の子は、私のことを真っ直ぐに見つめる。月の明かりが男の子の瞳を反射して猫のように見つめる。その青い瞳の奥にある暗闇のようなモノに引き込まれそうになる。
「........」
「僕のこと、なにも知りたいとは思わなかったんですか?」
.....むしろ、なにかを知りたいほどの余裕がない。そうやって、突き放すには余りにも真剣なので、なにを言ったらいいか少し迷う。
元々、ここへは健人を思い出すために来た。ただそれだけだから...この子に、対してなにも思わないかって言われると嘘になるけど。
「私も....」
「?」
「きっと、君も私も今は、誰かを気にするほどの余裕がないから」
だから...私たちは理解してくれる人を求めてる。
そう、口にしようとして、私は辞めた。誰よりも私を理解してくれた人は、もういない。実態のないものが、私を理解してくれるわけがない。だから....こうやって...
「そう....なんだ。」
「じゃあ、今度こそ行くね。またね」
「うん。もう会わないと思うけど」
余計な一言だからっ!!
私は、家に向かって歩き出す。公園の真っ白な月明かりに照らされながら、公園の出口に近づいたところで、堪えきれなくて、後ろを振り返る。
「健人、私あなたのこと、忘れない。だから、私...あなたとの思い出を振り返る旅にでようと思うの」
きっと、最後はここに辿り着く。その時に、また笑って生きていけてるよ。って言えるように努力するから....
そうやって、考えたあとでふと、ブランコの付近に男の子がいないことに気づいた。戻ってないんだ。ちゃんと、家に帰ってるといいんだけど...
「明日は、学校に行こうかな...」
私は、この時もっときちんと、男の子がどこに行ったのか確認するべきだったかもしれない。
「ちょっと、どこ行ってたのよ。今何時だと思ってるの?!」
「あ、あははは.....」
家に帰ると、お母さんのお説教が待っていた。
それから、数時間くらい。嫌になるほどガミガミした声を聞いて、自室に戻る。
ベッドに、体ごと死んだように倒れる。懐かしい....健人の記憶。私は、忘れていなかった。そっと、スマホを取り出して思い出したことを書き込んでいく。
健人は、死んでしまったんだ。と改めて実感した。
そして、あの時、気づけばキスをしていた。あれが、ファーストキスだったんだけど、なんでキスなんかしたんだろうなぁ....
もう二度と会えないって、予感してたから?私の気持ちは分からないけど....彼のことを思い出せたことが嬉しかった。こうやって...健人のことドンドン思い出せるのなら、彼と行った神社にも行ってみたいし、他にも...
よし、今週の土曜日に、電車で出かけてこようと思う。
そっと、メモ機能のあるところにメモを付けていく。こうすれば、大丈夫。忘れても思い出せる。
「あの神社に一人で行くのかぁ....」
少しだけ、ダルい...お寺、かぁ....健人が、安らかに眠れますように...っていうのを、お願いして....みようか...な
「うっ....あぁああああああ」
急に...そうやって、思った あとで感情がいきなり抑えられなくなった。彼の死んじゃった時には、泣けなかったんだよね。お寺に、お願いしないとダメだよね...
「ぁぁあ.....」
両腕で、目元をグジグジと擦る。もう、ヤダ....もう、本当に....
起きてから、学校に行くほどの気力はなかった。
♾
学校に行こうとは思わなかったけど...家でちゃんとご飯は食えるようになった。私が、下に降りてくると...お母さんは、少しだけ微笑んだ。
そして、昨日の夜のこともなかったかのようにご飯机に置いてあるから...と言って、仕事へと行く準備をしてるところだった。
「お母さん、学校への電話...」
「大丈夫よ。もう、話して置いたわ。昨日は張り切ってたみたいだけど、大体そんな感じになることは分かってたわ。」
「.....ありがとう」
私は、机に置いてある目玉焼きが乗ったパンと、サラダを食べる。土日に、神社に行こうと思ったけど、やっばり今日行こう。
「うん...そうしよう。」
手早く私も支度を始める。すると、ドアの方から、聞きなれた声が騒いでるような気がした。
「ちょっ!!子どもが、こんなところで寝てるんだけどっ!!起きなさいよっ!!あんた、どこから来たの?」
え、なんで...正美が来てるの?それに..男の子って、嫌な予感がするんだけど
私は、丁度キリのいいところで終わっていた支度をやめて、ドアを開けて様子を見る。
「正美〜朝からうるさいよ」
「だって、この子があんた玄関の前で出待ちしてたのよっ!」
「そんな、私のことを出待ちするようなショタなんて、いるわけないでしょ...第一、私は前まで彼氏が.....」
私は途中で言葉を詰まらせる。
階段付近で、寝っ転がった昨夜の男の子がいた。小さな身体を器用に丸めて音をたてずに、眠っている。
まるで、小動物が冬眠に入っているときの様で昨日の夜は生意気だったくせに…
あぁ、保護したくなる顔してるなぁ
「........」
「出待ちをするショタがここにいるわね〜」
「あんたっ!!なんで、こんなところで、寝てるのよ」
朝のだるさが、嘘のように吹き飛んだ。
この子いつから、玄関で寝てたの?てか…あんなに『会う事も、もうないだろうけど…』とか透かしてたのに、付いて来てんのなんかウケル。
いや、ウケてる場合じゃないよね。
とりあえず、背中をゆすってみる。
反応は…ないよねぇ。
「死んでる?」
「いやいや、昨日の夜はちゃんと喋ってたから...」
とは言うものの起きる気配もしないし、ピクリとも動かないで死んだ魚のように、その場に寝てしまっている。
いやいや…まさかね。
「と、とりあえず、こんなところにいたら風邪ひいちゃうから、あんたのベットで寝かせてやりなさいよ。別に、知らない子じゃないんでしょ?それに、病衣とか身体が心配だから」
「え?いや、私のベットで?この男の子、私のこと付けてきたのよ?」
私は、こんなわけのわからないショタなんかウチに入れたくないんだけど、そんな気持ちを知ってか知らずかじっと見つめてくる正美。
「な、なに?」
「あんた...今日も学校に行かないんでしょ?」
「.......」
だからなんだっていうの。
ねぇ?なに、なんか言いたいことがあるんなら、遠回しじゃなくて、ハッキリ言ってもらわないと分からないんだけど?
「それに、小さい子を外で寝かせたまんまっていうのは流石に人としてどうなの?」
「うぅ、分かったわよ。今日だけだからね。でも、正美も手伝ってよね。」
「そりゃあ、手伝うわよ。」
ジットリとした正美の目線に耐えきれなくて、私が折れることにした。
とりあえず、男の子を私のベットへと運びだす。
「ちょっと、その子誰なの?さらってきたんじゃないでしょうね!?あんたたち、ショタコンだからってそんな犯行に及ぶなんて思わなかったわ」
「違ういますよぉ、凜音ママ。コイツが、凜音のことを出待ちしてたの間違いですって」
「えぇ....でも、連れてきてるのは、今凜音と正美ちゃんで....えぇ、でも、男の子が出待ちしていたらしいし...えぇ?えぇ?」
「ちょっと、変な混乱させないでよ」
話が迷宮入りしそうなお母さんと正美の会話を断ち切って、とにかくベッドで寝かせてあげる。
体は、思ったより軽くて...私たちで協力して運ぶことができた。
「よしょ....まだ、寝てるね」
「ちびっ子だから、疲れてるんでしょ。とりあえずコイツは起きるまでは保留として...」
「保留って...ここ私の部屋で今すぐにでも追い出したいんだけど」
「細かいことは、気にしな〜い気にしな〜い」
「自分のことじゃないからって…はぁ」
正美は、そのままダルそうに肩にかけていたバックを床に落として、男の子の寝ているベットの端に腰かけてスマホをいじりだした。
あ、あんたねぇ....
「私もう行くわね〜!!家の鍵ちゃんと閉めるのよぉ!!」
「はーい!」
予定だと、お母さんの出る時間に合わせて、私も外に出ようと思ったのに、大分、脳内計画が狂わされた。
........早くしないと
「正美とその子には悪いけど、私今から出かけるつもりだったから、その子早く起こしちゃいたいんだけど」
「まぁまぁ...そんなに焦らないでよ。どっか出かけるんだ。」
そっとスマホから、視線を外して私のことを見つめる。
部屋の明かりが、出かけようとしていたので付いてない性で正美の表情が正確には分からないけど、なにか言いたそうな顔をしていると思う。
「学校って、訳じゃなさそうね」
「そうだけど?」
「そうなんだ。どこ行くの?」
「.......教える必要がある?」
「ここまで、来たんだから、ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん」
「......言ったら。絶対着いてくることになるでしょ」
「んー、学校あるしなぁ。着いてくるとは、決心できるかどうか微妙なところよ?でも、気になるなぁ」
行く気満々みたいな態度とってるくせにさぁ、ていうか正美がお母さんみたいな雰囲気出してて微妙に鬱陶しい。
友達だから、強くも出れないし...モヤモヤするなぁ
「そんなに、言いたくないなら別にいいけど。じゃあ、コイツどうする?」
そういうと、正美の後ろで寝ている男の子のおでこをペチペチと叩く。
今さぁ考えようとしてんじゃん。
そんなにたたいて、起きちゃったらどうするのよ。
何故かあの公園でバッタリと鉢合わせた厨二病の男の子。
正直、私の後を着いてきて玄関で寝てたとか普通の男性がやったら怖くてしかたないけど...
なんだか、意味深に自分のことを知ってほしい。みたいな態度してたし...
なにか、話し足りないことでもあったのかな。
「その子は、ちょっと話したくらいで、普通に家に帰る雰囲気出してたのに追ってきているなんてわからなかった。」
「さっきから、夜にって話でてくるけど、夜中外に出るとか辞めといた方がいいかんね?知らない兄ちゃんが話しかけてきたりするから」
「いや、わかってるけどさぁ。そういう気分だったの!とにかく、なんでこんなことになってるのか全く見当がつかないんだよね。起こしてみないと話にならないかなぁって」
「まっ、起こしてみないとわかんないしねぇ。よし、起こすぞぉ」
正美は、男の子が寝ているベットの中に大胆に潜ると、モゾモゾしだした。
な、なにしてんの...
「こちょこちょこちょこちょ...」
「..っ!?!うっ...痛いっ!!痛いって、脇を抉るのやめて起きるっ起きるから」
えっ?反応が、早かったみたいだけど、もしかして既に起きてた?
正美が、おはよ。少年。とか声をかけて、ひっ!?誰だよっ!あんた近寄んじゃねぇ!!とかいう声が聞こえたけど...気のせいだと思いたい。
∞
「君、名前なんて言うの?」
「....その前に、そこの女の人を、僕の半径二メートル以内に入れないでください。」
「この部屋から出ていけって、こと...酷いこと言うねぇ君」
「いや、部屋の奥の奥の方で縮こまってたらいいくらいの距離ですよ」
「.......」
正美は、口をとがらせて渋々部屋の隅っこへと歩いていく。
やかましかったし、よかったかも...なんて、ね!
「くしゅん」
「外で寝てたら風邪も引くでしょ。とりあえず、布団でも被って...そんなに警戒しなくてもいいよ。正美も奥でスマホをいじってるみたいだし、害はないでしょ?」
「へっ、私なんかしたかなぁ。それはね?こちょこちょくらいはしたよ?でもそんなに言われるほど酷いことしてないとおもうんだよね…」
と、チラチラとこちらを見ながら何か言っている正美は放置するとして。
とりあえず、この子の名前を知らないとなぁ...
「もう一度聞くけど、名前なんて言うの?」
「警察に突き出さないなら、言いますけど」
「言わないよ。別に」
「.....雪斗。君塚 雪斗っていう名前です」
「へー...」
よしっ、警察に電話するかぁ...えっと、何番だっけ。110番だから、110だね。なんて、説明したらいいかなぁ...
私は、ポケットに入っているスマホを取り出して、番号を打ち込んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。言わないって言ったじゃん」
「それは、それ...これは、これ」
「そ、そうやって僕のことを騙すんですね。お姉さんのこと信じたのに...で、でも僕はあの夜、一つ嘘をいってましたよ?健人っていう男の人のことを知っています。そのことを伝えに来たのに」
「.........」
私は、その言葉を聞いた時に手が止まる。
健人を、知っている?
「それは、本当なの?」
「本当ですよ?」
私は、スマホに表示されている電話を閉じて、写真アプリを開く。
健人は、あまり写真には映りたくないというタイプで、カメラを向けるとすぐに辞めてと言って顔を隠す。
そのせいで、私は彼の写真を一枚しか撮ったことがなかった。こんなことになるくらいなら、もっと写真を撮っておけばよかったと思うけど、今更遅い...
「この人だよ?」
それは、カラオケの誕生日のキャンペーンとかいうので、撮った記念写真。ぎこちない表情を浮かべている健人の唯一の写真。
「はい…その人です」
「.........っ!!!」
私は、嬉しさを感じだ。私だけじゃない。
健人の友達って言う人にあったことがなかったけど。
雪斗くんも覚えてる。私だけが、彼を覚えていなきゃいけないわけじゃない。
彼のことを思い出す旅に出ようと思う気持ちは変わらないけど
そっか。そうだよね。
知りたい。健人が他の人には、どんな風な人柄だったか。
知りたい。彼のことを...私だけしか知らなかった。彼のことを
「雪斗くん。今日は、大丈夫?」
「え?」
「私、ちょっと出かけようと思ってるんだけど、一緒に、行かないかな?ってこと」
「あっうん。......大丈夫」
少しの逡巡の後に、雪斗くんは頷いた。
今日って平日だし、そりゃあ悩むよね…。まぁ、行けるならよかった。
「正美は、どうするの?」
「んー、私?なんか、邪魔になりそうだし、辞めておこうかな。」
「うん。そうして」
「いや、なんかそうやってあっさり引き下がられると、モヤモヤするから、行こうかな」
あ、結局来るんだ
まぁ、私の家に来たってことは元々今日は学校へと行く気がなかったのかもしれない。