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1 彼の死

一応、注意しておきます。


※物語はフィクションであり、現実の人物とは一切関係ないことをお知らせします。



 私が.....私が、悪かったの....


 真っ赤に腫らした目の端を、何度も何度も擦る。布団の中で、こうして彼を思って声を出したのは今日で何回目になるのかな。


 今でも、彼の表情を覚えている。死ぬ瞬間まで、にこやかに微笑んでいた彼の顔を....本当は、私を攻めて欲しかった。


 もっと長く生きられたかもしれないだろっ!!


 って....言ってくれたら、どんなに心が晴れただろう。

 私の手には、冷たくなった彼の手紙が残っていた。クシャクシャにしたその紙に、物腰の柔らかい彼の性格の出た文字が書かれている。


「愛してるなんて....今更」


 遅い....再び、涙が頬からこぼれ落ちる。そうして、いつのまにか、眠りにつく。

 昨日も、一昨日もその前も...ずっとこんな調子だった。

 カーテンをガッチリと閉めて、部屋が暗くなっており...外が明るいのかまだ暗いのか判断が付かない。というか、そこまで考えるほどの気持ちになれない。


「......」


 私は、そっとベットから起きて、電気を付けた。クシャクシャになった手紙をそっと手で開く。


 拝啓 谷口 凜音さんへ〜


 筆跡を見ただけで再び涙を流しそうになる自分を自覚している。また、その涙を流してしまったら、多分...彼と向き合うことができない.....から





 あの日、私とあなたが出会ったのは広い草原の上でしたね。


 どこか自分を見失っているあなたを見た時に、私は残りの人生を使ってでも凜音さんのその瞳を輝かしいものへと変えたいと思いました。


 あの日のことは、今でも覚えています。

 あのすみません。そこの綺麗な君。良ければ私と付き合ってくださいませんか?と言った時の、動揺した君の表情は今でも忘れることができません。


 君は、どうようしたような表情でえーと、どなたか知りませんけど、私なんかでいいですか?なんて言って。やっぱり、自信が持ててないんだ。って確信しました。





「始めから、気づいていたんだ。でも...本当は、少しだけ怖かったんだよ?」


 つい....独り言のように声を出していた。それから、今までの出来事をツラツラと書き綴ってある。


 いきなり、海に行こうとか言い出して、行ったきりなにかするでもなくのんびりとした時間をただ過ごしていたこと。


 好きな食べ物なに?って聞かれてパンケーキと答えたら、すぐに行こうとか言い出して、無理やり連れていかれた時のこと...


 カラオケで下手くそな歌を熱唱してて、私が以外と歌が上手いということに惚れ直したとか言ってたこと...


 段々....彼が、私が好きになっていると気づいていて、小さな山の上で将来について話あったこと....


「そして、ある時、彼が重たい病にかかってるって気づいたんだよね。」


 お祈りをしたあとで神社から帰宅途中に、いきなり過呼吸で倒れてなにかの薬を飲んだあと...少し落ち着いたようで、どこか悪いのかな?と思ってたけど、そのままにしちゃって


 それから、最後に公園で彼とお話をしてる時に酷い痙攣を起こし始めて....


「急いで、彼を助けようとしたけど.....ダメで」


 バッと、紙を遺言書を手放して、またベットの中に潜った。

 こんな事実...私は認めたくない。まだ...まだ生きてる...多分、起きたら電話が来て、今から会えない?って電話が来るはずだから


「ねぇ.....会えないなんて嫌だよぉ」


 枕に、顔を擦り付ける。もう、何度やったかも分からない。

 一生...一生こうして、いたい...どうせ。どうせ、居ないんだもん


「し、死の..ぅ...ぁ」


 呟き...死のうかな...上手く言葉が、出せない。どうせ、私に死ぬ勇気なんてない。死のうと思って死ねたら、ずっと前に死んでる。


 でも...生きるのに、希望なんてない。


 彼は...


 ベットからハラりともう一枚の紙が落ちる。勢いで、クシャクシャにしちゃったけど、これ彼が書いた最後の手紙だったんだよねぇええ


「うあぁあああああ」


 なんで、私....なんで、こんなことしちゃったんだよ....ずっと、大事に取っておかないと、いけないやつを


「あぁあぁあああ健司ぃいいいいい」


 一枚の紙の裏には、山田 健司より と書かれたそれが、見えた。これで、最後の....


「ヤダヤダヤダ.....見たくないから...認めないから....」


 そう言ってるのに、手はどうしようもなく正直で、彼の書いた手紙を手に取ってしまう。体が、彼の文字を欲していた。


 これが、最後になるって分かってるのに...


「なんで......」


 私は、そっと書かれた中身を見つめる。





 凜音さん。黙っていてごめん。俺は、あなたが笑顔でいられるようにしたかった。


 死んでしまってごめん。俺が、君を幸せにしたかった。


 触れられなくなってごめん。もっと、生きていたかった。


 多分、俺が死んだあとで、君はずっと引きずってるかもしれない。だけど、俺ずっと待ってるからさ。あの世でだけど


 だから....うん。あの世で、幸せになろう。だから、今の君は自由に生きて欲しい。俺が教えた。楽しみを忘れないでほしい。きっと...君は、生きいたいと望むだろうから。


 大好きだ。愛してるよ。 山田 健人より





「.......」


 頬から、涙がこぼれ落ちる。あなたは、なんでもお見通しなんだね。


 私が、死ねないって...分かってるんだね。


「ごめんなさい。は....私の方だから....」


 突然、ブルブルとスマホがなっていることに気づいた。いつから、鳴ってたんだろう。


 そっと、スマホを手に取って、見る。友達からだった。56件の通知が来ています。と書かれたタグを見て若干引き攣る。


 友達の、正美からだ。


『大丈夫?昨日から、学校来てないみたいだけど...』


『先生が心配してるよ?っていうか、ん?あー、いつものことだから気にすんなって?あんたそれでも、本当に先生なの!?』


『本日も、欠席っと....流石に、電話しないと不味いかなぁって思い始めてきちゃったけど...なんか、大学生の彼氏?だっけ。あの人、関係なんじゃないの?』


『.....はよ。こいや』


 私は、タタタッとスマホに文字を打ち込んで、ベットの奥に投げる。



『生きてるから』


 と、書かれた文字が残されていた。




  ♾




 いつもの時間帯にドアを叩く音が聞こえた。



 私が、引きこもり初めてからお母さんが...


 毎日午前中と午後の二回ドアを叩くようにするから、部屋を出たくなるまでは外に置かれたご飯だけでも食べなさい。


 という風に話をドアの向こうから声をかけてくれた。



 お陰で、私は極端に体重が落ちるなどということはなく生きることができている。


 母親は、なにがあったのかは知らないはずだけど、山田 健人の遺言書が家のポストに投函されていたのを確認して察したみたい。


 気だるげな体に毛布をくるめて、ズリズリとドアに向かい。そっと、外に置かれたご飯と飲み物を部屋の中に入れて、それらを、一気に飲み込んですぐにベットで横になる。


 と、今日はそれだけじゃなくて、何十分か経ってから、またコンコンッという音が聞こえた。


「凜音。正美ちゃんが来たわよ」


「..........」


「凜音。あんたのお母さんに、無理言って入らせてもらったわ。あんた、いつまでそうやってグズグズしてるつもりなの?」


「........」


 私は、さらに毛布を目深に被って、両腕で耳を塞ぐ。


 まだちょっと...あとちょっとだけでいいから....彼のことを、思わせてほしい。外に出ちゃったら、彼のことが無くなってしまいそうで怖い。私が....今健人のことを思ってるから、彼が死んでいないの。


 だから....



 出ていってほしい。


 その言葉が、出てこない。親友の、優しさを感じるからこそ、私はなにも言う気持ちにはなれない。


「入るよ」


「ヤダ.....やめて」


「はぁ....グズグズ言ってんじゃないよ」


 外と、中を繋ぐ扉がガチャリと勝手に開かれる。外の明かりを照らす小さな窓からオレンジ色の光が中に差し込んでいた。

 

 ☆



 今は、5月の上旬...つまり、まだちょっと早く日が落ちるはずだから4時くらいだろう。


「んー、部屋は想像異常に汚くなってないみたいね」


「なんで、入ってくるのっ!!私、ヤダって言ったっ...」


 バチンッという音と共に、一瞬なにが起こってるのか理解できなかった。そして、少しして正美が私の頬にビンタしたことが分かった。


 呆然として、正美を見つめる私に、彼女はそっと私が持ってる手紙を見つめた。


「どんだけ、心配したと思ってるの?」


「正美になんて...関係ないじゃん.....」


 肩をすくめる仕草とともに、キッと細い目を睨みつける。私には、有無も言わせないみたい。


 学生服姿の正美は、その肩に背負っていたバックを床に下ろすと両手で目頭を解きほぐした。


 まるで、お母さんみたいなことをするな...と思って、ドアの奥を見つめてみたけど、彼女を連れてきたお母さんは既にどこかへと言ってしまった。


「凜音.....ねぇ、どうして学校に来なかったの?」


「それは....その.....」


「その手紙のせい?」


「せい とか言わないでよ。私の大好きな人だった彼からの手紙だから」


「凜音をこんな風にしちゃう彼氏なんて最低だよ。私が、変わりに引っぱたきに行ってあげるから」


「........し....」


 ンじゃったの....またしても、私の口がそれを拒む。まるで、魔人にでもその口を押えられているかのように...


 モゴモゴとしたところで、力なく体の強ばりを解いた。


「そうだね....ひっぱたきに行きたいな。」


「.......?ねぇ、その手紙見せてもらってもいい?」


「い、いいよ。」


 ずっと、これを手に持っていた。ずっと、大事にしたいと思っていた。


 でも、そんなことをしても彼は絶対に戻ってこないから...長い時間泣いたことで、少しだけほんの少しだけ諦めが着いていたのかもしれない。


 でも、体は正直に、正美の手が手紙に触れた瞬間、ギュッと反射的に掴んでいた。なんとも言えないような表情の、正美が私を見てきたので、私は苦笑いを作るしかなかった。


「はぁ....死んでも話さないみたいな顔して、あんた親に引き離された子猫みたいな顔してるわよ」


「....そう、かな」


「心配しなくても、奪って破いたりはしないわよ。そう言っても離さないと思うけど」


「あ、あはは.....」


 そっと、正美は凜音が持っている手紙から手を離して、耳に手を当てる。ピアスの穴が塞がりかけているところを、擦りながら部屋の隅の方を見つめている。


 私は、正美の傍にかけよって、彼女の目を見る。


「私、絶対外に出たくないから」


「......」


 これは、決意だった。ニートなんて言われても構わない。彼の表情を片時も忘れないために、私は全力で彼のことを思い続ける。


 これからも...ずっと...



「死んじゃったの?その人....っ!?」


 ふいに、彼女が言葉を発する。私が、認めたくないその言葉を...



「うっ、苦しい...」


「訂正して...彼は、まだ生きてるから」


「...っ!!」


 私は気づけば、正美の首元を掴んで睨みつけていた。口から、自分だとは思えない低い殺意の言葉が正美の目を睨みつけていた。


「....ご、ごめん....い、生きてるよね...だから…」


「あっ...ま、正美その...ごめん」


「ケホッケホ。私が悪かったから」


 今...正美のことを殺そうとしたの?私...嘘....あれだけ、死というものを理解したはずなのに...私....


「ねぇ...正美...今日はお願いだから、家に帰って」


「....そうするわ。」


 正美は、そっと立ち上がって荷物を手に持って私を見つめる。なにか、言いたいような表情で私を見つめる。


「叩いたりして、ごめん」


「分かってる。迷惑かけてるの」


「そう....なら、いいわ」


 そうして、彼女はドアの奥へと歩いて行った。私は、モゾモゾと体を動かしてベットに横たわる。


「うっ....うぐ.....うわぁああああ」


 なぜか、また泣きたくなって...気が済むまで泣いた。今までは、彼のことを思って泣いてたけど...今日は、それだけじゃなかった。全部だった....世の中全部に泣いていた気がする。


「なんで....なんなの....」


 答えの出ない疑問の嵐が、私の口から止まらないほどこぼれ落ちた。友達の優しさも厳しさも....彼の優しさも彼の辛さも....


「私が、なんだっていうのよぉおおお!!あぁあああああ」


 全部全部訳が分からない....全部全部....なにも、かもが....訳が分からない。





  ♾



 私には...もう、泣くことができなかった...


 全部、泣いてしまったから、もう...なにもかもが私の中でよく分からないものになってしまった。感情という感情を出し切ってしまったから、私壊れちゃったのかもしれない。


 でも....とにかく、部屋から出たかった。ずっと、中に入れば変わらないと思ってたことも...なにもかも、彼のことを忘れないための事じゃなかった。彼を忘れないようにできることじゃないって、そう。気づいてしまったから


 今は、夜中の9時とか10時とか、そこら辺だろうか。


 とにかくこんなところから飛び出したくて、急いで服に着替えて外へと出た。夜中は、危険だって...よく聞くから、なるべく危険じゃない場所へと行きたい。


 というか、もう場所は決まっている。彼と出会ったあの、人気の少ない辺鄙な公園....坂上さかのぼり公園という場所。


「ちょっと!!夜中に外出るのは、辞めなさいっていつも行ってるでしょ!!」


 ガチャ


 私は、早る気持ちに身を任せて、そのまま外へと飛び出した。服は、いつもよりも、軽装で...長い髪を、梳かしきれておらず、サンダルとスマホという身軽で、だらしない格好で外へと逃げ出した。



 




「はぁ...はぁ.....」


 いつもよりも、体が思うように動かない。少し、動かなかっただけで、こんなにも運動能力が変わってしまうんだ。電柱の灯りが、道路を照らし出している。車が、私を通り過ぎていく。どうしてか、足が速くなっていく。


「はぁ...はぁ」


 公園その名前どうり、坂を登らないと辿り着くことができない。徐々に足が重くなっていき、だるさを感じ始めたの歩みが遅くなっていた。


 少しだけ...肌寒いような...気がして、腕を必死にこする。コンクリートをサンダルが叩く音が妙に耳に響いた。


「っ…!!」


 ちょっとするとまた、自分を焦がす熱が再熱してまた冷めるその繰り返し。ふと、顔を上げると、見慣れた公園が目の前にあった。


 柄の悪い人がいないかどうか警戒するため、少し心を落ち着かせてから周りを見回す。


 誰もいないと思うけど、ちゃんと注意しないとだよね。


 少し盛り上がった砂が山になっている砂場、少しはげたパンダの乗り物、よくカップルが座ってる雰囲気のいいベンチそして…




 最後に.....私と、彼が話をした場所....



 奥の方でひっそりとある小さなブランコ



 いきなり苦悶の声をあげて、倒れた彼を私は…そう、思い出すようにして眺めると



「っ...!?!?」



 そこには、彼の姿を見ることはなかったけど、まるで、彼が若返ったかのように...それとも、死んでもなおそこに居るよ。と言わんばかりに...


 今にも消え失せてしまいそうな病衣を着た男の子がキィーキィーという音を鳴らしながら、夜中の月を眺めていた。



「ぁ......健人....?」


 つい...彼の名前を、口にだしてしまう。

 男の子は、ゆっくりと振り向いて私の方を見つめた。モッサリとした黒髪をした男の子の小さな瞳が私の目を見つめている。


「お姉さん誰?」


「っ.......」


 小さな男の子らしい声変わりのしていない言葉が、私に現実を突きつける。


 それは、私に深い...傷を与える。


 まるで....彼から、言われた言葉のように、心臓を突き刺して、血をドクドクとこぼれ落とす。


「あ.....うっ.....あ.......」


 私の手が、男の子の方へと、真っ直ぐ伸びる。私の体が、男の子を、今にも抱きしめてしまいたいと、強く欲している。


「い...いや.......」


 認めない....認めたくない。


 再びその声が、私の耳元で囁く。そうして、私はよく分からないほどの熱を持ってすぐ後ろを向く。


 あの男の子を、見ていたら危ない。絶対に、見てはいけない。


「見ちゃいけないから...」


「お姉さん?」


 強く、両耳を塞ぐ....その声は、悪魔の囁きだ....ダメだ。耳を貸したらダメだ。


「はっ...はっ....ぅ.....」


 動悸が...激しい....今から、でも、遅くない。帰ろう。家に帰れば、だいじょ.....



『凜音.....愛してるよ』


「健人っ!?」



 私は、すぐに後ろを振り向く。男の子がいた場所には、彼がゆったりとした風に立っていて、優しげな表情を浮かべている彼が立っていた。


「け、けん......」


『生きて......』


「待ってっ!!ねぇ!!待ってよっ!!健人っ!!私を.....私を一人にしないでよ」


 ふっと、にこやかに微笑んだ健人は、すぐに後ろを振り向いてそのままどこかへと歩いていく。


 月明かりに照らされた彼と、その奥の生い茂った茂みと木々が深い暗闇へと誘い込む。


「置いてかないで!!」


 私はすぐに彼の背中へと走りにくいサンダルで思いっきり地面を蹴って、手を伸ばす。

 彼にあと数センチ届きそうというところで、勢いに任せてそのまま彼のことを背後から抱きつく。


「っ....!?!」


「お、お姉さん....怖い」


 気づけば健人はそこには既におらず、その男の子を抱きしめていた。


「ご、ごめん」


「.......別に....」


 そっと、男の子の体から腕を離す。男の子は、気にした様子もなくてすぐにブランコで遊び始めた。


 怖いよ。と言う割にさ、怖いという感情の見えない少年を、今は気にしてるほど余裕もなくて...私の頭の中は、ずっと彼のことで一杯一杯になってしまっている。


 まるで、煙が消えるみたいに、健人の体が消えてしまった。

 健人......なんで、私の前から、消えちゃったの....


 両手で、彼がいなくなった方へと真っ直ぐ手を伸ばす。暗闇の中に、彼がいるような気がして、ゆっくりと歩きだす。


「......」


 一通り、木々の間から彼が歩いていないか確認する。

 すでに、その場所には、誰もいない。半ば、私の頭では分かっていたことだけど、あんなことが起きたから...という淡い期待が、胸の中にインクを落とす。


 そのインクは、心の水の中で薄くのびていき、やがて...前よりも濃い喪失感へと変わっていった。


「イタッ」


 茂みの中にある尖った木の枝が、足に擦れ赤い腫れた跡をつくる。


 探してる時には気づかなかった虫や、体にくっついた蜘蛛の糸が鬱陶しさに変わるが、大きなリアクションを取るほどの体力もなく。無言で、蜘蛛の糸を払い、足早に男の子がいた場所へと戻ってくる。


「疲れた....」


 心に残るモヤモヤした気持ち、まだ彼が居るかもしれないという気持ち、帰ったら親に怒られてしまうだろうという気持ち、なにもかもが私を疲れさせる。


「.....となり、座ってもいい?」


 男の子は、キィーキィーと音を立てて、月をぼんやりと見つめたまま返事がない。


 大きく動くわけでもなく、足をちょっと動かして揺らしている男の子のことを、私は少しだけ気にしつつブランコにゆっくりと腰を降ろす。


「君の親はどうしたの?」


 ゆっくりと、私に目を向ける。男の子の瞳は、澄んでいてなにを考えているか分からない。


「僕...の、親...ね」


 意味深に、その言葉を噛み締め苦い顔をしてその子は、病衣の裾を握った。真っ直ぐと私を向いていた瞳が、少しだけ右下に傾いたと思ったら、そのまま また月を見始めた。


「なんとか言ったらどうなの?」


「......僕の、親は僕に興味なんかないから、いいんだ。どうせ、こうして生きてるのも、もうすぐ終わりなんだから」


「.......」


「そんなことより、お姉さんの方が大丈夫なの?結構思い詰めたような表情をしてたけど」


「大丈夫そうに見える?」


「全然」


 色んな含みを持った言い方をしているけど、男の子の言葉は、どこか現実を諦めてしまっているようなそんな雰囲気を、放っていた。


 夜中の時間は、とてもゆっくりとしていて、時折空をかける小さな光を放つ飛行機が、私たちの目から遠ざかっていく。


 時間がながれていくことに、私たちはなにか分かりあったかのように、もしくはただそこに居るだけでいいかのように静寂を与えていた。


 私は、突然気まづさのようなものを感じてブランコの前後を変える。


 それは、健人が去っていった方向


「なにかを...」


 健人が言いたかったのかな...それとも、私が最後に見た健人が、幻覚となってでてきちゃっただけ?


 キィーキィーという二つのブランコの揺れる音が妙に暗闇の静けさを際立たせる。


 健人と...この子は、なにか関係があるのかな。


「ねぇ....君、健人って名前、知らない?」


「.....誰」


「えぇと...山田 健人っていう人なんだけど」


「知らないよ。そんな人」


「そ、そうなんだ」


 勘違い?うん...やっぱり、健人のことが好きすぎて見た幻覚だったのかな。今でも、覚えている。ここで起きたこと...


 丁度、この男の子と同じ場所で...




  ♾


 



「その、神社に行った時の心臓が痛む。って言ってたの大丈夫なの?」


「んー、多分大丈夫だと思う。ほら、全然元気だし」


 そう言って、彼はにっこりと笑う。

 淡い青色のTシャツと、少しだけ伸びてきた髪が彼の顔の優しそうな表情を映えさせる。


 私は、心配だった....


 最近は、テスト勉強が忙しくてあまり会うことが出来なかったから、彼のことが、より一層愛おしく感じる。


「そんなことより、さ。たまには、こうして初めて出会った場所で、昔を懐かしむのもいいと思うんだよね。」


「そんなことって....」


 彼は、気づいてないかもしれないけど、顔色が、少しだけ白っぽく感じる。


 まるで、死人のような...もし、彼がいきなりいなくなってしまったら、私....どうやって生きていけばいいのか。また分からなくなっちゃう。


「ほら...あそこだよ」


 彼は、呑気にブランコの奥に見える雰囲気の良さげなベンチを指さした。


 私たちが、出会ったところには今は中学生くらいのカップルが身を寄せあって、なにか話をしている。


「あそこ、なにか縁結びのスポットとして有名だったりするのかな」


「いや、俺は聞いたことないけどなぁ...でも、見る度にカップルがいるような気がするし...あながち、間違いじゃないかもね」


 卒業シーズンだから...


 お互いに、離れたくないとか、来年も一緒のクラスになれるといいね。とかしゃべってるのかな。きっと、しゃべってるんだろうなぁ。


 時折ほほえんだりする女の子のことを見てると、本当に幸せそうだな。って思う。


 ふと、そんな彼らを見ていると私たちの出会った当初を思い出す。


「なんで...健人は、私に話かけてくれたの?」


「ん....なんでだろうなぁ....内緒だよ。」


「一目惚れとか言ってたでしょ」


「覚えてんじゃん」


 本当に....本当に、一目惚れ?絶対に、違う。


 だって、彼は...私に恋なんかしてなかった。目で分かった...ナンパかなにかかな?って、そうやって初めは思ったし...


 でも、よこしまな感じがしなかったので、どこか不思議な人だと思ったんだよね。


「色んなところに行ったよね。あれから。一年も経ってないんだよ。」


「うん。」


「初めは凛音に会うたびに大丈夫かなとか、話ししてて楽しいのかな?ってずっと思ってた。今も、正直思ってるけどね。」


「ねぇ....」


「海とか、パンケーキ食べに行ったりとか...みんながするようなこと全然できなくてごめんね」


「ねぇってば、どうしたの?健人...今日、本当におかしいよ?まるで…」


 いきなり、語り始めた彼はどこか全部を思い出してなにかを終わらせようとしてるように見える。



 そして、私たちが終わりにする共通の事なんか一つしかないわけで、嫌な予感がする。


 健人から、話かけてくれたのに、こんなところで終わらそうとしてるの?


「私たち、まだ...まだ、出会ったばっかじゃん。一年だよ。これから...全然色んなこと体験したりとかするじゃん。そう。夏祭りとかも行ってない、まだデートしたいことも一杯あるから。だから…」


 彼は、私の目を見て、困ったような表情を浮かべていた。なに、なにか言いたいことがあるの?いや、あるでしょ。やだ。絶対言わせないから


「だから、私....あなたのことが」


「困らせちゃったよね。ごめんね。そういう風な意図はなかったんだ。ただ、ここに来ちゃったら色々思い出しちゃうなぁ...って、思っただけだよ。」


「......だったら、本当に?」


 自分でも、気づいてる。私は、もう既に彼に依存している。でも、別に、いいじゃん...私は、彼のことが好きだから、それで…それが、私にとっての幸福だから


「健人、私ね。あなたのことが好きだから。今までも…これからも」


「なんだか、凛音は、随分変わったね。」


「変えたのは、あなたのせいだからね。責任ちゃんと取ってよ」


「俺のせいなんだw」


 彼の髪が、そよ風でふわふわと揺れる。なんで、そんなにもあなたは、遠いの....私じゃ、彼には届かないの?


 手を伸ばして、腕に触れようとする。お互いのブランコの距離は、そんなに遠くないはずなのに、やっぱり遠いような気がする。


「ねぇ、私の手に触れて」


「?」


 彼は、そっと私の手に触れる。冷たい...凄く、冷たい。まるで、彼自身が冷蔵庫かのように冷えきっている。


「暖かいね。凜音は」


「健人が冷たすぎるのよ」


 自然と、手を絡め合う。彼は、横を向いたまま中学生たちを見つめている。こうして、離れてるのに...繋がってる。冷えきっている彼の手は、異常とも言えるような気がした。


「病院行った方がいいんじゃないの?」


「あんまり、病院とか...行きたくないんだよなぁ...」


 独り言のように、呟く。あまり、言いすぎると雰囲気が、壊れちゃうから...このままで...ずっと、ずっとこのままで....


「中学生って、いいね。なんか....」


「そんなに、あの子たちが、いいの?」


「違うよ。若いって、いいなぁ...って」


「健人も十分若いでしょ」


「うん....そうだけどな」


 ずっと、彼らを見つめる程、いいものかな...私じゃダメなのかな。ふと、彼の唇が目にとまる。今...彼に、キスしたら私に振り向いてくれるかな。


 私は、絡まった手をそっと解いて、彼の顔へと持っていく。少しだけ...あと、ほんの少しだけ近く...


 ブランコから、少しだけ足を浮かせて、傍に寄ろうとした。


「なにしてるの?」


「あっ....w」


 そうしたら、彼は少しだけ首をこっちへと向けて、私を見てきた。

 あ...あれ....中学生の方、さっきまで見てたよね?お、おかしいな。気づかれるはずがないんだけどな...


 急いで、ブランコに座り直して、伸ばしていた手を太ももに乗っける。なんだか、顔が熱い。そういうのは...見なかったことにしてよ。


「大丈夫?」


 そのまま、俯いてたら...彼が、ブランコから立ち上がる。あー...と、心の中で呟く。私のバカ....なんで、なんで...あんなこと。ずっとこの時間が続いたら、ってそう考えてたはずなのに...


 私は、なんだか...健人のことを見れなくなってた。なんだか、どうすることも出来なくて、地面をちょろちょろと歩き回ってるアリ見つめる。


「......凜音」


「ひゃい!!」


 顔を上げた時に、私と健人の目が合う。そっと、手を私の方へと持っていく。


 な、なに!?なに!?


「熱あるんじゃないの?」


 そっと、私のおでこに手を付ける。そんなことする人、健人だけだから...なんで、そういうの知ってるのよ!いや、これ天然でやってる?や…やめて。本当に恥ずかしいから


「ない...から....近づかないでお願い」


「え、酷いなぁ....」


 健人は、そっと離れて、ブランコに座り直す。あーあーホントに、ホントにさぁ。ちらっと健人の方を見るとこっちを見ている。や、やっぱり見ないで欲しいんだけど


「凜音、あのさ。俺、心配だったんだよね。見ず知らずの女の子のこと、元気づけて上げられるかどうか」


「え?う、うん」


「でも、こうやって、笑顔で...いてくれて...だか...らっ...あっぐっ!?!」


 いきなり、ブランコから健人は崩れ落ちる。それは、突拍子もないことだった。

 なんだか、その時の時間だけがゆっくりと流れているような、瞬きをする程の、一瞬のことで…


「どうしたの?!?健人....ねぇ、しっかりしてよ」

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