わたしのあだ名は『かぶとむし』
一つ前の仕事で自動車を運ぶ会社に勤めていました。
4トンの積載車に乗ったりもしていましたが、商品車にそのまま乗って自走することも多かったです。
社用車に四人ぐらい乗って、それぞれ引き取る車のあるお店やオークション会場へ送ってもらい、そこから引き取る車に乗って目的地まで運転するみたいな感じ。
色々な車に乗れて楽しかったです。
ある日、四人で社用車に乗って車屋さんへ行った時のこと。
その日は同じお店から3台、同じオークション会場へ運ぶ仕事でした。
一人は送迎運転手で、オークション会場に入れた後の三人を送り迎えする役。
ほとんどの時間を四人で社用車に同乗していました。
思っていたより移動距離が長く、しかも不動車があったりダンプカーの後ろに雨水が溜まりすぎたのを排水したりと手間取ったこともあり、ごはんを食べる暇がありませんでした。
やっと運び終わっても帰るまで四時間ぐらいかかる。
帰りの車の中でみんなヘトヘトになっていました。
四人とも朝から何も食べていません。
わたしは自分で作ったお弁当を持って来ていました。
でも三人が腹ペコなのに一人だけ食べるわけにも行かず、家に帰ってからこれは食べようと決めていました。
他の三人は全員男の人で、どこかで外食するつもりだったようです。
遅くなってもそうすればいいのにと思いましたが、三人とも早く帰りたいので我慢するつもりのようでした。
運転手のKさんがわたしに言ってくれました。
「しいなさん、弁当持ちだろ? 俺たちに遠慮せず食べなよ」
でもやっぱりそんなことをしては悪いので、「大丈夫です。お腹空いてないから」と笑顔で断りました。
それでも「遠慮すんなって。ほんとうはペコペコだろ? 俺たちは構わないよ? せっかくお弁当あるんだから、食べちゃいなよ」と、他の二人も一緒になって勧めてくれます。
正直腹ペコで倒れそうになっていました。
「ほんとうにいいんですか?」
わたしは好意に甘えることにしました。
「じゃ、すいませんけど頂きますよ?」
後部座席でお弁当を取り出し、なるべく音を立てないよう、なるべくみんなから見えないよう、窓のほうを向いて食べました。
たぶんお昼と夜と二食ぶん要るだろうなと思っていたので、大きなお弁当箱に大盛りごはんと鶏唐揚げでした。
わたしが食べている間、三人がなんだかニヤニヤしているような気がしました。
後日、同僚の女の子がわたしに教えてくれました。
「あんた、みんなが何も食べてないとこで、一人で持ってきたお弁当食べたんだって?」
どうやらわたしはあの後みんなから『常識のない、他人の気持ちを慮れないやつ』だと噂されていたようです。
普段から『一人だけ弁当持ってきやがって』『みんなと一緒に食事するのが普通だろ』と反感も買っていたようでした。
「みんなが食べていいって、何度も勧めてくれたから…」
わたしが言い訳のようにそう言うと、同僚の女の子が教えてくれました。
「あんた『かぶとむし』ってあだ名つけられてるからね。みんな面白がって、あんたのかぶとむしっぷりを観察したんだと思うよ」
「かぶとむし?」
「そう。食べ物に食いついたら、樹液をじっと吸うかぶとむしみたいに離れない、食い意地の凄い子だって」
ショックでした。
確かにわたしは食べることが大好きですが、何度も勧めてくれたからお言葉に甘えたのに……。
それにかぶとむしだなんて。
食べることが大好きなのはいけないことですか?
現在の仕事は大型トラックのドライバーをやっています。
前は大抵ちゃんと三食食べられていたのですが、最近は走りっぱなしです。
それでも持ってきたお弁当を走りながら食べたり、常備しているポップコーンで空腹を誤魔化したりしています。
他のドライバーさんに聞くと、みんな何も食べていないそうです。
食べる時間なんてないし、何より食べたくならないとのこと。
おじさんは胃袋の燃費がいいのでしょうか。
燃費のいい人が羨ましい……。
わたしは定期的に何か食べていないと、空腹で死にそうになります。
それでごはんにありつくとめっちゃ嬉しくて、一意専心ごはんに集中します。
それが樹液に吸いつくかぶとむしに見えるらしい。
どう考えても……
悪口ですよね?




