たまには近所を歩いてみる
朝食に何を食べればいいのかわからなくなってしまった。
カップ麺を食べればゲリダ豪雨がやってくる。カレーを食べても同じのがやってくる。納豆ごはんは飽きたというか、やっぱり好きじゃなかった。パンでもいいけど基本的朝はごはん派だ。
『たまには外へモーニングサービスでも食べに行くかー……』
調べると、色んなモーニングが出てきた。
色んなではあるが、内容は似たりよったりだ。
なぜみんな朝には鮭と納豆と海苔と味噌汁を食べるのだろう。
なぜみんな朝にはトーストとゆでたまごとサラダとヨーグルトを食べるのだろう。
私は朝からがっつりしたものが食べたいのだ。
カツカレーモーニングとかないのかな……と探したが、松の屋の朝とんかつ定食ぐらいしか見つからない。それはたまによく食べているので、今はいい。遠いし。
アパートから1kmほどのところに『ここのモーニングは最高!』との評判のお店があった。いつも見ているが、いつも通り過ぎている喫茶店だ。
車で行くほどの距離ではない。自転車でいいのだが──
『たまには近所を歩いてみるか』
そんな気分になり、お財布とタバコだけ持って、外へ出た。
だいぶん涼しくなった。朝の風が気持ちよかった。
お店には意外なぐらいすぐ着いた。
昭和の香りのする喫茶店で、人気店らしい。
外から見ると駐車場に車も少なく、中はガラガラかな? と思えたが、入ってみると白髪頭のお客さんでいっぱい。さすがは人気店というだけのことはある。意外なぐらい広い店内が結構埋まっていた。
いかにも昭和なベルベット風の椅子に座り、モーニングセットBを注文。700円超えは高いけど、600円のモーニングセットAの内容が『なぜみんな……』と私が思うようなものだったので。100円違いなら、と。まぁ、コーヒー1杯500円ぐらいするので、お得っちゃお得。
セット内容はハムとポテトのサンドイッチ、ベーコンエッグ、サラダ、スープ、そしてコーヒー。
サンドイッチちっちゃい。ベーコンエッグカピカピ。サラダが一番美味しかった。
一番期待したのはコーヒーだった。喫茶店のコーヒーなんて久しぶり。しかも私の好きなサイフォン。
あとからお姉さんがコーヒーカップを持ってきた。しかし空のカップだ。
『ど……、どういうこと?』と思っていると、お姉さんが改めてフラスコに入ったコーヒーを持ってきて、入れてくれた。
かなりお忙しそうで、バタバタとした動作でジャバー! と注いでくれたので、テーブルの上にコーヒーが飛び散った。お姉さんは何も言わずに慌ただしく去っていった。こういうのも昭和っぽいというのだろうか……?
期待したコーヒーも香りがなく、ずっと保温してあったみたいなしろものだった。『自分で作れば100円ぐらいだな』と思ってしまう。もうあの店には行かん。松の屋の朝とんかつ定食のほうが安いし……。
食事を終えて外へ出ると、コンビニの灰皿のところでタバコを吸った。
思えば昔はファミレスのモーニングセットをたまに食べに行ってたっけ。禁煙になってからは一度も行ってない。
確か290円とかだった気がする。時代がだんだん重苦しくなってる。
食後の運動も兼ねて、近所を歩いてみた。
私は車で出た先で1時間ぐらい歩くことはよくあるが、思えば近所を歩いてみたことはあまりなかった。
いつもは自動車で通り過ぎるだけの場所を、自転車で通ると新たな発見があるものだが、徒歩だとさらに見える世界が違っていた。
私の住んでいるところは田舎で、みんなが車で移動しているようなところだ。
でも歩いてみると結構、人とすれ違う。バス停でバスを待っているひとたちを珍しそうにジロジロとつい見てしまった。
コンビニ前でよくたむろしてるような柄の悪そうな兄ちゃんたちが三人、ガレージの中で大声で話してた。目を合わせないように通り過ぎた。
側溝にはめてあるグレーチングから小さな百合が二本、逞しい感じで顔を出していた。生きてるんだね、君たち。
道に迷った。わかっていたが、うちの近所の道はまるで迷路だ。南に向かって歩いているつもりがいつの間にか北に向かっていた。
ようやく道がわかり、そろそろ帰れるぞと確信した時には1時間が経っていた。
いつもは下を車でくぐるだけの歩道橋を渡る。
上から見下ろす近所の景色はべつの町のようだった。
歩道橋の上から自分の住んでいるアパートが見えるなんて知らなかった。
しかも私の部屋の窓が見えている。ここから誰かにじーっと見られていてもわからない。
窓からうちのフェレットくんが手を振ってくれてるかなと思ったが、そんなわけはなかった。
しっとりと汗をかいた。
でもおかげでなんだか朝から元気が出た。お腹の調子も良い。
よし、久しぶりにフェレットくんを連れて、近所の公園を散歩してみるか。