発端
残暑の季節にホラーは如何でしょうか?
「これで一緒になれますね、誠くん」
俺は今、ストーカーになってしまった大学の同級生『詩織』に包丁を向けられている。
「おい、こんな馬鹿なことは止めるんだ…………」
俺の後ろには石階段。
ここは人気のない神社だ。
「一緒になりましょう!」
詩織は迷わず包丁を俺の胸に突き刺した。
恐怖を目前にした俺は一歩も動けなかった。
「ぐっ…………!」
詩織の勢いは俺を刺しても止まらなかった。
俺共々、階段を転がり落ちる。
胸に刺さった包丁の痛みに加えて、体中を打撲する。
嫌だ、死にたくない!
俺はそう願ったが、無情にも意識は遠くなっていく。
ああ、このまま死ぬんだな、と思った時、遠くなりかけていた意識が逆にはっきりとしていった。
体中が痛いが、生きている。
「って、包丁!?」
俺は自身の胸部を見たが、包丁は刺さっていなかった。
転がっている途中で抜けたのか?
だとしても痛みが全くないし、血が出ていない。
一体どういうことだ?
何が起こったか分からなかった。
「!!?」
手に何かが当たる。
反射的に視線を移すと人が倒れていた。
それが詩織だと思った俺は距離を取る。
「えっ!?」
雲に隠れていた月が姿を現し、倒れた人間の姿を月光が照らした。
その姿を見て、俺は驚愕する。
「なんで俺が倒れているんだ…………!?」
これは幽体離脱なのか!?
そんな小説みたいなことをあるのかよ!?
俺はハッとし体を触った。
胸に触れた時、ムニッと自分には無いはずの感触があった。
次に股間へ手を当てるとあるべきものが無い。
それに月光で服が確認できた。
今着ている服は俺のじゃない。
詩織が着ていたものだ。
「いや、そんな馬鹿なことがあるか!」
目の前に倒れている俺の体からスマホを取った。
そして、カメラを起動し、自写撮りモードにする。
「うわっ!?」
俺は思わずスマホを投げた。
だって、そこに移ったのは詩織の顔だったのだ。
「なんだよ、これ…………小説みたいなことが起きやがった…………!」
でもそれは幽体離脱ではなく、入れ替わりだった。
俺は少しだけ呆然とし、事態を整理する。
胸を刺された俺は刺した詩織と一緒に階段を転がり落ちて、体が入れ替わってしまった。
「そうだ、俺の体!」
スマホのライトを頼りにもう一度、俺の体を確認する。
「!!?」
途端に吐き気がした。
包丁は正確に俺の左胸に深々と刺さっている。
それに瞳孔は開き切っていた。
「は、早く救急車を呼ばないと……!」
119番を呼ぼうとした俺は途中で指を止めた。
そんなことして意味があるのか?
見るからに死んでいるじゃないか?
それに万が一、生きていたとして俺が詩織の体に入っているということは俺の体には詩織が入っているはずだ。
俺の体が死んでいたら、俺は殺人犯。
生きていたとしても、結局、殺人と殺人未遂。
警察に対して、「俺と詩織の人格が入れ替わっている!」なんて馬鹿げたことを言ったとしても信じてもらえるはずがない。
精々、頭のおかしくなった振りをしているとしか思われないだろう。
俺の人生は終わりだ。
だったら、俺のやることは決まっている。
俺自身の死体を隠蔽するしかない。
「だとしたら、ここに置いていくわけにはいかない…………」
ここは神社で夜は人気が無いとはいえ、朝になれば誰かに見つかってしまう。
「どこかに俺の死体を隠さないと…………」
俺は頭をフル回転させて、隠す場所を考える。
あまり移動するわけにはいかない。
移動すれば、それだけ人で見られるリスクがある。
「そうだ、神社の山に隠そう」
といっても何日も放置すれば腐食し、異臭などで発見されてしまうだろう。
「一旦隠して、明日、準備をしてまた来よう」
そう決めた俺は、自分自身の体を担ごうとした。
「うっ!?」
しかし、予想以上に重い。
「そうだ、この体は詩織の、女性の体なんだ……」
俺は別に太っているわけじゃないが、女性では成人男性を持ち上げるのは苦労する。
結局、俺は自分自身の体を持ち上げることを諦めて、石段を引きづって登っていく。
それだって、かなりの重労働で夏の暑さも重なり、汗だくなった。
俺はやっとの思いで石段を登り切る。
しかし、ここで終わりじゃない。
神社の裏山の出来るだけ死体が見つかりにくそうな場所を探す必要がある。
スマホの光を頼りに山の中を探索していると丁度良さそうな窪みを見つけた。
俺はまた自分自身の死体を引きずって、その窪みまで持っていく。
窪みに俺の死体を置き、上から手頃な石や枯れ木などをかけて、死体を隠した。
不自然なのは否定できないが、一日ぐらいは見つからないことを祈るしかない。
死体は隠したが他にも問題はあった。
まずは服装だ。
泥や土、そして血で汚れている。
こんな格好を人に見られたら、終わりだ。
それに仕方なかったとはいえ、俺の死体を引きづったせいで神社の階段下から山まで血痕が残ってしまっている。
誰かに見られたら、通報されてしまうだろう。
どうしようか、と考えていると空からポツリ、ポツリと雨粒が落ちて来た。
「そうか、今日は早朝から雨が降る予定だったんだ!」
恵みの雨と言うべきだろう。
これで証拠は消せるし、人に会うリスクも軽減できるはずだ。
だとしても、会社や学校へ行く人たちは外に出るだろうから、早めに家へ帰った方が良い。
「でも、俺の部屋に戻るのはまずいな。それに俺のスマホもどうにかしないと」
もしGPSで居場所を特定されたら、スマホを詩織になっている俺が持っていても、俺の死体が持ってもいても終わりだ。
俺は詩織が持って来たバックを持って、あいつが一人暮らしをしているアパートへ戻ることにした。
その途中で俺はスマホを壊した上で川に捨てる。
雨は次第に強くなり、辺りが明るくなるころにはドシャ降りになっていた。
雨に濡れながら詩織のアパートへ向かうのは気が滅入ったが、この雨のおかげで証拠が消えると考えれば、我慢も出来る。
それにドシャ降りになったおかげで人に会わず、詩織のアパートに到着した。