天才的転生、コペルニクス的転回
イカセイは喫茶店で平日午後のティータイムを楽しんでいた。彼の席は店内右奥の窓側、そこが彼の特等席で、毎日10時から3時の間、この席に座っている。ちなみにイカセイというのは本名である。名字、名前もろもろひっくるめてイカセイである。1番安いアメリカンコーヒーを頼んだが、未だ口はつけていない。最初にもらったお冷を大切に飲んでいる途中だった。これは彼の信条であった。コーヒーカップからコーヒーが消えた時、この喫茶店から退店しなければいけないという空気が彼の嫌悪するものの一つだからだ。
店内ではビル・エヴァンスの「いつか王子様が」が流れていた。イカセイはこの曲が好きだった。はじめて聞いたのは今日。少し前にレコードは2週目に突入していた。
なぜイカセイは平日の昼間から喫茶店で優雅に過ごすことができているのかというと、彼は就労していないからだ。そして親が金持ちならば息子は働かなくてもいいと彼は考えていた。
時刻は現在、2時を回っていた。3時を超えると学生が大勢、新作を買いに来てしまうため、イカセイはそれまでにはこのコーヒーを飲みきり、店を出なければいけなかった。
イカセイは水を飲み干し、ようやく冷め切ったアメリカンコーヒーを飲見始めた。
「いつか王子様が」が終わり、「ナーディス」が流れ始めた。
イカセイは目の前に座るマックブックと顔を合わせる小難しい顔をした同年代の男性を見ていた。喫茶店でマックブックを開いている人間はなぜこうも得意げに見えるのだろう。所詮は有象無象のプロレタリアートに過ぎないというのに。などとイカセイは考ていたそのと、突如店内にトラックが突っ込んできた。
それはまるでイカセイを殺すために走ってきたようであった。イカセイを殺すために組み上げられ、イカセイを殺すために車検を受け、イカセイを殺すために燃料を補充した。そう思わせるほど真っ直ぐと彼の方に突撃した。
イカセイと冷め切ったアメリカンコーヒーは吹っ飛ばされ、彼は大腿骨以外全て複雑骨折の重症となった。
幸か不幸か、プロレタリアートに怪我人は1人もいなかった。
「やれやれ」
そう呟いて彼は今日、東京大学に受かることなく、32歳で天寿を全うした。