二度あることは
翌朝。ベッドから起き上がり、顔を洗ってから階段を下りる。
なんだか、耳に水が入った感じがしてちょっと気持ち悪い。今まではそんな事なかったのに。
意識するとそこから分かるようになる……みたいなシステムなのだろうか。
カウンターをのぞき込む。
「ラウラー、おはよう」
返事がない。
というか、冒険者の姿もない。
「ラウラー?」
広間に行く。
しんと静まり返っている宿屋。
耳をそばだてるが、何の音もしない。
誰の寝息もない。
……誰も、ここにいない?
俺は嫌な予感がして、宿を飛び出した。
◇◇◇
村の正面を守る門の向こう側に、『アイツら』はいた。
「来やがった……!」
ガラの悪そうな奴らの声が、扉の向こうから聞こえている。
やっぱり、塀と門を作っておいてよかった。
俺は自分のインベントリを確認しつつ、すぐに門のそばへと駆け寄る。
「だーかーらー! 入れろっつってんだろ!」
「入れるわけねえだろバカ野郎! ブッ飛ばすぞ!」
アベルの口が悪いせいで、どっちが悪者か分からないな。
俺は後ろのほうで腕を組んでいたサルートルに声をかけた。
「サルートル、また来たんだな」
「ん、ああ……」
ふう、と彼はため息をつく。
「だが、何か様子がおかしい」
「おかしい? 聞く限り、相変わらず『強請ってそう』な感じだけど……」
「まあ、ほとんどそんなところではあるのだが」
鉄門の向こうから、複数人のぎゃあぎゃあ騒ぐ声が聞こえている。
「……ちょっと聞いてみる」
「あ、おい……!」
サルートルの制止を振り切って、俺は石壁の内側に設けておいた階段を上り、一気に塀の上へ。
見下ろすと、あのリーダー格の男と目が合った。雷撃を放つ、あの男だ。
「そこのオッサン、話がある」
「お前か。名前は確か……」
俺はこっそりと、インベントリに手をかける。いつでも布団MODを投げられるよう視界は外さない。
雷撃はタメ時間があるはずだから、敵意があるなら先制で寝かしつけてやる。
……と思っていたが、その男はこちらに害意がないとでも言いたげな、優しい表情を見せた。
「まあいい。名前なんてどうでも。……その隠した手の裏で、また何か用意しているんだろ?」
「ッ……」
「その耳、図星だな?」
ははっ、と軽く笑う。
耳か、そうかケモ耳でバレたかー。
くっ、いつか絶対外してやるぞ……ケモ耳。
「ただの変わりモンかと思ったが……まあ、やめておけ。何を持ってんのか知らねえが、どうせお前が負ける」
脅しかもしれない。だが、脅しじゃないかもしれない。
この世界のルールや常識で、俺が知らない事はまだまだあるはずだ。
冷汗が、ゆっくりとこめかみを流れ落ちていく。
「俺の名はザイフェルト。感謝するんだな。今日は忠告しに来てやったんだから」
「感謝だぁ? 忠告だぁ? どの口が言ってやがる!」
後ろから、アベルの怒声が響く。
「いいから聞けよ。この村は俺の見立てじゃあ……かなりヤバい状態だ」
「あァ?」
「お前らは村から出ないから知らねえだろうが、ここから数里先の丘に、大量の賊どもが野営を開いてる」
「……だから何だ」
「お前らとはレベルが違う、全身鎧で完全武装した奴らだ。ありゃあ素人じゃねぇ、どっかの軍から放逐されたプロの盗賊団ってとこだ」
俺から視界を外さずに喋る男の表情は、取引を狙う説得者の顔だ。
あるいは、説き伏せたい詐欺師のそれか。
「適当言ってんじゃねーぞ」
「探りに行かせたモンが言うことにゃ、どうやらここが次の狙いらしい。このままだとあいつら、10日……いや、7日もすればここへ来やがるぞ」
「そんな話、信じるわけねえだろうが!」
「うるせぇボケ!」
ザイフェルトと名乗った男は、騒ぎ始めたアベルを一蹴する。
「俺は会話が出来る奴に言ってんだ。てめぇみたいな脳筋冒険野郎は黙ってろ!」
「んだと……ッ……!」
「俺に嘘をつく理由なんかねえだろが! 黙って忠告を聞け!」
「だから、ンなもん信じねぇっての!」
はぁ、と深いため息をつき、ザイフェルトは肩を落とす。
そして、鉄の扉に拳を叩き込んだ。
「黙ってろつってんだろボケカスがぁッ!!」
鉄門は、ゴゥン、と鈍い音を響かせる。
ザイフェルトは、自身の拳を見て、数度手を握って、開いた。
「あー、痛いな。こりゃ本物の鉄か……」
「てめぇ、さてはバカだろ?」
「アベル、その辺にしておけ」
あきれ顔のサルートルが、アベルの肩を後ろに引っ張った。
「おい、ザイフェルトとやら。見てのとおり、この村には鉄と石の防護壁がある。盗賊団も退くしかないだろう」
「そりゃあどうかなァ……」
「それに『嘘をつく理由がない』と言っていたが、お前たちの狙いは護衛料だ。それは……嘘をつく理由になるんじゃないのか」
「……かもしれねぇな」
また沈黙が場を支配する。
「おい、塀の上のガキ」
ザイフェルトは俺を指差した。
「お前はどう思う」
「どうって……」
困惑している俺を見て、ザイフェルトは続けた。
「お前みたいな能力のあるヤツは、絶対に最初から狙われる。捕らえて奴隷に……そういうやつらだ」
「……それは、ヤだな」
「知ってんだぜ。この前の『鎧』……、一発だけしか使えねーんだろ?」
「……」
一瞬の沈黙。しかし、それは答えているも同じだった。
「だったら大人しく――」
「俺たちを抜いて話を進めるな。結局、お前たちの目的は脅迫だろう」
話を聞いてやる義理はない。声を上げたサルートルはそう言って話を終えようとする。
「とにかく、お引き取り願いたい。忠告はありがたく受けとるが、我々にはキミらの保護は必要ない」
「……こっちが下手に出てやったらよぉ……」
明らかに、ザイフェルトがイライラし始めた。腕を組み、片足を何度も揺らしている。
「アニキ、もう構うこたぁありませんって! やっちまいましょうよ!」
「……」
ザイフェルトが、ちらりと俺を見る。
次の瞬間、彼の後ろで子分が次々と剣を抜き始めた。
なんだよ、結局これか! これじゃお前らが武装組織じゃないか!
「そこのガキ」
「イツキ……名前はイツキだ」
「……イツキ。お前は冷静なようだから言うが、金で解決出来るんだぞ? お前からも、そっちにいるバカな冒険者たちに伝えてやってくれ」
俺は、ちらりと門の内側を見た。全員、首を横に振っている。
今度は、門の外側を見る。
「あー、もうアニキのバカ! 俺もうガマンできねえっす! ボコって分からせましょうや!」
突然、中の1人が壁を剣でガンガン叩き始めた。
ザイフェルトは「あーあ」と小さく漏らし、目を閉じた。
「時間切れだ。コイツらは俺よりもっと気が短い。交渉決裂。お前らは全滅だな」
ふん、とザイフェルトが笑う。
「やっちまえ!!」
「っしゃぁああ!! 破壊だ! 全部ぶっ壊してやるっ!!」
地鳴りのような男たちの咆哮が響く。すぐに各々が一斉に壁に攻撃をし出した。
よく見ると、剣ではなくハンマーのようなもので崩そうとしていたり、中には魔法らしきモノを撃ち込んでいる者すらいる。
なんだこいつら、完全に壁を壊しに来てるじゃないか。
ザイフェルトは少し後ろに下がって、じっと腕組みをしてその様子を見ていた。
だが、魔法対策はもちろんのこと、そもそもが石の壁だ。
中に泥の層があるとはいえ、しっかりと組まれた石垣はそう簡単には壊れない。
「はっは~ッ! だから言ったろ!」
ビクともしない壁の様子に、アベルはのけぞって天を仰いで笑っている。
ザイフェルトは……。
その表情は、まったく曇っていなかった。それどころか――。
「……笑ってる……?」
「もうやめとけ」
ザイフェルトが号令を掛ける。
「この村の『防護壁』はマジモンだ。悔しいが、流石の俺たちも無理だろうな」
台詞に反して、彼の顔は悔しそうに見えない。
「仕方ねえ……金にならねえなら、俺らは先に消える。後で後悔しても知らねえからな」
「へっ! 一昨日来やがれザコどもが!」
ザイフェルトが、また俺を見た。
なんだ? 何が言いたいんだ、あの目……。
「いいか、最後の忠告だ。奴らは7日後に来る。それまでに、せいぜい女子供くらいは逃がしておくんだな」
ぺっ、とその場に唾を吐いて、ザイフェルトは踵を返す。
それに従うように、ぞろぞろと男たちは森へと帰っていった。
壁の上から降りた俺の背中を、アベルの手がバンバンと強くたたく。
「やったじゃねえかイツキ! あいつらを追い返したぜ!」
「ああ……」
「……イツキ?」
ザイフェルトと名乗った男の、あの目。
なんか、すごくイヤな予感がする。
「……腹でも痛えのか?」
「いや……とりあえず、さっき壁が壊された場所がないか確認してくるよ」
頭の中に湧いた鈍い感覚を拭えないまま、俺は門を出て、表へと回った。
石壁には数か所、魔法が表面を壊した跡があった。だが、仕込んだ泥は表に出ていない。俺の思惑通りだ。
穴の開いた壁を大きく取り除き、そこに新品の石をはめ込む。
すぐに周りの石壁となじんで、元通りの壁が出来上がった。
俺は、振り返った。
鉄門の前に、ザイフェルトの影を見る。
あの顔。驚くでもなく焦るでもない、あの余裕。
アイツは多分――嘘をついている。
そもそも反応からしておかしい。
少し見ていない間に、突然数百メートルの石壁が出来ていたら、普通は驚く。
もし人力でこれだけの石を積み上げるなら、村中総出で朝から晩まで働いても足りない。それは冒険者や住人の反応でも明らかだ。
近づく過程で知ったのだとしても、どういうことだと聞いて来ることすらなかった。
少し前にあった敵影レーダーのこともそうだ。
あのとき、レーダーは木の所にいる少人数に対してだけ反応し、『アイツら』には反応していなかった。
だとすれば、奴らはあんな態度だったにもかかわらず、村に攻撃をするつもりは無かったという事になる。
風が吹く。俺は敏感に反応した耳を掻いて、思い至った結論をひとりごちる。
「偵察か……」
出たのは、その言葉だった。
ザイフェルトの目的が「この村の偵察」なのだとしたら?
遠くから壁を作る俺を監視していた――これはいわゆる、隠密偵察だ。
そして事情を知るラウラを浚おうとし、冒険者と一戦交えようとした――これは威力偵察というやつだろう。
石壁をわざわざ剣で攻撃し、魔法を撃ち、鉄門を素手で殴ったこともそうだ。
務めて冷静。……冷静に、事実を確認している。
この村の情報を探り、斥候を送り、次の手を探っている。だとすれば、すべて納得がいく。いや、正確には……矛盾しない。
確証があるわけじゃない。だけど、あり得る。
だったら。
俺だって、一介の中二病男子である。
孫子の兵法だって流し読みくらいはしたし、ミリタリーなWikiを漁ったりもした。
だからわかる。あれだけ自然に作戦を実行できるなら、あいつらは戦いに慣れている。
「……勘弁してくれよ」
思わず、口から言葉がこぼれ出た。
俺は駆け出して村へ戻ると、まだ笑っているアベルたちを押しのけて、宿屋へと向かった。
◇◇◇
ラウラは、終始無表情だった。
さすがに突拍子もないと思ったのだろう。宿の入り口に箒を立てかけ、壁にもたれかかったまま首を傾げている。
「あいつらは、ただの盗賊じゃない。行動には何か意味があるはずだ……すぐに対策を考えないと」
「……イツキの意見はよく分かった。けどね……」
深く息を吐くラウラ。それから、困ったように笑った。
「信じろってほうがムリだよ。だって、アイツらそんなに頭イイとは思えないもん」
「そりゃ……言動はそうだけど……裏の意図が」
「イツキが作ってくれた石壁も、アイツらぜんぜん壊せなかったし」
「だから……それはただの偵察で……」
「それにさ、アイツらの要求は『敵が来るから護衛の金を出せ』だよ? なんでわざわざ、『敵が来る』なんて警戒されるような事を言うの?」
「う……いや」
「村に入るための適当なでっち上げって線の方が、まだ納得じゃない?」
「……」
自分の耳が萎びていくのを感じる。
「あいつらが言ってた一週間後と、前後2日は念のために警備は厳重にする……で、あとはいつも通り。なんだかんだ、今までボロボロの塀でもやってこれたんだし。イツキの壁があれば大丈夫だよ」
「……」
否定できない。
奴らが詐欺師のようなものなら、脅しのために嘘をついていると思う方が普通だ。
「そうだ! 今日はリフレッシュしてきたら? 今まで頑張ってくれてたんだし、たまには何も考えずに、ぼーっと……」
「でも!」
ラウラの気遣いを遮り、大声を出してしまう。……俺は知っていた。
「何かあったときに、後悔したくないんだ」
目も合わせられずに俯いて、ギュッと拳を握りしめる。
ラウラからの言葉はなかった。
いっそ、俺一人で先手を打つべきなのかもしれない。
そして杞憂なら、俺が恥をかくだけで済む。でなければ……。
そんなことを考えていると、地面に伸びるラウラの影がこちらへ近づいてきた。
俺の手が、柔らかく小さな手に包まれる。
「わかった。イツキには不思議な力があるみたいだし……少しは信じるよ」
顔を上げて表情を読む。その顔には、「しょうがないなぁ」と書かれていた。
場所を変えて椅子に座り、水を片手に推理を始める。
いったん、情報をまとめる。
まず、やつらは一度目の襲撃で村の防衛力を把握した。
冒険者の実力や村の構造を確認することで、自分たちが攻め入るのに不足がないかを調べたのだ。
そして、折を見て引き返した。
もし王国騎士が大量の仲間を連れて現れたら、一時的に占領できたとしても、すぐに撤退する羽目になる。
だから一度退いたように見せ、増援到着の日数と規模を確認した。
ザイフェルトが、俺の『布団MOD』に気づいている素振りを見せたのも、これで説明がつく。
動けなくなった王国騎士コブレンツを、どこかで監視していたのだ。
そして今日。
俺の建築でどこまで村が強化されたのか、奴らは再び確認をしに来た。
壁を執拗に叩き続けたのも、どの程度の力があれば破壊できるかの最終確認だったのだろう。
あとは丁度いい量の爆薬とか、泥をも打ち消す強力な魔法……それでも駄目ならデカイ梯子でも用意すれば、やつらの攻める準備は万端だ。
だが、ここでラウラに言われたことが気になってくる。
奴らはなぜ、わざわざ敵が来るなんて忠告をしたのか。
そんなのは自分たちの襲撃を警戒させるだけで、何の利点もない。
「うーん、どれだけ準備しても勝てるって余裕……な訳はないよね」
「……逃げるための猶予時間を設けてる、とか……」
用意周到に村を襲う準備をする奴らだ。こんなリスクを無駄に冒すとは考えにくい。
単なる警告だけでなく、日にちの指定……何かが引っかかる。
「奴らの指定は7日後……」
「じゃあ、それまでに準備しないとね。王国に連絡したりとか、みんなを避難させたりとか」
「そっ……それだっ!」
突如合点のいく理由をひらめいて、俺はガバッと立ち上がった。
「そう思わせるのが、奴らの狙いなんだ!」
叫ぶ俺に、ラウラは首をかしげる。
「ど、どういうこと?」
嘘をバレにくくするには、本当の情報の中に、嘘を混ぜるといいと聞く。
敵が攻めてくるのは本当。で、7日後というのが嘘なのだ。
「7日後っていうのは、まだ時間があると油断させるための嘘なんだよ!」
少なくとも一週間は余裕がある……そう勘違いしてしまうように。だから、奴は何度も念押ししていたのだ。
つじつまを無理やり合わせている感覚だが、筋は通る。
「……じゃあ、本当はいつ来るの?」
「早ければ早いほど、奴らは有利になる。明日とか……下手すれば今日にでも……」
ラウラも理解し始めたらしく、表情が真剣さを帯びる。
「で、でも、イツキの壁なら大丈夫じゃ……」
「さっき、奴らは『俺たちでも無理そうだ』なんてわざわざ口に出していた。今までの事を参考にすれば、つまり嘘ってことだ」
日にちの指定と同じ手法。
やつらには壊せないと思わせる演技。
「もし、イツキの言うとおりになるなら……どうすればいいの」
最悪の場合、今夜にでも敵は来る。
防衛を破壊できるだけの余裕がある敵が。
なら、勝つ方法は一つ。
「アイツらがまだ知らない事を……やってやる」
簡単なことだ。
奴らは俺が、壁や内装を直す所だけを見てきた。奴らにとって、俺が作るものは『早い』だけで、それ以外は普通の範疇なのだ。
だから今日も、あいつらは余裕綽々だった。
――なら、それ以上のものを見せてやればいい。