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え、俺って〇〇だったの!?

 俺の仕事は、日に日に順調さを増していた。


 最初は「よそから来た変な男」だった俺も、2週間近く滞在していると皆慣れたものだ。

 その間に、壁を直して増強し、石畳を張り替えた。

 宿屋の壁も直したし、民家もいくつか修復した。

 仕事の合間にヒョウドウが作り足した村を見て、「あいつらしいな」と妙な感慨にふけることもできた。


「ラウラ」


 俺は、今晩のおかずである「何かの動物の肉をローストしたモノ」にフォークを突き立てる。


「まだ直すところはある?」

「う~ん、どうかな」


 ラウラはお盆を抱えたまま、口をへの字にした。

 見て回った感じ、ほかのところも手直しくらいは必要だろうが、大規模な修復が必要なところはなさそうだった。

 しいて言うなら、建材を豪華にしたり、マンションを建てたりしてみたいところだが……。


 この前のコブレンツとかいうやつがまた来たら面倒だし、やめておいたほうがいいだろう。

 それに、もし塀よりも極端に高い建物を作ったら、魔法の目標になってしまうかもしれない。

 大きな建物が崩れたら、当然村にも被害が出る。


 俺のしたことで、村の誰かに怪我をさせたら最悪だ。

 それだけは避けたい。


「よぉ、ここの雰囲気には慣れたか?」


 そんな事を考えていると、アベルが何の断りもなしに俺の前にドカっと腰を下ろした。

 安心感がある……というほどではないが、なんとなく見慣れた光景だ。


「まあまあ、かな」


 村人からの白い目は、作業を続けるうちに『好奇の目』くらいには変わってくれたのだが、相変わらず変人扱いは受けている。


「ま、お前は変わりモンだからなぁ!」


 結婚して子供を作ったり、出稼ぎで都会に出て行ったり、またある者はこの村に流れ着いて住み着いて。

 やがて、年を取っていく。それが、この世界の普通らしかった。


 村人たちにレベルなどのRPG的な概念は無く……もちろん、プレイヤーの能力もない。

 どうやらこの世界の人間は、NPCなどとは違う存在らしかった。

 確かにラウラみたいな『ハーフエルフ』とか、ロークラには居なかったもんな。


「あ、そうだ。獣人とかドワーフとかって、どっかにいんの?」

「……は?」


 ふと気になった。冒険者設定といい、ハーフエルフといい、この世界は完全にファンタジーだ。

 なら、それ以外の異種族がいてもおかしくない。


「まあ、いるにはいるぞ。この近くには多くないがな」

「へえー。どんな感じ?」

「どんなって」


 何を言ってるんだ? そういう顔で、アベルがじろじろと俺を見てくる。

 そういえばこの世界では「そういう種族がいること」が常識なのだ。変な質問をしてしまった。


「そうだな……ドワーフは、背が低くて器用なやつが多い。で、大酒飲みで職人気質。他は人間と大差ない」


 そこまで言って、アベルは酒を飲んだ。


「それで、獣人は?」

「獣人は耳や角、尻尾があるくらいだ。ちょっと五感に優れてるやつもいるが、あとは人間とほとんど変わらん。動物と会話できる……なんて眉唾物の話もあるが、たぶん嘘だ。見てる限りな」


 ふぅ、とため息が漏れる。

 そっちはあんまり違いが無いのか。ものすごい身体能力とかだと思ってた。


「あー、そういえば、エルフやら獣人は職人みたいな仕事をしてることが多いな。エルフだったら魔法具を作ったり売ったり」

「じゃあ、ラウラはハーフエルフとしては特殊って感じ?」

「さあ。俺ぁ学者サマじゃないんでね」


 アベルは肩をすくめる。


「あと有名なものだと……獣人は……まあ、言い方は悪いが『変人』が多いな。モノの考え方が違うのかもしれねえ」

「この村は人間ばっかりだよね」

「ま、ここは辺境だしな。都会に行けば……それこそルグトニアの街中には獣人街があるぞ」

「ふーん」


 ……さっきから気になってたが、なんか、アベルの視線が刺さっている。

 チラチラとかいうレベルじゃなくて、ガン見されてる感じだ。


 いくらなんでも見すぎじゃない?


「何だよ? なんか顔についてる?」

「うーんとな……お前さ、やっぱ記憶が無いんだろ」

「ん……」


 なんと答えればいいか迷っていると、アベルが先に口を開いた。


「何かのショックで記憶をなくす奴は時々いる。まあ、『プレイヤー神話』も知らないくらいだ。……ただの田舎者かと思ってたが、それなら仕方ねえ」

「……かな」


 勘違いしてくれたようだし、それに乗っかろう。

 「この世界での過去の記憶はない」のだから、一応合っているわけだし。


「元気出せよ」


 アベルは立ち上がり、俺の肩をぽんぽんと叩いてどこかへ行ってしまった。

 珍しい。アイツ、まだ飯も食べてないはずなのに。

 別の所で酒でも飲み始めるつもりなのだろうか。


 ラウラが飲み物を持ってきてくれたのは、それから3分ほど経ったあとだった。


「ちょっとイツキ。アベルから聞いたよ」

「え、何を?」

「……記憶喪失だって」


 ラウラが椅子に座り、俺の顔を覗き込む。


「どこの村出身とか、家族はとか、本当の名前はとか」

「……名前がイツキってことくらいしか」


 何もかも覚えている。でも、この世界でそれを言っても、また白い目で見られるだけだろう。


「じゃあ、思い出すまで、ここにいていいから」


 ラウラの目は、深い慈悲に包まれていた。

 俺は、思わず笑ってしまった。


「何笑ってるの」

「いや……助かるなと思って。ありがとう。居させてくれて」


 そうはいったものの、なんか騙したみたいで後味が悪い。


 それに、この村の修理が一通り終わったら、もっと世界を見てみたいというのもあった。

 世界がどうなっているのか。俺が作ったものは残っているのか。

 ここで、みんながどうやって生きて、そして――どうやって死んでいったのか。


「……イヤ、だった?」

「え?」

「ずっとここにいるの、イヤなのかなと思って」

「そういう訳じゃ……」


 ただ、と、思わずその先を言いそうになった。

 ラウラの好意をムダにするのも悪い。時が来たら適当にごまかして、傷つけずにここを出ていこう。そのほうがいいはずだ。


「ラウラって、時々俺の心が読めてるみたいだな」

「イツキは分かりやすいもの」

「そうかなぁ」


 俺は視線を、目の前の飲み物からラウラに移す。


「ほら、今だって。水を飲みたいと思ったでしょ」


 YES、まさにその通り。


「はいはい、流石は宿屋のベテラン店主ですね! 出会った時から、心が読めるのかなと思ってました!」


 嫌味たらしく言ってみたら、ラウラの表情が曇った。


「いや……私じゃなくても、イツキはすっごく分かりやすいよ」

「そ、そんなに? 俺って、そんなにわかりやすい?」

「いや、だって、それ」


 彼女が俺の頭を指差す。

 振り返る。壁しかない。


「いや、それだよ、それ」


 再び指を差されたのは、やっぱり俺の頭だ。


「頭がどうかした? まさか頭が悪い……みたいな……」


 そんな事を言われたんだとしたら、マジでショックだ。


「違うよ。そうじゃなくて、ほら、触ってみて」


 何を言いたいのか分からないが、言われた通りに上に手を伸ばす。


 もふっ。


「へぁッ!?」


 突然襲われた謎の感覚に、悲鳴を上げる。

 なんだこりゃ!? ふかふかと柔らかくて、熱があり、ぴくぴくと動いている。


「お、俺の頭に動物が乗ってる!」

「何言ってるの。違う違う」


 ラウラの目が笑っている。


「それ、イツキの耳でしょ」

「え!? はぁ!? いや、ちょ……ええ?」


 困惑で、知性が下がっていく。


「動物? 耳? おッ?」

「あの……お、落ち着いて?」

「こ、これが落ち着いていられるかってんだ!」


 触った耳が、ピンとまっすぐ天を指す。


 あ、これ本物だ。


「つまり、これが俺の耳……ってコト……?」

「うん。考えてる事、全部耳に出てるよ」

「はぁ……んー……」

「記憶喪失だもんね……大丈夫、ゆっくり自分のいろんなことを思い出していけばいいよ」


 ラウラはまた慈悲に満ちた目で俺を見つめると、にっこり微笑んだ。


「いっぱい、ご飯作ってあげるから。おかわりもしていいよ、獣人さん」

「……い、いただきます」


 触ったままの耳がへたりと垂れた感覚がして、俺は手を離した。




 ◇◇◇




 部屋に戻って、ベッドに体を放り投げる。

 つまりこれはアレだ。外見変更系のMODの影響だ。

 確かに、ふざけて外見を変えた記憶があった。


 受け止めがたい事実。

 悪い気はしないが、良い気もしない。


 俺が『獣人』。


 それよりも、さっきのあのアベルの目……。


「あぁ……恥ずかし……」


 アイツからしたら、目の前の獣人が「獣人って種族はいるのか?」と聞いてきたんだもんな。

 そりゃあなんて言っていいか分かんないし、哀れみの目にもなる。


 俺は枕に顔をうずめて、足をバタつかせる。


「ぐうっ、はぁ」


 ひとしきり恥ずかしがった後で、俺は改めて自分の体を確認することにした。

 もう、これ以上恥ずかしい思いはしたくない。

 普通の人間とどんな違いがあるのか、ちゃんと確認しておかないと。


 まずは服を脱ぎ、風呂場にある鏡で姿を確認した。


 体は人間のもの。手先や足先も人間と同じ構造だ。爪が少しとがっている気もするが、気のせいの範囲だろう。

 さっき指摘された通り、耳は『ケモ耳』。犬か、猫か……そんな感じの三角耳だ。

 それ以外の差は……。髪に埋もれた頭をペタペタ触る。すると、耳よりも前、目のちょうど真上くらいの位置に、小さなコブのようなものがあった。

 ものすごく小さいが、これ、たぶんツノだ。


「ヤギとか羊のツノ……?」


 耳は覚えているが、ツノなんて付けた記憶はない。

 多分、ブロックがリアルになったのと同じ要領で、俺がこの世界に来るにあたって『現実化』が行われたときに、耳と一緒にツノも生えたのだろう。

 摩訶不思議ではあるが、そんなふうに考えれば自分の体の変化にすら簡単には気付けなかった事も説明できる。

 つまり、体が丸ごと『ついているのが当然』の状態に変わっていたから、分からなかったのだ。


 あと、そうだ。獣人の定番といえば……尻尾。

 お尻の割れ目の上、尾てい骨のラインに手をあてがう。


「あっ……ある……!」


 と言っても、直径5cmくらいの小さな毛玉みたいなものだ。


「こんな事も気付かなかったのか……」


 耳やツノは、がさつに頭を洗っていたら気付かないかもしれない。

 でも、しっぽは気付くだろ、普通。


 自分で、よく思い返してみる――。


 騎士団が来た時。

 修理をしている時。

 ヤカラが来た時。

 ヒョウドウの幻影と逢った時。

 村に来た時。

 ラウラと出会った時。


 ……いや、あったぞ?

 なんだか自然すぎて気付かなかっただけだ。


 ……なんでだよっ!?


「俺、ケモ耳も尻尾も最初からあったんじゃん! う、うわぁあああああっ!?」


 恥ずかしさと混乱で部屋をウロウロする。


 ハッと気づいて、手のひらを見た。まさか、肉球があるとか言わないよな……!


 ああ、良かった。人間そのもの……というか、現実世界の俺の手とほとんど変わらない。

 ……もしかしたら、それすらも自分で気づけないように『現実化』しているだけかもしれないが……。

 そう考えると、なんだか怖くなってきた。


「獣人かぁ」


 そんな事をひとりごちたとき、コンコン、と部屋をノックする音がした。


「イツキー? いるー?」

「ラ、ラウラ?」

「開けるよ」

「ちょ、ちょっと待て!」


 俺は慌てて風呂場から出て、服を羽織る。

 扉を開けると、そこにはラウラが、1冊の小冊子を持って立っていた。


「これ……参考になるか分かんないけど」

「……なにこれ」

「種族解説の本だよ。第3巻、獣人の特徴について……っていう」

「えっと、なんでこんなものを?」

「種族ごとの生活って少し違うからね。宿屋の主としては、彼らの住環境が気になる事もあるの」


 表紙には、確かに様々な獣人が、様々なポーズで描かれている。

 俺みたいにほとんど人間と変わらない見た目のヤツもいれば、動物に近い見た目のヤツもいるようだ。


「何か、思い出すかと思って」

「あー……ん、ありがと。明日の朝までには返すよ」


 受け取って扉を閉める。俺はゆっくりと歩きながら、パラパラとページをめくり始めた。




 ◇◇◇




 冊子から得られた情報はそこまで多くなかったが、どれも俺が知っておくべきものだった。


 まず、もっとも重要だったことは、『内容が分かる』という事だ。

 単語のような看板はあったし、日本語が通じているんだから文章が読める可能性も考えていた。

 だけど、確信ではなかった。その疑問が解決したのは大きい。


 彼らの文化は、まずプレイヤーが作った。だから日本語が通じる。

 これは今後の情報を集めるのに、とても重要な事実だ。


 ……みんな、教えるの頑張ったんだろうなぁ。


 さて次に、この世界には人間以外にも様々な種族がいるらしい。

 その中でも獣人は特に変わり者が多い種族で、建築家やファッションデザイナーなど、クリエイターの比率が高いらしい。

 獣人は長命種と短命種に分けられ、耳や尻尾だけといった人間に近い姿の獣人はエルフの寿命に近い。つまり、すごく長生きだ。

 逆に、『立ち上がった動物』みたいな外見の獣人は短命で、2、30年程度しか生きられないらしい。


 ……だとしたら、俺は長生きできるのかもしれない。

 確かに、俺と似た特徴の長命種の挿絵があった。詳細は書いていなかったが、たぶん、『現実化』の影響で、俺の種族はコレに書き換えられたのだろう。


 ぱたり、と本を閉じ、ベッドに体を放り投げた。

 さっさとこの本をラウラに返しに行ったほうがいいだろうか。

 それとも――。


 そんなことを考えているうちに、俺の思考は闇に溶けていく。


 まあ、いいか。

 村の人や冒険者たちは俺のことを受け入れてくれているみたいだし、記憶喪失ということにしておいてもらえれば、色々つじつまが合う。

 俺が獣人だからといって困ることもないだろう。

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