ルグトニア聖王国騎士団副団長コブレンツ
モルディアに手伝ってもらった南門のほかに、あとは東西の扉も制作する。
本当はすべてバラバラのデザインにしたかったが、仕方ない。
自動建築機が作っていく壁が時計回りに村を取り囲む間、まずは西側の壁の門扉部分だけを丁寧に削り取る。
もちろん物理法則を無視できないから、なるべく上のほうから、ちょっとずつ削り取っていく。
それから、扉の設置だ。
同じ方法で、東も制作する。最後に、戻ってきた自動建築機が南門を壊さないうちに、停止。
3時間程度の間に、立派な石垣と門ができた。
我ながら、なかなかの効率である。
一度宿屋に戻ると、冒険者たちは広間で談笑していた。
さすがに日がな一日酒を飲んでいるわけでもないようだ。
「悪い。冒険者たち全員で、交代しながら門番をやってほしいんだけど」
「なんだ、門番? 門がないのにか?」
「作った」
「……あん?」
「ちょっとついてきてくれよ、アベル」
困惑している冒険者の中から、アベルを無理やり引っ張り出して外に連れ出す。
村の端まで行くと、そこには3メートル超の巨大な鉄の門と壁があった。
「え? ええ!?」
「俺が作った」
「ウソ、だろ?」
アベルは何度も目をこすり、それから自分の頬をペシペシと叩いた。
「……イツキお前、何もんだ?」
「だから、大工だってば。凄腕の」
そういって笑ったが、アベルはまるで恐ろしいものでも見るように俺をじーっと見て、すぐに宿屋へと戻っていった。
少し待つと、ゾロゾロとみんなが現れる。
「バカ言っちゃいけねえ、そんな簡単に城壁やら鉄の門やらが――」
そこで、冒険者たちの言葉が止まる。
「というわけで、俺はまだ壁の強化が残ってるから、警備お願い」
クックック、驚いているな……?
言葉も出ない冒険者たちを尻目に、俺はドヤ顔を見せたのだった。
◇◇◇
さて、ここからが「魔法吸収装置」の組み込みだ。
自動建築機のブループリントモードによる建築では、素材は一種類で、複雑な模様も作る事は出来ない。
つまり、目の前にある壁は、いわば『巨大な岩』。
そんな岩に、泥を組み込む必要がある。
最初は壁を全部くりぬいてタンクに……なんてことも考えたのだが、泥は粘度が高いとはいえ、液体の性質がある。一か所を大きく壊されたら、流れ出して壊滅的な被害が出る可能性も否定できない。
壁の上に登り、50センチほどの大きさの穴を地面まで掘る。そしたらまた50センチ離れて、また掘る。
つまり、『互い違い』に掘ってゆく。横にもずらしてまた掘って……壁を上から見た姿は、まさに市松模様だ。
その市松模様に少しだけ土を入れて、泥を注ぐ。
うん。この構造なら、泥のマスを貫通しようとする魔法はシャットアウトできる。
さらに泥に土を混ぜておくことによって、泥の流出を抑える効果も期待した。
土には魔法を吸収する能力はないが、泥は仕様上、魔法を受け止められる。土が混ざっていても関係ないはず。
互い違いに掘ったのは、壁の内部に隔壁を作るためだ。泥が一気に流出して防御力が低下しないための仕掛け、ともいえる。
ラウラにした『地下室』の確認もそのためで、近くに巨大な空洞があったら、染み込んだ泥がそちらに一気に流れ込み、倒壊するリスクが出てくる。
もちろん地盤の固さは確認済みだが、地下室は後から掘られたりしていたら、見ただけじゃわからないからな。
壁の近くにそういう物が無くてよかった。
この構造で、魔法は何とか防げる……ハズだ。
実際に戦闘で使った経験はないから、これでどうにかなるという確信はないが、今は信じるしかない。
効率よく作業を進めると、ほどなくして最強の壁を超える防壁、『イベント・ホライゾン』は、組みあがったのだった。
俺は腕を回し、想像通りの姿になった『建築物』に満足する。
正直、このあたりの雰囲気には似つかわしくない、仰々しい見た目にはなってしまったが、これで、例のヤカラさんくらいなら簡単に跳ねのけられるだろう。
縁起でもないが、俺はまた、アイツと対峙してみたいとさえ思っていた。
この城塞都市と化した村で、あいつの魔法をしっかり受け止めきれる。それを実証してみたい。
だが、縁起でもないことは考えるべきじゃないと、頭を振って自分を納得させた。
◇◇◇
鹿の脚亭には、どこか懐かしいにおいが漂っていた。
醤油のような、食欲をそそられるにおいだ。
「あっ、イツキ!」
裏口から入ると、厨房に立ったラウラが目を見開いて、こちらにずかずかと近付いてきた。
「え、なに、なになに?」
ただ事じゃない様子に、俺は思わず後ずさりする。
「イツキ!」
「な、なんでしょう、アルトラウラさん……」
「オジーチャンから聞いたよ!」
「何を……」
「湖に行ったんでしょ」
昨日の夜、オジーチャンを借りて、泥の採取に湖へ行った。
……って、オジーチャンから聞いた? 会話できんの?
「ちょっと、欲しい素材があってさ」
「素材?」
「ああ。建築用の……壁に必要だったんだ」
「そんなことより! 湖に行くなら先に言ってよ!」
「え?」
ラウラが俺をにらんだまま、まな板を指差す。
「魚!」
「……はい?」
「魚、もっと欲しかった!」
「……あの、食材足りないってこと?」
「足りないわけじゃないけど……あの」
ラウラの覇気が、急に弱まっていく。
「昨日、勢いに任せて3日分のお肉を使い切っちゃったから……」
「えぇ……それ俺、悪くなくね?」
明らかにムッとした表情を浮かべる彼女を見て、「ごめんなさい」という言葉がつい口をつく。
「それで、壁はどう?」
「ああ。できたよ」
「……ねえ、冗談はいいってば」
「いーや、壁はできた。ついでに、でっかい門も」
何を言ってるの。そういう表情でこちらを見る。
「ラウラちゃん、マジだぜ」
声を上げたのはアベルだ。その声色は、真剣である。
「ずっと厨房に居たから分からなかったろうけど、オレらの中じゃ、さっきからその話題で持ちきりだ。なあサル助」
「うむ。イツキは口だけでは無かった……そういう事なのだろうな」
それを聞いて、彼女のつぶらな目がゆっくり開いていく。
俺を押しのけるようにして、ラウラは宿屋から飛び出していった。
後ろを付いていくと、ラウラは壁際であたりをきょろきょろと見まわしている。
「……ホントに……完成させたの……?」
鉄門の前では、冒険者たちが交代で守衛をやっている。その様子はランタンの明かりに照らされて、なんとも頼もしげだ。
「だから言っただろ? 我の手にかかればこの程度のこと――」
ニヤリ、と口角が上がってしまう。
「朝飯前だ」
「あ、晩ご飯の続き、作んないと」
弾む声で、ラウラが宿屋の中に帰っていく。
あれ? 俺、今もしかしてかるーく無視された?
「……まあいいや」
鼻の頭をこすると、泥が袖に移った。
晩ご飯の前に、俺も風呂に入ってきたほうがいいな。
◇◇◇
俺が一日で村の外壁を増強したことは、翌日には村中に知れ渡っていた。
そりゃそうだ。朝起きて外を見たら城壁がありましたなんて、何事だって話にもなるだろう。
当の俺はと言えば、今までの白い目なんて無かったかのように、子供には「すげー」、おばちゃんには「イツキ君」、おじさんには「兄ちゃん」、そう呼ばれて、なかなかチヤホヤされたものだった。
残念ながら、この村にはラウラ以外に年頃の娘はいないようではあったが……まあ、それはいいだろう。
それから、俺は自分の持てる力を惜しみなく使った。
虚空からアイテムを取り出す俺を、村人たちは新種の魔法使いか何かだと思ったようだ。
宿屋の壁も直し、民家も直し、農地もちょっと広くして。
それから、『伝説の剣』がブチ込まれたままの石畳も直した。
アベルは「ここを観光名所にしろ!」と言って聞かなかったが、問答無用で埋め立てた。ドンマイ。
今日は朝から、パン屋の扉の立て付けが悪いということで、それを直す予定になっていた。
ロークラ世界では立て付けなんて気にしたことなかったけど、やっぱり現実と一緒だから、そういうことも起こってくるんだろうな。
もしかしたら柱も歪んでいるかもしれない。だけど、大規模に修繕しようとすると二階を解体してからじゃないと。
……重力の影響をモロに受けるのが、建築を難しくしている。
とは言っても、この世界の住人が普通に建物を建てるのに比べれば、はるかに容易いわけだけど。
宿屋を出てパン屋に向かう。
途中、噴水の前に差し掛かった時に、馬がいななく声が聞こえた。
音のほうを見ると、門を押し通ってくる騎士のような姿の男が3人見えた。
その後ろには、アベルたちと似た装備の男たちを引き連れている。
騎士護衛の任務を受けた冒険者といったところだろうか。
「どけ!」
馬に乗った男たちの一団は、噴水の前にいる俺に向かって声を上げる。
いや、どけっていうか……このまま噴水に突っ込む気なのか、お前ら。
変な奴ら、と思いながら、俺は噴水の前を通り過ぎて、パン屋へとさらに歩を進める。
「……ん? 待て……貴様、見ない顔だな」
うわ、このパターンは!
「あー、すみません……用事があるので……」
「待てと言っているだろう!」
ガシャリ、と鎧の男が音を立てて石畳へと飛び降りる。
「おいお前、コイツは」
「はい」
彼の後ろには、さっきまでそこで門番をしていたはずの、サルートルが立っていた。
かなり苦々しい顔をしている。ふーむ。どうやら鎧の男は『偉くて嫌なやつ』らしい。
「彼はイツキ……ただの大工です」
サルートルが答える。ただの、と言われるのは心外だ。せめて「凄腕の」くらい言ってほしかった。
「大工! その身なりでか? 笑わせるな。腕など、枯れ木のような細さではないか!」
アッハッハ! と、先頭の男が甲高く笑う。それに合わせるように、後ろを付き従っていた2人の甲冑も身を揺らした。
「ふん。ではイツキ」
「……はい」
「この村の防塞は貴様が作ったのか?」
「だとしたら、なんなんですか」
「質問に答えろ。貴様が作ったのか?」
なんで、コイツはこんなに高圧的なんだ?
なんだか、ちょっと腹が立ってきた。
「私が作りましたけど」
「そうか。では、誰の許可を得た?」
「許可? 許可っていうか……依頼を受けた、みたいな」
「誰が依頼したのだ」
「えーと、宿屋のアルトラウラさんですね」
「ほう……あの娘か……」
甲冑の中で表情は見えないが、声色で分かる。俺も嫌な気持ちになっているが、コイツも相当キレている。
後ろにいた男たちに目配せをすると、そいつらは宿屋へ向かって走っていった。
あー、なんかヤバい気がする。
「……イツキとやら。この村はルグトニア聖王国の支配下にあり、我らが領である。こういった類のものを、勝手に造ってはならんのだ。もっとも、貴様のようなよそ者には分からんだろうが」
「ル、ルグトニア……!?」
知ってるぞ、その名前!
巨大城塞都市『ルグトニア』! 日本最大のサーバーであるCNR鯖の中でも、1、2を争う規模の空想建築だ!
なんだよ、あそこも実体化してたのか……すげぇ、すげぇ! 見たい、見たあいっ!
「面妖なポーズを取るんじゃない。貴様に言う事はまだある」
……あれ。でも、だとしたら、どういう勢力図になってんの?
この村は開拓中の地区で、マップでいえばかなり端の方だったはず。
ルグトニアって、マップのド真ん中にあるんじゃ……?
「あの壁は、一両日中に取り壊せ」
「……? はあっ!?」
「聞こえなかったか。取り壊せと言っておるのだ」
甲冑の男は高圧的に続ける。何を言ってるんだ、コイツは。
「私はルグトニア聖王国騎士団副団長、コブレンツ。私の命令は王国騎士団の命令であり、王国騎士団の命令は聖王の意志である。聖王に逆らうなら――」
「コブレンツ様、アルトラウラを連れて参りました」
「……ご苦労。アルトラウラ嬢」
コブレンツは俺からラウラに向き直り、低い声で言った。
「お前がそこの男に命じて外壁を増築させたというのは、真か?」
「……はい」
「貴君は知っているはずだな。この地は自然と調和した形であるべきで、それを王国も望んでいると。それを斯様な石の塊を積み上げ――」
「ですが」
「――ですがではないッ!」
コブレンツの怒声に、樹に留まっていた鳥が飛んでいく。
「アルトラウラ嬢。貴君が我々に変わり、この地の自治を手伝ってくれていることは、私も重々承知している。手荒な真似はしたくない」
急に、優しい声を出す。だが、その本質は何も変わっていない。
「壁を、取り壊させなさい。もう一度言うが、王国騎士である私の命令は、聖王猊下のものと等しい」
「……」
「大工」
「……なんすか」
元の村のままにしておくのが王国の意思。……それは大いに喜ばしい。
しかし俺の中には、ふつふつと別の感情が湧いている。
これは、間違いなく『怒り』だ。
「壁を取り壊せ。さもなくば、私はアルトラウラ嬢を逮捕し、王国へ連行しなければならない」
「そうすか」
俺はラウラの顔をちらりと見る。
大丈夫。彼女の瞳には、まだ抵抗の色が見える。
俺の気持ちと、おんなじだ。
よおし、急に勇気が湧いてきたぞ……。
「いいか! 壁を取り壊――」
「――だが、断る!」
俺は素早くインベントリを開き、中から大量の布団を取り出した。
そう、布団MODの『布団』だ。
ツールや魔法が使えるなら、当然これだって使えるはず。
「おらぁっ! おやすみなさ~いっ!」
コブレンツ目掛けて投げつけた布団たちは、本人にクリーンヒット。
残った二人の騎士も、慌ててコブレンツに駆け寄り……三人まとめて布団に寝転がる事になった。
「あ、え!? な、なんだこれは!」
「いや~、どうですか? 俺の布団の寝心地は」
「ふざけるな、寝心地など分かるかっ! わ、私は甲冑を着ているんだぞ!」
「それもそうか」
なんだか変なやりとりだ。しかし、布団MODのパワーは伊達じゃない。
特定の手順を踏むまで、奴は横になったままだ。
本来はモンスターやらを強制的に布団に寝かす、ある種ネタのようなMODなのだが……まさかこんなところで使えるとは思わなかった。
「さーて、どうしてくれようか」
俺は近付いて、甲冑の外側を軽くデコピンする。
「人の腕を枯れ木呼ばわりしやがって。なにがルグトニア聖王国騎士団だ。その枯れ木さんにまんまと捕まってんじゃねーか」
「かっ、解放しろ! このっ……私にこんなことをして、どうなるか分かっているのか!」
「知るかっ! ……ん?」
兜の面皰を上げ、そのご尊顔を拝む。
「あれ、顔真っ青じゃん」
「う、うるさいっ! いいから早くこのトラップを解除しろ! 命令だ!」
「寝っ転がりながらそんなこと言われても」
コブレンツは、掛布団にしっかり手をかけている。布団にしっかりもぐりこんで寝るタイプのようだ。
「可愛い寝方すんだな、コブレンツ副団長」
「ッ~~!!」
「壁は壊さない。この前、山賊に襲われたんだ。村を危険な目には合わせられない」
「それは我々王国騎士団が……!」
「どうにかしてくれる? トラブったら30秒で駆けつけてくれる?」
無理だよな? と俺はダメ押しした。
「どうしても王国……っていうか、アンタが認めてくれないっていうなら――」
俺は、腰に手をまわした。
今、俺のインベントリに武器は何も入っていないし、体にも何も装備していない。
だって、これからパン屋のドアを直しに行くところだったんだから。
「わ、わかった! わかった! 今は認めよう! ルグトニア聖王国騎士団副団長の名にかけて、このアンサス村に防塞を設けることを承認する!」
「……分かってくれればいいんだ。ありがと」
俺は立ち上がり、噴水の前のベンチに腰を下ろした。
「さあ、お前の要求は呑んだぞ! 早くこの布団を何とかしてくれ!」
「え、そんなこと言ったっけ?」
「はっ?」
「俺は村の壁を壊さないという、あつ~い想いを伝えた。副団長サマはそれを聞いて、感動に打ち震え、壁の設置を承認した。それだけでしょ?」
「な……ひ、卑怯だぞ貴様ッ!」
俺はちらりと、コブレンツについてきていた冒険者たちへ目配せをした。
「コ、コブレンツ様……今日はもう帰りましょう……これ以上大声を出すと、村中の人間がこのお姿を見てしまいます」
「このまま帰れるか! 馬は! 税の回収は! そもそも、私は立てないのだぞ!」
「とりあえずわたしたちが荷台に乗せますから……それで、馬は一緒に連れていきます。税金は次回にしましょう?」
「う、うぉぉぉッッ!!」
無念なのか何なのか、コブレンツが叫ぶ。
「副団長サマ、荷台に積むの手伝いましょうか?」
「……」
彼はすっかりふてくされて、もう何も言わない。
俺は一団が去っていくのを遠目に見ていた。
布団MOD……効果抜群じゃないか。こんな事なら前回も、これを使っとけばよかった。
ガシャン、と大きな音がして鉄扉が閉まり、また村に平穏が戻る。
はぁ、と深くため息をついて、ラウラを見た。
ラウラは俺の顔をじーっと見ている。
「何か付いてる?」
「何……今の……」
「あ」
そうだ。彼女は布団MODの存在を知らない。というか、建築する所だって見た事がないのだ。
「て、手品?」
「……」
彼女は疑念のまなざしを向けている。
「ごめん、パン屋のドア直してくる!」
そうごまかして、俺は広場を後にした。