プレイヤーの力
建築もクラフトも、それ自体は『いつも通り』だった。
インベントリからアイテムを取り出すと、それが手に収まる。そうしたら置く場所を意識して気合を入れると、設置。
同じように削りたいところに近づいて手をかざすと、撤去。
本来のMODが入っていないロークラなら、適正なツールが必要な作業だ。
土を掘るにはスコップがいるし、石を取るにはピッケルがいる。
しかしCNR鯖は俺も含め、半分以上が建築勢である。正直、地形の操作は負荷との勝負でもあった。
いつだったか、サーバー負荷の8%がポイ捨てされたハイエンドスコップの処理だと判明したときに、サバ管が仕様を変更したのだ。
それ以降、上位のアイテムでなければ、全て素手で作業できるようになっている。
それを応用して、まずは欠けた石壁を削り取る。
そして、穴の開いた部分に石材を詰めなおして……。
「って……おっと……?」
ゲームである『ロークラ』の世界では、建築物の下側を破壊しても、上のブロックが落ちてくることはなかった。
一度設置してしまえば、空中にブロックを固定する事だってできた。
だが、現実になったこの世界では、そうとも言えないらしい。割れかけた石を削り取ってみたら、その上の石がガタ付いたのが分かった。
積み方のおかげで倒壊まではしなかったが、これは気を付けないとマズいだろう。
極力全体のバランスを見ながら、安全そうなところから順番に石材を交換する必要があるみたいだ。
「時間、かかるな……」
ゲーム内と比べ、同じくらいの建築をするのに数倍の時間がいる。特にこの外壁は、雑に扱うとすぐ崩れそうだ。
試しに自動建築機を使ってみようとしたが、壁を作るために周囲の壁を削りだしたから、あわてて止めた。
あんなので修復したら、村のデザインが変わってしまう……そんなのはごめんだ。
◇◇◇
あれから5日ほど経過した。
ここ数日、俺は非常に簡単なルーティーンで動いている。
起きて、下見して、飯を食って、修理して、飯を食って、シャワー浴びて、眠る。
それだけ。うん、正直に言って、現実世界でロークラを楽しんでいた時とほとんど変わらない。
しかし、1つ1つの充実感は、間違いなく上がっている。
何しろ、何から何まで現実なのだ。
作ったものは実体化し、触る事ができる。建築勢にとって夢のような環境。
しかも、毎日ラウラが作ってくれる食事は、コンビニ弁当より遥かに旨い。彩り・栄養・温度も完璧で、しかも日替わり。
『謎の食材』が使われているところは気になるが、コンビニ弁当の『白身魚フライ』だって何の魚かよく知らないから同じことだ。
それだけじゃない。ベッドの快適さも、自宅とは段違いだ。
洗いたて、干したての暖かいシーツ。実作業は体力を使うだけに、毎日これに包まれて眠る心地よさはもうたまらない。
ここのところ、俺は毎晩寝るのが楽しみだった。
実は、村の外壁は修理開始から2日ほどで、既に完了のめどが立っていた。
だが、このまま終わらせるのは色んな意味でもったいない。
俺は皆に内緒で、外壁の内側に高耐久素材を混ぜ込んだり、少しだけ伸長したり……色々と魔改造をし始めていた。
石や木の素材は、まだまだインベントリに大量にある。
虚空から無数の建築素材を取り出す俺に対して、村人たちが遠巻きに白い目で見ているのは感じていたが……一度始めたらやめられない。
凝りに凝った俺の外壁改修は、結局今ある壁を全部取り換えるまで終わらない気がする。
「兄ちゃん何してんのー?」
後ろから話しかけられ、俺は手を止めた。向き直る。
「お、少年。気になるか? そうだな……キミは『世界一怖いもの』は何だと思う?」
「え? んー……そりゃ、母ちゃんとか?」
「フッ……それなら、キミの最も恐れるべきものは更新されるだろう。この『無欠の鉄壁』<グレイテスト・ウォール>でね!」
ニヤリ。
「俺が作りしこの石壁は、既に多少の爆薬程度では揺るがない。この壁は、要塞のそれとしても機能するようになっている! 味方にすれば鉄壁のゆりかごだが、敵に回せば、最強の隔壁! 襲い来る意志を踏み砕く、これが『無欠の鉄壁』<グレイテスト・ウォール>」
「え……怖っ」
少年の顔が青ざめている。
……うん、どうやら俺の思っていたのとは違う感じで怖がらせてしまったようだ。
「なんてね」と言って笑ったが、彼のひきつった顔は緩まなかった。
こんな感じで、村人たちにやや警戒されながらも、村の外壁の改修は完了した。
この仕事が、俺に与えられた「解決しなくてはいけない問題」なのかな、ヒョウドウ。
だとしたらイージーだし、超楽しい! やっぱロークラ、最高だぜ!
◇◇◇
「それで?」
俺はラウラに、宿屋の広間の隅っこで問い詰められていた。
「モルディアに何言ったの」
「何って……別に何も言ってない……です」
モルディアというのは、俺に話しかけてきた少年の事らしい。
「モルディアのお母さんが、『よそ者が壁を壊してる』って血相変えてきたんだけど」
「えっ、壊してるなんて失礼な! 一旦崩してから、ちょっと構成材を取り替えて……」
「直すだけでも時間がかかるのに……何考えてるの!」
はぁ、とラウラは頭を抱えた。
「うちは宿屋だよ。仕事しないなら、イツキをいつまでも泊めておくことは出来ないよ」
「いや、してるって! この際だから全部リフォームしようとしてるだけで!」
「そうだ。いっそ、この宿を住所として登録する?」
「え? えー……」
数日いて分かったが、どうやら宿屋は日雇い労働者――つまり、冒険者の住所としても使われているらしかった。
言い方は悪いが『ネットカフェ難民』みたいな感じで、そういう需要も多いらしい。
宿を住所として登録しろというのは、つまり俺も『冒険者』になれということだ。
冒険者には国から補助金が出る。俺は最低限の仕事をして、堂々と宿屋で過ごせる……と、そんなわけだ。
でも、冒険者になったらあんな感じのガサツ集団と一緒に行動することになるんだろ……?
俺は、チラッと冒険者たちを覗く。
「お~、イツキぃ! なんだ、しけた面して! 酒飲むか、酒! うめーぞぉ!」
うぇー。顔をしかめて、ラウラに向きなおる。
「いいじゃない、みんなイツキのことお気に入りみたいだし」
「だから、俺は大工なんだってば……無理だよ、無理」
首を横に振って、ため息を漏らした。
「第一、こんな小さな村で、あんなに大勢の冒険者を抱えておく必要あるの? 持て余してるでしょ、正直」
「……」
ラウラは険しい顔で、じとっと俺を見た。
何か言おうとして、それを飲み込むと、背もたれに体を預ける。
「最近は色々あるのよ、この村にも」
「うん……?」
「とにかく」
彼女は立ち上がり、俺に向かってまっすぐ指を差した。
「新品に取り換えてくれるのはありがたいけど、まずは修理を優先してね」
もうほとんど終わってる、そう言い返そうとしたが、ラウラはすぐに奥へとはけていってしまった。
何か、この村にはワケがありそうだな。
「おぉ? フラれた? ラウラちゃんにフラれた?」
甘ったるいニオイとともに、アベルが俺の肩に思い切り体重をかける。
「アベル、重い。あと臭い」
「んだよ……酒飲もうぜ? な?」
「……ちょっとだけだからな」
「うぇ~い! イツキのおごりでタダ酒だ! お前ら飲め!」
「何言ってんだ、金なんかないぞ!」
この陽気なアホたちに、いったい何が託されているというのだろう。
◇◇◇
「ふ~っ……」
翌日。外壁の周りの花壇を修復していて、気付いた事があった。
設置したブロックは、時間経過で『そこに馴染んだ存在』になるらしい、ということだ。
例えば、やろうと思えば『空中に小石を置く』事もできる。だが、時間が経つとバラバラに落下する。
物理法則に反したものは、長く持たないようなのだ。
だとすれば、この村はどうやって何百年も持っているのだろう。
プレイヤーが建築した時点ではゲームでも、この世界に来れば現実になる――それが事実なら、この村にだって物理的におかしいところは多いはずなのに。
俺がこの世界で知らない事は、まだまだ多い。
時間を掛けてマスターしていく必要がある。
汗を拭って、空を見上げた。日は高くまで上がっている。
遠くから、おそらくはこの村の住人だろう人々の声も聞こえている。
「ホントに現実世界と変わんないな……」
ぼそっとつぶやいて、壁にもたれかかる。
慣れた作業ではあるが、実際に手を動かすとなるとそれなりに疲れもする。
日頃ロークラばっかりやっていて、ろくに運動もしていなかったツケだろう。
壁の近くにあった、壊れかけの花壇を修理する。
分かってはいたが、床や壁だけじゃなく、装飾や内装すらも想像通りに立体化する。
これって、どこまで大きなものまで適用されるんだろう?
そんな事を考えながら、インベントリを見る。
あれ? 『敵影レーダー』に……反応がある。
俺は思わず取り出して、辺りを見回した。とくに不審なものはない。
おかしいな。敵影レーダーは、一番近くにいる野生動物やモンスターを発見できるアイテムだ。
土の中や、隠された洞窟、木の陰にいる敵性MOBを発見する事ができる。
よく見ると敵の反応は遠く、どうやら村の外のようだった。
敵。
ただし、それは通常のロークラの話だ。……この実体化した世界でも、これは当てはまるのだろうか?
あの『神話』では、敵性MOBはプレイヤーによって駆逐された事になっていた。
実際、ここ数日で敵と呼べる存在は一度も見ていない。
だとしたら、この影は何なのか。
俺は息を殺したまま、壁沿いをゆっくり移動した。
レーダーに近づく気配はなく、反応も弱い。移動している様子もない。
外で待ち伏せしているのだろうか? それとも、見張られているのだろうか?
敵がモンスターでないとするなら、何なのだろう。
どこから、何が、どんな目的で……。
壁の端まで辿り着き、その隙間からレーダーの示すほうを見る。
平原の奥に、一つだけ背の高い樹が生えていた。
今、何か動いたか……? 風……にしては不自然のような。
さらにじっと凝視すると、その影はカモフラージュしている人の姿のように見えた。
気のせいか……?
そう言い聞かせながらも、胸騒ぎが抑えられない。
俺はその樹から視線を切らないようにゆっくりと足を進め、急いで宿に戻る事にした。
◇◇◇
「ラウラ、ちょっと――」
「ごめんイツキ、今は忙しい」
ラウラは鋭い目つきで宿屋の奥から出てきたが、俺の話も聞かず、まっすぐ広間へと向かった。
その後ろを追いかけると、そこには昨日の飲んだくれたちが集合している。
だがその姿は、昨晩のあのだらしない男たちとは全く違う、凛々しく逞しいものだった。
「アベル……それにサルートルも。これは……?」
「うむ。実は、私たちはこの村の警護が依頼内容なのだ。そして、早朝からパトロールに回っていた者が、どうもこの村の近くに不審な動きをする者がいる事に気付いた」
それって、もしかして俺が見たアイツのことじゃ?
「そーいうわけだ。俺たちがバッチリそいつをぶった斬ってやるからよ! イツキは安心してくれや」
アベルがニヤっと笑って、仲間たちに目配せをした。
バタバタと準備をして、各々出かけていく男たち。俺はその背中を見送ってから、ラウラの顔を見た。
「ラウラ、俺も……行ったほうがいいのかな」
「ううん」
彼女は眉を垂れ、首を横に振った。
「あの人たち、夜はあんなんだけど、それなりに腕は立つし大丈夫だよ。もし危ない事なら、イツキがどうこうできるものじゃないと思うし……」
まあ、そりゃそうだ。ロークラの世界が実体化したといっても、俺は戦闘に関しては素人も素人だ。
行っても足手まといになるだけだろう。
「それより」
ぱんっ、と彼女が手を叩いた。
「昼ごはんまだだったよね。外壁の様子はどう? 半月後くらいには直るかな、なんて」
「え?」
「どこを直すか、見てたんでしょ?」
「いや……もう終わったよ」
え、とラウラが俺を見る。
妙な沈黙が流れて、それからラウラが甲高い声で笑った。
「あはは! ちょっとイツキ、冗談ヘタすぎだよ! やるならもっとギリギリを攻めないと!」
「あの……ホントに終わって……」
「はいはい。ごはん作ってあげるから待ってて。一日中キッチリキビキビ働いてもらうからね!」
……これ、完全に信じられてないな。
俺はふてくされて椅子に腰を下ろす。
だが、やっぱり落ち着かない。
敵影レーダーが反応したということは、それなりに敵意があるやつのはずだ。
冒険者たちがどれほど強いのかは分からないが、本当に大丈夫なんだろうか?
体がムズムズする。こういうときは、やっぱり行っておくに越したことはない。
「……ラウラ、ごめん! やっぱり壁の様子見てくる!」
「え、ちょっと!」
台風の日に田んぼの様子を見に行く――そんなフラグみたいな事を言ってしまった事に気付いた。
だが、今は気に留めないでおこう。
◇◇◇
「だ~か~らぁ~」
宿屋を出て少し探すと、村の入り口近くで、冒険者たちが目つきの悪い男らと対峙していた。
邪魔にならないよう家の影に身を隠し、様子を伺う。
「俺たちゃ、お前らがぼーっとしてる間に、ここらの魔獣をぜーんぶ退治してやったんだぜ?」
「兄貴に何回言わせる気じゃタコ!」
「そうだそうだ!」
うーん、絵に描いたような『ヤカラ』さんだ。
にしては、言ってる事は平和だな。
「まず、この村を守ってやった警護料。そんで、モンスター退治の『お駄賃』。これ、しっかり払ってもらわないと」
平和じゃなかった。これは、みかじめ料ってやつか。
「貴様らが勝手にやったことだ。村には関係ない」
「あ~、いいのかなぁそんなこと言っちゃってさぁ」
一歩前に出たサルートルの頭を、山賊のような身なりをした大男が、ポンポンと叩く。
「可愛いお顔がぐっちゃぐちゃになっちまうぜぇ?」
「気やすく触るな。臭いが移る」
「ッ……!」
一瞬で、山賊の顔が真っ赤に変わる。
「兄貴! やっぱコイツらぶっ殺しましょう!」
「落ち着け。お前がクセェのは事実だ」
「がはッ!?」
「……なあ、冒険者さんたちよォ。俺たちは別にアンタらと争いてぇわけじゃねえんだ。金さえもらえりゃ文句言わねえ。なぁ?」
つーかよぉ、と『兄貴』が笑う。
「そもそも、魔獣退治はオタクら冒険者の仕事だろ? んじゃあ、その代行料も貰わねえといけねえよな?」
そうか、敵が居なかったのは、冒険者が退治していたからだったのか。
「ギャハハハ! そうだそうだ! てめぇら能無しの代わりに俺らがやってやったんだ! 金払え!」
「黙れ! 俺たちゃC級冒険者だ! お前らなんかよりずっと――」
「C級? それなら兄貴はS級かそれ以上だぜ! 冒険者制度なんて前時代の称号にすがるとは、情けねぇな!」
「そのとおり、冒険者はザコばかりだ。そんなだから、俺らが出張る羽目にもなるのさ」
「このッ……!」
「アベル、安い挑発に乗るな」
山賊たちの目が、暗く光る。
「んで、どうする? 金払うのか、払わねえのか。……ハッキリしろ!」
「金は払わない。当然だ」
「……そんじゃ……好きにさせてもらうわ!」
『兄貴』の号令に合わせて、山賊たちが冒険者たちに飛び掛かる。
それに合わせて冒険者たちも抜刀し、応戦する。
「ヤバっ……これマジの戦闘じゃねえか……!」
俺は慌ててインベントリを開く。だが、武器らしい武器はない。
ガイン、ガギン、と激しい音が鳴り響く。火花が散る。
中には傷を負い崩れている冒険者もいる。
「このッ……なんだこいつらっ……!?」
「はんッ! C級? 笑わせる!」
「バカにっ……しやがってぇっ!!」
アベルが思い切り押し返し、切り付ける。
切っ先が親玉の鼻先をかすめた。
振りぬいたその先に彼の右肩がある。剣先が、そこへ――。
直前、誰かが体当たりをした。
ドン、と強い衝撃が、『兄貴』を横へと弾き飛ばす。
ギリギリで剣先が逸れ、アベルの服だけを切り裂いた。
「サル助!」
「油断するな脳筋! 実力者だ!」
サルートルが弓矢を構え、射る。飛んだ矢を完全に見切った山賊は、筋を避けて矢を叩き切った。次の瞬間――。
バシュウッ!
――花火の打ち上がるような音が響き、空に一筋の白い雲が現れた。
思わず全員の手が止まり、冒険者は後ろに飛びのいて距離を取る。
何かを発したのは、親玉だった。
「これを見ろ! 何か分かるな!?」
「……貴様ら……賊のくせに魔法まで……」
「はッ、だから言っただろ。お前らはザコだと」
彼の指先に、光が集まる。
そしてそれは、冒険者たちに向けられていた。
「もう一度聞かせてもらう。金を払うのか、払わねえのか」
「……払わないと言ったら」
「はッ! 教えてやるギリはねぇ」
光が大きくなっていく。
「答えろ! 払うのか、払わねえのか!」
「やめて!」
突如、俺の後ろから声がする。ラウラが両手いっぱいの銀貨をもって、宿屋から走ってきていた。
「お金ならここに!」
「ラウラちゃん! ダメだってこんな奴らに!」
アベルの声を押しのけて、彼女が山賊たちの目前に立つ。
「……これだけあれば、足りるでしょ」
「ちったぁ物分かりのいいヤツもいるじゃねえか」
男の指先から、閃光が消えていく。
「お嬢ちゃんが、こいつらの雇い主かな? ハーフエルフか……ふぅん」
彼の口角がぴくりと動き、後ろの男たちに目配せをする。
「残念だが、ちょーっとばかし足りないみたいだ、嬢ちゃん」
数人の賊が足早に駆け寄り、ラウラの体を捕まえる。
「やっ、ちょっと放して!」
「足りねえ分は、嬢ちゃんで払ってもらおう……いいだろ、ザコ共」
「いいわけねえだろうが!」
アベルが一歩踏み出して、大きく切りかかる。油断していた山賊の腕をかすめ、ラウラはそのまま地面に放り出された。
素早くサルートルが転がり込んでラウラを抱えると、宿屋のほうへと逃げていく。
「ったく、これだから雇われモンは……」
『兄貴』は眉間にしわを寄せ、再度指先に気を集中させる。今度は、指先の光がどんどん大きくなる。
マズい! 細かくは分からないが、アレは多分、アルスノヴァの範囲攻撃魔法だ!
「クソ……!」
何かないか!?
再度インベントリを探し――そうだ、これだ!
俺はすぐに、インベントリからポジトロンスーツを取り出す。ミニチュアサイズで取り出されたそれは、念じるだけで全身に装備された。
近くの棒を手に取り、前へと駆け出す。
「待て!」
「ん……なんだお前、そのカッコ……」
親玉の顔を、青白い光が照らしている。
「これ以上……村に危害を加えるな」
ここは俺たちが作った村だ。思い出の場所だ。
そして、今は村人の故郷でもある。
だから、精一杯の虚勢を張らせてもらう。
「それ以上やるなら、お前らを倒す!」
「……は?」
「知ってるだろ、この装備。ポジトロンスーツだ」
「なに、ポジ……何? 知らねーよ」
「し、知らないわけあるかっ!」
「うるせぇ!」
あ、駄目だ。こいつら、たぶん本当に知らない。
この世界の住人だったら、もしかしてロークラの装備の知識があるのでは――そんな淡い希望は消えた。
「あとな、頓珍漢なこと言ってるとこ悪いが、手に持ってるそれァ、なんだ?」
「何って……」
見るとそれは、棒きれですらなかった。そこら辺を掃除するための、ただの竹ぼうき。
「……今は話し合いの途中だ。お掃除がしたいなら後にしな。それとも、お前があの女の代わりになるか?」
「兄貴ィ、俺ァ女のほうが好みですぜ」
「黙ってろバカ野郎……おいクソ坊主! 分かったら、とっとと下がれ!」
俺は、じっと男の顔を見た。
「お前の魔法は、人体や動物を貫通してダメージを与えるものだろ」
「……ほう?」
「もちろん、物理的な被害も出る……つまり、建物だって壊せる」
「そこまで分かってるなら、なおさら避けておいた方がいいんじゃねーか?」
「だから言っただろ。村に危害を加えるな」
はんっ、と男は軽く嘲笑った。
「じゃあ、まずお前から――」
男が手を振り下ろす。
分かってる。ポジトロンスーツのエネルギーが十分にあるなら、こんなものは防ぐ必要すらない。
だけど、今の残量は小数点以下。ほぼ0だ。だから……ほんの少し。ほんの少しでいい。
コンマ数秒だけでも、使えてくれポジトロンスーツ!
俺はほうきを構えて、突進した。
「おぁらああああッッ!!!」
ほうきを持った右手を差し出して、男の放った魔法の軌道を変える!
あとは野となれ山となれだ。
「バカ野郎! イツキ!」
誤算は、アベルだ。
俺が無謀な戦いを挑んでいると知り、飛び出してきたらしい。
俺が伸ばしたほうきと魔法の間に、アベルの突き出した『伝説の剣』が挟まる。
「何してんだおっさんッ……!」
ほうきが剣に当たる。
ポジトロンスーツの力を加えたほうきの一発は、目の前の魔法なんかよりはるかに激しい閃光を放って、剣を吹き飛ばした。
魔法は歪んで消し飛び、剣は弾丸のように地面に突き刺さる。手に持っていたほうきも、一瞬で砂塵のように消えていた。
ヤバッ、どんな威力だよ!
そんな台詞が、頭の隅をかすめる。次の瞬間、衝撃波が俺の髪を後ろへと引っ張った。
「ぐあぁぁッ――!?」
ならず者たちが、冒険者たちが。風圧で後ろへと倒れる。
爆心地にいる俺は、そのままゆっくり地に足を付け、瞬間、静寂を聞いた。
「な、なんだ、今の……あ、兄貴! 兄貴のですよね、今の!」
山賊が数人、ゆっくり立ち上がりながら、「やってやりましょうよ!」などと口々に言っている。だが、その声は一様に震えていた。
「……帰るぞ。興が醒めちまった」
男は、俺に背を向けた。
「そんなァ、兄貴! せめてあの女だけでも!」
「帰る」
「兄貴ぃ……!」
文句を言いながら、男たちは小走りに村を去っていった。
俺はそこまで見届けて、ようやくその場にへたり込む。
「たす……かったぁ……」
今までは魔法なんて、喰らってもゲーム上のことだった。生身で食らいかけるとあんなに怖いのか。
でも、ポジトロンスーツのおかげで痛みはまったくない。
その代わり、強烈な恐怖が襲ってきている。
「おい、イツキ! すげえな!」
「ああ……これ、ポジトロンスーツって言って――」
「見ただろ! これが伝説の剣、奇跡の力だ!」
アベルは立ち上がり、ドヤ顔でこちらを見下ろし、手を差し伸べている。
そうか……そうだよな。こうなるよな。
傍目には剣がすごい勢いで魔法をはじき、吹っ飛んだように見えたようだ。
手を取って起き上がり、はしゃぐアベルや冒険者を尻目にポジトロンスーツをインベントリに戻す。
壊れた石畳を見ると、吹き飛んだ剣は20メートルほど吹っ飛んで、見えないほど深々と石の地面に突き刺さっていた。
引き抜くのも大変だが、……この石畳、直すの難しいだろうな。
なんせ、何十年、何百年とすり減ってきた風合いがある……少し穴を埋めるだけならともかく、こんなに欠けてしまっては、再現するのは至難の業だ。
特に、こんな風にリアルな世界では。
「どうした、壊れた床なんか見つめて。そこの剣が欲しくなっちまったか? まあでも、アレはなかなか高いからなぁ。ただの旅人にはもったいないかもしれん」
「確かに、すごかったな」
俺はうわの空で返事をしてから、冒険者たちを見た。
「……そうだ、ラウラは」
「無事だ」
戻ってきたサルートルが手を挙げた。
肩から、力が抜けるのが分かる。
ふと、インベントリを覗く。ポジトロンスーツのバッテリー残量は、今度こそ完全にゼロになっていた。