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ダンジョン探索

 天井からコウモリがばささっと飛び降りてきて、俺の頬をかすめて飛んでいく。

 直後、後ろで叫び声がした。


「ぎひぃッ?!」

「うぉぉい! コウモリ来るなら来るって言えよ! E級! 」


 青筋を浮かべて、こちらに文句を言ってくる。

 ロイとかいうB級冒険者はまだしも、取り巻きの奴らは目も当てられない。

 まったく、コウモリくらいでビビるなよ。


 驚いて剣を振った冒険者たちに驚いて、コウモリは逃げるように身を翻す。

 そして、先人たちが壁に設置していったトーチの1つに激突して燃え上がり、やがてその命を終えた。


 地下深くへと潜っていくタイプのダンジョンでは、こういう「モンスター」と呼ぶのもバカバカしいザコが無数にいる。

 そんなのに対していちいち「コウモリ出ますよ」「足元にムカデいるから気を付けましょう」なんて、子供の引率じゃねえんだぞ俺は!


「うぃ、すいませーん」

「ったく……これだから。ねえロイさん!」

「……俺のメンバー采配に文句があるのか?」

「す、すんません」


 どうやらこのパーティーは、ロイってやつの独裁みたいだ。

 ま、ささっと行って、ぱっと帰って、金貨7枚もらって終わりにしよう。

 こんな居心地が悪いパーティーにいつまでもいたら、俺までおかしくなる。


「アレン、最底辺の貴様にいいことを教えてやる」


 うわっ。ようやく黙って仕事ができると思ったのに。

 俺は、自分ができる精一杯の笑顔で振り返って「なんですか?」と聞いた。


「このバーデンの街には、巨大なダンジョンが存在し――」

「そっすね。まさにここ」

「……で、だ! ダンジョンの内部には、20を超える分岐がある。中でも、まだ誰も立ち入ったことのないルートが8つ……これは『死の八道』と呼ばれていて――」

「はいはい、本来俺みたいなE級はすぐに命を落とす、ってやつですよね」


 呆れた口調で言った後に気付いた。マズった……ガマンできなかった……!

 明らかに、ロイの機嫌が悪くなってしまった。


「アレン、貴様」

「えっと、はは……その、受付で何回も聞かされてるんで……つい」

「俺のような『上位』冒険者が教えを説いてやっているんだぞ!」

「あ! ちょっとここ怪しそうなんで、索敵しながらでいいすか?」

「……ちっ」


 俺は前を向き、見えないように顔を歪めた。


 何食って生きてたら、そんなひん曲がったプライドが形成されるんだよッ!


 俺は口の中で絶叫して、左右に目配せをする。

 大丈夫。ここには、トラップや危険な生物はいない。


「……まあいい、よく聞け『E級冒険者』。ダンジョンのうち、すでに内部構造が把握されている12ルートは、お前らみたいな『低級』冒険者向きだ」

「うーい……」


 分かってる。

 わざわざ言われなくても、俺の目的は金を稼ぐことだけだ。

 ルグトニアが集めているという、『神の残滓』なんて、俺はこれっぽっちの興味もない。

 いや、ゼロじゃないが、それよりも金貨だ。

 金持ちになって、王都に帰って、腹いっぱい飯食って、みんなにも飯食わせて……。

 そんで、神の残滓は、博物館でもなんでも、どっかに展示されてるのを見れればいい。

 だから、わざわざ『死の八道』なんてヤバげな名前の付いたルートに行く必要なんてないんだ。


「聞いているのか?」

「聞いてますよ? ただ、ちょっと嫌な気配が……」


 わざとキョロキョロして様子を伺ってやると、後ろで剣を構える音がした。

 コイツら、ホントに上級冒険者なのかよ。気配どころか、物音ひとつしてないだろ。


「……低級冒険者の役割は、安全な12ルートの中で狩りつくされた害獣の余りをチビチビと討伐し、上級冒険者が『死の八道』へ潜っていきやすい環境を作ることだ」


 これも、ほとんど受付嬢が毎回教えてくれる内容だ。


「そして12ルートの詳細な内部調査を行い、新ルートがないか探る。これがお前たちの本来の仕事だ」


 頭が痛くなってくる。知っていることを「知らないフリ」で聞き流し、適当に相槌を打った。


「ですね」

「……アレン、俺はお前のためを思って」

「ありがとうございます!」

「おい!」


 ごんッ、と岩壁を叩く音がした。遠くで、コウモリが飛び立つ羽音。


「ロイさん、刺激するとあいつらが出てきますよ」

「コウモリごとき、貴様が斬ればいいだろう。……ああ、すまなかった。貴様が持っているそれは『打撃専用』で『最低品質』の『こん棒』だったな」


 間違ったことは言ってない。

 俺が今手に持っているのは、剣ですらない、ただの棒切れだ。


「まあ、別に危害は無いですけど」

「俺らは襲われてるんだよ。お前からドブのようなニオイがするから、仲間だと思われているんだろ」


 俺はため息をついた。

 はぁ、本当、早くこの冒険終わんないかな。


「で、次は右ですか? 左ですか?」

「……右だ」

「はいっす。段差あるんで気を付けてくださいね」


 俺が歩き出したのに少し遅れて、ロイたちも付いてくる音がした。




 ◇◇◇




 ここまでのルートは、『E級』で『下等』な冒険者の俺ですら、何度か来たことのある道だった。

 言ってしまえば、すべてのルートの中で1番ヌルいコースで、湧いてくる敵も大したことのないものばかり。

 とりあえず全部殴って倒していくが、たまに取りこぼすと後ろのロイが舌打ちをしながら退治している。


「礼は?」

「……あざっす」


 とまあ、だいたいこんな調子である。

 確かにこの程度の敵を倒しきれない俺も問題だが……それより、今回俺は索敵役って聞いてたんだけど。


 俺は立ち止まり、振り返った。


「ロイ……さん、ここって初心者向けルートですよね」

「ああ」

「こんなところを探索するだけで金貨60枚って、本当ですか」


 ロイは怪訝な顔をして振り返る。

 ほかの冒険者たちは、全員焦ったように首を横に振った。


「報酬は全体で『金貨20枚』だが?」

「あー……」


 そっか。そういうことになっているんだった。


「すんません、勘違いしてたかもです」

「気にするな。それで?」

「……いや、このド初心者向けルートで金貨20枚って、どう考えてもおかしくないですか? 俺もここに何人かのE級と潜ったことがありますけど、報酬は銀貨10枚でしたよ」


 金貨1枚は、銀貨20枚、銅銭500枚と等価。

 つまり、今回の依頼は普段の40倍の価値がある探索、ということになる。

 ……まあ、本当は金貨60枚分の報酬だから、120倍の価値がある、ってことになるわけだが。

 いくらB級冒険者がやっているからといって、それだけで探索の価値が跳ね上がるわけはない。


「……この穴へ」


 ロイはそれに答えず、左を指さした。

 そこには、幅1m、高さ2mくらいの小さな穴があった。


「……こんなところに、分岐なんてありましたっけ?」

「いいから入れ」


 なんかイヤな予感がする。

 俺は気の抜けた返事をして、その穴をくぐった。


 これまでの洞窟は、先人たちが残したであろうトーチで煌々と道が照らされていたが、ここは真っ暗で、何も見えない。


「これを持て」


 ロイが、俺に手持ちサイズのランタンを渡してきた。


「お前が先頭を行くんだ」

「……ははっ、トーチが置かれてないってことは、まだほとんど探索されてないんでしょ?」

「『ほとんど』じゃない。『まったく』だ」


 ロイはニヤっと笑った。


「『金貨20枚』でB級の俺に依頼してくる仕事だぞ? 生ぬるい既存ルートの探索なわけがないだろう」

「……てことは、これ、新規ルート……」

「その通りだ」


 ロイの後ろに付いている冒険者が、ザックからトーチを取り出して壁に設置する。そして最後尾の男が、そのトーチに1つずつ火を灯していく。


「ここは、数日前に発見された新ルートだ。当然、低級の奴らでは危険すぎるので、発見だけしてギルドに報告した。そのルートの探索依頼が、俺にやってきたわけだ」


 勘弁してくれ。俺は、「楽に小銭を稼ぎたい」だけなんだ。

 まさか新規ルートの探索とか……。


「言っただろう。貴様は鼻が利く。新規探索であればこそ、先頭を切ってこの冒険を成功に導いてほしい。……というか」


 ロイの目は、あまりに信用ならない。


「こんな崇高な探索に参加させてやってるんだから、光栄に思え。取り分も『誰よりも多い』しな」


 今からでも断って帰りたい。

 だが無理だ。頼まれていたのは見られていたし、B級冒険者の依頼から逃げ帰ったとなれば、今後の稼ぎにも悪影響が出る。


「……不満か?」

「いやあ、ロイさんの華麗な経歴に『E級冒険者の案内でダンジョン攻略』が追加されちゃうかなと」


 こんな分かりやすい煽りに乗って、少しだけでも先陣を切ってくれると助かる。

 だが、ロイにじとっとした目で睨まれて、俺は目をそらした。


「先に行くのはお前だが……確かに経歴は問題だな。全部終わったら、お前を殺して口封じとしよう」

「ッ!?」


 どれだけ内心バカにされていようが、口に出して罵倒されようが構わないが、こんなダンジョンの、しかも「まだ一般的なルートとして認知されていない場所」で殺されたら、証拠隠滅は簡単だ。

 当然、俺が『B級冒険者』に勝てる見込みは万に一つもないだろう。できて逃げることくらいだが、それだってどうなるか……。


「ハハハ! 冗談に決まっているだろ!」

「クソ、勘弁してくれよ……」


 俺はうっすらかいた脂汗を拭って、振り返った。


「まあ、冗談にするかどうかは、今後のお前の態度次第だな」

「……心掛けます」




 ◇◇◇




 ランタンの弱い明りを手に、どんどん先へと進んでいく。

 するとすぐに、二手の分かれ道が現れた。


「……どっち行きます?」

「どちらでもいいが、最終的な目標である『神の残滓』に近いほうがいい。最深部にたどり着けそうなほうを選んでくれ」

「んなメチャクチャな……」


 右を見る。暗い。

 左を見る。暗い。

 もう一度右を見る。


 どちらの道も大して変わらない。


 だが……右からは、なんか嫌な予感がする。


「左、行きますか」


 俺は左手を指さした。


「バカだなぁ、これだからE級は」


 ロイの後ろに付き従っていた冒険者……なんか入り口で名乗っていたはずだったが、どうでも良すぎて忘れてしまった。

 そいつがぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。


「いいか? ダンジョンの構造を思い出せよ。隠しルートは左側に存在したんだぞ。ここで左に進んだら、入り口側に戻っちまうだろ。つまり、正解は右! こっちが――」


 と勝手にトーチを持ち、右の分岐へと足を突っ込んでいった。


「危ない! そこには落とし穴が――」

「は? ッぉぉ~~!? ……ッあ……!」


 ばごっ、と地面が抜け、一瞬で彼の姿が見えなくなった。


「ジャック!!」


 あ、そうだ、アイツの名前、ジャックだった。じゃなくて!


「みんな動くな!」


 俺はそーっと落とし穴の上へと近付いて、大声を上げた。


「ジャックーッ! 聞こえるかぁーッ!!」


 遠くから、反響しながら返事がある。


「下は水だッ! 俺は大丈夫!!」

「そこはおそらくトラップ祭りだ! 下手に動くと死ぬぞ!」


 もう一度、思い切り息を吸い込む。埃っぽい空気が肺に溜まる。


「水に浸かり続けていると寒くて衰弱する! とりあえず岸に上がって、そこでじっとしてろ! 壁にもたれかかるのもダメだ! 座って、じっとしとけ!」


 下から返事はなかった。

 ……まあ、これで理解してもらえなきゃ、死んでも仕方ない。

 クソ……面倒ごとを増やしやがって。


 俺は振り返り、ロイを見上げた。


「ここに、とりあえず進入禁止のロープを張ってくれ」

「あ、う、うむ……」


 ロイは、さらに後ろにいた男に目配せをして、ザックからロープと杭を取り出し、打ち込ませた。


「アレン……ジャックはどうなる?」

「さあね。俺たちの運が良ければ、見つけられるだろう」

「運が良ければって……アイツも俺たちの大切な仲間だろ!」


 冒険者の一人が食ってかかってきたが、俺はため息を吐くしかなかった。


「先人切ってトラップ解除すんのが俺の仕事っすよね? それなのに勝手に動いた奴の事なんて知らねーよ!」


 そう言うと、彼は奥歯を噛んで舌打ちした。


「ダンジョンはところどころ空間が歪んでる。常識だろ? そんなことも知らずに『前は左に行ったから、次は右!』とかやられたんじゃ、たまったもんじゃないですよ。それとも、みんなで仲良く助けに行って全滅します?」


 これまでにないほど神妙な面持ちのロイが、俺に手を差し伸べている。

 俺はその手を掴んで立ち上がり、分岐の手前へと戻った。


「さっきお前、ジャックに『下はトラップだらけ』って言ったよな?」

「……言いましたね」

「なぜそんなことが分かるんだ? どれだけの距離があるか分からないが、そんなところまで分かるのか?」

「分かるっていうか……」


 俺は首を傾げた。


「1つは、ふつう落とし穴の下って、確実に仕留めるために針の山とかにするでしょ。なのに落下先は水だった。つまり、中のやつが餌なんですよ。助けに行った奴を殺すための」


 目をつぶり、肩を落とす。


「もう1つは……まあ、これはマジでオカルトみたいなもんで、なんか、このダンジョンって来た事があるような気がするんですよね……そんで、そこの落とし穴の先のことも、なんか分かるっていうか……」

「だが、それが落とし穴ではなく、ただの脆弱な岩盤だったとしたら……?」

「ぐぎゃぁぁぁッッ……!!」


 穴の中から、耳をふさぎたくなるような絶叫が聞こえる。


「ジャック! 大丈夫かジャック!!」

「……急ぎましょう。多分左側の先のどこかで、落ちた先に合流できると思いますよ。急いだほうが、ジャックさんの命も助かる可能性があるかも」


 俺は目を伏せ、歩き出した。

 ……が、みな足を止め、落とし穴のほうをのぞき込んでいる。


「ロイさん、どうするんすか?」

「落とし穴にわざと落ちて、ジャックを助けるという選択肢は……」

「分かってて聞いてますよね」


 俺は呆れて、彼の顔をじっと見た。


「……俺1人で先に進んでもモンスターと戦えないんで、皆さんが来てくれないなら流石に帰りますけど」


 みな一様に殺気立っている。俺のあまりに物言いのせいだろう。

 だが、俺にだって言い分はある。散々罵倒されて、勝手に動かれて、勝手に落とし穴に落ちて、勝手に絶体絶命になっている奴の事なんて、知ったこっちゃない。




 ◇◇◇




 左のルートは、毒矢、火炎放射、巨大岩の落下トラップなど、古典的ながらなかなか強力な罠が満載だった。


「こんだけ厳重なら、何か奥にあるかもしれないですね」


 俺はトラップの1つを解除しながら、ロイに向かってつぶやいた。


「おい危ない! 頭下げろ!」

「は?」


 訳も分からず、言われるがままに頭を下げる。

 すると直後、俺の頭の上を炎がかすめていった。


「またトラップ……!?」

「ドラゴン族だ! このッ……」


 見ると、暗闇のはるか向こうから小型のヘビみたいな奴が炎を吐いている。

 まったく気配を感じられなかった……!

 だが、ロイは俺よりも早く気付いていたらしい。


「氷瀑<アイシングフォール>ッッ!!」


 ドゴゴゴッ、と激しい音がして、炎が順々に凍っていく。

 その氷がドラゴンにまで到達すると、一瞬で敵ごと凍り付かせた。


「散……!」


 さらに凍った炎に斬撃を加えると、氷がひび割れ、砕けていき、やがてドラゴン本体までもを完全に粉砕した。


「……つえー……」


 俺は後頭部の少し焼けた髪を撫でながら、涼しげな表情を浮かべているロイを見た。

 ムカつくヤツだが、さすがはB級冒険者。魔法も剣撃も、どちらも一級品だ。

 これでA級じゃないってんだから恐ろしい。

 もしかして、冒険者のランク分けには「性格」って項目でもあるんじゃないのか?


 俺は道の奥を見た。

 このまま行けば、たぶん最深部にたどり着く、はず。

 そこに何があるのかは知らないが、コイツらが行きたいというのだから、案内してやればいい。


「貴様を連れてきて正解だったな」

「どうも。報酬を弾んでくれてもいいんですよ。正当な額にね」

「……考えておこう」


 ロイは俺をにらみつけた。

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