責任
一応体裁だけは整えた噴水の前で、俺とコブレンツが対峙している。
いつ気付いたのか、プラムもこの『ショー』を見物しに来ていた。
彼女の姿を見て、コブレンツは深々と頭を下げる。
「これはこれは、『賢者の丘』最高指導者にして栄名の大賢者プラム様。どうしてこのような辺境へ?」
「……野暮用じゃ」
「そうですか。せっかく『ルグトニア領』にいらしたなら、我々がお迎えにあがったものを」
「迎えなど要らん」
プラムは腕を組んだまま、コブレンツをジト目で見ている。
「では、ご用事が済んだら、『我らが』ルグトニア領からは早々にお引き取りいただきたく。無用な誤解を招きかねませんので」
「もとよりその予定じゃし、主らの王に許可も取ってあるわい」
いくら尊大な態度をとって挑発してもプラムが乗ってこないのを見て、コブレンツは彼女から視線を切った。
「……それでは、イツキ。貴殿にルグトニア聖王猊下からの勅令を申し伝える」
シン、と静まり返る。鳥すらも鳴くのをやめた気がした。
「貴殿を、聖王猊下の名のもとに、ルグトニア王都へ連行する」
「え……?」
「連行というのは、これはあくまでも表現上の問題だ。我々とともに王都へ来てもらう」
「なんで、王様が俺を――」
「聖王猊下のご判断だ。それ以上でも、それ以下でもない」
待ってください、と、遠巻きに見物していたサルートルが声を上げた。
「イツキは見事に賊を追い払いました。我々だけでは今後、同様の成果はあげられません。アンサスには、まだイツキが必要です!」
「心配するな。この村には、私を含めルグトニア第二騎兵部隊67名が残り防衛にあたる。この若造1人が、ルグトニア騎士団67人分の戦力になるか?」
コブレンツが、ぐっと俺に顔を近付ける。
「壁を造った今、貴様は既にこの村に不要だ。第三騎兵部隊と共に王都まで行ってもらう」
「何を勝手に話を進めておるんじゃ」
プラムは、「はぁ」と深くため息をついて、一歩前に出た。
「タンコブだかコブサラダだか知らぬが、この男はワシが連れてゆく」
「……プラム様、お言葉ですが」
コブレンツが、ぎりっとプラムをにらんだ。
「これは、我が聖王猊下の勅令です。それを阻止することは、何人たりとも出来ませんぞ」
「なんびと……? ワシはその聖王と対等の立場じゃぞ」
「ですが、ここは聖王国の公領。領民の管理権はルグトニア聖王にあります」
「イツキは、ルグトニアの民ではないようじゃが?」
プラムの目は笑っている。
「……ルグトニア公領で保護されている、流浪の民です。それならば、ルグトニアに処遇の権限がある」
「ほーう。じゃが、本当に流浪の民かの? 旅行に行っていただけの、ワシの領民だった気がするんじゃが」
プラムは、俺がプレイヤーだと知っている。つまりルグトニアどころか、この世界のどこにも俺の出生記録なんて存在しない。証拠は無いってわけだ。
「ルグトニア騎士団が、他国の住人を攫った……そんな評判はまずいじゃろ?」
うぐっ、とコブレンツが小さく言葉に詰まったのを見て、プラムはさらにまくしたてる。
「今、ワシは賢者の塔であるものを作っておる。だが、事情があって中断しておってな。どうしてもイツキの能力が不可欠なんじゃ」
「……そんな勝手な理由では……」
「勝手? 作っておるのはルグトニア王からの依頼品で、しかも最優先じゃぞ。お主らでいうところの、勅令じゃ」
勅令という言葉を聞き、騎士団がざわ付く。
だがコブレンツは平静を装った。
「ご冗談が過ぎますよ、プラム様。我がルグトニアの技術は最上位です。賢者の丘に依頼など……」
「誰が冗談じゃ、痴れ者が!」
彼女の声が場を黙らせる。噴水の音だけが、涼しく響き渡った。
「貴様らの魔法技術など、地を這う虫のそれじゃ!」
はんっ、と軽く鼻で嘲笑って、彼女はさらに声を低めた。
「この研究の完成は、ルグトニア王の悲願。お前たちは、それを邪魔するというんじゃな?」
「しかし……こちらも聖王猊下の勅令で」
「はァ~、わからんやつじゃのう……。では見せてやるわ、魔法技術の極致をな」
プラムは面倒そうに、両手を前に出す。その掌が、薄桃色に明るく輝き始めた。
兵士たちに向けた手に、100を超える魔方陣が浮かぶ。
「な、なにを……!?」
「王に伝えておくがよい。研究のために、イツキはしばらく賢者の丘が保護すると」
魔方陣が展開され、ブォォォンと鈍い音がして、騎士団たちが後ろから消えていく。
「これは、転送魔法……! これほどの数を一人で!?」
コブレンツは驚いた表情で、消えていく兵士たちを見る。
「プラム様、こんなことは許されませんよ!」
「それは王が決めることじゃ」
「ぬおおぉぉっ、この領の守護者として、私が――」
最後まで言う事は出来ず、コブレンツは姿を消した。
「……朝から100枚も『呪符』を使わせおって、まったく……」
プラムは首をグルグルと回しながら、宿へと戻っていく。
「あ、そうじゃ。そういうことだから、お前も出かける支度をしておくんじゃぞ。奴らが戻ってこないうちに、ここを発つからの」
◇◇◇
昼ごはんのミートソースパスタ――に酷似した何か――を食べながら、俺は荷造りのことを考えていた。
と言っても、もともと持っていた荷物は全部インベントリの中だ。
何か持っていくとしても、大した量にはならないだろう。
「イツキ」
ラウラが、カウンターに頬杖をついてこっちを見ていた。
「ホントに行っちゃうの?」
「んー……ちょっと、責任取んなきゃいけないから……」
「セ、セキニンっ!?」
「え? ……あ、いや、そういうことじゃなくて!」
「あははっ、いいのいいの! 分かってる分かってる!」
「邪魔するぞぃ!」
そこに、タイミング悪くプラムが戸を開けた。
「プラム様! もしかして今の話……聞いておられました?」
「はえ……何のことじゃ?」
「イツキがセキニンを取るとか……」
「ああ、それか。うむ、こやつには責任を取ってもらう」
俺はもうその会話に参加するのもイヤで、頬杖を突いたまま、パスタにフォークを突き立てた。
階段の上から、ずかずかと2人の足音が聞こえてくる。
「おうおう、イツキ! 行っちまうんだってなぁ!」
「……アベル……それにサルートルも」
サルートルは微笑んでいるが、アベルは声色に比して表情がかたい。
「どれくらいで帰って来るかは分かんないけど、賢者の丘にある塔を直したら、また戻って来るよ。アンサスも復興途中だし」
「いやいや、お前がいない間に俺たちで終わらせちまうって!」
アベルが俺の向かいに腰を下ろし、背もたれに体を預けた。
「どうかな? 天才建築家がいないんだぞ?」
「それは、その通り」
サルートルは腕組みをしたまま、近くの柱に寄り掛かり、目を閉じる。
「……それじゃあ、建物はイツキが帰って来るまでお預けだな、アベル?」
「ちィ……」
「残しといてもらえたほうが、俺もやりがいあるかも」
「だそうだ」
交代の門番が、鹿の脚亭へ入ってきて、2人の名前を呼ぶ。彼らは振り返り、微笑んだ。
「またお会いしましょう。プラム様がいらっしゃると聞いていますが、道中はどうか気を付けて」
「イツキ、必ず帰って来いよ。お前がいねえと、酒飲みながら絡む相手がいねえ」
「……帰ってきたく無くなるようなことを言うのは控えてくれ」
サルートルはあきれ顔でアベルを見ると、ため息をついた。
「私も、一人でこのバカの相手をするのは疲れるんでな。ぜひ、早めに帰ってきて欲しい」
「ぁんだァ!? バカだと!? てめぇ、この野郎ッ!」
俺は苦笑いを浮かべ、宿を出ていく2人に手を振った。
パスタを巻き取って、口に突っ込む。さわやかな酸味が広がった。
◇◇◇
インベントリに荷物をまとめきって、数週間お世話になった部屋を振り返る。
もうほとんど自分の家みたいな感覚だったが、こうして荷物が片付くと、やっぱり殺風景だ。
「忘れ物ない?」
「多分ね」
ラウラが目を細め、俺を見る。
「何かあったら、取っといてくれないかな。また戻ってくるつもりでいるから」
「さあ。ものによるかも」
沈黙が、俺とラウラの間に流れる。
「……ほら!」
彼女が俺の背中をばしっと叩いた。
「ッだっ……!」
「しゃきっとしなさいって。そんなんじゃプラム様に嫌われちゃうぞ?」
「別に……」
相手は、あの『変態』だ。今更好きだの嫌いだの、そんなことはどうでもよかった。
「……待ってるからね、イツキ」
彼女の小さい声は、ほとんどが廊下に吸い込まれて、俺の耳にはわずかにしか届かなかった。
聞き返そうかとも思ったが、それをするのもどうかと思って、俺はただ「うん」とだけ答えた。
◇◇◇
宿の外で、プラムと魔法使いの格好をしたエルフが数人待機していた。
「……この人たちは?」
「ワシとイツキの護衛じゃ。厄介払いが必要かと思うてのう。呼んでおいたんじゃ」
厄介……ああ、盗賊とか、コブレンツとかのことか……。
「ブルルぅッ!!」
「おっ!? なんじゃコイツ」
オジーチャンが突然現れ、プラムの胸元に頭をぐりぐりと押し付けている。
コイツ……いっつも裏庭あたりで適当に草を食べてダラダラしてるのに……まさかエルフ幼女に反応したのか?
「あははっ、くすぐったいっ! これっ、やめるのじゃっ、あはははっ!」
「ぶもッ! ぶもぉぉっ!」
「オジーチャンっ、ちょっとっ、ちょっと!」
俺はオジーチャンの背中を抱き締めるようにして、プラムから強制的に引きはがす。
「っはーっ……! なんじゃこの……鹿?」
「ラウラが連れてる『オジーチャン』って名前の鹿だ。ラウラのペット――」
ギリっ、とオジーチャンが俺を睨みつける。
「じゃなくて、ラウラの友達?」
「ブモっ!!」
鼻息荒く、オジーチャンが頭を上げた。
……やっぱり、俺の言葉はオジーチャンに伝わってるみたいだ。逆は、一度しかなかったけど……。
「俺にお別れ言いに来てくれたのか?」
その言葉に、オジーチャンはふいっと横を向いた。
「え……」
「はははっ! 嫌われとるのうイツキ! こやつの目の前で鹿肉でも食うたか?」
「いや……」
確かに「鹿肉を食べたい」って言ったことはあったけど……そんなこと今更根に持つ感じ出してくる?
仮にもお別れなんだぞ、オジーチャン。
「ぶもっ」
オジーチャンは、ゴツっ、と頭を一度俺の腰に押し当てた。
それから、カツカツと石畳を数度踏み鳴らして俺に背を向けると、そのまま宿の裏へと戻って行ってしまった。
「冷たいやつ……」
「でも、挨拶には来たんじゃのう。賢い鹿じゃ。……さ、行こうかの、イツキ!」
俺がじっと見ていても、建物の陰からオジーチャンが再び顔を出すことはなかった。
◇◇◇
アンサスの正面を守る鉄扉の前に立つ。
扉が、ゴゴゴ、と低い音を立てて開いていく。
その向こうには、白い馬につながった馬車が見えた。
「あれで行くぞ」
「馬車……初めて乗るな」
「この世界では一般的な乗り物じゃ。見慣れておくがよい」
へー。そんな相槌を打って近づこうとして、ふと気付き足を止める。
「そういえば『転送魔法』で行けばいいんじゃ?」
「……うん? まあ、可能といえば可能じゃが」
「一瞬でパパっと賢者の丘に……」
そこまで言ったところで、プラムは眉をひそめた。
「転送魔法はワシの専門ではない。あれは呪符の力じゃ」
「呪符……っていうと、魔法を発動できるアイテムの?」
「そうじゃ。最上位の『神符』ならともかく、下位の『呪符』では不完全な魔法しか発動できん。副作用が強すぎる」
「ええ? 副作用って、じゃあコブレンツ達は……」
「呪符は生物以外まともに送れんからの。いまごろは、ルグトニアのど真ん中で素寒貧じゃろ」
「ひ、酷い」
「そもそも、転送魔法は本人が行ったことがある場所にしか行けんのじゃ。どうじゃ、馬車で行く理由が分かったか?」
「分かりました……」
プラムはさっさと歩いて先に馬車に乗り込むと、窓から顔を出してこっちを見た。
「ほれ、早う――イツキ」
彼女が、あごをくいッと上げる。
俺は、後ろを振り返った。
門の向こう側、アンサスの村から、大勢の村人がこっちを見ていた。
誰もかれも、一度は話したことのある人ばかりだ。
「兄ちゃーんっ!」
その先頭にいるのは――モルディア。
「絶対帰ってきてねーっ! そんでそんでっ! また仕事教えてーっ!」
俺は、右腕を上げる。
声を出したら、何かが決壊しそうだった。
少し上を見ると、オジーチャンが屋根の上に立っていた。
背中に太陽を背負って、そのシルエットは一層神々しく輝いている。
「……行ってきます」
上げた右手を下ろし、彼らに背を向けた。
村の外の土は柔らかく、脚が震えた。
◇◇◇
「いやー、実にええ所じゃったのう、アンサスは!」
馬車の中。プラムはラウラがお土産に持たせてくれたサンドイッチをむしゃむしゃと食べながら、俺の隣で声を高くして笑っている。
「ルグトニアの地領は、どーにも好かん! 子飼いの貴族どもは高慢チキで、自分らが一番じゃと思うとる! じゃが、アンサスはいいっ!」
「……お前、ほっぺたにソースついてんぞ」
「はにゃッ!?」
プラムは頬を手の甲で拭って、「……水を差すな」と俺をにらんだ。
「見た目も住人も素朴なアンサスなら、我が国に組み込むのもアリよりのアリじゃ!」
「やめてくれよ。アレは俺が作った村なんだぞ……」
「おおぅ、そうじゃったのか!? さすがプレイヤーじゃ、センスがええのう!」
「へへ」
「うーむ、そうなるとやはり欲しくなってきた。いいであろ?」
「ダメダメ、ルグトニアとトラブルを起こさないでくれ。戦争にでもなったら困る」
「あー、なるじゃろうなぁ。王はともかく、貴族共は戦が好きそうじゃ」
再び、彼女はもぐもぐとサンドイッチに食らいつく。
「やめとけよ」
「あったり前じゃ。やるつもりなど毛頭ないわい。じゃが……」
んぐッ、と口の中に入っていたパンの塊を飲み込む。
「アンサスはルグトニア城よりも賢者の塔に近くてのう」
「へー……どれくらい?」
「馬の鎧に高速化の属性付与<エンチャント>もしてあるし、ざっくり1日もあれば着く。もっと急げば半日でも来れるぞ」
ま、とプラムはため息をついた。
「近くても遠くても、アンサスはアンサス、ルグトニアはルグトニア……どーでもいいことじゃったな」
彼女の表情を見て、俺もラウラのサンドイッチに手を伸ばした。
「……そういえば、壊しちゃった塔のことなんだけど……どんな感じなんだ?」
「なんじゃ、もう修理の話か? やる気満々じゃのう!」
「それで」
「ん……どんな感じもこんな感じも、着いてみたら分かるわ。なかなかな壊れ様じゃ」
「そうか……」
「何せ、施設が丸ごとオシャカじゃからな。これまでの研究が吹き飛んでいるかどうかは分からぬ。建物をさっさと直してもらって、そこから確認じゃな」
歯形に切り取られたサンドイッチを見つめる。
旨いはずなのに、味がしない。もそもそとして、飲み込めない。
「……気に病むでない。ワシも言い過ぎた。お主がプレイヤーだと知っておれば、あんな言い方はしなかったんじゃ」
プラムが、俺の背中に手を添えた。
「建物の修繕にメチャクチャな資金と時間がかかると思っておった。じゃが、お主がプレイヤーならすぐに解決する話じゃ」
俺は何も言えず、まずいはずのサンドイッチにもう一度かじりついた。