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兵器MODと副団長

 鹿の脚亭の広間には、大量の料理が並んでいた。さらに料理の乗ったテーブルは広間から出入り口を通して村の大通りにまでつながっている。

 多くの村人が協力して、ちょっとした祭りの様相を呈していた。

 冒険者たちは昨晩からぶっ通しで酒を飲み続けている。ベロベロになって酔いつぶれて、そこらで適当に寝ているものもいれば、次から次へと酒を飲んでも少しも顔が変わらない奴もいる。


 俺はというと、ラウラの手伝いもせず、部屋からぼーっと窓の外を眺めていた。

 ひしゃげた鉄の門は、ザイフェルトたちの攻城兵器で破壊されたもの。

 砕けた一部の石壁も同じだ。


「はァー……」


 使っちまった。兵器MOD。

 あれだけ『二度と使わない』と心に決めていたのに。


 確かに、あの場面でアイツを使わなきゃ、俺は確実に拉致されていた。

 そのあとどうなるかは分からないが、どうせロクなことにはなっていないだろう。


 だけど。


 頬杖をついて、視線を下に落とす。


「……仕方ない、か」


 ここは、俺とヒョウドウが作った村だ。

 他人の建築ならともかく、ここなら直せる……村人達だって、気にしてはいない。

 だから結果オーライ、そんなふうに自分を納得させる。


 コンコン、と部屋をノックする音が聞こえた。

 こちらが返事をする前に、ラウラが部屋に押し入ってくる。


「あーっ! やっぱりここにいた」

「えっと、返事するまで待てない?」

「待てないよ! だって、主役がいないんだから!」

「主役って、俺はただの大工で――」

「はいはい!」


 ずかずかと近付いてきて、腕を引っ掴まれる。


「ちょ、ちょっと!」

「みんなイツキを待ってんの! 何しょぼくれてるの」

「しょぼくれてなんか……」

「ん!」


 ラウラは鋭い目つきで俺をにらみ、頭の上を指さした。


「はぁ……この耳……!」


 触らずとも分かる。どうせヘタれているのだ。


「イツキはただの大工じゃない。天才大工、でしょ?」

「……まあ、そうだけど……」

「謙遜するかと思ったら、全然しないんだ」


 彼女は呆れたようにつぶやいて、それから小さく笑った。


「とにかく、今日は村の存続記念! イツキのおかげで平和は保たれたんだよ」

「いや……」


 俺が来なければ、村はもっと平和だったかもしれない。

 なにせ、ザイフェルトがあんな兵器を持ってきたのは、俺の作った壁が原因なのだ。


「はぁ、もう」


 ラウラの平手打ちが、バシンと背中にクリーンヒットした。


「ッおぉッ!?」

「いつまでもウダウダ言ってないの! ご飯食べて、元気出して!」

「は、はいっ!」


 ラウラの強い語気には、なぜだか従わざるを得ないような強制力を感じる。

 俺は彼女の手を振りほどくように、階下へ向かって走り出した。




 ◇◇◇




「おお、イツキ! 来たか! 遅かったじゃねえか!」

「ちょっと、離れろアベル! 酒臭いって!」

「ァんだぁ? このアベル様が酒臭くて、なァにがいけねえってんだよぉ!」

「おい、サルートル! ちょっとコイツなんとかしてくれよ!」

「すまない。私も面倒事はごめんだ。自分で頼む」

「お、俺が主役じゃなかったのかよッ!!」


 大皿に乗った数々の料理。

 何日も籠城戦をするつもりで、ラウラが備蓄してくれていた食料を使った料理らしい。


「イツキちゃぁ~ん! アンサスの救世主だぁ~!」

「は・な・れ・ろッ!!」


 俺はというと、デロデロのグデグデに酔っぱらったアベルに捕まって、ぎゅうぎゅう抱き締められている。

 ほかの冒険者たちは、その光景を見て笑っているだけだ。


「誰か助けてくれよっ!!」

「恥ずかしがんなって! 男と男の熱い友情だろぉ?」

「友情を強制すんな! 酒が抜けてからにしろ!」


 俺はなんとかアベルを引きはがすと、ようやくイスに腰を下ろした。


「はぁ……ったく……」

「お疲れ様」

「よくも見捨てたなサルートル」

「君子危うきに近寄らず、だよ」


 サルートルはワインを傾けて、ほんのり赤らんだ顔でほほ笑む。

 どうやら、この世界には『ことわざ』まで伝わっているらしい。


「イツキ。悪いんだが、また鉄扉と石垣を直してもらえるか?」

「ああ、もちろん。半分は俺が壊したようなもんだし」

「……何を気に病んでいるか分からないが、君は村の英雄だぞ」


 アベルとサルートルは、あいつらが吹き飛ばされる様を宿の外で見ていたらしい。

 彼らにしてみたら、俺がヒーローに見えているのかもしれない。


「……ちょっと、夜風にあたってくる」


 俺は大皿からチキンらしき肉を1ピース取って口に放ると、立ち上がって外へ出た。


 涼やかな風が、頬を撫でる。

 昨日あんなことがあったばかりとは思えないほど、空気は澄み、穏やかに時は流れていた。

 村人たちも冒険者同様、ラウラの食事の提供を受け、酒を飲んでいるものもいる。


「兄ちゃん!」

「あ、君は……モルディア! 無事だったんだな」

「当然! 我を傷付けることなど、なんびとたりとて――」


 横に立っていた婦人が、モルディアの頭をゴチンと殴りつけた。


「いだッ!?」

「まーた変なことばっかり言って! ごめんなさいね、うちの子最近変なんですよ」

「あ、あはは……」


 俺のせいだと知ったら、俺もまとめて殴られそうだな。


「モルディア」


 俺はかがみ、彼の耳にぼそっと小さくつぶやいた。


「モルディアが手伝ってくれた門、吹き飛んじゃったからさ……明日、また直すの手伝ってくれよ」

「――わぁぁ……」


 彼の瞳がキラキラと輝く。

 そして、ポーズを取ってこちらをキッと睨んだ。


「ふ、ふんっ、待っておれイツキ! 明日は我が貴様を手伝ってやろう。だが、貴様もやがて我が門下に加わッ――」


 ゴチンっ!


「わあっ!?」

「だから! その変なのをやめなさいって言ってるでしょ!」

「ほ、ほどほどに……ね?」

「まったく……誰に影響を受けたんだか!」


 背中に釘を突き立てられたような錯覚に陥りつつも、俺はなんとかその場を後にした。




 ◇◇◇




 少し歩いて、噴水のあった広場にやってくる。

 あたり一面、石壁の残骸と兵器の反動でぐちゃぐちゃになっていた。


「明日は、ここからかな……」


 さすがに地平の果てまで吹き飛ばしたザイフェルト達が、一日二日でここに戻ってくるとは思えない。

 それなら外壁よりも、まずこの「事故現場」を片付けてしまったほうがいいだろう。

 その次は、それぞれの民家の修理だ。かなり壊れてしまったから、直すのにどれくらいかかるか……。


「また、ここにいる理由が出来ちゃったな」


 俺はその場に腰を下ろし、兵器の残骸を見る。

 ヒョウドウも、やってくれるよな。

 あのペンダント……まるで、こうなるのが分かってたみたいじゃないか。


 残骸を撫でる。……冷たい。鉄だろうか?


 だとすれば、ありがたく素材として拾わせてもらおう。

 アベルにまともな剣を作って返してやりたいし、村の修理にも素材が必要だ。


「これを集めて解体して……リサイクル……」


 インベントリを開き、残骸を一つそこに放り込む。

 壊れたブロックがちゃんと残るのは、現実化した影響だろうか。

 これだけ素材が残っているなら、修復も捗りそうだ。


 村も外壁も、全部修理が終わったら……俺、どうするんだろう。

 何か月もここに居続ければ、そのうちにまたザイフェルトが襲ってくるかもしれない。

 この広い世界で、逃亡生活が始まるのだろうか?


 そんな事を考えていると、遠くから、ドドド、と地鳴りが響いてきた。

 最初は気のせいかと思ったが、音は大きくなっている。嫌な予感がして、俺は思わず立ち上がった。


 嘘だろ……フラグ回収なら早すぎるぞ! ザイフェルト、もう戻ってきたってのか……!?


 暗闇をにらみつける。

 壊れた鉄門の向こうから、灯りがぼうっと現れて、そして……。


「アレは……?」


 巨大な旗が見える。

 白馬が見える。

 西洋甲冑のようなものを身にまとった、戦士……騎士の大群が見える。


「……もしかして、ルグトニアの騎士団……?」


 だが、その人数は今まで見たものの比ではない。

 数倍、下手すれば数十倍の数が押し寄せてきていた。




 ◇◇◇




 騒ぎを聞きつけて、俺だけではなく村人や冒険者、騎士団の『代表』が広場に集う。


「……それでは、貴様らが正体不明の軍属共を追い払ったというのか?」

「貴様らっていうか、正確にはコイツがな」


 アベルが俺の肩を抱き寄せて、頬に拳をぐりぐりとめり込ませる。


「信じられん……」


 先頭にいるのは、この前俺が布団で『すやすや』させてやった、例の副団長サマだ。

 彼はバツが悪そうに、咳払いをした。


「では、まずは……聖王猊下に代わり、このルグトニア聖王国騎士団副団長コブレンツが、貴殿に礼を言う。ここアンサスを救ったこと、褒めてつかわす」

「やぁねぇ、褒めてつかわすですって」

「全然間に合わなかったクセに、上から目線でヤぁねぇ」


 後ろで、おばさまたちのひそひそ声が聞こえる。

 サルートルが疑問を投げる。


「騎士団がここまで到着するのに、通常は1週間ほどかかると聞いていたのですが」

「アンサスは聖王国の無二の領土である。この村が何度も襲撃される可能性があると知れば、迅速に行動するのは当然だ。通常の旅程であれば確かに1週間ほどかかるが、馬を最大速で走らせれば、20時間以内には着く」

「……でも、こっちから使いなんて……」


 コブレンツは、ああ、と漏らして、ちらりと目を横にそらした。

 彼の視線を追う。その先には、オジーチャンがつまらなさそうに、割れた石畳の隙間から生えている草をもしゃもしゃと噛んでいた。


「……マジ?」

「アルトラウラ嬢の元で飼育されている鹿だというのは、一目見て分かった。……貴君らの誰かが遣わしたのだろう?」


 村人も冒険者もきょろきょろとお互いの顔を見合わせるが、名乗り出るものはいない。

 ……オジーチャン、まさかこうなることを予見して、自分の意志で騎士団を呼びに行ったのか?

 だとしたらこの鹿、何者だよ……。


「まあよい、結果としてアンサスは救われた。まさか我々の助力なしに賊を撃退出来るとは思わなかったが……」


 コブレンツはゆっくりと俺に近付き、じっと目を見た。


「……イツキ、と言ったな。貴様は優秀な大工なのだろう? この村を、元の姿に戻せるか?」

「ああ。ちょっと時間はかかると思うけど、元の形には戻せるはずだ」

「それでは、ルグトニア聖王猊下に代わり、騎士団副団長コブレンツが命ずる。できるだけ早急に、この村の景観を復旧せよ」

「言われなくても」

「それから……」


 彼は顔をしかめた。


「当然、外壁も取り壊してもらう」

「……は?」

「それが王国からの告達だ」

「おい、ちょっと待てよ! こっちはこんなに被害食らってんだぞ!」

「そうよそうよ! またアイツらが来たらどうするってのさ!」

「ふざけんな! 石壁は絶対壊させねえぞ!」

「騎士団の面子が潰れるからって、メチャクチャ言いやがって!」


 非難の嵐だ。まあ、それはそうだろう。

 襲撃を受けた直後に防御を無くせなんて、まともな命令じゃない。


「……というのが皆の意見みたいだけど」

「『アンサスの村の景観は、完全な形で維持すること。』これは王国が始まってから現在に至るまで、王国の重要な戒律の一つだ」

「なんだそりゃ。本当とは思えないね」


 俺は首を横に振った。


「今回は運よくザイフェルト――賊のトップを追い出すことができた。けど、たぶん……次に来るとしたら、もっと強力な兵器を持ってやってくる」


 ざわっ、と空気が淀む。


「そうなると、この防壁はもう何の意味もない」

「では――」

「――だけど!」


 コブレンツの言葉を、俺はさえぎった。


「村人が避難するだけの時間を……稼ぐことはできる」

「……しかし、これは王国の」

「領民の命よりも、大昔の誰かが決めた法を優先するってのか?」


 コブレンツは、険しい顔をしてしばらく考え込んでいたが、やがて大きなため息をついて顔を伏せた。


「このことは私から聖王猊下に報告し、裁可を仰ぐ。壁を取り壊すかどうかはその後の沙汰を待て」

「俺は壁を修復するぞ」

「フン……好きにせよ。だが忘れるな……この村はルグトニアが領国。我ら騎士団が守護する地である」


 また、村人から非難の声が挙がる。そんな声の中、コブレンツはこちらに顔を寄せ、真剣な顔で囁いた。


「壁などなくとも、私が守ってみせる」

「……頼もしいね」


 コブレンツは後ろを振り向き、兵士たちに目配せをした。


「それでは、被害状況も確認できた。お前たちは国境の守備に戻れ。私は聖都に戻り、このことを聖王猊下にお伝えする」


 そう言い残すと、手綱を引く。

 騎士たちも、合わせて白馬を走らせ去っていった。


「嵐のようなヤツだな、ホント」


 俺はぼそっとつぶやいた。


「……そんなことよりイツキ、お前が主役だって言っただろ? どこ行ってんだよ! 探したんだぞ」

「そうだ。こんなところで一人黄昏れているなんて、水臭いじゃないか」

「ほら、踊れ踊れ! アンサスの伝統舞踊だ!」


 どこからともなく、陽気な音楽が流れてくる。

 冒険者も、村人もみなそれに合わせて楽しそうに、自由に踊り出した。


「ちょっ、み、みんな……?」


 騒ぎの中に、オジーチャンの姿を見つける。

 俺は彼に近づいていき、「あのさ!」と声をかける。


「実は、俺、お前の言葉がわかるかも……」


 そう話しかけたが、オジーチャンは面倒くさそうに「ブモモォォッ!」と雄々しい声を上げただけで、それ以上の返事はなかった。

 もちろん俺に何を言いたいのかなんて、分かるわけがない。


「ほら、イツキ!」


 ラウラが俺の肩を抱く。


「難しい顔しないのっ!」


 音楽が、天高くまで響いていく。

 夜空に輝いていた星が、ひときわ明るく瞬いた。


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