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神の残渣<ざんし>

「1日でなんて、絶対ムリだってば」


 ラウラの視線が突き刺さる。だが、俺もここで退く気はない。


「今日中にやりたいんだ。頼むよ!」

「……はぁ……」


「別に宿を使うのはいいよ、みんなのためだもの。でも……」

「大丈夫、ラウラ」


 俺の目に、青い炎が宿る。


「いざとなったらこの村ごと、俺が2倍のサイズで建て直してやるッ!」


 外壁や家をすべて強化するには素材が足りない。

 だから、今はこの手がベストなはずだ。

 ……たぶん。


「ふーん」


 ラウラがまた、耳を指差した。


「強がっちゃって」

「……うるせー」


 不安があるのはバレバレだ。

 思わずため息をつく。と同時に、吹っ切れて笑いが込み上げてきた。

 失敗を考えていても仕方ない。

 今できる最善を尽くすしかないのだ。


「で、前は誤魔化されたけど、イツキってどれくらい天才なの?」


 騎士たちに、布団を投げたときのことだろう。

 インベントリ云々を説明するのは気が引けて、あの時は逃げてしまった。

 この作戦を進めるとなれば、もう隠すことはできない。


「一日……、一晩あれば、簡単な城を造るくらいはできる」


 これまでのロークラ人生を糧に、誇りと自信をもって告げた。

 ラウラが少し呆けた表情になる。


「イツキ、そんな顔できるんだね」

「俺はいつだってこんな顔だよ」

「はいはい」


 どうやら、俺が本気であることは伝わってくれたらしい。


「でも、とりあえず人手は必要でしょ? 早速、私がみんなに声をかけて……」


 ラウラが立ち上がり、外に行こうとしたときだった。


 宿の外で、ざッ、と足並みがそろう音が聞こえた。

 ウソだろ! もしかして、もう襲撃が来たってのか!?


 軽い音がして、宿の扉が開かれる。

 その先に居たのは、冒険者たちだった。


「……イツキ、話は全部聞かせてもらった」

「サルートル……それに、みんなも……?」


 一瞬の不安は的中せず、冒険者たちは一様にニヤリとしている。


「深刻そうな顔で走っていくから、何かと思って聞いていれば……イツキは心配性だな」

「宿の外まで丸聞こえなんだよ。ちゃんと壁を直しとけ、バーカ」


 アベルが力強く俺を指差す。


「ただ――今までのお前から……村を守りてぇっていう気持ちは確かに伝わった!」

「アベルと意見が一致するのは癪だが……私も同感だ」


 サルートルは深く息を吐いた。


「君にしかできないことは多いだろう。でも、私たちだってこの村を守りたいんだ。どうか、手伝わせてほしい」

「……いいのか?」


 冒険者たちを見る。彼らはお互いに目を見合わせて、誰彼となくうなずいた。

 村が好き。

 その気持ちで団結した彼らを見て、熱いものがこみ上げてきた。


「みんなありがとう! 今日は忙しくなるけど、よろしく頼む!」


 「おうッ!」という返事が重なる。



 ◇◇◇



 作戦内容はこうだ。


 宿屋を要塞に改造し、地下にシェルターを掘って外の森まで繋げる。

 村人達はいったんそこに避難させて、一夜を明かしてもらう。


 同じタイミングで、壁の周囲には冒険者を立たせて警備し、ヤバくなったら要塞に撤退する。

 あとは要塞で籠城戦をしながら、村人たちが森に逃げるまで待つ。

 最後に俺がトンネルを自動建築機で無理やり広げ、石壁に詰まった泥を流し込んで通行止めだ。


 もちろん作戦の実行には、村人の協力が不可欠。

 冒険者たちは「連絡は俺がやる」「警備は俺が」と、自分たちで役割分担をしてくれていた。

 一通りの要請を終え、質問がある人はいないか聞くと、ラウラが手を上げた。


「はい、ラウラさん」

「これって、イチから建てたほうがいいんじゃない?」

「いや。今も監視されている可能性が高い。いまある建物を強化する形にして、出来る限り目立つのは避けたいんだ」


 テンションが高くなっていて、勢いで彼女の肩をがっしりと掴んだ。


「だから……君の助けが必要だ、アルトラウラ」

「わ、わかった」

「では他に、質問のある方!」


 俺の興奮具合に若干引きつつも、特に質問はされることなく、冒険者たちはぞろぞろと宿屋を出て行った。

 図面は俺の頭の中にある。あとは、それを形にするだけだ。


 深く息を吐いて、インベントリに手を伸ばす。

 ラウラが声を上げた。


「……ねえイツキ」

「何?」

「どうして、あなたはそこまでしてくれるの?」

「ここは、俺の……」


 続けようとして、彼女の目が俺の耳を追っている気がした。

 気恥ずかしさを察されたくなくて、俺はインベントリを漁った。



 ◇◇◇



「イツキ! イツキ!!」

「んだぁ……今日は……魚がいい……」

「目を覚まして!」


 バチン! と激しい一撃を頬にもらって、俺は強制的に目覚めさせられた。


「いった! あ!? ああ、アルトラウラさん……おは、ようございます」

「寝ぼけてる場合じゃない! アイツらが来たの!」

「……!」


 すぐに飛び起きる。

 食堂の床に開いた穴から、不安そうな顔をした村人たちが、小さく押し殺した声で何やら話をしている。

 見渡すと、すでに冒険者たちは完全武装して、目を血走らせていた。


「状況は!」

「……完全武装の奴らが、ワケの分かんねぇデカい武器で鉄の門をなぎ倒して、そのまま村に押し入ってきた! 門番は命を優先して撤退、民家は三棟やられた!」

「……イツキ、お前の言った通りになったな」


 サルートルが、ドアから視線を外さずにつぶやく。


「村人と一緒に、金目のものはこっちに全部引き上げてある。ぶっ壊し損だぜ、アイツら」


 アベルは、はんっ、と軽く鼻で笑った。


「こちらのほうが、一枚上手だったというわけだ」

「だが……壁は一瞬でやられちまった。なあイツキ、ここは本当に大丈夫なのか?」

「できる限りの強化はしたつもり。けど、絶対に大丈夫かというと……分からない」

「分からない、か……」

「大丈夫だ。イツキが気にすることじゃない。アベル、イツキはよくやってくれた。だろう?」

「……そうだな」


 アベルから漏れたため息。ふーっと、様々な感情が含まれたその息が、唯一の音になる。

 彼らにとって、ここは家なのだ。石垣をも一瞬で壊す兵器……その危機感は計り知れない。


「実はな」


 アベルが、ちらりと俺を見た。


「アイツら、交渉材料として『お前』を要求してるんだよ」

「お、俺?」


 俺はこの村とは無関係の……という訳でもないが、お客さんのような存在だ。

 そんな俺を最初から指定してくるなんて、やはり襲撃者は――。


 ――ザイフェルト。ならず者の親玉。


 きっとあいつだ。

 あいつは言っていた。『お前みたいな能力のあるヤツは、絶対に最初から狙われる』と。


「……分かった」


 仕方ない。俺が出て行って時間を稼ぐしかない。

 相手の本当の強さがわからないんじゃ、ここだってどのくらい持つか分からないのだから。


「おい、何が分かったんだ」


 俺が一歩踏み出したところで、アベルがその前に立ちはだかる。


「何って……そいつらの要求は俺だろ」

「待てイツキ、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 サルートルも、じとっと冷たい目で俺を睨む。


「分かってるよ。でも、いきなり殺したりは……」


 しないはず。だって、そんな事をしたら交渉の意味がない。

 そこに、はぁ、とアベルが深いため息をつく。


「あいつらがお前を呼ぶ理由が、『邪魔なイツキという男を殺したいから』じゃないなんて、お前に分かるのか?」

「いいか、イツキ。あいつらは本気だ。そのくらいはやる。お前だって自分で当ててみせたじゃないか。奴らはプロだと」

「……」


 大丈夫だ。俺が出て行って何とかしてやる。


 そう言いたかった。だけど、体が勝手に震えている。今は、この異世界が俺のリアル。

 死んだら、肉体も精神も、現実世界で死ぬのと変わらないんじゃないか。

 そう、ここは現実……。


 ちょっと止められただけで覚悟が揺らぐなんて、俺は惨めだ。

 冒険者たちは、みんな体を張って村を、ラウラを、そして俺を守ろうとしてくれているのに。

 俺には、その勇気がない。


「下がってろ」


 アベルは俺の心中を読んだのか、にやっと笑って一歩前へ進み出た。


「待てアベル、俺が……!」

「聞いてくれ、イツキ。これで大丈夫だ。お前を差し出さない限り、奴らはこちらに危害を加えられない。お前の手がかりがなくなっちまうんだからな」

「でも……!」


 嘘だ。危害を加えない根拠なんてない。拷問……脅迫……手段なんていくらでも――。


「――私たちは君を信じたぞ、イツキ。君は、私たちを信じてくれないのか?」


 サルートルの言葉に、俺は何も言い返せなかった。




 ◇◇◇




 アベルとサルートルが、宿の外へと出ていく。

 俺は急いで2階に上がり、壁を少しだけ開けて隙間から外の様子を覗いた。

 こんな状態、信じて待てと言われても無理だ。

 ピンチになったら――。


 俺はインベントリを開く。

 そこには、例の『布団』があった。


「……遅いですね」


 黒い甲冑を身にまとった男は、飽き飽きしたように深いため息を漏らした。

 故意に聞こえるように発されたその声音はしかし、今までの『ならず者』とは全く異なる口調だ。

 しかし、その声には聞き覚えがあった。


 宿の外にいるのは、その一人だけ。そこにアベルとサルートルが近づく。


「どうも、先ほどは逃げている所を追いかけてしまって申し訳ありません」

「……」

「それで、彼を引き渡すという話は……了承して頂けましたか?」

「フン。あいつなら、もうここにはいねぇ」

「いない?」


 アベルは腕を組んでのけぞっている。

 その姿勢は、剣も抜きづらいしあんまり良くないんじゃないか、とは思うが……。

 彼なりの威嚇のポーズなのかもしれない。


「奴なら、ちょちょっと壁を直してどっかに消えたぜ。なァ?」

「ええ……彼は旅の大工らしくて。こちらの問題に巻き込むのは酷でしょう? そういうわけで、彼は居ません。お引き取り願えますか」

「ほう……」


「ねえ、イツキ……」

「ッ!? ……ラウラか……何?」


 後ろから話しかけられ、俺の体が跳ねる。


「ここ……大丈夫なんだよね?」

「素材は頑丈だから……多分。……破壊されるよりも、村人全員分の食料があるか、そっちのほうが心配かも」


 冗談めかして答えると、ラウラがじっと俺を見た。


「こんなときに言うことじゃないかもしれないけど……オジーチャンの姿が見えないの」

「え……もう地下壕に避難してるんじゃないの?」

「ううん、普段はうちの裏庭にずっといるんだけど……今日は朝からいなくて……」


 野生の勘が働いたのだろう。散々ラウラのお世話になっておいて薄情な気もするが、動物だからな……。


「オジーチャンは、そこらの草を食べていればどうにかなる。そのうち戻ってくるさ」

「……それに……朝からペンダントもなくて……」

「ペンダント?」

「ほら」


 ラウラが自分の首元を指す。

 もしかして、彼女と最初にあったとき首にかけていたものだろうか。

 普段はあんまり印象になかったが、言われれば時々していたような。


「あれ、とっても大切なものだったのに……落としちゃったのかなぁ……」

「大丈夫。あいつらが帰ったら、オジーチャンも帰ってくるし、ペンダントもゆっくり探せる。俺も探すの手伝うから」


 パァン!!


 急に乾いた音がして、俺とラウラは肩をビクつかせた。

 間違いなく、音は外からだった。

 慌てて、俺は外を覗く。俺の頭の上から、さらにラウラが覗く。


 石畳に穴が開き、煙が吹き上がっている。


「次は外しませんよ」


 アベルの頬を裂く、一筋の線。

 そこから赤い血が、ゆっくりと垂れ流れている。

 彼は瞬き一つせず甲冑の男を睨みつけていた。


「何度言われても答えは変わらねえ……アイツはここにはいない」

「……強情ですねえ」


 甲冑の男が、歴史の教科書でしか見たことのない武器に火薬を装填していた。

 長筒の先端に火薬を詰めている。あれは、『火縄銃』……?


「それでは、まずは見せしめとして……」

「待て!!」


 思わず二階の壁の隙間から、大声で叫ぶ。今すぐにでも撃つ、そういう雰囲気だったからだ。

 俺は叫ぶのとほぼ同時に壁に手を這わせ、周囲を一気に『収納』して、反対の手から『布団』を投げつけていた。


 甲冑の男はそのトラップに、引っかか――らなかった。

 視界をアベルから外さず、火縄銃の狙いすら変えずに、後ろに一、二歩下がっただけ。それだけで、避けた。


 もちろん、何かが飛んで来たら避ける、というのは戦闘では基本かもしれない。

 だが、布団が奴のもとに届くまで1秒の猶予もなかったはずだ。


「まったく……いきなり物を投げるなんて」


 甲冑の向こう側の表情が、俺にも透けて見えるようだった。

 じぃっと、サルートルの目が俺を冷たくにらみつけている。……勝手に姿を晒したからだろう。

 アベルだけは額の冷や汗を拭い、肩を下した。


「いるじゃないですか」


 甲冑の男はにやりと笑って、銃口を下に向けた。


「私は、あなたに用事があって来たのです。イツキ君」

「……俺にはないぞ」


 インベントリには布団。

 もう一発、いつでも行ける。

 だが、不意打ちで避けられた攻撃が、アイツに通用するのか?


「手荒な真似はしたくありません。できる限り無傷であなたを連れ出したい」

「だからイツキは関係ねえだろって――」

「私が要求しているのは」


 アベルの声を遮って、甲冑の男が声を張る。


「この村の全財産です。そしてイツキ君は、この村の財産そのもの」

「嬉しいお言葉だけど……俺はモノじゃないんでね」

「財産ですよ。モノって訳じゃありません」


 男は甲冑の庇を開けた。


「お久しぶりです、イツキ君。いや……お久しぶりというには、あまりに日が浅いでしょうか」

「……やっぱりお前か……ザイフェルト」


 彼の表情は、これまで見た山賊らしき風体とはまるで違う。

 凛々しく、またどこかに無礼さを乗せた、野武士のそれにも近いように感じられた。


「ずいぶん口調が違うな」

「あのような話し方は本意ではありません。……目的のための役作り、とでもいいましょうか。こちらが、私の本来あるべき姿です」

「どっちが本当のお前かなんて、俺には興味ないけど」

「……二階と外では話しをしづらいですねえ」


 俺はちらりと後ろを見た。ラウラが、心配そうな顔で俺を見ている。


「……それじゃあ、冒険者たちを全員一度開放してくれ。代わりに俺がそっちに出向く」

「イツキ!」

「いいでしょう」


 サルートルの怒りの目を、ザイフェルトの声がかき消す。


「先に、冒険者を全員建物の中へ。それから俺がそっちへ」

「ふむ……」


 彼の目が、じろじろと宿屋を見る。

 細かくパーツを切り替えているが、見た目だけなら昨日までとまったく変わらない「古ぼけた宿屋」だ。

 俺だって、ぱっと見たくらいじゃ要塞化されているなんて思わない。


「……まあ、いいでしょう」


 ザイフェルトが目配せをすると、冒険者たちは彼から目線を切らずに、じりじりと後ろに下がっていき、やがて全員宿屋の中へと避難した。

 建物の内部を通して、彼らの呼吸が聞こえる。


「これで全員です。次はあなたがこちらへ来る番ですよ」

「まあそう焦るなよ。俺、まだ寝間着なんだ。着替えるまで待ってくれない?」


 ザイフェルトの目の色が、明らかに変わった。

 俺は、振り返ってラウラに小さくささやく。


「下の扉、鍵をかけて外から開かないようにして」


 ラウラは、察したように頷くと一階に飛び出していった。

 俺は再び、壁の外を見る。


「イツキ君。私は、そこまで気が長くないものでね」

「昨日の、あのゴロツキみたいなのは演技だったんじゃ?」

「人間の本質はそう簡単に変えられません。半獣のあなたには通じない理屈かもしれませんが」


 彼の口角が、くいと上がった。


「着替えには、どれほど掛かりますか」


 銃が、首をもたげる。

 あれが火縄銃だとしても、撃たれればもちろんタダじゃ済まない。


「なんだ。無傷で連れて行きたいんじゃなかったの?」

「……あなたは、その説明が必要なほど愚かではないでしょう?」

「そうだな……まあ、ちょっと待ってよ」


 俺は、軽く咳ばらいをした。


「あのさ、どこに連れていかれるわけ? それによっても服は変わってくる」

「それは秘密ですが、まずは馬車のようなものに乗ることになるでしょうね。正直全裸でもいいくらいです」

「そりゃ困る。寒いのは苦手だ」

「獣人は寒さに強いと聞きますよ。なんなら、どこか途中の町で好きな服を買ってあげましょう」

「敏感肌なんだよ。気に入った服しか着れないし」


 たったったっ、と小さな足音がこちらに駆けてくる。そして、「イツキ、終わった」とつぶやいた。


「……よし。それじゃあ、着替えて来ようか」


 ザイフェルトの目が、俺の口元をじいっと見つめている。


「ルグトニアの部隊がこっちに来るまで待っといてくれよな!」


 言い切って、一瞬で壁を閉じる。よし!


「ラウラ、一階へ!」

「きゃっ、ちょっ……!」


 俺は彼女の手を取って、一階へ向かった。


「みんな聞いてほしい!」


 外に聞こえないように気を付けつつ、俺は声を張る。


「今から、すぐにトンネルを通って逃げてくれ! 時間はここで稼ぐ!」


 ばんッ!

 どごッ!


 建物を殴りつける音。砲撃の音。軽い衝撃。

 梁からホコリが落ちてくる。

 壕の中に隠れていた村人たちにもその衝撃は伝わったらしく、どよめきのような声が漏れ聞こえてきた。


「おいおい……あいつらは鉄の門をぶっ壊してこの村に来たんだぞ! 鹿の脚亭なんてひとたまりもない!」

「大丈夫」


 自分に言い聞かせるように、そうつぶやく。


「この建物の強度は、鉄の門より遥かに上だ。大丈夫……!」

「大丈夫ったって……」


 轟音に合わせて、壁が揺れ、天井がきしむ。

 だが、揺れ以上のことは起こらない。

 ありったけの資材を注ぎ込んで作ったこの要塞が、この世界でも通用するなら……。

 少なくとも人力や火縄銃で壊すことなんて、到底不可能だ。


「いいから、早く! ここは平気だ!」


 実際、プレイヤーはそういう能力を発揮して大活躍したという。

 だったら、この世界で作られたものより『ロークラ』のMODアイテムの方が強い……はずなのだ。

 ただの剣や大砲で壊せるんだとしたら、夢がなさすぎる。


 だから、俺は信じる。MODの素材に対抗できるのは、MODの武器や魔法だけ。

 ここを壊す方法は、奴らにはないはずだ。


「ここに、みんなでまた戻って来よう。そのために、命はつながないと」


 残ろうとするラウラを無理やり地下シェルターに押し込んで、俺はオリハルコン製の蓋を閉めた。内側から鍵をかけるように言い含める。


 宿に残ったのは既に俺だけ――と言いたいところだが、やっぱり思い通りにならないヤツってのはどこにでもいる。

 2人の冒険者と俺は広間で円になって、じっと押し黙っていた。


 ガタンと激しい音がして、また建物が揺れた。

 外から、動物の雄叫びにも似た声が聞こえている。


 外の様子が気になる。

 下手に顔を出せば巻き込まれるから、安易に外を見るべきじゃない。

 だけど、戦況はどこかから把握しないと。


「サルートル、この宿屋に、外から見てもバレないような窓とかはないのか?」

「さあ……イツキこそ、何か心当たりは?」

「いや……」


 不気味な静寂が鹿の脚亭に広がっている。このまま過ぎ去ってくれれば一番いい。

 ここに籠っている限り、相手はこちらに手を出せない。占領する事も出来ないから、タイミングを見計らって帰るしかないだろう。


 とは言え、悔し紛れに周囲の家を全部壊すとか、そういう嫌がらせをやっていく可能性はある。

 向こうがどんな兵器を持っているか把握して、追い払うための手を考えなければ……。


「この宿は採光性ってやつが抜群でな。日当たりの悪いのは廊下か風呂か、物置くらいしか無ぇ」


 アベルは何かのカードをシャッフルしながら、ぶつぶつとつぶやく。


「……窓から以外となると……屋上くらいだな」

「屋上? 内側から上がれるの?」

「物置から上がれるらしいぞ。掃除中のラウラから聞いたことがある」

「サル助」


 アベルがニヤっと笑ってサルートルを見る。


「お前の分も配ったぜ、ほら座れよ」

「……こんな時にカードなど触っていられるか」

「酒飲むよりゃマシだろ」

「そのような気分ではない」

「……んだよ」


 アベルの視線が俺に移る。


「おめぇは」

「……俺もパス、かな」


 はぁ、と彼は大きくため息をついて、頬の傷痕を拭った。


「イライラしてても仕方ねえっつーの」


 アベルとサルートルは、ザイフェルトと戦ったとき勝つことが出来るだろうか。

 ザイフェルトは剣術から魔法まで使え、鉄砲まで持っている。


 アベルの手が、誰も拾わなかった5枚のカードを山の一番下に戻した。


 ごぅ……。


 低い音が、遠くから聞こえる。


「今の音……?」

「何か聞こえたか?」


 俺の耳が、真後ろを向いている感覚があった。意識せずに、音が鳴ったほうに動いてしまうようだ。

 音の方向は、正面玄関よりさらに奥。村の入り口に近い場所……?


 ごッ……ぎぎぎ……。


「なんか……山崩れみたいな……地鳴り……?」

「誰か、何か聞こえるか?」

「いんや……おらっ、俺は3枚カードチェンジだ!」


 どどどど……ばぎばぎばぎッ……ぎぃ……ぎぎぎぎぃぃッ……!


「……来てる……こっちに何かっ……!」


 俺は階段を一段飛ばしで駆け上がる。

 北側の物置部屋から屋上。

 使ったことのないルートだが、物置部屋の位置は分かる。あとはそれっぽいところを伝って……最悪天井を壊して上れば……。

 俺の脳裏に、ラウラがニコニコしながらハンマーを掲げている絵が浮かんだ。

 安心してください、アルトラウラ様……壊したらちゃんと直しますから……。




 ◇◇◇




 屋上にたどり着いた俺が見たのは、村の道路に立ち込めている土煙だった。


「イツキ……!」


 後ろから追いかけてきたサルートルが、焦ったように名前を呼ぶ。

 俺は眼下を指差した。


「あそこ……石畳のはずなのに、なんで土煙が」

「おいおい、いきなり走るなよ」


 遅れて、アベルが顔を覗き込む。


「ありゃ……なんだ……」


 土煙に太陽光が差して、そのシルエットが浮かび上がってくる。

 この宿の3階部に匹敵する、巨大な外見。

 ゆっくりとその上端が、光を浴びる。


 漆黒に輝く、四本の支柱。

 そこに吊り下げられた一本の槌。先端には金属光沢をもつ、禍々しい羊の顔が取り付けられている。

 何らかの熱機関で動いているのか、後方からは白煙が上がっていた。


「あれは……『ノーヴァ』さんの……!」


 俺は、その姿に見覚えがあった。

 あれは兵器の再現建築で有名な『ノーヴァ』さんが、科学MODを組み合わせて作った『攻城兵器 破城槌はじょうついMK4』だ!

 ロークラで見た時も機能美に感心したものだったが、リアルで見ると羊の顔の描写のリアルさなんかは別格だ。流石実物……すごいっ!


「イ、イツキお前、なんで笑ってんだ……」

「笑ってる場合ではないぞ!」

「んな事言ったって、あれはノーヴァさんの……」

「ノーヴァだか老婆だか知らねえが、ヤバい! ありゃ『神の残渣ざんし』だぞ!」

「神の……?」


 記憶喪失はこれだから……そういう顔で、サルートルは顔を強張らせる。


「プレイヤー達が残した神話兵器や装備をそう呼ぶんだ。信じられないほど強力で、まさに神の残滓……!」

「あぁ……」


 そういえば石畳に消えたアベルの剣も、プレイヤー装備のコピーだという話だ。

 いまだにそこまで知名度があるのは、実物がまだあるからなのか。


 その一つが、ノーヴァさんの破城槌ってわけだ。


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