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前田 -01-

鎖国初期の話。3部作

移動型人工浮島<ウラシマ>にて

 彼は私を認めると「初めてみる人だ」と言った。特に必要ないと言われていたものの、つい癖で敬礼する。


「本日付で<ウラシマ>に配属されました。前田です」


 名乗れば彼は意外そうに瞬きを一つ。そして、邪気のない笑みを浮かべた。


「前田さん、よろしくね。僕も自己紹介したいけど、禁止されているんだ」

「はい、承知しています」


 予想外、いや、違和感のない程度に少し高い声。予想外なのは前評判ほどの気難しさを感じさせない程度には愛想を持ち合わせていたことだ。


 中肉中背と言うには細身の体格に、少し猫背気味の背中。洗いざらしで手をかけていない髪に、もともと髭が薄いのかつるりとした頬。まるで身を飾ることに興味がない学生のような灰色のパーカー。


 正直に言えば、事前情報として与えられた彼の年齢よりも随分と若く見える姿に驚いた。

 恰好も相まって、まるで学生のようにも見える彼は、少なくとも、私よりも(とお)以上年上なのだと言う。


 彼――名前とIDを剥奪された()はこの国で一番の重罪人だ。


 この国が鎖国という外交手段を採択し、宇宙太陽光発電機構――アマテラスシステムの拡充を決定した時に、彼は宇宙太陽光発電機構(アマテラスシステム)の破壊を画策し、失敗した。


 そして、彼と彼の共犯者たちには、刑法77条(内乱罪)および破壊活動防止法(破防法)が適用され、首謀者であった彼には死刑が言い渡された。

 前例のない裁判にもかかわらず、鎖国体制の整備の陰に隠れて三審ともに速やかに進み、異例の早さで死刑判決が決定した。さらには、鎖国体制が完成するとともに、やはり異例の早さで彼の刑は執行された、となっている。


 表向きは。


 しかし、彼はまだ生きていて、列島からは完全に切り離された移動型人工浮島<ウラシマ>にて余生(・・)を過ごしているのだ。


「今から散歩の時間なんだ。一日一回は外の空気を吸うように指導されててさ」


 彼が比較的自由に移動できる居住空間は海面下となるフロアが割り当てられている。放っておけば深海魚のように浮上することなどない彼は、先月の健康診断で定期的に外に出るように指導を受けたらしい。


「トレーニングルームで運動もしているし、そもそも、君たち防人ばかり診ている医者だから健康(・・)の基準がバグってるんじゃないか? 人はマッチョじゃなくても生きていけるんだぞ」

「その運動も数年前に健康指導が入ってから始めたと聞き及んでますが」

「……僕は体育会系じゃないんだ」


 不本意なのだろう、不平を零しながらも彼は先立って、地上(海上?)へと向かう。

 肌寒い程度の潮風が頬を撫でる。すでに陽は落ち、薄紫の太陽の残光とこれから強くなっていくであろう薄い月あかりが、味気ない甲板と穏やかな海面を照らしていた。


 移動型人工浮島(フロート)は、本土から切り離されており、彼が脱走できる可能性はほぼないということで、重罪人にもかかわらず、彼は拘束されていない。それどころか、島内(フロート内部)において、空間的には限定されているもののかなり自由な活動が認められていると言っていい。


 彼は広大な空の下で、ぐぅっと背を伸ばし、大きく手を振りながらゆっくりと深呼吸。

 光源は月あかりくらいしかないというのに、眩しそうに目を細めて、空を見上げた。


 彼の視線の先には、夜空に瞬く宇宙太陽光発電機構<アマテラスシステム>を含むタカマガハラが発する静止衛星群と宇宙基地の赤い灯。

 宇宙基地のシルエットが月明かりに白く縁どられ、切り絵のように紺青の空から浮き出ている。


「前田さん、ここにくる前は<タカマガハラ>?」

「はい」

「ってことは<アマノイワト>にいたってことだよね?」

「……はい」

彼女(・・)、元気だった?」


 彼との会話は推奨されているわけではないが、禁止されているわけでもない。だが、黙るしかなかった。

 彼は私の返事を待つ様子もなく、ただ空を見上げている。


 タカマガハラの中心に見える赤色灯のいくつかは<アマノイワト>と呼ばれる国防用衛星のものだ。そして、そこはアマテラスシステムの大半を制御する中央演算処理装置が奉納(・・)されている。


 私が見たアマテラス(太陽神)の恵みを地上に運ぶために祈りをささげる巫女は、私よりも(とお)ほど年上の女性だった。





 鎖国政策を打ち出した頃、この国は経済制裁を受けていた。

 それは警察国(Pax)家による統治( Americana)の終焉を迎えていた時代で、過去のどの戦争においてもそうであるように、後付けのどうしようのもない理由で、国民の生活は追い詰められていたのだ。


 ありとあらゆる物流に制限がかけられ、特に資源がないこの国では、化石燃料の輸入制限は痛手であった。


 もちろん、この国に住まう人々は、化石燃料の使用が地球環境を破壊していると声高に叫ばれていた頃から、自然エネルギーの導入を検討しては試験運用していた。しかし、四季の変化が激しく縦に長い国土は、一律の対策が採りづらく、実用化は困難を極めた。


 穏やかな中部地方の太平洋沿岸では効果的な太陽エネルギーは、冬の大部分が雪に覆われ、曇り空が多い裏日本や、台風が多い南では採算が取れない。日本海側の波力および潮力発電も不安定で、山がちな国土では地熱発電や原子力発電のための大型プラントを造るだけの平地がない。


 その中で、東海沖で運用が始まった海底地熱発電機構<ワダツミシステム>は、計画当初からの予定が大幅に遅れ、特に海底ケーブルでは想定よりも送電による電力損失(送電ロス)が大きいことが問題になっていた。

 応急措置として蓄電池の生産プラントを増設したものの、そもそも本土は送電線による生活様式が確立していたため、蓄電池を介した運用へ代替できるものが限られていたこともある。


 そこで、当時の政府は、かねてより計画していた宇宙太陽光発電機構の始動を前倒しすることにした。


 運用当初の起電用静止衛星はたったの八つ。

 起電用静止衛星群(それら)は、地上からの遠隔操作で制御されていた。

 起電量はワダツミシステムに劣り、せいぜい北海道の消費電力を賄う程度。消費が激しい冬季になれば供給制限が設定されるような代物だった。


 そして、不安定な世界情勢は戦争を望み、その火の粉は我が国にも降りかかる。

 ある時、起電用静止衛星に向けて、ミサイルのような物体(・・・・・・・・・・)が飛来したのだ。ミサイルのような物体(・・・・・・・・・・)は、起電用静止衛星の端を掠め、宇宙空間に広げられた薄膜状の太陽電池を破り、しかし、爆発することなく宇宙の彼方へと飛んで行った。


 それ(・・)を打ち上げた国は、自国用の人工衛星(・・・・)打ち上げ失敗(・・・・・・)に対する謝罪を正式に表明し、当時の政府はそれを受け入れることで戦争を回避した。


 その時に、政府内外で問題になったのは、情報の伝達遅延であった。

 他国の人工衛星(・・・・)が事前に連絡を受けていた軌道を反れたという事実の検知は早かったものの、物体の確認に手間取り、ようやく確定した情報で報告を受けた政府の決断の迷い、地上の運営陣から起電用静止衛星への通信電波が到達するまでの情報の伝達遅延(タイムラグ)などにより、起電用静止衛星の回避動作の開始が遅れた。

 その結果、起電用静止衛星のうち一つの片翼を失ってしまったのだ。


 そこで、彼らは情報の伝達遅延(タイムラグ)を最小限にするために、また、あらゆる状況において最適解を算出するための中央演算装置を、宇宙空間にて運用することを求めた。


 もっとも政府の決断が迅速に行われていれば、間に合っていたのではないか、と誰もが思ったが、それを是正する術はどこからも提案されなかった。また、それ(・・)を打ち上げた国に対する日和(ひよ)った政府の態度は、国民からの批判を生んだが、それを代弁する為政者はいなかった。

 結局、その事故(・・)で人的被害はなく、なにより、我々は武力行使(戦争)をしたことがないのだ。


 そして、当時の技術では宇宙空間に半導体島コンピュータアイランドを建設することは叶わず、その代わり、当時の政府が取った手段は、秘密裏に太陽神に生贄を差し出すことだった。


 こうして、生贄として選ばれた研究者の女性は、アマノイワトの奥で、その脳に配線が接続されることになったのだ。


 巫女――脳神経外科学の才媛だったらしい女性は、数理工学から計算論的神経科学の新鋭だった()とは大学が一緒だったらしい。


 彼女と()の間に何があったのか、少なくとも私は知らされていない。

 ただ、彼と彼女には婚姻歴はなく、また恋人同士だったという記録(・・)はない。


 しかし、彼は――彼と共犯者たちは、彼女がタカマガハラに発つ日に乱を起こした。

 衛星群の遠隔操作を行う地上基地を占拠し、立て籠もったのだ。

 ――彼らの中に内通者がおり、あっという間に制圧されたけれども。


 目の前の()には人権がない。少なくとも、この国においては。

 IDどころか、名前も奪われてしまった彼は、ぼんやりと夜空を見上げている。


 生きているのに亡霊となってしまった彼は、この残酷な社会の良心(・・)なのだ。

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