江崎 -04-
今宵ばかりは天蓋をあけることは叶わず、姫巫女もまたその瞳をあけることはない。
穏やかに時間は過ぎ、僕らは一通りの仕事を終えた。
後は交代の時間まで、特にやることはない。見上げる空もなく、佐久間さんと僕は、機器が正常に動いていることを監視しながら、交代までの時間を潰していた。
「せっかくの春分なのに、娘さんは寂しがっていませんか?」
「最近は妙にこまっしゃくれてきてるからなぁ。母親の口まねをしてさ、邪険にされてばっかりだよ」
僕が話しかけると、佐久間さんはいやぁ、と頬を掻いた。
そうぼやきながらも、相好を崩す様は立派な親ばかだ。
「江崎君こそ、どうなんだい?彼女は?」
佐久間さんの問いに、僕は渋い表情を浮かべた。
「いませんよ。なかなか縁がなくて」
そうかい、佐久間さんはと笑って口を開いた瞬間、異変は唐突に訪れた。
厳かな旋律が流れたのだ。この場に来て始めてのことだ。
機器の異変を知らせる耳障りな警戒音と違い、ただ雅で美しい音楽は耳に心地よい。しかし、僕が事態について行けず、あっけにとられている間に、佐久間さんはさっと立ち上がって、通信機器へと手を伸ばした。
いつもならスピーカー機能に切り替えてくれるのだけれど、今回はそういうことはなく、佐久間さんは二、三度、低く頷いた。
それだけで僕は、これは国防に関わる何かが起きたのだと察知する。
僕はただ固唾をのんで、指示を待つことしかできない。
佐久間さんは受話器に手を当てて、僕へと振り返った。
「江崎君、丙の二二の門を開くんだ」
僕は彼の言葉に少しだけ戦慄しながらも、指示に従う。僕の行動を確認しながら「供給先を101乃至108の計八つに設定」佐久間さんが次の指示を出してくる。僕は自分のIDカードを調節機器に差し込み、角膜照合を終えたパネルを叩いていく。
「設定しました」
僕は少しだけ震える指先に気がついて、ぎゅっと手のひらを握り込んだ。主制御装置で、佐久間さんが接続先を確認している。非常事態だというのに佐久間さんは酷く冷静で、彼の声が落ち着いていることだけが救いだ。
「<ヤタノカガミ>への出力を最大にしてくれ」
僕は半ば予想していた彼の指示に従い、パネルを叩いた。一斉に稼働音が激しくなる。あたりの制御ランプが一斉に瞬き、場違いに美しいと思った。
静かで美しい音楽、―――― 耳慣れたそれは、小さな頃から式典の度に耳にする歌だ ―――― も流れ続けている。
「最大にしました」
僕の言葉に佐久間さんは深く頷き、二重目のロックを外すと受話器に向かって「こちらは完了です。後はお願いします」とお辞儀をし、受話器を置いた。
音楽はまだ流れ続けている。少女の瞳は開かない。
僕たちは、自分の持ち場から離れるわけにはいかない。次の連絡が来るまで、ここにいなければならないのだ。
無意識のものだろう、佐久間さんの低い祈りが聞こえてきた。
僕もそっと目を閉じる。鳴り響くのは美しい音楽。
僕もまた、思わず口ずさむ。
千年以上も前から詠われてきた祝いの歌。
どうか、貴女が護るこの国が、もう千年、できれば永久に続きますように。