江崎 -03-
明日は春分である。そして、タカマガハラに年に六日間しかない、夜が訪れる日だ。
神州上空に静止しているタカマガハラは、地上において消費されるエネルギーの大部分を供給している。しかし、静止衛星であるため、春分の日と前後の一日ずつ、計三日間ほど、夜間になると太陽光を得ることができなくなるのだ。常にアマテラスの加護受けるタカマガハラも、秋分と春分の日には天道の庇護からはずれ、夜が来る。
その間は太陽光からエネルギーを供給することができずに、タカマガハラ及び地上は蓄電エネルギーによって稼働することになる。
蓄電技術が進歩し、また、海底発電所のトコヨができてから、地上は十分にエネルギーを得ることができ、節電生活をする必要がなくなったのだが、タカマガハラにおいて、その節電生活はある意味お祭りのように訪れる。
いつも煌々とした明かりで満たされた施設内の照明は落ち、黄昏のような非常灯に切り替わる。そのため、補助的な灯りとして用いられるのは提灯だったり、蝋燭だったり。
そして、必要最低限の仕事以外は大抵お休みとなる。
もちろん、僕は仕事だ。しかも今月は夜勤である。
祭りの間の仕事はいつもと少しだけ手順が異なるらしく、僕は初めての対応になる。
僕は佐久間さんと共に白装束に着替えると、アマノイワトの深淵へと踏み込んだ。
相変わらず冷たく静かな秘密基地。しかし、今日ばかりは照明が落とされている。宇宙の深淵のなか、中央には淡く燐光を放つ揺りかご、あたりの調節機器のランプが瞬き、まるで星空の中にいるかのように錯覚を起こす。
「きれいだ」
思わずこぼれた僕の感想に、佐久間さんは笑って「足下に気をつけるんだぞ」と注意を促してきた。
彼女の寝顔を眺めると、いつものように眠っている。僕は彼女の様子を情報端末に記録し、佐久間さんを振り返った。
「今日は通常整備の仕事はお休みだ。非常回路に切り替わっているかの確認を行う」
彼の言葉に僕は頷いた。今日から三日間、夜間のタカマガハラは蓄電エネルギーによって稼働することになる。そのため、いつもと違う回路を使用しており、その切り替えの最終確認はやはり人の手で行われる。僕らはマグライト片手に、全ての調節機器が正常に動いているかを確認し、そして、一息をついた。
「………… この部屋くらいは照明をつけてもいいのでは? 蓄電エネルギーは十分なのでしょう? 朝になればまた太陽の恵みを受けれるんだし」
僕の素朴な疑問に、佐久間さんはゆっくりと頭を振った。
「念には念を、さ。いつ何が起こって非常エネルギーを使うことになるかわからない。節約するに越したことはないだろう」
「そんなもんですかね」
「いくら太陽光は無限だといっても、俺らが使えるエネルギーは有限だからね」
その言葉に僕は、まぁ、確かに、と納得し、頷いた。
何よりも、この星空を散歩するような仕事もまた、悪くないかな、と思った。