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江崎 -01-

※2021/08/31 修正、および連載形式に編集。


宇宙太陽光発電機構<アマテラスシステム>における大気圏外に建設された一連の宇宙施設<タカマガハラ>にて。

 僕は購買で買い求めた焼き蕎麦パンと、ボトル入りの緑茶を手に非常口から外に出ると、踊り場へと足を踏み入れた。この踊り場は、外部の非常階段に続く狭い空間なのだが、僕のお気に入りの場所だ。なぜなら、ドーム状の天蓋から曲線を描く側壁は全てガラス張りとなっており、大変見晴らしがいい。


 真夜中の12時を少し過ぎた今、天上には瞬かない星空が広がっていた。同様に、僕の足元にも。これは、決して比喩ではなく、本物の星空が視界の半球を覆っている。さらには、少し手摺から身を乗り出せば、強化ガラス越しではあるけれど、僕が生まれた惑星を見ることが出来るのだ。


 というのも、僕が従事している仕事は、宇宙空間に建設された<宇宙空間における太陽エネルギーを無線により地上へ供給するための衛星郡及び当該衛星に関わる宇宙施設並びに当該太陽エネルギー供給に関わる地上施設を用いたエネルギー供給機構>、通称アマテラスシステムのうち、神州列島上空に建設された静止衛星郡<カグラ>のひとつであり、初期に打ち上げられた(言ってしまえば旧型に分類される)起電用衛星<カグラ10(ひとまる)>における関連機器の整備であり、それに伴って、現在の僕の生活空間が宇宙にあるからだ。


 そして、この場所はカグラ10内では唯一(本当は禁止されているけれども、常に鍵が解放されているという意味で)僕が出入りできて、且つ、宇宙空間を眺めることが出来る場所なのである。


 残念なことに昼間は(というよりも太陽光が差し込む間)は、宇宙線や有害な太陽光線の影響から、防護服の着用が義務づけられているため、館内用の防護服が支給されていない僕は立ち入ることができないのだけれども(一応、有害光線を遮断する特殊加工したガラス張りになっているのだが、念には念をということらしい)。


 そのため、僕がこの場所に訪れることができるのは、夕出または夜勤のときだけだ(とはいっても、昼夜といった時刻の概念が無くなる宇宙空間では、仕事の始まる時間はあまり関係ない)。今月の僕のシフトは夕出で、ここ一週間ほど、僕はたいていこの場所で()()を取っていた。


 僕は手摺に近寄り体重を預けるようにして、眼下を見下ろした。


 非常に厚いであろうガラスの向こうには、黒い空間にぽっかりと浮かび上がる、青と白のマーブル模様の美しい惑星。流れる雲の隙間から覗くのは龍の形をした神州列島。僕の生まれた場所だ。島々全体が夜だというのに美しい光を湛え、その輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。


 本土は今頃、霜が立つ季節を迎える頃だろうと、雲の流れから見当をつける。僕は列島でも北のほうの生まれだから、故郷ではもう雪が降っているかもしれない。


 心の中にぼんやりと郷愁の念のようなものが浮かび上がるが、僕が大地を踏むことが出来るのは、まだまだ先のことだ。


 僕はその場に座り込むと、踊り場に入るための引き戸に背を預け、ばりっと焼き蕎麦パンの袋を破いた。ボトルのお茶で流し込みながら、代わり映えのしない宇宙空間を眺める。

 正直に言えば、四季が移ろう国で生まれたためか、最初こそ物珍しかった宇宙空間は、あまりにも変化が乏しく、3ヶ月も経てば慣れてしまい、物足りなさすら感じるようになってきていた。


 アマテラスシステムのうち大気圏外に建設された<タカマガハラ>と呼ばれる一連の宇宙施設において、それぞれの施設内では、年間通して摂氏20度前後、相対湿度40%と快適に保たれている。

 例外は、住居空間の<オヤシロ>に設備された公園や庭で、四季折々の花々が咲くように、ある程度空調を変化させているくらいだ。もっとも、繊細な宇宙設備の中で物質劣化を早めるように悪戯に四季を真似るなど愚行極まる行為なのだが、出来るだけ<本土>に近い居住空間を設置するのも、人道的な配慮なのだ。

 実際、それらの公園や植物園は閉鎖的な宇宙施設の中で、とても良い憩いの空間として機能している。


 しかしながら、僕の仕事場となる<カグラ10>を含む<カグラ群(カグラ01(まるひと)からカグラ108(ひとまるはち)までナンバリングされた計108基起電用衛星郡)>と<防人>達が詰める防衛施設<アマノイワト>には、そういう配慮をしたスペースは設けられていない。


 今度の環境改善委員会では、空調を変化させるとまでは行かなくても、施設内の緑化をもう少し推進するように提案してみようか、とぼんやりと思い巡らせていれば、背中の引き戸がかすかに振動した。

 反射的に背中を浮かせるよりも速く、乱暴に開かれる。僕は引きずられるように倒れこんだ。


「…… 江崎、何やってんの?」


 恨めしく見上げた先には、短髪の青年が僕を見下ろしている。僕と同じく今年度からタカマガハラに配属された森永だ。

 技術系の専門学校を卒業し二年間、民間で勤務した後に徴労義務に応じた僕と、大学卒業後すぐに防衛隊の任務に就いた彼とは同じ年ということもあり、割合仲がいい友人である。


 現在、僕達の国は懲役制度、もしくは徴労義務を執っている。徴労というのは、僕達は必ずしも兵隊として従事する必要はなく、何らかの形で三年間、国の管理下での労働を担う義務だ。

 基本的には18歳から32歳までの間に、基本的には半年の研修を含む3年間、宇宙空間施設を指す<タカマガハラ>、地上地区施設を意味する<本土>、領海底にある地熱発電設備及び管理施設である<トコヨ>のいずれかにて労働の義務を負うのだ。


 つまり、国民は防衛隊、またはアマテラスシステムを中心としたエネルギー資源事業の整備管理に携わる国営事業、もしくはそれらに関わる民間事業のどれかに従事することになる(そのため、義務教育中では男女共に機械整備と選択武道が必須となっている)。


 これは、資源が乏しいこの国において、鎖国を可能にした宇宙施設を中心とした太陽発電を行うアマテラスシステム、及び海底施設を中心とする地熱発電を行うワダツミシステム ―――― 半永久的なエネルギー供給システムは国家事業として運用されており、このシステムを管理維持するため多様な職種が必要とされているのだ。


 特にタカマガハラとトコヨは、規模は限定されているもののそれぞれ自立した生活市場を確立しており、本土と二地区間とでは物質的な交流は最低限だ。移動手段が限られているため、人的な移動以外は制限されているのだ。だから、食料はもちろん、生活に必要なものもできる限り自給できるように工夫され、地産地消が推奨されている。


 そのため、タカマガハラとトコヨでは、一見、徴兵、徴労とは関係のない、調理師や理容師、はたまた喫茶店の給仕係りといった様々な職業に就くことができる。もちろん民間の事業者に委託されている部分も多いのだが、いかんせん、国防の最高機密に最も近い場所であり、また、最低限のインフラを確保するためにも国が担う役割は大きい。


 更には、現在、鎖国政策まっただなかの僕達の国は、半世紀以上 ――――― 冷戦を考慮しなければ、3世紀以上もの間、事実上戦争したことが無く、また僕達の国は()()()()()()は存在していないことになっている。

 森永が所属しているのはあくまで()()()だ。言葉遊びみたいだけれど、防御に特化した機構であるため、他国を侵略するような戦争を起こすことは事実上不可能らしい。正直、僕はその辺のことをよくわかっていない。


 僕は防衛隊とその他の国営事業のどちらにするかという選択時に、国営事業であるアマテラスシステムの整備運用を希望したため、起電用衛星<カグラ>の管理業務に配属され、森永は防衛隊を選択しその中で<カグラ>の守備部隊に配属されたらしい。


 僕は床に転がったまま、手にした焼き蕎麦パンを掲げた。床においていたため、ボトルに入っていたお茶は無事だ。よかった。


「見りゃ分かるだろ。飯食ってんだよ」


 森永は僕の手の中の焼き蕎麦パンに一応視線を当てたが、すぐに肩をすくめて見せた。


「俺には転がっているようにしか見えないんだが」

「お前が乱暴に開けるから、引き戸に引っ掛けられて倒れたんだよ」

「あーだから、扉が重かったのか。わりぃわりぃ」


 胡乱な視線を投げかければ、森永はあっけらかんと悪びれない謝罪を口にした。

 普通扉が重い時点で気がつくだろう?

 と、思うのだが、森永は防衛隊を志望したに相応しい、体育会系の粗忽な男だ。おおらかで気がいいのだが、いかんせんデリカシーが無い。僕は床についた上半身を腹筋だけ使って起こし、ずりずりと踊り場の隅に寄った。

 空けた僅かな空間に、森永もまた座り込む。


「狭いな」

「文句があるなら、お前が縮め」


 森永の呟きに、僕は軽口を叩く。

 確かに、ただでさえ狭い踊り場は男二人が並んで座るだけで少々窮屈だ。しかし、大学時代に柔道を選択していた森永の体格のよさを考えると森永に原因があるといえる。身長はそう変わらないはずなのに、胸板は僕の1.5倍くらいはありそうだ。むかつく。


「で、江崎みたいなもやしっ子になれと」


 人の悪い笑みを浮かべながらの森永の揶揄に僕はいささかむっと頬を膨らませる。


「俺はもやしっ子じゃねぇ。普通だ。防人を基準に考えんな」


 防人とは防衛隊に所属する隊員の総称だ。

 日々、訓練に励んでいるため、当たり前だが体格のいい人が多い。そんな人たちと比較されても勝てる気はしないし、もう一つ言わせてもらえば、実際、僕はもやしっ子ではないと思う。進んで運動をするほうではないが、中学高校と弓道をしてきたし、専門学校時代ではテニスクラブに所属していた。

 …… テニスはほとんど幽霊部員だったけれど。それでも工業用機器メーカーに整備士として2年勤めている間も、とりわけ運動していたわけじゃないけれど、職業柄、重たい機材を運んだり、体を使う場面が多かった。


 森永もわかっているらしく、憮然とした僕の顔を見たら満足したらしい。はいはい、と鷹揚に頷いて見せた。


「お前飯は?」

「もう食ったよ。防人は食堂で配膳されるからな。今は見回り中」


 そういえば、以前、防人は体が資本だということで特別に小隊の持ち回りで運営される食堂があると聞いた。ほかに国防用衛星<アマノイワト>の整備なんかも全て防人の中にある技術部隊に任されていたりと、防衛隊は他の国営事業と異なり、その内部組織でのみ運営されているのだ。まぁ、国防に関わることだから当然といえば、当然なのだろう。


「サボりか」

「サボり言うな。お前を指導してんの。ここ、一応立ち入り禁止だぞ」


 僕が彼の職務怠慢を指摘すれば、森永は苦笑しながら僕の頭を軽く小突いてきた。しかし、僕としてはそれにも異を唱えたい。


「この場所を俺に教えたのはお前だろうが……」


 僕はあきれながら彼の過失を指摘し、焼き蕎麦パンの最後の一欠片を口の中に放り込んでお茶で流し込んだ。しかし、森永はにやにやと笑ってごまかし、そして視線を上へと投げた。


「まぁ、この景色も今日で見納めだからな」


 ふと、感傷的な声音に僕は目を見開く。


「え? お前異動すんの? どこよ?」

「アマノイワトだが」


 僕の問いに、森永はさらりと答えた。<アマノイワト>は、居住施設の <オヤシロ>の次に大きな衛星で、国防の要であり、<タカマガハラ>における防衛隊の本拠地でもあり、一般人の立ち入りは堅く禁止されている。もちろん、僕が足を踏み入れることは一生ないだろう。ちなみに、防人の居住空間は <アマノイワト>内にある。


 森永は立ち上がると手摺から身を乗り出すように、眼下をのぞき込んだ。きっと彼のいたずら小僧のようなまなざしには、あの美しい星が映っているに違いない。


「そうか、寂しくなるな。まぁ、休みがあったときは遊ぼうや」


 僕も少しだけ感傷的になる。

 アマノイワトには行楽施設の類がないため、アマノイワト勤務の防人でも、休みの日にはオヤシロまで出てくる人たちは多い。連絡してくれよな、と呟けば森永は不思議そうに僕を顧みた。


「…… つか、あれ? お前、まだ聞いてないの?」

「何を?」


 森永は背中を手摺に預け、怪訝そうな顔で僕の顔をまじまじと見つめる。

 僕が首を傾げると、森永は顎に手を当てて、眉根にしわを寄せた。伝達経路はどうなってるんだ、とか、これだから役所仕事は、とか、ぶつぶつ言っていたが、ふむ、と思い直したように向き直る。


「アマノイワトの技術本部に欠員が出たんだ。すぐに補充が出来ない専門職だから、いっそ防人部隊外の人間を採用しようということになって」

「うん?」


 ふうん、大変だな、と頷きながら耳を傾ける僕に、森永はなんてことないように、重大な人事異動を告げた。


「お前の名前あがってたぜ?」

「は?」


 思わず口を開いて、森永を見返せば彼は小さく肩をすくめる。


「まぁ、つまり、お前もこの景色が見納めだってこった」

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