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ホラー

お風呂に入る時、怖いこと

作者: 鞠目

【街頭アンケート】

「お風呂に入る時、怖いと思うことはありますか?」


1人目 30代女性 主婦

「うちの子は小学生で最近一人でお風呂に入るようになったんです。なかなかあがってこないと不安になりますね。音がしないと声をかけに行きます。寝てたら危ないですし」


2人目 10代男性 大学生

「風呂っすか? 別に怖いと思ったことないっすね。てか風呂に入るのって面倒くさくないっすか? だから何も考えずささーっとシャワーするだけなんで何も思わないっす」


3人目 20代男性 会社員

「怖いことですか……実はあります。頭を洗う時に目を閉じるんですが、目を閉じている時に後ろに誰かが立ってたら……なんて考えると怖くなります。ホラー映画を観た後は特に怖いですね。怖がりなんですけどつい観ちゃうんですよ。え? 自業自得? まあ、確かにそうですね。それ言われちゃうと返す言葉がないです」


4人目 20代女性 派遣社員

「怖いと思ったことなんてないですよ。私、目に見えないものは信じないタイプなんで。こないだ髪を洗っていた時に右手にゴツゴツした男の人の指みたいなのが触れた気がするんですよ。でもそういうのって私が疲れてるだけだと思うんですよね。いちいちそんなの気にしてたらストレスで病んじゃいますよ」


5人目 30代男性 高校教師

「なんですか? 怖い話ですか? やめてくださいよ、苦手なんですよね、そういうの。今勤めている学校がいわゆる出るって有名ところなんですよ。私霊感ないはずなのにたまに見えちゃうんですよ……あ、すみません、お風呂の話ですね。鏡、怖くないですか? 入浴中曇った鏡に真っ黒のものがたまに…………ごめんなさい、ちょっと気分がすぐれないんで失礼します」


6人目 50代男性 自営業

「風呂で怖いこと? そんなものないよ別に。そうだなあ、うちで一番怖いものはかみさんぐらいだよ。あ、あと最近反抗期の娘も怖いなあ。怖いというか辛いだな。あの冷たい目でおれを見るのはやめてほしいなあ……」


7人目 70代女性 パートスタッフ

「お風呂に入るのは好きよ。温かいもの。ゆっくり浸かってまず右手から揉みほぐすの。右手の親指から順番にほぐしていって次は左手。左手が終わったら次は肩を揉んで……え? 怖いこと? ないわよそんなもの。最近一番怖いのは腰の痛みね。何もしなくても痛い時があるの。そうそう、そういえばスーパーでこないだお米を買おうとしたら、もう重くて重くて。腰が抜けるかと思ったわよ。嫌ね年を取るって」


8人目 3才男子 幼稚園児

「おふろこわい。シャンプーがめにはいったらいたいもん。おふろすきじゃない。でもわんわんはすき」


9人目 30代女性 主婦

「最近3才の息子が描いてくれた絵が少し変なんです。私とお風呂に入っている時の絵らしいんですが四本足の犬みたいなのが描いてあって。それがなんなのか聞いても『わんわん』しか言わないんですよね。うち犬を飼ってないし、何かわからないのでそれがちょっと怖いですね」


10人目 60代男性 経営者

「子どもの頃、友だちとどっちが長く潜れるかよく競い合ったものです。その時一度無理しすぎて溺れかけたことがあります。お風呂とはいえやはり水は甘く見ちゃいけません。溺れかけた一件以来、私は今でも湯船に浸かるのが怖いです」


11人目 30代女性 会社員

「お風呂の事故って多いじゃないですか。心筋梗塞とかで倒れる危険もあるんですよね? 最近この辺でも亡くなった方が多いって聞いたんですよね。そういうのはやっぱり怖いですね」




………




「なんですかこれ?」

 所長のデスクにあった資料の内容がよくわからなかったので聞いてみた。駅前の雑居ビルにひっそりとある探偵事務所。私はここで働いている。

 所長と私の小さな小さな事務所は儲かってはいないが居心地はそこそこいい。探偵事務所と名乗ってはいるが言ってしまえばどんな依頼も引き受ける便利屋みたいなものだ。

「ん? ああ、これか。先週来た依頼人への報告資料だ。駅前で50人ほどにアンケートをしてほしいって言われてな」

「アンケートですか?」

「ああ。お風呂に入る時に怖いと思うことについてアンケートをして欲しいっていう依頼だ」

「なんですかそれ?」

「さあ。あ、あとそれから、『お風呂のフタを開けるのが怖い』って答えた人がいたらちゃんと理由も聞いて欲しいって言われたんだよ」

「変な依頼ですね」

「そうなんだよ。まあ57人にアンケートに協力してもらったがそんな人は一人もいなかったな」

「フタを開けるのが怖いってピンポイントすぎません?」

「そうなんだよなあ……まあでもこの件は報告したら終わりって聞いてるから楽な案件ではあったな」

「ならよかったんじゃないです? 楽な仕事でお金がもらえるなんて最高じゃないですか」

「間違いない。そうだ、もう今日は上がっていいぞ。もう少ししたらこの件の依頼人が来るから。おれも今日はこの報告が終わったら早く上がるし」

「はーい、じゃあお先でーす」

「おう」

 これが私と所長の最後の会話になった。次の日、所長が事務所に来ることはなかった。


 所長が事務所に来なくなって二週間が経った。

 夕暮れ時、定時になり帰り支度をしながら所長のデスクを見る。所長の処理待ちの書類は毎日毎日たまっていく。私が帰った後も来ていないみたいだ。

 これまでも勝手に案件を受けていなくなることはあったから、あまり気にしていなかった。でも今回は連絡がない期間が長すぎる。

 心当たりがあるとしたら所長が抱えていたあの変なアンケートの案件。きっとそれしかない。さて、どうしたものか……

 所長のデスクを覗いてみる。所長のデスクは相変わらず汚い。汚いと言ったら失礼か……物で溢れかえっている。こないだ片付けてあげたのになあ……

 ぼんやり眺めていると書類の束の中に埋もれている物が目についた。なにこれ? 引っこ抜いてみると所長のボイスレコーダーだった。以前厄介な案件の時に使っているのを見たことがある。何か録音されているかもしれない。

 電源をつけてみる。録音データは一件。記録日はやはりと言っていいのかよくわからないが二週間前だった。

 なんとなく、意味もなく周りを確認する。当たり前だが事務所には私一人しかいない。深呼吸をしてから思い切って再生してみる。




「こんばんは」

 再生して最初に聞こえた人の声は女性のものだった。

「こんばんは。ご足労いただきありがとうございます。どうぞ、おかけください」

 久しぶりに聞く所長の声。なんだか少しほっとする。天気の話やなんの意味もなさそうなやりとりがいくつかなされた後、会話は本題にはいった。


「ご依頼のアンケートの件ですが、結論から申し上げますと57人にご協力いただきましたがお風呂のフタを開けるのが怖いと答えた人はいませんでした」

「そうですか、それはよかった」

「こちらがアンケート結果をまとめたものです。ご確認ください。少し不気味なものもいくつかありますがフタに関するものはありません」

「ふふふ、本当によかった。これで気兼ねなくこのあたりでの活動が続けられます」

「活動ですか?」

「ええ、活動です。こちらの話ですのでお気になさらず。あ、そうそうこの件ですが……」

「大丈夫です、お約束通り守秘義務を徹底しています。この事務所は私の他にスタッフが一人いるんですがもちろんそのスタッフにもこの件は話していません」

「ありがとうございます。それなら手間がかからず済みそうでよかったです」

「手間……ですか?」

「言わなくてもあなたならわかるでしょう? この件を知っている人が存在しちゃ困るんですよ」

「あれ、おかしいですねえ、私は守秘義務を徹底してるって言ったはずなんですが……」

「はい、ありがとうございます。おかげで消す人間が一人でいいのでとっても助かります」

「私がこれからも誰にも話さないと言っても?」

「消した方が確実だと思いませんか?」


 録音は女性の発言の後、突然切れていた。充電はまだあるのにどうして勝手に終わったんだろう。それにしても依頼人は何者? わからないことだらけだ。

 寒気がした。風邪でもひいたんじゃないかってぐらい寒い。鳥肌も立っている。はっきり言おう、怖い。これは怖すぎる。

 所長は恐らく消されたんだろう。関わっちゃいけない案件だったんだ。所長が嘘をついてくれたおかげでこの件について私は知らないことになっている。

 でもこれからどうしよう。この事務所にはいない方が良さそうだ。いやもういたくない。さっさと帰ってすぐにでも新しい仕事探そう。

 寒い寒い寒い寒い! 本当に寒い。急いで帰って……そうだ、お風呂だ! お風呂に入って体を温めよう。洗面所にこないだの友だちの結婚式でもらった入浴剤があったはず……気分転換しなきゃ。お湯を沸かして温かいコーヒーも飲もう。さあもう早く帰ろう。

 所長のボイスレコーダーはもとあった場所に丁寧に戻した。これなら誰も私がボイスレコーダーを触ったとは思わないだろう。

「これでよし」

 私の独り言が事務所に少し響いた。




「なにがこれでいいのかしら?」

 突然、耳元で囁き声が聞こえた。私の体は電流が走ったかのように一度ビクッと震えた。さっきボイスレコーダーで聞いた女性の声だった。どうして? 私以外誰もいなかったはずなのに。何が起きているのか理解できず頭が混乱する。緊張し体は固まり動けない。

 そっと私の右肩に触れるものがあった。ゆっくりと目だけを向けると細長くて綺麗な女性の右手が乗っていた。

「聞こえなかったかしら? なにがこれでいいのか教えてくださらない?」

 甘くて優しい女性の声が再び耳元に響く。背中を嫌な汗が(つた)う。なにか話さなくちゃと思うのに口はぱくぱくと動くだけで声が出ない。

「教えてくださらないのね。残念」

 さっきまでの優しさが微塵もない、冷たい女性の声が後ろから聞こえた途端、視界が一瞬で真っ暗になった。




【街頭アンケート】

「お風呂に入る時、怖いと思うことはありますか?」


26人目 20代男性 市職員

「知ってます? 最近この地域、お風呂で亡くなる方が多いんです。入浴中の死亡事故って昔からあるそうなんですがここ数ヶ月のこの地域の発生件数は異常らしいんですよ。しかもまた変なのが、調べてみると湯船に浸かる前に亡くなってる方がかなり多くて、死因は…………あ、すみません守秘義務なんでちょっとこれ以上は……そうだ、さっきまでの内容も消しといてもらえませんか?」




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[良い点] 布団に寝そべりながら読んでいました。 途中から怖くなり、読み終える直前、隣にいた夫のすぐそばにあった何かが転がって[カタッ……]と音がした時にブルッ…!と震えました…。 もしこれを1人…
[一言] こんばんは。 アンケートの回答から始まり、引き込まれる内容でした。全てが解決したわけではない終わり方も不穏な余韻を感じさせます。 余談ですが、やっぱりお風呂の鏡を見るときが怖いですね……。
[良い点] お化けでも、競合他社(?)的な存在がいるんですね。お風呂以外にも出張できる依頼人さん、アグレッシブです。 アンケートにちょくちょく怖いものが混じっていてゾクリとしました。普通の内容のもの…
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