1歩 木の上に座礁する筏
(´・ω・`)配信開始まで割と間があります。本当に申し訳ない
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遥、もとい『フォール』がログイン時の眩しい光に目を瞑り、暫くして再び目を開くと、そこはスケール比を誤ったようなジャングルが広がっていた。植物という植物のほとんどが軒並み見上げるほど高く、全ての物がハッキリとした色彩を持っており、日本ではそうそう味わうことのないエキゾチックな空気が漂っている。そんな場に、街中に居たら痴女認定される格好で、あか抜けた現代っ子ギャル系少女がポツンと立っているのは少しシュールだった。
さて、どうしたものかと辺りを見渡せば、頭上でガサゴソと物音がする。
上を見上げれば、大きな南国系の木の上に小さなツリーハウスの土台だけがあるように板材が並んでいるのが見える。言い方を変えるならば、太い枝にボロい筏を座礁、もとい設置したようにも見えなくない。それは自然で飽和したこのフィールドの中で唯一人工物らしき物だ。
「(ツリーハウスの作りかけ?へー、面白そう)」
あそこまで登って周辺を見渡してみたいな、とフォールの持ち前の強い好奇心が彼女を唆すが、その頑丈そうな木は一見して楽に登れそうに無い。
しかしフォールはそこで諦める女性ではない。今でこそほんのりギャル系と言っても通用するビジュアルのフォールだが、昔は近所の森に突撃して男の子以上にスルスルと木を登り大人を困らせたガキンチョだった。
「(久しぶりにサル女と揶揄されていた私の運動能力をいざ発揮する時!)」
うんしょ〜、と心の中で気合を入れつつ掴みやすい枝で身体をグイッと引き上げ、片足を高く上げて枝に引っ掛ける。しかしそこで2つのことに気づく。1つは幼少期と違い自分の身体が硬く、そして重くなっていたこと。2つ目に、腰布1枚の状態で思いっきり脚をあげたら“中身”が見える、という事。
ゲーム内補正でもちろん見える事は絶対に無いのだが、咄嗟に焦ると人間の思考は冷静に物事を考えられなくなる。
「ふぎゃ!?ぬぉっ!?とっ!?」
結果、羞恥心から脚を引っ込めようとし、しかして硬くなった体は機敏に反応せず、後ろ向きに変な姿勢で落ちてけんけんを繰り返しなんとか踏みとどまる。
思いっきりずっこけて不様な姿を晒すようなことがなかったことにホッとため息。そんな時に上からクスクスと笑うような声が聞こえ、床だけツリーハウスから蔓で編んだ縄が垂らされる。
それを使ってスーッと降りてきたのは、普段は露出を極めて抑えた服ばかりで隠されているスペシャルのつくナイスバディな身体の委員長系少女だ。
セミロングのストレート、前髪はその几帳面な性格を反映するように真っ直ぐに切り揃えられている。その下にある目つきは鋭く真っ直ぐで、他人には安易に踏み込めない独特の雰囲気を纏っている。
そんな美少女がサラシに腰布だけというのは結構扇情的で、同じ女性ながら思わずフォールの視線もその豊かな胸にいく。
男相手では無いし長く濃い付き合いなので今更サッと隠したり呪い殺す様に睨み付けることこそ無いものの、春乃はフォールをジト目で見つめる。
「何処みてるんですか、フォールさん」
「いや、いつ見てもスーチェのは御立派だなぁ、と」
しかし遥もこのやり取りは何度もしているので慣れたもの。悪びれもせず平然と春乃、もといプレイヤーネーム:スーチェに応える。
「ともかく、きちんとログインできたようで良かったです。取り敢えず私の作った団体の勧誘申請を送りますので受諾をお願いします」
「はいよ〜」
ゲームにはログインしたばかりで、かと言ってキャラメイク後にこれと言ったチュートリアルすら無し。事前情報が殆どないのでフォールにはトループがなんなのかは理解できていないが、仮想パネルのメニュー画面で表示されたトループ勧誘を受諾する。
「で、このトループってなんなの?」
「トループは一つのグループの事ですね。同じトループに所属するプレイヤーのみ、資材の受け渡しや施設の共同使用が可能になります。またトループ内のみで使用できる専用チャットもあります。特定の条件を満たせば位置情報の共有なども可能な様です」
「成る程ね〜。他のゲームで言うところのギルドとかクランってやつだね」
スーチェの説明をフォールがまとめると、スーチェはその認識で概ね間違っていません、と頷く。
「ところで、あと2人は?」
「雪穂さんはあともう少しくると連絡を受けました。夏希さんは―――――」
その時、鬱蒼とした樹林の中でガサガサッと何かが激しく動く物音。それと共に「待てーー!!でぶトカゲちゃーーーーん!!」という叫び声。
草むらから勢い飛び出すのは、中型犬サイズの丸々太ったトカゲのような生き物。続けて髪で輪っかを作るタイプの緩いお団子ヘアなモデル体型少女が石斧を片手に飛び出してくる。
太ったトカゲは逃げた先に2人の人間がいるとは思っていなかったのか、その逃げ足に大きな迷いが生じて軽く減速する。
スポーティー少女とフォールの視線が交差し、スポーティー少女は顔をパッと輝かせる。
「フォールちゃん、止めてっ!」
それを聞くが早いか、フォールはダンッと左足で大きく踏み込む。そして腰をキュッと入れてコーナーキックからボールを蹴り上げるサッカー選手のように、蹈鞴を踏んだトカゲの頭を一切の躊躇いなく蹴り上げる。
現実でこんな生物にいきなり遭遇したら少なからず身構えてしまうものだが、22世紀の若者は良くも悪くも幼少期からゲーム慣れしている。自分より巨大で凶悪な面構えのエネミーと殴り合う事だってあるので、中型犬程度の大きさのモンスターならば攻撃することに躊躇いはないのだ。
しかしそれは主に男性プレイヤーの話であって、女性プレイヤーで心構えも無しにここまで躊躇いなくトカゲの頭を蹴り抜ける人は早々いない。
フォール達の地元は自然豊かな土地であり、虫や爬虫類などとの距離も非常に近かった。特にフォールは好奇心が強く物怖じしない性格なので、小さい頃は大きなミミズやカエルをむんずと掴んでケラケラ笑いながら男の子を追いかけ回すおてんば娘だった。
今でこそ成長してその破天荒おてんば具合は猫をかぶって隠しているが、人間の本質はそうそう変わらない。
幾度となくそんなフォールの姿を見てきたにもかかわらず、スーチェはそんなフォールの姿に思わず感心する。
「ありがとフォールちゃん!」
対するスポーティー少女は素早く体勢を整え、石斧をバットのように構える。そして低めにぶっ飛ばされたトカゲ目掛けて、外角低めのスライダーをカチあげるようなフルスイング。その一撃は首の辺りをしっかり捉えて、ビターン!とトカゲは木に叩きつけられる。
そしてコロリと地面に転がれば、死んだことを表す黒い十字架のマークがその上に表示される。
「お見事ですね。Lv15のアムゾフログです。エーテさんはそのまま死体を解体してください。石斧で叩けば簡単に解体できます」
スーチェの指示を受けてスポーティー少女、もといエーテはトテトテと死体に近寄りポコポコと石斧で死体を叩く。すると死体が消えて無くなり、かわりに『生肉』『皮』『骨』を幾つか手に入れる。
「死体は早めに解体したほうが品質が良く、より多くの物を手に入れることができます。加えて解体系の技能を取得する事でより多くのアイテムやレアドロップを手に入れることが可能なようです」
そんなスーチェの解説と同時にパッパラッパー!と脳内でなるファンファーレ。フォールは説明書で確認したように脊髄辺りにくっついてる謎の結晶片をトンっと叩いてその手を窓を拭く様に前にかざせばメニュー画面が表示され、自分のレベルが一つ上がっている事を確認する。
「レベルが結構簡単に上がったけど、さっきのトカゲってそんなに経験値おいしいの?」
フォールがやったことと言えば、ただ一回蹴っ飛ばしただけ。モンスターを倒してすらいない。だというのに簡単にあがったレベルにフォールは疑問を抱く。
「『Re:Develo』では序盤は非常に簡単にレベルが上がります。戦闘、採取、生産など、何をしても大体はあがります。むしろこのゲームは簡単にレベルが上がらなくなってからが本番と言われていますから、他のゲームの感覚とは結構違うと思います」
打てば響く様にフォールの質問にスラスラ答えるスーチェ。フォールが重ねて質問をしようとすると、三人の近くめがけて空から青白い光が照射される。暫くするとその光は消え、代わりに一人の美しい女性が立っていた。
「お待たせしたわね、ごめんなさい」
軽く頭を下げるその仕草一つとっても気品にあふれており、指先の隅々まで一部の隙もない。濡羽色の髪を動きやすい様に一纏めにした美しい少女は凛としていてどことなく大人びたオーラがあった。高級なスーツでも着せておけば若手美人秘書としてさぞかし映えるに違いない、フォールの中の小さなおっさんはそう彼女を評価する。
「いえ、そんなに待ってはいませんよ。こうしてゲーム内でとはいえ顔を合わせるのは久しぶりですね、ウィノウさん」
「ええ、お久しぶりねスーチェさん、それにフォールさん」
「ん、久しぶり~」
挨拶もそこそこに、フォールした時同様にトループ勧誘申請をスーチェが行い、ウィノウは受諾する。
「改めて久しぶり、エーテ、ウィノウ。元気そうでなによりだね」
漸く全員がそろい4人は誰となく笑う。
この4人は昔から行動を共にしている仲良しグループで、フォール(秋島 遥)とエーテ(北上 夏希)は幼稚園の時から、スーチェ(桜田 春乃)は小学3年生の時、ウィノウ(姉里 雪穂)は小学5年生の時に転校してきてから、この四人は小中高とずっとつるんできた。
そして共にゲームを楽しんできた仲でもある。プレイヤーネームも小学生の時から変わらず、お互いに確認しなくても相手のプレイヤーネームは把握できている。
大学では、遥と春乃は同じだったが雪穂と夏希は進学先がバラバラになった。しかし4人の繋がりは強く、連絡も頻繁に取り合う仲である。
だからといって、人生で最も暇人とされる大学生でも頻繁に顔を合わせられるほど時間はない。
遥と春乃は経済学部なのである程度時間はあるが、夏希と雪穂は理系なので時間の余裕も異なる。となると今どきはVR空間で時間を共にすることが主流となっているのだが、そのゲームとして春乃が選んだのがこの『Re:Develo』というわけである。
その久々の再会がこの様な痴女スタイルなことに4人とも思うところは全く無い、というわけでもないが、素直に再会を喜びあっているのも確かだった。
といっても頻繁に連絡は取りあっているので改めて語る近況報告もなし。話題はすぐに『Re:Develo』に移る。
「全員そろったことですし、改めてこのゲームの概略を説明しますね」
そんなわけで、他三人に対してサービス開始からログインし先行して1週間『Re:Develo』の世界を生き抜いてきたスーチェが解説を始める。
「第一にこのゲームのザックリとした世界観なのですが、この地は高度に発達した文明がなんらかの原因で滅び、一周回って自然が支配する星となった場所、ロマンティックに言うならば神々の黄昏あるいはノアの大洪水発生後の新世界というわけですね」
そんなスーチェの言葉を裏付けるように、βテストの段階から『Re:Develo』の世界ではチラホラとこの世界観にそぐわない技術力を垣間見ることが可能な遺跡などが発見されていた。
「しかしこの高度な文明という物が厄介でして、『工業』方面に秀でた文明か、あるいは『魔導』に優れたファンタジー系の文明かに大きく分かれます。私達人間はこの星に降り立ちこの地を発展するべく活動する一匹の原始人です。ここで私たちは世界を『工業』方面に発展させるか、『魔導』方面に舵を切るか、それともこの『星』と共に寄り添うかを選ぶことができます。パラメータにある【工叡】【魔導】【古星】はどの方面にキャラを成長させていくかの指標というわけですね」
スーチェに言われてステータスを確認するフォール達は他のゲームでは見かけないパラメータが何なのかを理解し、なるほどと頷く。
「この数値をあげることで、その方面でできることが増加します。【工叡】ならば近代的な道具などの製造、【魔導】であれば習得可能な魔法数の上昇、【古星】であれば狩りや一次産業系の行動に関するスキルを習得できるようになるわけです。ただし、忠告しておきますが3つ全てを均等に上げるのは極めて非効率なことが既に判明しています。序盤はレベルが上がりにくくなるまで他のパラメータ上げに尽力しないと、この世界ではまともに生き抜けません。この3つのパラメータはレベルが上がりにくくなった後で漸く上げ始めるパラメータです。なのであれもこれもと浮気するよりは、どれか一つを重点的に上げていくことが推奨されます」
これがソロだとまた大きく話は変わってくるが、フォール達は4人グループだ。なので分担をすれば3つの分野全てを発展させることができる。このゲームは敷居が高い上に序盤からプレイヤーを厳選するソロ向け高難度MMOの癖に、蓋を開けてみると協力プレイ推奨なのだ。この点もβテストの時からかなり叩いている人もいたが、正式版になってもその変な仕様は変わっていない。なので最初から3人以上の親しいメンバーで結成されたトループを作ることができたフォール達は、この世界では結構有利であったりする。
「3人とも今の話を聞いて気になったかと思いますが、パラメータはレベルが上がることで手に入る『パラメータポイント(PPt)』であげることができます。ウィノウさんが来る前に少し触れましたが、レベルは戦闘や採取、生産などあらゆることで上げることが可能です。βテストではLv100ぐらいまではとんとん拍子で上がったみたいですね。またレベルを上げることで、『パラメータポイント』だけでなく『スキルポイント(SPt)』と『知識ポイント(IPt)』を手に入れることができます。」
『Re:Develo』では生産や魔法に『スキル』が関わってくる。能動的に発動するというよりは常時発動型が多いので一般的にはアビリティと呼んだ方がしっくりくる物である。このスキルを獲得しておくことで『Re:Develo』では特定行動を行ったときに様々なボーナスが発生する。しかしより良いスキル獲得には【工叡】【魔導】【古星】のパラメータを上げなければならないことが非常に多い。というよりそれがほとんだ。
一方で『知識ポイント』は魔法などの新技能の獲得やクラフト可能な物の種類を増やしてくれる。またメニュー画面から確認できる『図鑑』にポイントを割り振れば、図鑑に掲載された物(一度視認すれば名前だけなら登録される)のより詳しい情報の閲覧が可能になり、図鑑の詳細を解放した物に関しては特殊なボーナスが発生する。
例えば先ほど討伐されたアムゾフログ。この生物に関する図鑑の情報を全て(情報Lv1、Lv2、Lv3などと段階がある)解放すると、狩猟時のクリティカル発生率が5倍、テイム成功率や討伐時獲得可能な経験値やアイテムなども数倍に跳ね上がる。
しかし気を付けなければならないのはこれもまた図鑑で情報を解放した一種に限った話。ランクの高いエネミーや資源ほど図鑑で情報を開放するには多くの『知識ポイント』を要する。となれば、ポイントには相当余裕がない限りは図鑑情報を開放するよりはクラフト可能なアイテムなどを増やすことが推奨される。
更に、『知識ポイント』の使い先はスキル同様に【工叡】【魔導】【古星】のパラメータを上げることで増える。そうなれば加速度的に分岐は増えてポイントをどう使うか悩むことになるのだ。
以上からわかるように、【工叡】【魔導】【古星】は重要なパラメータだ。あれもこれもと欲張ると共倒れしかねない。それならば1点集中で新たなスキルや知識を開放してポイントを割り振り、足りない部分は仲間の力を借りる方が格段に賢いというわけである。
「――――というわけで、私達は事前に何に特化するかはある程度決めておいた方がいいでしょう。しかし今から焦って決める必要はありません。現状ではLv100になるまではこの3つは無視して問題ない様ですから。これを割り振らなければ生産活動も戦闘もできない、なんてことはありませんよ」
例えば現在エーテが装備している『石斧』は、『石材』『硬い枝』『頑丈な蔓』などの資材さえ有れば誰でも簡単にクラフトできる最も基本的な道具だ。
ただし現状ではかなりの粗悪品でしかなく、使っているとすぐに壊れてしまう。この現状を打開するには製作系のスキルの習得をして品質の向上に努めたり、知識ポイントを使用して上位の性能の物をクラフトできるようにしたりするわけである。
「それとパラメータについてですが、これはメニューから閲覧できる説明書で大体のことは確認できます。ただし一般的なゲームと同じ感覚でいるのは非常に危険です。この世界では序盤はとにかく持ち運べる荷物の量が増える『運搬』か、食料ゲージの上限及び腹持ちが良くなる『食糧』のパラメータを上げてください」
昨今のゲームでは『インベントリ』という物は当たり前のように存在している。どんなゲームでも最初に『あさのふく』程度は装備しているように(このゲームではなかったが)、会社に1人はビール腹てっぺんザビエルさんがいるように、当たり前のようにそれは存在している。
特に『Re:Develo』のような資材を一から自分で集めるゲームでインベントリ無しだったらただの苦行でしか無い。誰もが筋肉モリモリマッチョマンのように丸太を担いで登場したり、某彼岸の島の方々の様に丸太をぶん回して戦う事はできないのだ。
しかし『Re:Develo』ではこのインベントリ機能が非常にシビア。運搬のパラメータを超えて荷物を運ぶ事は絶対にできない偏屈仕様になっている。その上初期パラメータでは木の枝と小さな石材、1人の人間が限界まで抱え込める以上の物資を持ってるだけで容量オーバーだ。
また、このゲームでは水分と食事を摂らないとあっさり死ぬ素敵仕様となっている。なのでインベントリの中身は資材だけでなく食料でも圧迫される。この鬼畜コンボのせいで序盤はなかなか資材現地調達&死亡の自転車操業から抜け出せない。
なお、βテストの時も『バランス調整おかしいんだが?』と幾つものクレームが寄せらているが、『Re:Develo』に於いて“バランス調整”という概念は休暇をとってハワイで永遠のバカンスを満喫しているようなので正式版でも相変わらず鬼畜難度となっている。それでもこのゲームが完全に破綻していないのはコーナーを超ギリギリまで攻めればなんとかならないこともない難易度だからだ。というよりこんな程度はめげないよく訓練された玄人ゲーマーしかいないのである。
しかしとある日本ユーザーによれば『コーナー攻めすぎて掟破りの地元走りがデフォルト走行なんだよこのゲーム』とのことであるゲームだ。そう、玄人向けゲームとは言いつつも、この手のゲームに慣れてないパンピーゲーマーからはクソゲー認定される類のゲーム、それが『Re:Develo』なのである。
そんなわけで、食糧事情は深刻なので食べれる最大量を増やしたり腹持ちをよくする『食糧』のパラメータが『運搬』とならんで重要な訳である。残念ながらこの世界ではHPにあたる『生命力』を伸ばしたところで、パチンコで稼ごうとしたりキャバ嬢に貢ぎ続けるおっさんレベルで不毛な努力なので推奨されない。この世界では一回のプレイの中で一度も死なないなんてことの方が稀、とまで揶揄される難度なのだ。生命力など多少上げても何の意味もないのである(プレイヤーによっては諸説あり)。
「(ですので、繰り返すように『運搬』と『食糧』を上げれば序盤は致命的な状況に陥ることはないです…………かぁ)」
パチパチと燃える小さな焚火。ひんやりとした洞窟の中で、串焼き中のボラティケラム(厳つい顔の大きなムササビ的動物)の影がチラチラと踊る。その前にはほんのりギャル系原始人一匹が食糧ゲージや体力消費を抑えるためにボーっと座っていた。
「(春乃、『致命的な状態』って奴が早々に起きちゃったね………)」
暫くすると焼き上がる串焼き。味付けも何もされておらず骨を串に転用した武骨な見た目だ。それを死んだ目でモッチャモッチャとフォールは頬張る。
「(これからどうしようかな…………)」
やっぱりキャラデリしようか、しかし啖呵を切った手前それはあまりにかっこ悪いしかったるい。そんなことを考えながらフォールは幾ばくか前の出来事を想起する。