洞窟へ
翌朝目を覚ますと、腹が減っていた。ゲームの世界でも腹は減るのだ。服も少し臭う。寝室から出て階段を降りると、朝食が用意されていた。この日の客は僕一人だけのようだ。人参のスープと、焼き魚を食べた。
店の主人に礼を言って、宿を出る。近くの川で顔を洗い、状況を整理する。この世界で生きていくためにはなにが必要か考える。お金だ。街の外のモンスターを狩ればお金は手に入る。しかし、巨大な芋虫や化物のようなサイズのネズミと戦って、生きて帰られる自信がない。ならば、スライムを狩るしかない。場所に心当たりはある。洞窟だ。そうと決まれば、武器を買わねば。
ツボを割り、タンスを開け、薬草を2つと40ゴールドを見つけた。ツボの破片はもう消えている。完全犯罪だ。バレやしない。そう言い聞かせ、武器屋で竹の槍を買った。どうの剣を買うつもりだと伝え、少し安くしてもらった。
川に沿って北に歩いていくと、洞窟があった。足を進めていると、その入り口の前に立っていた兵士に声をかけられた。
「そんな軽装備で入るのか?中には魔物がいるぞ。」
「この街に防具屋はあるんですか?」
「さあな。道具屋にでも行ってみたら良い。あぁでも、道具屋も今それどころじゃなさそうだな。」
「何かあったんです?」
「旦那さんが薬草を取りに入って、それっきり帰ってこないらしいんだ。ちょっと探しには行ってみたが、道がややこしくてね。探しに行くっていうんなら、洞窟で拾ったこの盾をやるよ。」
皮の盾をもらった。腕を通して装備するらしい。これなら両手が使えそうだ。
「気をつけてな。」
兵士に礼を言って、僕は中に入った。
洞窟の中はひんやりとしている。川の音が響いているが、不思議と静かだ。兵士は、道に迷った、と言っていたが、僕は大体の構造を把握している自信がある。記憶を辿って進み、宝箱を見つけた時点で、自信は確信に変わった。その時、背後から物音がした。振り返ると、大きな木づちを持った魔物がこちらに向かって来ていた。
ドシン、という音と共に、木づちは僕の手前に叩きつけられた。この魔物は、思うように木づちを扱えないようだ。可愛い。ものすごく可愛い。よく見ると、可愛らしい見た目をしている。まるで、大きなクリが布切れをかぶっているようだ。しかもその布には、目が出るように穴が2つ空いている。
しかし、魔物は魔物である。竹の槍を両手で握り、魔物の眉間を目掛けて突き刺した。木づちにてこずっている魔物に攻撃を当てるのは容易かった。魔物は木づちと共に消え去り、跡にはゴールドだけが落ちていた。
洞窟の奥に進むと、小びとが落石の下敷きになっていた。よく見ると、怪我をしている様子はない。足をくじいて、そのまま気を失っただけなのだろうか。岩をどかして、声をかけてみた。
「大丈夫ですか?もしもし、大丈夫ですか?」
「ん?あ、あぁ。誰だいあんた?おお!そうだこの岩が突然…そうか、助けてくれたんだな。誰だか知らないけど、ありがとな。」
そう言うと、小びとはさっさとその場を去っていった。代わりに、ツノが生えたウサギが現れた。スライム、全然出てこないな。などと思っていると、ウサギはこちらに向かって突進してきた。
躱そうとしたが、思ったより速い突進に、脇腹を突かれてしまった。8のダメージをうけた。
「うわっ!」
自然と声がでた。痛くて動けない。槍も杖として体を支えるのに精一杯だ。ボーッとしていると、ウサギはもう一度突進してきた。今度は盾で防いだ。衝撃はあったが、スライムの体当たり程度のものだった。1ダメージだ。
体勢を立て直し、槍を構えて攻撃する。ウサギも躱そうとしたが、槍は左前足を突き刺した。6ダメージを与えた。攻防の末、僕はもう1ダメージをうけ、なんとかウサギを倒すことができた。
薬草を使いたい。どうやって使うのだろうか。食べるのか。すりつぶして塗り込むのか。考えていると、脇腹の傷が痛む。無意識に、薬草を持ったままの手で傷口を押さえた。すると、薬草がそのまま体に吸収されるように消え去り、傷口も痛みも無くなっていた。あまりの手軽さに感動を覚えるとともに、戦闘中に使うことができる理由もわかった気がした。
洞窟の入り口まで戻ってくると、紫のターバンの少年に出会った。
「君もここに来たのか。装備はちゃんとしてる?」
「装備?この棒なら持ってるし、帽子も皮の帽子だよ。」
「盾がないじゃないか。これ、もらったものだけど、君にあげるよ。」
「いいの?おじさんありがとう!」
おじさん、と言う言葉に心を痛めているうちに、少年は洞窟の探検に出かけた。その少年と別れた直後、スライムが現れた。
「やっと出たな。残念だが、僕もレベル4になったんだ。君には負けないよ」
スライムはこちらの言葉を理解したのか、一瞬動きが止まった。可愛い。しかし、倒さなければやられてしまう。
「君に罪はないけど、攻撃してくるなら倒しちゃうからね。逃げてもいいんだよ?」
その言葉が気に入らなかったのか、スライムは戦闘態勢に入った。体当たりではない。体の粘性と弾力を使って、大きく飛び上がって攻撃してきた。意外な出来事に対処出来ず、僕は攻撃をうけた。スライムは意外と重量があるようで、ずしっと重たい攻撃だ。2ダメージをうけた。
「君、強いね。でも、この槍があれば一撃だよ。」
少しスライムに情が湧いてきた。突き刺すのは躊躇われる。そもそも竹槍って、叩いて攻撃するためのものだ。正しい使い方に気づくのも、経験値の一部に換算されるのだろうか。もしそうなら、新しい使い方をしてみた方が得かもしれない。僕はなぎ払ってみることにした。苦しませたくない。力一杯叩きつけよう。
右手を軸に、左手で下から掬い上げるように攻撃する。スライムの体は、左下から弾けた。会心の一撃だ。スライムを倒しても経験値が貯まることに納得しつつ、落ちている1ゴールドに手を伸ばした瞬間、弾けたスライムが元に戻ってこちらを見ている。攻撃の意思は無いようだ。
「…どうした?…一緒に来るかい?」
スライムは嬉しそうに近寄ってきた。僕はスライムを仲間にした。




