夢の世界の現実的な物語
目を覚ますと、そこは船の一室だった。3畳ほどの空間に、見慣れない木の樽が所せましと積まれている。樽からは、魚や肉のがする。船に揺られて、ジャラジャラと音を立てるものもある。いくつもの樽に囲まれて、僕は膝を抱えて座っていた。今にも押しつぶされそうだ。
目の前の樽は、一際揺れていた。軽そうだ。よく見ると、木の板が朽ちて外れかけている。中にはなにも入っていないようだ。試しに、壊れかけの樽に触れてみた。
ガシャン
次の瞬間、目の前の樽は、木の板と鉄の部品になっていた。樽の残骸は、見る見るうちに消えていく。
ティロリン…と、頭の中で音がした。樽があったその場所には、コインが落ちていた。20ゴールドを手に入れた。
「ドラ…ク…」
と、つぶやき終わるや否や、大きく船が揺れた。隣の部屋から「ああ!」という声がした。紙をくしゃくしゃに丸める音。今の揺れで何かを書き損じたのだろうか。ドアは半開きになっている。
覗いてみると、黒髪の男性が机に向かって座っている。長い髪を後ろで束ねた、筋骨隆々の男性だ。背中に剣を背負っている…
その姿を見た瞬間、自分になにが起きたか理解した。僕はゲームの世界に入り込んだようだ。これは夢なのだろうか。夢にしては、匂いも、触覚も、樽に押しつぶされそうな圧迫感も、妙にリアルだ。
自分の頭に手を当ててみる。きっとターバンをつけているに違いない。そしてあの男性は僕の父親ということになるのだろう。サーベルタイガーの名前は、あの四人の妖精の名前から選ぶのだろう。僕は幼なじみを選ぶぞ…
そんな期待とは裏腹に、手にはゴワゴワした自分の髪の感触があった。服も、自分が着ていたチノパンとワイシャツ。左手には結婚指輪まである。僕は大人だった。
「まだつかないのかなぁ」
と、隣の部屋から子供の声がする。
「お、起きたようだな。もう少しかかるだろう。良い機会だから、船の中を見てきなさい」
先ほどの男性の声だ。
半開きのドアから、紫色のターバンを巻いた子供が現れ、デッキの方へ消えていく。なるほど。僕は傍観者なのか。
「そんなところで何してるの?」
デッキに向かったはずの子供が、階段の上から僕に話しかけてきた。
「いや、ちょっと…バランスを崩してしまってね。」
「手、貸してあげるよ」
階段を降りてきて、僕が立ち上がるのを助けてくれた。立派な子だ。
「君、良い王様になれるよ。ありがとう。」
「王様?何かのおとぎ話?でも、王様かぁ。なってみたいな。」
そういって、再びデッキに向かった。僕も後を追って、デッキに出てみよう。
しばらくすると、船が港についた。太った人と、その娘が乗船し、そのあとでその親子連れと僕が下船した。子供は父親と話していた。船着場には、その父親の知り合いがいたらしい。大人二人が話しているのを、子供は不思議そうに聞いている。
(そうだ。スライム。)
僕は嬉しくなって、船着場を後にした。すると、スライムが3体現れた。感動している僕は、身構える前にスライムに襲われてしまった。
スライムはたいあたりしてきた!
僕は2のダメージをうけたようだ。頭の中に、びっくりマークを伴った文字が流れて来るような気がする。うけたダメージ量もわかる。相手がどのような攻撃をしてきたかもわかる。まるでゲームみたいだ。
ゲームと違っている点は、僕は大きく後ろによろめき、倒れそうになっているところを、もう一体に攻撃されたことだろう。今度は4のダメージをうけたようだ。僕は後ろに飛ばされ、尻餅をついた。視界がオレンジ色を帯びてきた。
(やられる!)
三体目の攻撃を、尻餅をついたまま体を捻って回避した。掠ったようだ。ミス!ダメージをうけなかった!
(今度はこちらの番だ。)
落ちていた木の棒を拾い、起き上がったところで、スライムがたいあたりしてきた。
(そうか。先制攻撃を受けていたんだ。)
スライムの攻撃は直線的で、なんとか躱し切れた。今度こそお返しにと、力一杯棒を振り下ろすと、スライムの体が真っ二つに割れんばかりの勢いで弾けた。会心の一撃だ。
「なんの騒ぎだ!?」
物音を聞いて、先ほどの船の中の男性が駆けつけた。スライムは瞬殺された。
「大丈夫ですか?」
回復魔法をかけてもらい、体の痛みや傷はなくなった。
「この辺は魔物がおりますからな。近くの村までご一緒しましょう。」
僕はお礼を言い、お言葉に甘えた。
道中、魔物と数回戦った。黒髪の男性は強かった。戦いを見ているだけでも、経験値をもらえたような気がした。ファンファーレとともに、自分は1つレベルアップした。体力が14から20に上がった。力もついたようだ。弱い。自分が弱過ぎる。子供のステータスも見てみた。意識を集中すれば、仲間のステータスは見えるようだ。驚いたことに、レベル1のままなのに、僕より強い。父親は出鱈目な強さだ。
村についたその晩、僕は宿屋に泊まった。船の中で拾ったお金と、ここまでの道中で親子に分けてもらった戦利品(薬草とお金)で、美味しいご飯も食べた。そしてベッドの上で、自分の弱さを嘆き、少し泣いた。
「こういうの、なろう系小説の主人公なら無双してるんだろうな。どうせならあっちの世界に行きたかったよ。」
誰に話しかけるでもなく、一人つぶやき、眠った。