冒険者は誰でもなれるものか
『冒険者組合所とは、ここかな?』
怪しげな男と濃い群青色(見る人が見れば黒と言うだろう)の髪の美女が冒険者組合場に入ってきた。男はフード付きの赤いローブに身を包み、目も口もついてない無機質な仮面をつけた男だ。酒でも入っているのか、ふらふらと落ち着かない動きをしながらゆっくりとカウンターに近づいてくる。
「サルティーマ共和国冒険者組合トクロジムア支部にようこそ。どのような用件で?」
受付の男は不審に思いながらも愛想のいい笑顔を浮かべて対応する。冒険者の中にはもっと奇天烈な格好も多い。彼にとってはさほど大きな問題ではないのだろう。
『おお、やはりそうか。いやはや長い旅であった。
早速で悪いが、冒険者になりに来たのだよ。こんな私でもなれるかな?』
「長旅ご苦労様です。冒険者登録ですか。かしこまりました」
受付の男はそう言うと、カウンターの下から水晶玉を取り出した。
「取り決めでして、魔力量の測定か模擬戦による調査をさせていただきます。組合としても、力の無い人に依頼を任せるわけのはいかないので。あなたが冒険者として相応しい力があるか、確かめさせて頂きます」
すると、怪しげな男はこう言った。
『ふぅむ…力量を知る水晶か。それは、地肌で触れなきゃダメなんだよな?』
「そうですね。手で触れて頂ければ」
『手がない場合は?』
それを聞いて受付の男は「なるほど」と呟いた。
この怪しい男、昔戦争か何かで身体に損傷が生じているのだろう、などと受付の男は思案する。すると、男はこんなことを言い出した。
『しかし、魔力量なら自信はある。私は魔術師としての技量もあってね。せっかくだ。魔法による模擬戦なんてどうだろう?』
「そうなんですか?でしたら担当の者を呼んできますので…」
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というわけで、空を翔ける長旅(1日と18時間に及ぶ)の末、サルティーマ共和国まで来た。
目的は冒険者になることだ。冒険者、昔の自分ならば「人間風情の為に身体を動かすなどバカバカしい」と思っていたが、今の私はそんなことも言っていられない。少なくとも、この世界において冒険者は一番動きやすい職だ。私の分岐達を回収するためにはこれが最善の手であると思っている。
「本当に恨むわよ。意味わからないわ。やっぱり貴方、冥界に色々忘れ物してるでしょ?気遣いとか」
『はははは、空から見る夕日と朝日は素晴らしかっただろう?』
「全然見てないわ。予想外過ぎて意識が吹っ飛んでたんだから」
『そうだったな。いや、私としては満足な旅路だった美しい景色と美しい女性、2つを同時に拝めたのだから』
「本当に貴方って人は…」
メイアがなにかを言いかけているところで、先程の受付の男が帰ってきた。
「準備ができましたので、どうぞこちらへ」
付いて行った先は、冒険者組合場の鍛錬場なる場所だった。屋外だが、周囲には観客席のような場所も設置されている。鍛錬場には既に魔法使いらしい白髭の老人が立っていた。
「えーっと、どちらが希望者かな?」
老人は自分の髭をワシャワシャとしながら問いかける。受付の男が「こっちです」と私の方を指すと、老人は不思議そうな目でこちらを見てきた。
「随分と良い服を着ておるな。本当にそんな格好で大丈夫かね?」
『心配などいりませんよ。ローブも靴も、独自の魔術防壁が貼られているのでね。並大抵の魔法じゃ傷は付きません』
「ふむ。後で傷がついた弁償しろ、などと言われたく無いものでね。一応聞いたまでだ。
では…模擬戦というわけだが…魔術のみで冒険者になるというのはあまりオススメしないがな」
『ご老人が思うことはわかりますとも。しかし、私は魔術だけで戦うつもりはありません』
魔術師が冒険者になるのは世間ではあまりオススメされない。それは魔術師というものが魔力量に依存するためだ。
利便性や威力で見れば魔術というものは非常に優れている。しかし、魔力が無ければ魔術師は何もできない。「魔力回復薬」があれば瞬時に魔力を戻すことはできるが、値段がそこそこするために試す人は少ない。
魔術師が冒険者になるには、よっぽど信頼できる前衛(剣士や盾士)を用意しなくてはいけないだろう。
と、これが一般理論だ。
「今から剣でも用意するのかね?」
『まぁ、用意しても良いのですがね…』
そう言いながら投影魔術を用いて粗悪な片手剣をその場に作り出す。流石に精度は高くない。
「ほほう…器用なこともできるのだな」
『まぁ、細かい話は模擬戦の後にでもしましょう。私は一刻も早く冒険者としての資格が欲しいのでね』
ニヤリと笑う老人。
「そこまで言うならばやってやろう。先に言っておくぞ。儂は上級魔法を使う。覚悟せい」
世界的に魔術には階級が設けられている。これはどんな種族でも使える魔術はそう変わらないからこそのものだ。
階級が高くなるほど消費する魔力量や魔術構築の難解さが増す。その為、魔術師たちは種族間を超えて日夜研究に励んでいる。
階級はそれぞれ
生活魔術
低級
下級
中級
上級
超上級
伝説級
神話級
などと呼ばれている。
まぁ名前の通り、伝説級の魔術なんか扱えれば、国直属の魔術師や魔術学校の長、魔術協会の幹部になれる。つまり、生涯が安泰になる。
そのせいか、魔術師は高度な魔術を習得することに躍起になりがちだ。私とて、最初はそうだった。
しかし高度な魔術を習得することだけに力を入れるせいか、ここ最近(100年以上)魔術界に新たな発見は見つかっていない。多くの魔術師は「探求心」を失っている。特に人間は。短い寿命だからか、一度安定を掴んでしまうとそこから出ることはない。わざわざ苦労してまで魔術の真理を見つけようとはしないのだ。
まぁ、魔術の探求が進まないのは理由はこれだけではないのだがね。
『それは有難い。私も丁度、使うなら上級以上だと思っていたところ』
「ほう。ならば模擬戦の内容は撃ち合いにしよう。先に魔力枯渇をした方が負けの。冒険者ならば魔力枯渇に対する準備をしておかねばならぬからな。その点も見せてもらうぞ」
老人はそう言って鍛錬場の真ん中に立つ。
「お互いここから13歩離れたところから撃ち合う。まぁ魔術師ならわかるか。魔術適正距離じゃ」
私と老人、お互い中心から13歩離れたところに移動する。
『上級を使うと言ったが…他に使う魔術の制限は?』
「ふははは、魔物と戦う時に制限を用いて戦う魔術師がおるか。使えるものはなんでも使う、それが冒険者というもの」
老人はそう言って、案内してくれた受付の男に開始の合図を頼む。
まぁ、魔物と戦う時に開始の合図は無いだろうが、そこはご愛嬌だろう。
しかしなんでも使って良いというのは驚きだ。このご老人、さぞ名のある魔術師なのだろうか?
鍛錬場に開始の合図が響く。
辺りを見渡すと、メイアの他にも何人かの冒険者や希望者が見物していた。
「行くぞ!上級炎魔術!!」
声高々に叫ぶご老人。
持っていた杖の先から炎球が放たれる。
『見物人がいるのならば、見栄えは大事だろう』
相手が炎魔術で来るならばこちらも同じ程度の威力の炎球を放つ。
互いにぶつかり合った炎球は轟音と共に相殺される。
「無詠唱で使えるか。ならば儂もそうさせてもらおう!」
そう言って老人は先程と同等の威力の炎球をいくつも放つ。
こちらも同じ手で相殺しようかと思った矢先、炎球はそれぞれ進路を変え、私の四方を取り囲むように飛んでくる。速度も中々、並みの魔物ならばこれを喰らえば丸焦げだろう。躱すにしても数が多い。
『ご老人よ、高く評価していただき感謝する。』
爆音が鍛錬場に響き渡る。濃い土煙が辺りに広がる。見物人からはどうなったかはわからない。
「ふん、本当に腕が立つ魔術師のようじゃな」
軽い風の魔法で土煙を取り払う老人。
土煙が消えると、異様な光景が広がっていた。
「結界魔法…か。主、どれだけの種類の魔術を身につけておるんじゃ」
私の周囲は見事に黒く焼け焦げている。それどころか、爆発の影響で大きくえぐれている。私とて結界が無ければ無事ではすまないだろう。
『そうですなぁ、六属性魔術の先の先、魔術の根源に辿り着きつつある、とでも言っておきましょうか?』
「まさか?本気でそれを言っているのか?」
『ふふふ…戯言と受け取って構いませんよ。
そんなことより、お互いの魔力はまだ尽きていません。私の方もそろそろ攻撃させていただこう』
私が使えない魔術…治療系魔術は相性が悪かったなぁ。あとエルフやドリアードが使う樹木の魔術、あれは無理だった。
ドラウグルのおかげで使える魔術の性質、種類、精密さは格段に上がっている。骨があるだけでも魔量の調整はここまでしやくすくなるのだから、肉体が取り戻せれば昔以上に私は強くなるだろう。
失って気が付くことがあるとは、私も相変わらず残念な男よな。
無詠唱で火と風の魔術を行使する。魔力を着火剤に付いた炎に風を吹き込む。勢いを増した炎は渦を巻き、火災旋風を巻き起こす。
室内であれば大層こっぴどく叱られるような組み合わせだ。ま、見栄え重視の魔力効率の悪い組み合わせなのだが。
「これは…貴様、何者だ?」
老人はそう言いながら、目を大きく見開く。
『一介の魔術師ですよ』
火災旋風は老人に向かって突き進む。周囲の空気を取り込んでいき、その炎は天を焦がす勢いだ。
逃げ場を封じるよに2本、3本と数を増やしていく。もう既に幾人かの見物人は危険だと避難しているようだった。
「くぅ!!!」
老人は防御障壁では防ぎきれないと判断し、土の魔法(おそらく土精霊を用いた精霊魔法だろう)で地中に避難を試みる。
それを確認すれば、今度は発動させていた魔法を全て消し、魔力を一部還元させて別の魔術を行使する。
地面にそっと手を置き、発動する。
ピシッという音と共に、地面の表面は細かく小さい氷の柱が立つ。霜柱だ。
それに伴い、慌てて自分の側から老人が飛び出す。
惜しい。あともう少し遅ければ地面の水分を凍らし尽くして、次は老人まで辿り着いたのだが…
老人は地面を出ると共に、肉体強化の魔術を自身に施して接近戦に移行する。
『ご老体に鞭を打つのは些か気が引けるのだがね?』
「たわけ!!!貴様程の実力を持つ者に、今更躊躇などできようもなかろう!」
老人の異様にキレの良い拳をギリギリ躱しながら魔術構築を始める。
『しかし、魔術師が近接戦闘を試みるのは愚策では?』
「相手が同じ魔術師ならば問題あるまい。この近さならば下手な魔術を放てばタダではすまんだろうしな」
老人はかなり格闘技の心得のあるのか、非常にキレのある拳を放ってくる。本当に魔術師か?と疑いたくなる。
しかし、老人の言い分は悪くない。近接戦闘に慣れていない魔術師が相手ならば自身に身体強化を施して殴った方が早い。特に冒険者になる魔術師は攻撃に適した魔法ばかり覚えがちだ。適正距離を守らなければ自分に被害が及ぶような魔法ばかりを。
「どうした!防戦一方では儂の魔力は枯渇せんぞ?」
『いやぁ、貴方はかなり戦いに慣れているな、と感心したまでです』
魔術構築は完了した。
『魔力強奪』
老人の拳を躱した直後にその腕をそっと撫でる。
次の瞬間、老人は膝からガクリと崩れ落ちた。
「まさか…無詠唱でその魔術を行使できるというのか…?」
『いや、私とて容易なことではないのですがね。しかし、これがある限り魔力枯渇は逃れられるものです』
「…これは完全に負けたな。合格じゃ」
魔力強奪:魔力を消費して行うのが魔術であるが、これは決して不可逆的なものではない。「魔力を消費して魔術を行使するのならばその逆も然り、魔術を行使して魔力を手に入れることも可能である」と唱えた魔術師がいた。これはそんな魔術師が生み出した術。
不可逆を可逆に変える分、非常に複雑な術式である。無詠唱でこの術を行使するのは、それこそ右手で手紙を書きながら左手で食事をし、足の指で4桁×4桁のかけ算を計算するくらいの器用さが必要である。
「私か?私ならば、右手で恋文を書いて左手で女性を楽しませ、口では美しい歌でも奏でながら足の指で5桁×2桁のかけ算ができるね」
投影魔術:錬金術と魔術の融合ともいえる魔術。大気と魔力を混合させ、別の物質へと変換、そして自身の望む形状のものを生み出す魔術。ただし生み出された物の質は術者に依存する。
「費用対効果は最悪だよ。まぁ、男の子なら誰だって憧れる魔術ではあるがね。無から剣を作り戦う剣士なんてかっこいじゃないか」




