神の加護は有能であるのか
『はぁ…はぁ…なんとか…なったか…?』
月は大分傾いている。もう直ぐ朝日が昇ることだろう。
この場所は…わからないが…いつの間にか全然わからないところに飛ばされたものだ。
辺りを見渡すと、遠くに城壁が見える。となると、ここは城下街、城壁の内側に入れたことになる。転移の魔術か…?これが神の加護、冥王神の加護の力なのか?
安堵感からか、そのまま石畳の道に腰を下ろし、近くの建物を背もたれにする。
「ちょっと…貴方…」
声を聴いて顔を上げると、そこには見慣れた顔が立っていた。
「貴方、あの公爵よね?」
間違いなく、この女性はメイアだった。20年の月日が経っていてもまったく姿の変わらない女性が立っていた。その目は少し潤っているように見える。だが、この暗闇ではいまいち判別はできない。
『ふはは、メイアか。よくここがわかったな』
「ホン…ト、よくのうのうとこんな場所にいるわね!!!」
20年越しの再開にも関わらず、メイアは怒鳴った。
「言われた通りに街に来てみれば貴方の所には行けないし、外じゃ勇者がいるし、なんかピカって光るし…もう…もう、死んだかと思ったじゃない!!!!」
『いやぁ、もう既に一度死んだ身、あと何回死のうがそう関係ない気もするがね』
「関係あるわよ!もう…この…」
このまま喋らせても一向に前に進めない気がするので、言葉を遮る。
『それで、私は今どこにいるのだね』
「っ…」
私の態度が気に入らないのか、拳をぎゅっと握るメイア。だが直ぐにこう言った。
「ここは今夜私が泊まってる宿の裏通りよ。知ってて来たんじゃないの?」
『おや?私はてっきり君が町中を走り回って私を見つけてくれたものだと思っていたのだが。私は君の泊まる宿屋の裏に転移したのか』
「転移?」
『あぁ。勇者に殺されかけたのでね。不本意ではあるが、神の力を借りたのだよ。冥王神の加護を』
「なるほどね…合点がいったわ」
そう言ってメイアは一枚の紙切れを見せてきた。
紙には「宿屋の裏に行け。そこで会える」と書かれていた。随分綺麗な文字だ。人というよりは印刷された文字のような綺麗さだ。
「私はてっきり人目を避けるために貴方が伝言を残したものだと思っていたけど」
なるほど。神は気が利くようだな。勇者から逃れさせてくれるだけじゃなくて、頼れる仲間と合流させてくれるとは…次会ったら感謝してやろう。
「とりあえず中に入りなさい。外よりは安心だから」
中に入るとメイアはティーポッドを用意し始めた。
「何か飲む?まぁ、安いお茶くらいしかここには無いけど」
『すまない。今は何も喉を通らないんだ』
「あら?貴方でもそんなことあるの?優雅が売りの貴方にしては意外ね」
そういうメイアを見ながら私は仮面を外した。
「…なるほどね。だから念話なんか使うわけ」
メイアは私の姿を見るや否、ティーポッドを片付けた。
『そういうことだ。これじゃ声も出ない。お茶なんか飲んだ日にはこの部屋の床はシミができるわけさ』
「情けないわね。一国を落とした吸血鬼も、今じゃ愉快な骸骨だなんて」
『まったくだ。一番がっかりしているのは私だとも。こうやって再び君と再会できても、君を優しく抱くことができないだなんて』
メイアの部屋は2階で高い建物が周りにあまり無いからか、街全体がそこそこ拝める。ポツポツ灯る街の明かりを眺めながら軽口を叩くと、頭に衝撃が走った。
何かと思って振り返ると、右手にスリッパを持ったメイアが居た。
「ホン…ット、助けに来て損した!」
『避けられなかった…?何故だ…?防御結界すら起動していない…?』
「…もう私帰っていいかしら?」
呆れたような眼差しでこちらを見下ろすメイア。
『あぁ、悪かった。そうだ、約束通り、ロサンヌ産のワインだ。40年モノだがね。生憎時間が無くて決して枯れぬ純血の花は用意できなかったが受け取りたまえ』
一旦カーテンを閉め、麻袋からワインを取り出し恭しく渡す。
『それでだ。これからなんだが…』
近くにあった椅子に座り、足を組んで続ける。
『私は冒険者になろうと思うのだが、手伝ってくれないかね?』
それを聞いてメイアは怪訝な顔をして首を傾げた。
「冒険者?貴方が?蘇って脳味噌をあの世に置いてきたのかしら?」
『ははは、残念ながらこの頭に脳味噌は入っていない。自分でもどこで考えているのかわかりやしないよ』
頭蓋骨を指でコツコツと叩き、カラカラと笑う。
「本当にどうかしてるわ。冒険者…いや冒険者に限らないけど、今の貴方の見た目、どう足掻いても討伐対象よ」
『それは知っている。いや、だから君にお願いしているのだよ』
私は仮面を被りなおして続けた。
『私は廃れた貴族の長男。死霊魔術の実験で肉体を失い、今や骨だけで動いている。なんて設定でこれから街に繰り出そうと思うんだけど…どうかね?』
メイアは眉をひそめながら言う。
「あくまで貴族なのね。でも死霊魔術は辞めた方が良いわよ。どう考えても良い印象は受けないでしょうね」
『えぇ…』
「それで?私は何?その貴族の召使いか何かかしら?」
少し拗ねたように言うメイア。
『まさか。そんな上下の関係ではなく、真っ当な仲間として来て欲しいのさ。もしもの時に、生身の身体を持つ仲間がいれば心強いじゃないか』
「それはそうだけど。…冒険者組合所に行くまでくらいなら付いて行ってあげるわ。どこの冒険者組合所で登録するの?まさかココ、オルテマの冒険者組合所に登録するわけじゃないでしょうね?」
メイアの言うように、冒険者組合所は国の至るところにある。かなり小さい村でもあるくらいだ。ただし、冒険者として組合に登録するには大きな街の組合所でなければならない。
我々がいる王都「オルテマ」なんかはここトルキョ王国の最大の冒険者組合所がある。一番情報収集がしやすいから登録すれば便利なんだが…些かそれは自殺行為と言えよう。
『流石にこの国で登録しようとは思わないね。隣の国の…確かトルキョと友好関係のあるサルティーマ共和国なら国境を超えるのも楽なはずだ。そこにしよう』
「嘘…そんな遠くまで行くわけ…?ここからだとかなり速い馬車で5日はかかるじゃない」
『明日の朝出発だ。なに、5日もかからず到着できるよう準備はするさ』
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翌日、早朝から我々は街を出た。太陽の光?確かに危険ではあるが、何のために大金を叩いてこのローブを買ったと思っているのだ。吸血鬼や死霊系魔物が太陽の光に弱いのは、太陽の光が清き正しいものであるからだ。
その清い部分さえ除去できれば、問題はないのだよ。…かなり痩せ我慢しているけどね!
私は隠密の魔術と探査不可、それに加えて今回は認識誤認の魔術まで上乗せしておいた。過剰過ぎる防衛だが、これくらいやれば門番だろうが国の結界だろうが逃れられるはずだ。勇者を視界に入れてしまえば無駄になるがな!
結界の仕様に関しては昨日のうちにじっくり確かめさせてもらった。やはり屋根があるところだと集中しやすい。それに内側からしか解読できないくらい高度な術式が組まれている。この国の魔物に対する対策の本気度が見て取れた。
結果から言えば、門にだけ張られていない。まぁ、城下町だからな。物の出入りは激しいし、他国の要人を招いた時に結界を潜らせるのは無礼に当たるからだろう。そんな要人が来るたびに設定を変えられるほど甘い術式でもないし。
という訳で、今日は堂々と(メイアの隣で)門を出た。門番も特に気に留める様子もなかった。吸血公爵なんて勇者が昨日倒したことになっているのだろう。
『ふふ…昨日殺したと思った敵が翌日堂々と正門を潜って出ていくのだからおかしなものよ』
スキップでもしたい気分だったが、自重して歩いているとメイアからの視線を感じた。
『どうした?』
「昨日言った移動手段ってのは?」
『もうしばらく街から離れればお見せしよう』
メイアはあまり歩いて移動というのが好きではない。そもそも外自体があまり好きではない。朝よりも夜、外よりも室内、室内よりも布団の中、そういう類の女性だ。
そんなメイアの為に寝ずに考えた(この身体は寝ようと思えば寝れるが睡眠が必要無いようだった)のが…
『転移魔法でも使えれば良いのだがね。いまいち座標計算が上手くいかなかったんだ。なので、少しばかり空の旅をお楽しみいただこうかと』
「は?」
街から少し離れたところの林の中でメイアに隠密と探査不可の魔術を掛ける。それから腰に手をまわしてキュッとこちらに抱き寄せる。
「待って、貴方…何して…え、嘘、馬鹿、馬鹿じゃないの?」
慌てるメイアをよそに術式を構築する。
『お見せしよう。私の108の術式の1つ。第36術式「天高く舞う姿は流星のように」!』
メイアと私は急激に上昇し、天高く舞う。そして、流星が如く目的の方角へ真っ直ぐと飛んで行った。
解説するならば、空中浮遊、姿勢制御、速度上昇、座標固定、と言った工業魔術の類を同時に行い、更に自分の周りに防御結界やらを張って身の安全を確保した魔術だ。私はこんな具合で複数の魔術の同時発動を組み合わせ保存として記憶して気軽に使えるようにしている。これが108術式。
メイアの聞いたこともない絶叫を背景音楽に使いながら少しばかりの空の旅を楽しむのだった。
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「よくぞ再びこの国に来てくれた。亡き父もきっと喜んでいることだろう」
「前国王の葬儀に出れなく、申し訳ない」
「気になさるな。勇者殿には世界を守る義務がある。何よりも優先すべきは、それだ」
ここは王城の一室。王と勇者は対等な高さの椅子に座っていた。勇者の後ろには仲間の3人が。王の後ろには王国騎士団1番隊隊長が立っている。
「それで、だ。勇者殿の腕を疑うわけではないが…本当に奴は死んだのかね?」
「それに関してだが。魔工具による残留魔素の測定、聖魔術協会屈指の魔術師の分析、この2つじゃそれらしき反応はなかった」
「ふむ、ではやはり…」
「あぁ。少なくともここら近辺で奴が出てくるようなことは無いだろう」
勇者の言葉に王は困惑の表情を浮かべる。
「ここら近辺では?では…奴は生きているのか?」
「さぁ…不安にさせたなら謝罪する。ただ、王よ。貴方が知っての通り、奴は恐ろしい。確証が持てないんだ。俺には」
皆が皆、口を閉ざした。部屋の時計が時間を刻む音だけが響く。
「ただ…」
その空気を破るように、もしくは破りたかったのか、勇者は続けた。
「もし、まだ生きているようならば、俺は奴を探したい。生きていないことが望ましいんだが…どうも、な」
勇者は考える。あの男は何故生きているのか?何か目的があるのか?もしあるのならば、聞きたい。それはあの日、勇者が男の心臓に杭を打った日、あの男が浮かべた笑みの正体なのかもしれないと。
術式:魔術を構成する要素。詠唱とはこの術式を構築することを手助けするもの。無詠唱であれば頭の中で術式を組む必要がある。ただ、慣れないうちは無詠唱はお勧めしない。
「寝ぼけて勝手に術式を構築してしまってね。寝室を大炎上させたことがあるんだ。器用すぎるのも問題だと思った瞬間だよ」




