吸血鬼は骨だけでも優雅であるのか
ドラウグルを担っていた全ての魔力をもってしても…骨までしか作れないのか。
久々に地に足をつける感覚があるのは素晴らしいが…
『悔しいな。見た目が悪いのは好きじゃないんだが』
私は空洞の腹部や、骨だけの腕を見ながら呟く。
「まさか…あれが吸血公爵…?」
「いや、やるしかない!隊長殿、俺たちが時間を稼ぐ!その間に最大限の魔術強化を!」
騎士隊の隊長が頷く。同時に冒険者のリーダーは素早い斬り込みで私をけん制しようとする。
『冒険者、のリーダー君かな?良い腕をしている』
「うるせぇ!!骸骨とお喋りなんかしてる暇は無いんだよ!!間接的ではあるが、お前は俺の仲間を殺した。その仇を取らせてもらう!!!!!!!」
傍から見ればフラフラとした足取り、しかし確実に剣戟を躱していく。些かこの身体にはまだ慣れない。まともに躱そうとすれば直ぐにあの身の丈ほどある剣が我が肉体を砕くだろう。空気の動きを感知し、自動で回避行動をするように仕組まれた魔術「傀儡人形の舞踏」が無ければ回避なんて到底無理だ。
「ケール!!やれ!!」
「その骨、砕かせていただく!!」
頭上を見上げれば、あの盾の男が迫って来ていた。あの大柄な体形で私の頭上を取るほどの跳躍か。鍛錬の賜物だな。
前は鋭い剣戟、頭上からは盾、そして…
「待たせたな。冒険者諸君…」
周囲には騎士達か…
魔術強化で限界まで肉体性能を限界まで底上げしている。恐らく対人戦闘に移行したのだろう。あの剣の戦い方というモノを熟知している。彼らで8番隊ならば1番隊の実力はどれほどなのか…
騎士達は足に仕込んだ肉体強化の術で一気に加速し、斬りかかってくる。もはや逃げ道はない。
確かにこれは最大火力だ。1匹の骸骨相手にやるのであればやり過ぎなくらいだ。
さらに剣に聖魔術を纏わせている。掠るだけでも肉体が滅びかねん。作り立ての骨を亡くしてたまるものか。
『悪霊共よ、出ろ』
私の声に順応して、今まで隠れていた悪戯好きの炎の霊が姿を見せる。同時に部屋全体がパッと明るくなる。部屋の明るさは影を濃く生む。
『生意気な影』
「な!!?身体が…動かない!?」
流石に呪術耐性までは持ち合わせていないようで助かった。
生意気な影、術名の通り影の主と異なる動きを影にさせる呪術の一種。影とは現身、本来同じ動きをする影が主と違う動きをすれば今度は主が影に従わなければならない。東の島国では「影縛り」なんて術で知られているそうだが…こちらの地域では使う者は少ないようで対策はされづらい呪術だ。
動きを封じられ、惨めに落下した盾の男に腰を下ろすと騎士隊の隊長が話しかけてくる。
「貴様は…吸血公爵なのか…?」
『ふははは、この普通の骸骨がそう見えるのかね?』
「念話を悠長にこなす骸骨が普通な訳があるか」
『それもそうか。いかにも、今はしがない骸骨だが…私が吸血公爵さ』
そう言って、出口に向かっていた騎士たちの動きを同じように封じる。む…冒険者を1人取り逃がしたか?
「まさかそんな話をするために俺たちを拘束してんじゃねぇだろうな!!!」
冒険者のリーダーが声を上げる。
『まさか。私はただ、無作法な君たちに作法を叩き込むべく拘束しているだけさ。言っただろう。死の果ての仕置きが必要だと』
拘束した騎士達を部屋の中央に移動させ、私は言った。
『さて諸君、君たちには2択の選択肢を与えよう。1つは死して我が部下となること。もう1つは生きたまま私に仕える事だ』
私は身動きが取れない冒険者のリーダーの首にかけている銀の札―冒険者を表す組合札を弄る。
『賢明な選択肢を選びたまえ。君たちは優秀だ。特に冒険者のリーダー君。君は実に優れているよ。私の下に仕えろ。人間としての限界を超えた世界を見せてあげよう』
私の知る限り、冒険者の多くは自分の力の限界を感じやすい。特に彼らのような銀級の冒険者は。
それならばいっそ人間であることを辞めれば良いのだ。こんな美味しい話受けないでどうする?
しかし、返答は私の期待にそぐわないものだった。
「断る。力は憧れるが…死霊系魔物に仕えるなんて死んでも御免だ」
冒険者のリーダーは確固たる意志を持って叫ぶ。その目に少しの迷いもない。仲間の盾の男を見ても、騎士隊も皆、同じような表情を浮かべている。
そうだ。この目、この力だ。勇者にもあるこの力、人間であることを辞めてしまった私のような者にはとうていてにいれることの出来ない力だ。
『…不思議なものよな。何が君たちの心をそこまで強く固めるのか』
「俺は、いや俺たちは人間だ。そこに誇りを持っている。ましてや、あの吸血公爵が相手なら俺たちは絶対にくじけるわけにはいかない」
『ははは、これは相手が悪かったか』
おそらく彼らは直接、昔の私と関りはない。それこそ私が支配していた時期は怯えるだけの無力な人間だったのだろう。
勇者の光とでも言うべきか、彼ら勇者の影響を受け強さを手にした。立ち向かう強さ、誰かを守る力、そんなところか。
『人間の強さとは底知れぬな』
私は麻袋から靴やローブ、手袋を取り出し身に着ける。
「おい待て!!どこに行く!!」
皆を呪術で縛ったまま、私は部屋を後にしようとした。それに対して騎士隊の隊長は叫んだ。
『気が変わった。君たちの魂はまだ冥界に運ぶには明るすぎた』
部屋を出て、ワインセラーのワインを1本1本丁寧に麻袋にしまっていく。
外を見ればすっかり暗くなっている。ただ、恐らく外にも誰かしらいるだろう。それこそさっきの冒険者が何か準備しててもおかしくない。
最後の1本を丁寧に麻袋に入れた時だった。
ゴゴゴ…と、地響きのような音が頭上から聞こえ始めたのだ。
『これは…まさか…?』
こっそりと外を見ると、1人抜け出せた軽装の冒険者が騎士たちに訴えていた。
「だから!!!まだ地下には仲間たちがいるんですよ!!!!」
「これは教会からの指令だ。すまない…こちらも8人の騎士を見捨てるんだ。許してくれ…」
「そんな…今からでも間に合います!!あいつらを助けに…」
「君の報告では…その骸骨は影を見るだけで動きを封じるそうじゃないか。しかも部屋には多数の光源が飛んでいるとか…意思疎通が取れる限りあの吸血公爵である可能性は高い」
見てみれば、騎士とは別に魔術師が4人、館の周りで呪文を唱えている。術式から読み取るに…土系列の魔術…となれば…
急いで階段を駆け下り、部屋に戻る。呪術を解こうと苦戦する男たちがいた。相変わらず炎の霊の光で生み出された影が彼らを縛っている。
「なんだ?外の警備の硬さに驚いて帰って来たのか?」
騎士隊の隊長がニヤリと笑う。
『君たちは…それで良いのかね?』
「何が?」
『ここはもう直ぐ瓦礫で埋まる。天井が砕け我々は押し潰れる。それで良いのかね?』
「何!!?」
『教会からの指示だそうだ。君たちの命というのも随分安く思われているようだな』
次の瞬間、天井が大きな音を立てて崩れ出す。瓦礫の山や土砂が勢いよく降ってくる。騎士隊も、冒険者も祈るように目を瞑る。
誰もが「死」を感じたことだろう。自分の身が瓦礫の山に潰されることを考えたことだろう。
しかし、しかしだ。私は彼らの光を見てしまった。柄では無いんだがね。
『ふふふふふふふふ…何に祈ったんだい?君たちは』
「馬鹿な…?」
「俺たちは…生きている?」
合計10人の男たちや炎の霊たちは皆無傷だった。瓦礫や土砂は落ちることなく宙に浮かんでいた。精度はかなり向上しているな。肉体が在ると無いではここまで魔術精度に違いが出るとは。何事も経験しないとわからんものだね。
「俺たちを…助けたのか?」
冒険者のリーダーは落ちることなく空中に浮遊した瓦礫や土砂を眺めながら呟く。
私はちょうど彼らの前に瓦礫や土砂を落とし山を築き上げる。
『然様。助けた。まぁ間接的ではあるが、助けたのはドラウグルだな』
お返しのように言ってやるとリーダーは憎たらしいような申し訳ないような、何とも言えない表情を浮かべた。
「何故…?」
『人助けには理由が必要かね?』
私は瓦礫の山の頂上に立ち空を仰ぐ。頭上には月が煌々と輝き、崩落した天井の穴から月明りが私を照らす。
10人の男たちはその姿を見て息を吞んだ。
彼らの目に映ったのは骸骨ではなく色白の男だった。赤いローブに身を包んだ男は月に向かって指を指す。その周りを緋色の炎の霊が舞い、月明りの青白い光は男をより一層白く見せる。
『さて、こうも派手なことをすれば色々寄ってくるものだ』
扉の方を見ると、先ほど会話をしていた冒険者と他の騎士たちが部屋に入って来ていた。
「隊長!!無事ですか!!!」
「リーダー!!!!」
私はその光景を眺めながら、宙へと浮かぶ。骨しかないだけあって身体は軽い。昔より楽に浮かせることができた。
地上に上がると、白いローブを着込んだ魔術師が4人杖を構えていた。
「吸血鬼は根絶やしにする。死ね」
魔術師は杖から聖なる光を放つ。これはドラウグルが食らった光線とは別で貫通性は無い。だが範囲が広いため今の私のような小型の死霊系魔物には効く。
それを四方向からの同時照射、魔術耐性の高いローブが無ければ即死だっただろう。ローブを翻し、身を隠す。
『金額に見合った性能で良かったよ』
傷一つないローブに感心しながら私は考える。
誰を殺し、誰を生かすか。これから先、私が必ず悩まなければならない事だろう。昔の私ならば人間1人の命などそこらの獣とそう変わらなかった。
しかしだ。今は違う。不必要に人間の命を奪うのは気が引ける。こんな考えが頭を過るのも冥王から押し付けられた加護のせいだろうか?だとすれば、少し恨むよ。
それでも、私は彼らを―今私に杖を向ける魔術師たちを始末する。
何故なら。
あろうことか、私が生かそうと決めた者を殺そうとしたのだから。
魔術師たちは再び魔術を行使しようと詠唱を始める。詠唱をするということはそれだけ強い攻撃を放とうとしているのだろう。
だが、それは些か愚策過ぎやしないか?
彼らの詠唱が終わるよりも先に、私はこう唱えた。
『我が肉体に宿りし7つの厄災。その1柱「腐敗」よ。今こそ顕現せよ。「死肉腐りて苗木は育つ」』
これこそが黒き腐敗する守護者に宿していた力の一部。ドラウグルの力は、「腐敗」「再生」の2つ。腐敗は生きるものを腐らせ、再生は言葉の通り。ドラウグルに備わっている肉体の再生機能だ。腐敗から生じる生命の循環、それこそが彼の力だ。
「死肉腐りて苗木は育つ」はドラウグルの呼吸のそれに近い。だが、あれは空気と混ざった腐敗の力が周囲を脅かすが、これは空気と混ざったりしない。
純度100%の腐敗の力、それは聖水すらも汚水に変える劣悪なものだ。
「吸血鬼ィぃぃぃぃぃ!!!!」
魔術師の1人が私に飛びかかる。顔の肉は腐り筋繊維はおろか骨すら見える。
『大した根性だ。どちらが死霊系魔物かわからんな』
飛びかかる魔術師に蹴りを入れ付き飛ばし、そのまま中級炎属性魔法でその身を焦がす。もちろん他の3人も同様に。
煌々と燃える屍を眺め、麻袋から仮面を1つ取り出す。流石に骸骨の顔をひけらかすわけにはいかない。
仮面をつけ、屍が動かないことを確認して私は館を後にした。自身の死に場所を後にした。
燃え尽きた魔術師はやがて地面に栄養を与える糧となる。そしていつかは、その糧を持って木々が育ち、恵が生き物を育たせ、そして死ぬ。死ねば腐る。腐ることは還ることだ。
「聖魔術協会?彼らとは恐らく生涯分かち合えないだろうね。今までも、これからも」




