我を通す者達は空を裂くのか
1人は剣に付いた血を拭き取り、もう1人はパッと手を振るって血を払う。
実に単純で面白みがない。強い奴が生き残る、ただそれだけだ。ここには、どこかの人間が見せた輝きは一切感じられない。
「なんだ?残りはお前たち2人か?」
ゼクスとやらが血を拭き取ったばかりの剣を構える。
「むむむ…汝らこそ我を滅ぼすに値するか否か…しかと見極めさせてもらう!!」
その男は羽織っていた獅子の毛皮を脱ぎ捨てる。鍛え抜かれた肉体が姿を見せる。
「やれやれ、見たところ…君たち2人は私よりも…肉体的には強そうだ。骨が折れるな?」
じりじりと距離が縮まっていく。今にも激しい戦闘が開始されそうな状況だ。そうなると…私も無事では済まなそうなので…
「ところでゼクス君といったかな。君はあの魔女とどんな関係なんだい?」
空気を和ませようと剣を構えるゼクスに質問を投げかける。ゼクスはピクリと反応を示す。
「…それ今聞くことか?」
その目には明らかな殺意があった。あぁ失敗してしまったか。私は逃げるようにもう1人の男に話を振る。
「ん?あぁ~君も気になるよね?えっと…」
「我か?我が名はウォーゼン・ヴァルトス・アデム・バーダム…」
「待て待て、名前長いな?まだ続く?」
「まだ4つではないか。我は9つの名を有する者也て…」
そんな会話をしていると、ゼクスが呆れたように剣を鞘に納める。
「興が醒めた…命拾いしたな吸血鬼」
「なんだ!?汝らは闘わないのか!?そうか…残念だ…」
素直に拳を下す名前の多い男。
2人が武器を下したならば、私もそうする他ないのでこっそり展開していた魔術を全て破棄する。
ゼクスはそれを見て欠伸を一つする。
「ったく…。今日はろくな目に遭わねぇな」
その様子を見兼ねたダールニスが声を上げる。
「待て、何故戦いをやめる。早く決着を付けろ!」
私も含めた3人は、一斉にダールニスの方を向く。
「…そういう気分じゃなくなった。他に理由が必要か?」
ゼクスが伸びをしながら答える。
「そもそも…魔王を決めるとかなんとか言っているが…そんな権利が君にあるのかね?」
「我は強者と戦えればなんだって構わんぞ!!」
ダールニスの眉間に皺が寄る。
「悪いね、ダールニス君。ここで生き残っている輩は皆、多分君の思想に感銘を受けたりなんかしちゃいない」
それから人差し指をスッとダールニスに指して尋ねる。
「そして、魔王の座なんてのも興味はない。私が欲しいのは…やけに凶暴な狼だけさ」
他の2人は「何を言っているんだ?」という目でこちらを見る。一方でダールニスは口角を少し上げて笑うのだった。
「…なるほど。飼い主がいたのか」
ダールニスは大広間の最奥の大きな扉に近づいて行く。
「確かに、私は凶暴な狼を従えている」
そう言ってダールニスは扉を開ける。すると置くには頑丈そうで大きい檻があり、中には漆黒の毛を身に纏う狼が眠っていた。
「あぁ~、間違いない。私の狼だ。しかし…君のような悪魔が従えているって言うのも正直信じられないんだがね」
ダールニスは方眉を上げて顔をしかめる。
「何が信じられないんだ?私は人間だって簡単に操れる。それと比べれば知能の低い獣など赤子の手をひねるようなものだ」
狼は今も尚、スヤスヤと眠っている。
確かにあの狼は人間と比べれば知能は低い。何せアレが持つのは純粋な暴力、他の要素は削りに削り切った存在だ。だが、だからといって悪魔に従う程気安い存在ではない。
考えられるとしたら…何か目的があって悪魔の傍にいる、ということか。
「…返して欲しいというのならば、交換条件だ。私に協力しろ。そうすれば返してやる」
「協力?さっきも言っただろう?君の考えに興味はない…ましてや、知りもしない「悪魔王」なんてのの部下になる気もないね!」
ダールニスの顔に困惑の色が浮かぶ。
「なんだ貴様。どこまで知っている」
せっかくなので知っていることを全部ダールニスに伝えてみる。悪魔を何体か始末していることや悪魔王とやらの命令で動いているということを。
そして、改めて答える。
「そういうわけで、いるかも知らん悪魔王や世界征服や魔王の座なんか、全部興味ないのさ」
「…何の因果か、とんでもない奴を呼んでしまったわけだな」
ダールニスは苛立ちを見せる。
するとずっと傍で聞いていたゼクスが口を開くのだった。その眉間にはどんどん深い皺が寄っている。私は何かまずいことでも言ってしまったのかな?
「おい…それは本当か?」
ゼクスはダールニスに尋ねる。
「…まぁ大まかには、な。確かに私は世界を収めたい。だがそれは悪魔王の命であって…更に言うならば…この世界を守る為に…そう、世界を収めるはは我々の様な魔を司る者たちにこそ相応しいと思わないか?だから協力を…」
「ならば、我が剣に裁かれるに値する!!!」
ゼクスはダールニスの言葉を最後まで聞かずに怒鳴る。そして背中に背負っている大剣、剣身の無い剣、ただ柄があるだけの剣を抜くのだった。
ゼクスはその柄だけの剣を天井に向けて掲げる。そして、声高々に叫んだ。
「神罰執行権限、解放!!!!!!!!」
その瞬間、轟音が鳴り響き天井が砕け散る。鬱蒼と茂る木々すらも焼き切り、一筋の雷が落ちたのだ。
雷はそのままゼクスの柄だけ剣に落ち、それは剣身へと姿を変える。
「雷…の剣?まさか…?」
まさか…まさかの、神、だというのか?
雷…それは天上に住むとされる神のみに許された力。大天使の位に就く者でも触れることのできぬ力…それをこの男は使った。偶然じゃない。意図して。
確かに冥王神の様に、神々しさの感じない神はいておかしくないが、そんな下界に居ていい存在ではない筈だ。
「その力、お前は神だというのか?」
ダールニスが訝しげに尋ねる。
「そんな質問前も受けた気がするな。まぁいい。答えてやるよ」
ゼクスは剣を天に掲げる。
「確かに俺は神…いや、神だった。天上に住まいし12の神…いや、大神ドゥームが生み出した12の分神の内1柱。正義を司る神だった…」
それを聞いたメイアがぼやく。
「神って色々複雑なのね…、神が神を生み出して…どゆこと?」
「今度冥王神にでも聞いてみようか」
「つまり貴様は…堕ちた神、というわけか。面白い」
ダールニスはそう言いながら、私の狼が眠る檻に触れる。
「俺の正義の前に沈め。お前の計画、悪魔王とやらも含めて纏めて斬る!!!」
「はっ!堕ちた神に私の計画を止めさせはしない!!さぁ起きろ、暴虐の狼よ!!!」
そう叫んだダールニスは、檻の扉を開け放つ。
狼は扉が開いた音を聞いてか、ゆっくりを目を開ける。そして優雅に檻の外に出て…それから、
ダールニスに喰らい付いた。




