生存競争はいつだって単純なのか
「まずは自己紹介から。私の名前はダールニス。悪魔だ。今日、皆様に集まっていただいたのは他でもない。この世界を手中に収めるにふさわしい「魔王」を決める為に集まってもらった」
悪魔、ダールニスは手を大きく広げた叫ぶ。
「今のこの世界は腐っている!!!!人間たちは醜く争い、亜人達はひっそりと生きる。荒廃していく大地、消える森林…生物の業が生む惨劇の数々…
誰かが!変えねばならない。世界は今、人間達が跋扈する。この状況を変えなければならない!!真なる姿を取り戻さなければならない…そうは思わないか?」
ダールニスはそう言って、1人の鬼を指さす。最初に私に近づいてきた鬼だ。
「君は北のアルキータに住む鬼の一族の長だったな?今の君の一族の現状は?」
「…決して良い状況とは言えねぇな。戦いの日々さ」
ダールニスはそれを聞いて、ひっそりと鼻で笑う。
「このように…たとえ屈強な鬼の一族であったとして…生きていくことは難しい。なぜか?それは人間に虐げられたからだ!!己にとって脅威であると判断されたが為に、罪なき鬼とて殺される。そんなことがあって良いのか!!!否、良くない!!!故に我々、魔を司る者達が…取り戻さなければならないのだ!!!」
…さっきからこの悪魔、それらしい事を言っているが無茶苦茶だ。具体的なことはぼやかして曖昧でそれらしい言葉を並べているに過ぎない。
しかし…来て良かったことが一つできたな。あの悪魔…ダールニスと自分で名乗った。悪魔王とやらに仕える最後の悪魔の名前と一緒じゃないか。
「奴が私の最後の分岐を抱えているって話だったな。これはなかなか行幸」
「その、最後の分岐の居場所はわかりそう?」
「まだわからない。私が近付いたならば何かしらの反応を示しても良さそうなんだがね。無いということは…何か問題が起きているのかもしれない」
そうこうしているうちに、集まっていた多くの者たちが熱狂的な歓声を上げているではないか。
「…メイアとフェンリスは大丈夫かい?」
「…何が?」
「如何なさいましたか?」
大丈夫そうだな。
少しだが、精神汚染の呪詛が声に混じっている。悪魔自身の特性だろう。人を惑わし、支配する…そういう悪魔もいると聞いたことがある。悪魔に唆される~なんて逸話、よくあるだろう?
「故に!!!真の魔王を決めようじゃないか!!!勝者には私が全面的に協力しよう!!!」
歓声が巻き起こる。
「では!!!戦え!!!生き残った者を迎え入れよう!!!!」
まさかまさかの乱闘である。しかも主催者は丸投げだ。困ったものだ…ここには別に魔王になりたくて来たわけではない者もいるんだがね。
さっそく飛び掛かってくる…えーっと、トロールかな?
「我が主よ!お下がりください!!ここは私が!!!」
颯爽と打点の高い蹴りをトロールの顎にぶち抜くフェンリス。トロールの下顎は宙を舞う。ありゃもう食事はできないな。
「ん?そうかい?ではゆっくり眺めさせてもらおう。君の力を」
「お任せください!!!」
フェンリスはそう言って、近づく敵を容赦なく肉弾戦で倒していく。人狼、とは狼の獣人の中でも人に近い見た目をしている。獣人と言えば獣の耳が生えていたり、顔が獣そのものだったりするが、人狼は一見すると普通の人間だ。
ただ唯一異なるのは、月が出る夜。月の光を浴びた人狼は野生を取り戻す。狼に近づくのだ。…見た目も身体能力も。ただし、長く浴び続けると意識までも獣に変わってしまうので注意が必要だ。
フェンリスは月の夜でもあまり変化しない方だった。理性は保てるが、身体能力の伸びも少ない。ただ、尻尾だけは月が出ようが出まいがいつも見えていた。人狼という種の中でもかなり変わった個体だった。…だから私が引き取ったのだがね。
そんな彼は今、明らかに常人離れした動きをいくつも見せている。アルフレッド式執事格闘術を土台に自分の身体能力を生かした良い戦い方だ。相手の急所を的確に見抜いて攻めている。たとえ月の光を浴びずとも、普通の獣人をも遥かに凌ぐ身体能力を見せている。これは…何か私がいない間に掴んだのだな。…面白い。
ついでに他の者たちがどう戦っているのか見てみると、結界の魔女は私たちと同様にくつろいでいるね。凶悪な結界を張っていやがる。怖い怖い。
一緒にいたゼクスとやらは…
「ここにいる奴らは全員悪だ。容赦はしない。かかってこい」
なかなか容赦がないようで。大広間に血の海を作っている。かなりの数の参加者が殺されてるぜ?
「ふははははははは!!!!何処だ強者よ!!!汝を滅ぼしてみせよ!!!!!」
次に気になったのは、最後に部屋に入ってきた男だ。大広間に響き渡るその声は誰の耳にでも入ることだろう。狂戦士か?自殺志願者か?己を滅ぼす相手を求めるなんて変わっている…
だが実力は底知れないな…。あらゆる攻撃を避けずに全て受け止め、その上で拳で肉塊を作っていく。なんだあれ。嵐の化身か?
フェンリスも善戦できてはいるが、あの2人と戦えば間違いなく殺されちまうだろう。生き残っている連中も手練れが多い。アルフレッド式執事格闘術はあくまで執事の範疇で戦う術だ。ここまで来ると執事が戦う相手ではない。
「フェンリス。メイアを守っておいてくれ。あとは私がやろう」
「いえ、まだ真の力は出しておりません!!もう少し…」
「あ~、私もちょっと闘いたくなってきたのさ。頼むよ」
それを聞いてフェンリスは背筋をピッと伸ばすのだった。
「か、かしこまりました!全力でメイア様を守らせていただきます!!」
私が前に出ると、身の丈2mはある牛の獣人がこちらに棍棒を振り下ろしてくる。
「死ねぇぇ!!!!!!!」
「死を願う時はいつだって相手に殺される覚悟がなくちゃぁいけないぜ?」
振り下ろされた棍棒を左手の人差し指と親指で受け止める。偶に指1本で受け取める人もいるが…あれ、突き指しちゃわないか不安にならないかい?私は不安だから2本なんだ。
「なん…だと…?」
「メイア、先に言っておくと…今日の私は命を軽く扱う。なんだったらフェンリスと先に帰って構わないぞ?」
「お気遣いどうも。でも、気にしないわ」
おや?杞憂だったかな?
「なんなんだテメェ!!」
「ただの吸血鬼だとも」
そう言って、そのままドラウグルに与えていた力を用いて棍棒を腐らせていく。その様子を見て慌てて武器を捨てれば、心臓目掛けて手刀を突き刺し、そのまま抉り取る。
「といっても、吸血鬼らしい戦い方なんてのは知らないだけどね」
「魔術師だもんね」
フェンリスがいつの間にか淹れた紅茶を飲みながら答える。優雅なお茶の時間を過ごすには景色が最悪じゃないか?
「おい!あいつだ!!あいつを仕留めるぞ!!!」
見てみれば、共闘をする者も出てきたようだ。まぁあっちもこっちも化け物がいれば、生存率を上げたいと思う者も出て当然か。
どうやら私が注目した2人と戦うのを避け、まるで戦っていなかった私を倒すことを目的とした者が集まったようだ。いや、共闘せず戦えよ…と、思うが。
「共闘なんてやめた方がいいぜ?」
「うるせぇ!!!一人でも多く仕留めることが先決なんだよ!!」
相手は3人。もはや種族も知らん魔物や亜人だ。それぞれが近接戦闘に適した武器を持っている。
しかしね。蝙蝠たちを取り戻した私にはもはや近接戦闘は意味を成さないのさ。
1人が大剣を振り下ろす。しかし、それは空振りに終わる。慌てて別の者が短剣を振り回すが、それも空を切る。
「な、なんでだ…!?確かに当たっているはず…」
「どうした?もっと見せてくれ。その雑な連携攻撃を」
闇雲に武器を振り回す3人。だが攻撃は当たらない。…いや、正確には攻撃は当たっているが全て霧となった我が身を裂くだけで傷は一切与えられていない。…まぁもちろんこの力は万能ではない。魔法なんかは普通に効く。だから防御結界の会得が必要だったんだけど。
「くそ!ここは化け物だらけかよ!?来なければよかった!!」
1人が涙目で叫ぶ。恐怖、だろうか。少し悪魔の洗脳が解け始めている。それを見計らって蝙蝠を飛ばす。
蝙蝠は霧をまき散らしながら飛び回る。
「目くらましのつもりかぁ!!!…あ?」
3人の内の1人が後ろから刺される。
「お、お前を殺せば…終わるんだ!!終わるんだ!!!!」
別の1人は手を震わせながら持っていたナイフを更に奥へ奥へと突き刺していく。恐怖に落ちた者は扱いやすい。狂乱の宴はまだ始まったばかりだとも。
霧を吸った者が、先ほどまでの味方を刺し殺す。それを見た別の者が慌てて味方を攻撃する。死が死を呼ぶ連鎖、私はただ少し、きっかけを与えるだけでいい。
我が蝙蝠の放つ霧は狂気、下手な共闘などせず個々で生き抜く道を見出せれば死なずに済むかもしれないね。けれど、これは殺し合いだ。最後の一人になるまで続くのならば共闘などやめた方がいい。
襲い来る者は我が手で、共闘する者は仲間の手で。命は軽い。魔を統べる、などという妄言に惑わされた者に、輝きは見いだせない。ならば私はいつもの吸血鬼らしい働きをするだけだ。
ひとつ、誰かの頭がころころと転がってくる。概ね乱闘の最中に切り落とされたモノだろう。
「そこの悪魔!これは軽い挨拶だ。受け取ってくれたまえ!」
せっかくなので、転がってきた頭を掴んでダールニスの方へ放り投げる。ダールニスはそれをニヤリと笑みを浮かべたまま避けるのだった。ふぅむ…ちょっと癪に障るな。
そうこうしているうちに、大広間は静けさを取り戻す。
「まさに生存競争…とでもいうのかね?」
辺りに広がる死屍累々と、その中に立つ1人の魔女と2人の怪物。それと私とメイアとフェンリス。人数で言えば6人だ。
強いモノが生き残り、弱いモノは淘汰される。ただそれだけ。それだけだった。
生存競争:個体が次の世代を残すためによりよく環境に適応しようとし生物同士で競争すること。適応できない個体は自然淘汰されて子孫を残さずに滅びる。
「魔王などという存在になれば、周りを守れる…そう思って来た者がいたなら気の毒だね。しかし…世界とはそういうものさ」