その出会いと再会は危険が香るのか
フィルジ山。それは我々がいる大陸の中で最も「美しい」とされる山である。裾広がりの美しい形をしており、その形の良さから「神が設計した山」と信仰している者も多い。
しかし実際は神が設計したわけではなく、世界樹の根が作り出した自然の造形なのだが。
我々一行は馬車の旅をするわけでもなく、空を飛ぶわけでもなく、あっけなく目的地である藍樹の樹海に辿り着くことができた。
というのも…館の近所に転送魔法の陣が用意されていたからだ。転送魔法は名前の通り、物質を別の場所に移動させる魔法だ。迷宮なんかで見るように入口と出口を設置して利用されている。
「転送魔法…は慣れないですね…」
フェンリスが気持ち悪そうに呟く。無理もない。空間を超えるのは堪えるものがある。
「ほ~、良い雰囲気じゃないか。別荘でも建てるか?」
「かなり魔素が濃いわね。深呼吸するだけで魔力回復できそう」
対称的に、私とメイアは慣れている。メイアの夢の世界を利用した移動も似たようなものなのだろう。
藍樹の樹海は、名前の通り青い木が鬱蒼と生い茂り、空から見れば海の様に見える場所だ。故に、空からは木々の下がどうなっているかわからない。魔素も濃過ぎて普通の人間には歩くのも難しいだろう。魔物が集まるにはもってこいの場所さ。
道は、整備されていないがちゃんとある。そんな道を3人で進む。
しばらく進むと道のど真ん中に階段があり、更にその傍らには執事服に身を包んだ小鬼が立っているのだった。
「お待ちしておりました。どうぞ下にお降りください」
「おや?身分の確認なんかは必要無いのかい?」
招待状をプラプラと振りながら尋ねると、小鬼はニコリと笑う。
「ここに訪れた人は全て案内する、それが私に与えられた使命なので」
そう言って「どうぞ」と先に進むよう促すのだった。
地下に下る階段。そこを下っていくと、大広間の様な部屋に出る。中には…魔物に亜人、魔獣に…うーん、何とも多種多様な面々が集まっているではないか。
「女連れったぁ良いご身分だなぁ?」
1人の鬼が私に話しかけてきた…というよりかは挑発してきた、かな?
「あぁその通り。私は身分が君より…いや、ここにいる誰よりも上だからね。優雅たる私から言わせてみれば君はなんでひとりぼっちなんだい?」
「あぁ?殺されてぇのか?」
あぁやめてくれ、そんな顔を近づけないでくれ。あまりいい香りはしない。
そんな風に嫌そうな顔をした瞬間、私と鬼の間にフェンリスが割り込む。
「おい貴様。我が主は貴様から発せられる異臭に困っている。会話がしたければまずは風呂にでも入ってこい」
なかなか良い睨みを利かせるフェンリス。でも尻尾は振り過ぎなんだがね。
「てめぇはなんだ?獣人か?」
「人狼だ。そういう貴様は何者だ?ここは小鬼の遊び場じゃないぞ?」
「人狼?月の出る夜でもねぇのによくそんな強気でいられるな?それと俺は小鬼じゃねぇ。見ればわかるだろうが。その目玉は飾りか?」
と、互いに睨み合う2人。一触即発、既に周りは避難する者もいれば楽しそうに観戦する者、賭け事を始めるものなど盛り上がってきている。
そんな空気をぶち壊すように、後ろから声が響く。
「どけ。邪魔だ」
振り返ると、黒髪短髪の男が突っ立っているじゃないか。剣を腰と背中で3本も携えている。見た目は人間に近いが…中身はまるで違う…なんだコイツ?
更に魔術的分析を企てようとしていると、後ろからひょこりと1人の女性が姿を見せる。淡い水色のふわふわとした髪を揺らして辺りを見渡しつつ、男の肩を指で突くのだった。
「あぁ~、ゼクスったらまた威圧的な言い方を~…ちょっと通るから道を開けてね~?くらい言えないのかしら?」
その顔を見た瞬間、私は顔を背けた。あぁ…いや、女性に縁があることは良いことなんだがね。なにぶん、あの女は駄目だ。私が受け付けられない数少ない女だよ。
その様子が如何にも怪しく見えたのか、メイアが近付いてくる。
「…貴方の知り合い?」
「いや、知らないとも。ただほら、今は女性とは、ね?メイア、君が居るんだから他の女性に感ける余裕などないとも…?」
「へぇ~、メイアちゃんって言うのね~、この子が今のお気に入りなのかしらぁ~?吸血鬼君?」
ぞわっ、と鳥肌が身体全身に走る。あぁ、嘘だろ?とゆっくりと振り返ると、30年…いやもっと前と変わらぬ顔がそこにある。
「あ、あぁ~、バレてしまったか。いや残念」
「残念も何もありますか~?まさか生きていたなんて信じられないわね~?勇者に殺されたんじゃなかったのかしら?」
メイアが怪訝な顔をしてこちらを見る。
「あぁ、紹介しよう。この女は…失礼、この若い女性は名をアルテマ、「魔女」と認定されし偉大なる魔術師…いや、そうだね。「結界の魔女」と呼ぶのが相応しいかね。ちなみにだがこんな顔だが実年齢は87…?89歳だったかな?」
「85歳よ。喧嘩売っているのかしら?」
「おいおい、間延びした喋り方が設定だってバレるぞ?」
「あら~?私としたことが~…気持ちが昂ると、つい…ねぇ?」
最悪だ。よりによって結界の魔女とこんな所で再会とは…隣の男も異質だが、彼女も十分異質だ。10歳で先代結界の魔女の元で修業を始め、22歳で自分の周囲の時間の流れを操る結界「時守の結界」を生み出した大天才…いや、今はそんなことはどうでもいい。どう乗り切ろうかなぁ…
なんて思案をしていれば、一番聞かれたくないことを聞いてこられた。勘弁してくれよ。
「それよりも~、滞納している授業料…払ってくれませんか~?」
「授業料?」
メイアがこっちを見る。
「あぁ。私の結界魔法に関する技術は彼女から教わったものでね。ほら、防御結界とかよく張るだろう?あれも彼女のお陰なわけさ」
「なるほど~、で…授業料って?」
「…」
メイアは呆れたように溜息を吐く。
「…お金はあるんだから払えばいいじゃない」
「金なら払ったさ!!だがな…彼女が要求したのは…それだけじゃなかったんだよ!!」
「そう。私が欲しかったのは…お金もだけど~…あなたの身体、もね?」
「だーれがあげるか!絶対にダメなんだよ!それにその言い方はやめたまえ!!誤解を招く」
「誤解~?どこがかしら~?その再生能力をどれだけ使えばあなたが死ぬか、とか血液を媒体に何か面白いことができないか…とか、色々楽しみたいだけなのに!」
「だから最恐の魔女とか呼ばれるんだよ!私を実験動物にする権利など君には無いからな!!!」
罵詈雑言を浴びせ続けていると、呆れたようなメイアがこっそり尋ねてくる。
「あの人も…知ってるの?貴方の正体を」
「吸血鬼ってことは知ってる。真祖だとは知らない」
「言えばいいじゃない」
「言ったらもっと欲しがるに決まってる!!!」
そんな風に会話をしていると、傍にいた男…確かゼクスとか言ったか?が、じれったそうに呟く。
「なぁ?もう行っていいか?」
「あぁ構わないとも。そこの女も連れて行ってくれ。いや、すまなかったね。引き留めてしまって」
「お前は…悪だな」
「え?」
「後で殺す。待っていろ」
男はそう言って、結界の魔女を引っ張りながら奥へと進んで行くのだった。
「なんだアイツ。気に入らない奴ですね」
フェンリスが苛立ちを見せる。
「きっと嫉妬だろうさ。束縛が強い奴なんだろうね!」
しかしかなりの人数が集まっているな。特に何も考えずに来たけれども、主催者の選考基準が気になってきた。明らかに弱そうな奴もいるぞ?さっきの鬼とか。これは来て損したかもしれないなぁ。魔女と遭遇しちゃったし。
そんな風に思いながら呆けていると入り口前に立っていた執事と、恐らく最後の1人と思わしき男が階段を下りてくる。獅子の毛皮を身に纏う金髪の男だ。端正な顔立ちと鍛え抜かれた肉体から、まるで彫刻の様な美しさがある。
「お待たせいたしました!!!参加者が揃いましたので、そろそろ始めさせていただこうと思います…」
執事服の小鬼はそう言って、恭しく頭を下げて場を去る。同時に大広間の奥から1人の男が出てくる。…この魔力反応は、悪魔だ。魔界出身者特有の嫌な臭いがする。
「皆様、お待たせして申し訳ない」
男は見下す様に辺りを見渡す。
「まずは自己紹介から。私の名前はダールニス。悪魔だ。今日、皆様に集まっていただいたのは他でもない。この世界を手中に収めるにふさわしい「魔王」を決める為に集まってもらった」
ダールニス…?それって確か、悪魔王とやらに仕える最後の悪魔の名前だよな?
魔女:女性の魔術師の中でも特に大きな力を持つ存在を指す言葉。また、時に森の奥に住んでいるだけでも「魔女」と呼ばれしまうこともある。
「魔法使いと魔術師の違いは魔法と魔術ぐらい曖昧だけれども、魔女は明確だ。魔男はいないのか、だって?実の事をいうと、魔術は男性より女性の方が上手く扱えるのさ。」