その手紙は興味深い内容か
残念ながらアルフレッドとニーアに渡せそうなモノは見つからなかった。後でアルフレッドに聞いてみたら「…ご主人様が実験で燃やした気がしますね」と。
おかしいなぁ。そんなことしたっけ。した気もするからおかしいなぁ…。
「それよりも、ご主人様に来客が。アーヴァン公爵閣下がお越しです」
おや、陛下が声をかけておいてくれたのかな?
応接間に行くと、椅子に座りながら手鏡を見て、深紅の口紅を丁寧に塗っている男が待っていた。
「アーヴァン卿、久しいな?」
「お久しぶり!レガート卿!いや生きていてくれて良かった!君も死んでしまったら!!私は…また一人、愛しい者を失うところだった…!!!」
急いで立ち上がって手を大きく広げ、抱擁を求めるアーヴァン。とりあえず座るように促す。
「陛下から聞いたわ。私のドラドがまさか外でそんな事をしていたなんてね…」
「すまんね。君の配下なら、生かしてこっちに連れて帰るべきだったかもしれなかったが…」
アーヴァンは少し悲しそうな顔をして、目を瞑る。それからきっちり2秒経って目を開けた。
「まぁアレは顔だけだったから。いや君の手を煩わせてしまって…本当にごめんね?」
表情は明るい。彼は昔からそうだ。…というよりかは、長く生きた吸血鬼ほど気持ちの整理が早い。死に対する認識がどんどん鈍くなっているのだ。
「それで今日は?」
「あぁ、陛下に怒られちゃったの。数を増やすのは勝手だが、管理はしっかりしろって。私としては、ただ可愛い男の子と永久の時を過ごしたいだけなのに…」
「ははーん、それで私に謝ってこいと言われたわけか」
「その通り。だからちょっとした手土産を」
そう言って机の上に黒い箱を置く。
「開けてみても?」
「もちろん。気に入ると良いんだけど」
開けてみると、そこには小さな小瓶が1つ、綿に包まれて入ってた。瓶の中には赤黒い液体が入っている。
「邪龍の血。確か220年くらい前に君が探してるって言ってた気がして…違ったかしら?」
「…よく覚えていたな。いや、助かる」
そう言いながらアルフレッドに「くれぐれも慎重に」と箱ごと保管室に持って行くように命じる。
「それにしても…愛人を増やすのは難しいわね。ドラドにも言ったのよ?ここなら安全だ、って。でも外を知ってる者からすれば…この国は過ごしづらいみたい。君の方はどう?やっぱり昔と変わらず?」
アーヴァンは箱と入れ替わるように置かれたティーカップに口を付ける。
「そりゃねぇ。太陽の光を克服できれば吸血鬼も悪くないって血を分けても良いんだがね」
太陽の光。私とて克服できない問題だ。いくつかの魔法を展開すれば熱いだけで済むが、何もしなければ酷い火傷を負う。下級吸血鬼なんかなら浴びた瞬間灰になるくらいだ。
「久しく青空の下なんて歩いた記憶がないものね。こういう話をすると、青空の下…2人の美男子に両手を握られ歩いたあの日の事を思い出す…うーん、悲しくなってしまうわ。また葉っぱが欲しくなっちゃう」
「阿片かい?あんまり使い過ぎるなよ?」
「今は大麻ね。凄く気持ちが落ち着くわ」
それからしばらくは、アーヴァンの惚気話を聞かされた。彼の話す惚気話はいつも悲劇で終わるから、なんとも反応に困るのが難点だ。
2杯目の紅茶が飲み終わる頃に、メイア達が屋敷に戻ってくる音が聞こえてきた。何やら騒がしいが花畑には入らないことが大切だ。
「あら?少し話過ぎてしまったみたいね。私はそろそろ帰るとしましょうか。久々に君に会えてよかったわ」
「あぁ、私もだよ。良いモノも貰えたしね」
「頑張って探した甲斐があったというものね。それじゃ」
先に立ち上がってドアを開ける。アーヴァンは恭しく頭を軽く下げ、部屋を出ていくのだった。
「ここまでで大丈夫よ」
「そうか、まぁ次いつ会えるかはわからないが、お互い良い人生を」
「そうね。よい人生を」
アーヴァンはそう言って、まるで霧の様に透明になって姿を消すのだった。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽
こうして私の少しばかりの帰省は終わった。今の魔力量ならばいつでも帰れるけれど、そう頻繁に帰ると王の心が大変なのでね。やめておくとも。
メイアを始めとした女性たちはなんだか一段と仲が良くなったように見える。うーん、良いね。良い。
ただ時折、私を得物を狩る肉食動物のような目で見るようになったんだが…何かしてしまったかな…?
「ほほう。これがご主人様の新しい館ですか。ずいぶん小さいですな。拡張しますか?8階建てくらいまでなら私の腕でできますぞ?」
「久しぶりに呪いと離れた空間で過ごせますね。うーん最高!あ、ご主人様、ちょっと太陽を消滅させたりできませんかね?外歩きたいです。」
久方ぶりの外の空気を吸って新鮮な反応をする吸血鬼2人の相手をしていると、フェンリスが2通の封筒を持ってこちらに近づいてきた。
「ご主人様、先ほど郵便受けを見たらこんなものが」
さっそく執事らしい働きを見せるフェンリスに感謝しつつ、それを受け取る。
片方は黒一色、もう片方は金色の装飾が施された封筒だ。差出人はどちらも書かれていない。あきらかに怪しい封筒に少しワクワクする。
とりあえず黒い方から開ける。2枚の紙が入っており、1枚はサスティス嬢からだった。
「ほぅ、サスティス嬢からの手紙じゃないか!冥界から手紙が来るとは…どれどれ?『伝え忘れていたことがあるので手紙を送る。感謝しなさい?』ねぇ」
女性から手紙を貰ったと感づいたメイアが手紙の中身を見るように背後から近づく。
「何が書いてあるのかしら?」
「どうやら悪魔王って奴についてだな。恋文ではなさそうだ」
「えぇ、知っていたわ」
手紙の中身はこうだった。
まず、悪魔王という者についてだが「存在しない」と考えるのが妥当らしい。何故ならば、悪魔の種族間に「王」などという地位は存在できないからだ。悪魔の王とはつまり、全ての種族の悪魔を統べる存在であり、同時に全ての悪魔の反感を買うということである。そんな危険を覚悟してまで王を名乗るような輩は自殺志望者か、全ての悪魔を殺せるだけの力を持った存在だけだそうだ。サスティス嬢が魔界に居た頃は、そんな輩はいなかったらしい。
ただし、王より1つ下、つまりは悪魔公は幾つか存在するらしい。悪魔の種族の長なんかがそれに該当するとか。自慢気に「私も悪魔公の一人よ」と書かれている。
「じゃぁ貴方が戦った悪魔王に仕える悪魔ってのは…なんなのかしら?」
「サスティス嬢の言葉が正しいとするならば、存在しない王に仕えていたことになるが…」
しかしそうなると、どうやって現世に召喚され留まり続けていたのかが疑問になる。誰かしらに召喚されないと、悪魔は魔界からこちらには来れないのだから。
まだわからないことは多いが、悪魔王とやらが何をしようと私は分岐を回収する。目的は変わらない。その過程で対面することがあれば相手はしてやろうじゃないか。
もう一枚の方は冥界が欲する資源の追加の一覧表だった。日用品の他に魔工具が幾つか含まれている。面倒だなぁ。これを集める費用って私の自腹なんだよなぁ?
その一覧表を流し読みしていると、最後に興味深い文章が書かれていた。これはサスティス嬢の文字ではない。
『そろそろ吸血鬼が太陽光を克服する方法を模索していると思うから一応ね。冥王神の加護、忘れていないかい?君の事だから全然使ってないだろうけれど…僕の加護。使ってくれていいんだからね?』
冥王神からの伝言であった。
(…すっかり忘れていたなぁ)
と、心の中で呟く。
冥王神の加護。貰ったはいいが何ができるのかピンと来ないせいで勇者から逃れるのに使ったきりだったが…そんな使い方もあるのかね。
後で実験しよう、と思い一覧表と手紙は机の上に置き、もう1通の手紙を手に取る。金色を基本とした豪華な包装だ。
封を切ると、驚いた。こちらも興味深い内容が書かれているではないか。
「魔王への招待状ねぇ?」
魔王からの招待状ではなく、魔王への招待状ときたか。
吸血鬼が使う鏡:吸血鬼は鏡に映らないという話はよくあるが、これは特性の一つである。つまり、普段は映る。
「化粧する時、鏡に映らないなんて困るだろう?…私は化粧はしないとも。女装が似合いそうとか言うんじゃないよまったく!」
冥王神の加護:命の終わりを見守るその加護は、死から遠ざけてくれることがある。加護を受けし者が冥界に向かうべきかどうかは神の采配。