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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は実家に帰る
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人狼は再会に尻尾を振るうのか

「ご主人様は雇ったメイドには嫌われる特殊な力をお持ちなので」


待て待て、この執事は何を突然言い出すんだ。


帰って来て早々、恥ずかしいことを暴露される私だが…こんな時でも優雅である必要がある。


「アルフレッド、それはいけない。私は嫌われるんじゃなくて、恐れられてしまうのだよ」


「ははは、モノは言いようですな」


乾いた笑い声をあげるアルフレッド。

くそう!この爺さん言いやがるなぁ!!


アルフレッドはこんなお茶目な爺さんだが、腕は良い。先ほど歩いてきた庭が良い例だ。


そして何より周りへの配慮が凄い。気が付けば既にルシル嬢に冷たい水と椅子が用意されているし、メイアの荷物を預かって部屋まで運んでしまっている。



「そういえば、ご主人様に来客が来ておりますが…今からお会いしますか?」


「来客?」


「えぇ、国外時間で20年ほど前から」


「結構待たせてしまっているみたいだな。どこの誰だ?」


メイアとルシル嬢はお互い顔を合わせて困惑している。それも仕方ない。元々この国の時間は外と違う。国外で20年といえばこっちで言えば…5年くらいかな?うん。短命の種族ならどうかしてると思う時間だね。



「フェンリス・ロウマー、人狼族です」


「…嘘だろ?」


「ご自分の目でご確認を」



そう言われて案内された部屋のドアを開けると…執事服に身を包んだ灰色の髪の青年がテキパキと食事の準備をしていた。


「わぁ、驚いた。本当だった」



私がぼそりと呟くと、キッとこちらを見るフェンリス。同時に手に持っていた食器をポロリと落とす。


「その食器の値段は君の給料3か月分!!!!」

アルフレッドが叫ぶ。


即座に我に返ったフェンリスが食器を受け止め、丁寧にテーブルの上に戻してから…叫んだ。



「我が主!!!ご無事でしたか!!!!!」


ズボンからはみ出ている尻尾をブンブン振りながらこちらに駆けてくるフェンリス。


「いや本当に驚いたな。何故お前がここに居る?」


「それは…主が姿を消してから色々な吸血鬼に尋ねまわってなんとかこの国にまで来たのです。ここならば、必ずしや会えると思い!!!」


「彼はここ8年間よく働いてくれましたよ。一通りの執事に必要な能力は学ばせました」


アルフレッドは嬉しそうに言う。



「死んだという噂を聞いた時は寝込んでしまいましたが…やはり…やはりご無事だったのですね…!!!!」


涙ぐむフェンリスにアルフレッドがハンカチを素早く渡す。




フェンリス・ロウマーは私の部下の一人だった。勇者との戦闘で深い傷を負ったのだが…無事だったようで。


「もう随分時が経ってるんだぜ?私のことなど忘れて好きに生きても良かったものを」


「私にとって、主人は貴方だけです」


恭しく頭を下げるフェンリス。


「そうかぁ…じゃぁまた付いてきてもらおうかね~」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ。実は()に新しい屋敷を構えていてね。ちょうど使用人を2~3人欲しかったところなんだよ。アルフレッドとフェンリスで2人…あとはニーアはまだ居てくれてるよね…?」


「…ニーアでよろしいのですか?()ならば適任が他にいるかと」

「いや、ニーアで良いんだ。別に()()()()()()()()()()()()()()?」


「然様ですか」と頭を下げるアルフレッド。それから呼鈴を鳴らして1人のメイドを呼び寄せる。



「はい…ただいま到着しました何の御用でしょうか部屋の隅の埃は取りこぼしは無いはずですが…って…うわぁ、じゃなかった。ご主人様!ご無事だったのですね!」


そのメイドは心底嫌そうな顔をした後、直ぐに取って着けたような固い笑顔を私に向ける。


片目を髪で隠した銀髪のメイド、彼女こそ私が来て欲しいメイドだ。顔を見て早々「うわぁ」だぜ、「うわぁ」って。


「やぁニーア!ただいま帰ったよ!相変わらず素敵な反応だね!」


「ご主人様がいない間は館の呪物が平和なのでとても助かっていたので…」


「貴様ぁ!!!主に対して何たる不敬な!!」


「後輩君、そのご主人が招いた客人がお腹を空かせているのになんでまだテーブルの準備が終わっていないのかなぁ」



そう言われてチラッとメイアの方を見ると恥ずかしそうにお腹をさすった。フェンリスは慌てふためきながら準備を急いだのだった。


△▽△▽△▽△▽△▽△▽


今日の夕食は、薄切りの肉の盛り合わせから始まり、馬鈴薯の冷たいポタージュやらなんだかよくわからない白身魚やら夜鳴き鶏の焼き料理と盛沢山だった。久しぶりの故郷の味は、何とも懐かしさと味気無さを感じるのだった。


この国の料理は基本味気ない。素材の旨味はあっても味気ないのだ。何故って、塩が貴重品だから。


「あの魚…あの魚だけはわからなかった…」


食後の紅茶(ルシル嬢はコーヒーを希望した)を飲みながらメイアがぼやく。あれは私もわからなかったなぁ。



「あの白身魚は最近魔界から流れ着いてきた魚でございます。我々は歩く魚、と呼んでいるものでして」

アルフレッドが答える。


「魔界…?いつの間に繋がったんだ?」


確かに魔界もここも現世とは異なる領域に位置するが…そんな繋がるようなことがあるのか?


「といっても魚1匹通れる程度の穴が1か所空いただけですし、門を潜ることはありません。仮に悪魔がせめて来ようと、門が破られることはまずない、でしょう?」


試すように訊ねるアルフレッド。


というのも、この国に入る為に通る門は私の設計によるものだ。外から破って入るには私と同等の魔術的素養が無い限り不可能、と自負している。


「それよりも、私たちとしては仕える主人に何があって何をするのか…是非伺いたいところなのですが。それに合わせて用意するモノも変わってくるでしょう」


アルフレッドは白い口髭を弄りながら尋ねる。


「ふぅむ、仕事熱心なのはいいけど彼女たちが疲れてるだろうし明日でいいかな?」


「いや、私は大丈夫だ。眠気など微塵もないしな」

コーヒーをすするルシル嬢。

「貴方はそうやって何をするか何も語らないから、今回はしっかり喋ってもらうわよ」

お茶菓子に手を伸ばすメイア。



おや、これは予想外。「気遣い空回りしてますねぇ」とか言うなニーア。



「んん…わかったよ…」



そう言って、これまでの出来事、勇者に殺されて肉体を失ったこと、冥王との約束をして甦ったこと、冥王から頼まれた資源を用意しつつ、自分のことを進めるのが大変(面倒)になって来たから人手が欲しいことなんかを話していった。


泣いたり怒ったり泣いたりと忙しいフェンリスを眺めるのが何とも楽しかったよ。


もちろん、魂の解放の件は話さなかった。だってここでは私は真祖の吸血鬼を名乗ってないだもの。



「ほほう…その白髪はてっきり私に合わせてくれたのかと思っていたのですが違うのですなぁ」


「あぁ~、ここまで色々な人にあったけど髪色気にしてくれたの君だけだよアルフレッドぉ…」


「髪色はどうでもいいんですけど…えーっと、その力を分けた魔物…分岐?それを取り戻したらどうするんですか?」



ニーアは鋭い質問を投げかける。



「そしたらまぁ、またこっちに帰って来ようかな?呪物作りでも始めたいところだし」

「あぁ一生帰ってこなくて結構ですこれ以上この館に呪いの品を増やさないでください」



辛辣~!と辺りを見渡すと、何故か同情の目はニーアにばかり向けられていた。


「そ、それで…最後の分岐とはいったいどんな魔物なのですか?」


フェンリスが空気を変えようと私に話を振る。


「あれは魔物というよりも魔獣だ。破壊だけ追求した嵐の様な存在…魔狼ヴァイオスと私は呼んでいる」


「狼なのですか?それなら私で十分でしょう!」


フェンリスは尻尾を振るう。人狼と魔狼はだいぶ違うし。分岐じゃないし。


「そうも言ってられないんだ。アイツに渡した魔力量は総魔力量の3割、全体で見ればとんでもない量を渡してある。あれを回収しない限り私の本領は発揮されないくらいなんだ」


「なんでそんな量渡したのよ。自分で持っておけばよかったのに」

「渡しても直ぐ回収できると思っていたんだよ。それに元々容量が大きい。多くの魔力を渡しておくのに好都合だったの!」



「あのー、じゃぁ私とアルフレッド様と後輩の仕事って…」

「うん。少なくともアルフレッドとニーアはここと変わらない。いや、あっちには呪物がまだ無いし呪物の管理の仕事は無いぞ?」


ニーアは珍しくパァッと明るい表情を浮かべる。


「ふぅ…老骨には堪える仕事になりそうですなぁ」

「でも外って太陽の光があるんですよね。死ぬ…」


そう。それが問題なのだ。流石に彼らにも仮面やら高級ローブやらを着せるわけにもいかないわけで。




いくら考えても案が思いつかなかったので、メイアとルシル嬢は客室に案内してもらい、私は久方ぶりに自分の部屋に戻ったのだった。



寝間着に着替えベッドに横たわる。


夜が永遠と続くこの国では、寝たいときに寝るのが正解だ。

久方ぶりの寝室はキチンとベッドカバーも整えてあって何とも心地が良い。



「明日は忙しくなるなぁ…」



朝も昼も無いこの空間で「明日」というのも変な話ではあるが、ご愛敬だ。


目を瞑り、しばらくすれば自然と眠りにつけた。


・・・


その日、私は夢を見た。吸血鬼の国という環境が…私に懐かしいものを見せてくれたのだろうか?



「もぉー!!!!もうちょっと、その、早くなんとかならなかったの!?」


一面、向日葵の花が咲き乱れる花畑、そこに彼女はいた。



「悪かったよエリザ。かなり迷走してしまったんだ」


「そうね。迷走も迷走、迷い過ぎて帰ってこないんじゃないかと思ってた」


彼女は楽しそうにクルリと回る。白いスカートがふわりと揺れて向日葵の花びらが少しばかり空に舞う。


「でも、今の貴方は私の知ってるジャンね。喋り方がちょっと貴族っぽさを増しちゃったみたいだけど?」


「はははは、これでも多方面から「敬意が足りてない」って言われっぱなしだけどね」


それを聞いて彼女は笑う。


「知ってる。見てきたもの」

「見てきた?私の行いを?それは少し恥ずかしいな」


彼女は苦笑いを浮かべる。

「そうね。ちょっと…いや、かなり恥ずかしいことをしていたわ。女性の趣味とか!」

「うげぇ、そっちかよ」


「もちろん、命を軽視した行動も」

彼女は表情を曇らせながら言う。


風が私たちの間を吹き抜ける。向日葵の花びらはまた幾つか宙を舞い、そしてヒラヒラと地に落ちるのだった。


「ごめんなさいね。私は私でアイツを止めるので忙しくて…支えきれなかった。でも、今のジャンならもう大丈夫かな…?」


「私は…君が傍に居てくれればと幾度となく願ったとも」


「今のジャンには…支えてくれる人がいるわ。私がいなくてもやっていけるでしょ!」


「それでも…」


「それでも、じゃないわ。私は…私たちは。既に過去の存在なの。貴方だけが今も昔も生きているだけで、ね」


急に辺りが暗くなる。彼女の姿は朧げだ。



私は手を伸ばす。彼女は首を横に振る。



「どうやら時間ね。久々にお話ができてとっても楽しかったわ。次またいつ会えるかわからないけれど…どうか、もう縛られないで。貴方は十分頑張っているわ。だから…」


・・・


そこで言葉は途切れた。


目を覚ますと、自室の天井が目に飛び込んできた。そこは花畑でもなければ、彼女もいない。



ふと枕を見ると、少し水が滲んでいた。




それを見てようやく気が付くのだった。自分が涙を流していたことに。

人狼種:狼の獣人の一種だが、人間としての見た目が強い。獣人らしさはふさふさの尻尾くらいなもので、それ以外は人と変わらない見た目をしている。ただし、満月の夜や周囲の魔が強くなりすぎると獣らしさが増す。それは同時に身体能力の向上を意味する。

「魔に身を投じれば投じる程、獣に近くなる。だが、一線を越えてはいけないよ。戻ってこれない一線は越えちゃいけないよ、と私はフェンリスに言い聞かせているんだ」

呪物:呪いの品。呪いの染み込んだ品は人々に様々な呪いをばらまく。

「作るのも好きだが…やはり集める方が好きだね。何せ、呪物には人の熱意と人生が詰まっているのだから!素晴らしい!」

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