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その吸血鬼は優雅であるのか  作者: 珈琲豆
優雅な吸血鬼は実家に帰る
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吸血鬼の暮らしは何も変わらぬのか

「エルド…?ここが…?」


ルシル嬢はかなり困惑していた。対照的にメイアは「へ~」と言う程度であまり驚いていなかった。


「そうか…じゃぁやはり私の理論は間違っていなかったんだな…!ということは、あなたが嘆きの獣ということか!」


「嘆きの獣…?何それ?」

「あら?御伽噺(フェアリーテイル)は詳しくないのね?」


「育児の経験はなくてね!その手の話は知っておく理由がなかったんだ…」



メイアに聞くと、どうやら一種の教訓を含んだ御伽噺のようだった。


ワガママで欲しがりな1匹の獣が、他人の良い所や他人の持っている物を奪って身に着け、結果その重さに耐えきれずに動けなくなって殺されてしまう…もしくは死んでしまう、なんて話だそうだ。


そうかぁ。そんな話が。しかしその頃はかなり意識が混濁していたから…いまいちピンと来ない!



「ふぅむ…記憶にないが…多分そうなんだろうなぁ。いや?私は欲に溺れてそんな惨めなことはしないぞ?」


そうこうしているうちに王城に辿り着く。門番は既に把握しているのか、特に何も言われずに中に入る事ができた。



「今更なんだけど私たち入ってよかったのかな…」


「それは私も思ったよ…吸血鬼の王に会うのか…?」



「ははは、真祖と会った君たちが今更王ごときに怯える必要が何処にあるというのだね」


赤い絨毯を敷き詰められた廊下を進み、玉座の間に向かう。



すると、1匹の蝙蝠が私たちの周りを飛んできたかと思えば直ぐに大勢の蝙蝠が集まってきて、一か所に集まったかと思えば一人の少女が姿を見せた。



「レガート!!!えぇ!!!!いつ帰ってきたのぉ!!???」


少女はあまりにも突然の私の訪問に慌てふためいてた。



「王女様、これはお久しぶりです」


そう恭しく膝を付くと後ろにいた2人も慌てて頭を下げる。


「もー!!!そういうの私嫌いなのよ!!!」


「そうおっしゃらずに。貴女様はこの国の未来を担う存在、女王となる方がそのようなことを言ってしまっては…」


「じゃぁ王女の命令です!もっと楽にしなさい!」


少女、改め王女様は笑顔で命じる。それを聞いてやれやれと立ち上がる。



「これでよろしいかな?」


「よろしい!」


それから王女はメイアとルシル嬢の傍に駆け寄り何やら香りを嗅ぐように鼻を動かす。



「こっちは…人間の香り、こっちは不思議な…初めて嗅ぐ香りね。あなたたちは?」


「あぁ王女様、いけませんいけません。彼女らは私の大切な人なんだ。傷つけないでくれよ?」

「むぅー!!私だってそれくらいわかりますー!!子供じゃないんだからぁー!!」


ルシル嬢は安堵の息を漏らす。かなり冷や冷やしていたようだった。


「それで、突然帰ってきてどうしたの?えっと…50年ぶりくらい?」


「そうですねぇ、48年と8か月ぶりです」


「そういう細かいのはいい」


「失礼。ちょっと陛下に伺いたいことがあるのと…実家においてあるものを幾つか回収しに帰ってきた次第で」



そんな会話をしているうちに玉座の間に辿り着く。どうやら既に私が来ていることが知れているのか扉は開け放たれていた。


「よくぞ帰ってきたな」


玉座に座る無精髭を生やした男、彼こそが吸血鬼の国の長、ヴラディア・ヅェベル国王陛下だ。


「お久しぶりです陛下。陛下におかれましては…」


「構わん。社交辞令など聞き飽きたわ。…生きていてくれて良かった」


「陛下にそう言ってもらえること、至極光栄でございます」


「それで、今日は?」


「えぇ、少しお伺いしたいことがありまして」


すると、陛下は部下たちを出ていくよう促す。



「ライラ、お前も少し出ていてくれないか?」


ライラ…国王の一人娘である王女様は頬を膨らませる。



「王女様、私からもお願いしたい。あぁ~、ルシル君とメイアを連れて行っていいから」


「「え」」


2人は驚いたように声をあげる。


「…うーん、レガートがそう言うなら、わかった!じゃぁお姉さんたち!外のお話を聞かせてくださいな!」



王女は2人の手を引いて出て行った。


玉座の間の扉が閉まり、陛下と私、2人だけが残される。



陛下は更に防音やら盗聴防止やら色々な魔工具を起動して、部屋での会話が絶対に外に漏れないことを確かめた後、こう言った。



「真祖様…その…我らは何かしてしまったのでしょうか…?」


陛下の顔は青い。そう、彼だけが私が真祖の吸血鬼…すなわち吸血鬼という種全ての生殺与奪の権利を持った存在ということを知っているのだ。



「はははは、そうかしこまらないでくれ。君が王なんだ。私には到底できないことをよくやってくれている。私は感謝しているくらいだとも」


「しかし…真祖様が帰ってくるということはやはり…」


「なに、知りたいこと2つが聞ければ大きな荒事は起きないさ」


陛下は立ち上がり、それから跪く。


「何なりと」



正直な話、敬意と畏怖、この2つの入り混じった態度が私は好きではない。むしろ苦手だ。だからこそ皆には内緒にしているのだが…彼はいくら言っても2人きりになればこうなるのだ。


「あ、あぁ。1つはアーヴァンは今こっちに居るかい?あいつの作った吸血鬼が私の理想に反した…というか、外に居る奴は大概そうなんだけど」


「アーヴァンが作った吸血鬼…まさかドラドですか!?」

「そうそう、私が前に来たときは見たことが無かったが…」


「え、えぇ…実は外から連れてきた人間を気に入ってしまって…」



あの男色家、いつかやるとは思ってたがやっぱりやりやがったかぁ!


呆れてひとつ溜息を吐くと、陛下の顔色が悪くなる。



「あぁ大丈夫、大丈夫だからね?んじゃ次だ。多分…君の記憶がしっかりしているならわかると思うんだが…

 ウェステンラ家、という単語に聞き覚えは?」


陛下は少しばかり記憶を思い出すように髭を手で触る。それから目を見開き、こう言った。


「あります。あの日、偶然村に居なかった者の家名です」


「やはり、か」



あの日。それは…この国王が吸血鬼となった日の事。そして同時に、一つの村が滅びた日の事。


私の血が生物に何かしらの影響が出ることはわかっていた。あの日はやけに吸血衝動が強く、私は通りがかった村に立ち寄った。何かの祭りがやっていたみたいで、明るく楽しい村だった。他所から来た私も暖かく迎えられて、食事が振舞われた。



耐え切れなかった。祭りの熱気と人々の明るい笑い声が。気が付けば若い女の首筋を噛み千切っていた。





「結局、全部私のせいなのだな…」

「そ、それは…」


陛下は口ごもる。



私は欲に溺れてそんな惨めなことはしないぞ、だなんてよく言えたものだ。私こそ獣だ。嘆くことは許されない獣だが。



「今日連れてきた人間がいただろう。彼女は、ウェステンラ家の今の長女だ。彼女の家は代々吸血鬼を狩ることに一生を賭けているらしい」


「何故そのようなものを…!?」


陛下は慌てる。


「彼女は『人と吸血鬼の共存』なんてものを思い描いているんだ。長年続く一族の恨みを捨てて」


陛下は口を閉じる。



「安心しろ。仮に人間が何と言おうと、君たちの命を奪ったりはしない。彼女も…君たちも…どちらも私の被害者なのだからね」



「儂は…いや、私は!!!!!吸血鬼となったことに後悔はありませぬ!!断じて!!!!」



彼は病に侵されていた。寝たきりだった。寝室の窓から外を眺めるだけの日々を送っていた。


外がお祭り騒ぎでも、自分は暗い部屋の中で眺めるだけだった彼は、私の前に地べたを這いずりながら近づいてきた。



「私は…貴方の姿に魅入られてしまったのです。どうか私も連れて行って欲しい」



その言葉は「他の村人同様に殺してくれ」、とも「私に付いていきたい」とも聞こえる言葉だった。だから私は、たっぷりの悪意と少しばかりの興味で血を飲ませた。


後にも先にも私の血を原液のまま飲んだモノは彼だけだ。



「そうか。心の片隅にでも置いておくよ」


素っ気ない返事しか返せない自分が腹ただしい。もっと他にあるだろうと思う自分がいる。けれども、私が言える言葉はこれだけなのだ。



陛下もそれがわかったのか、ニコリと笑う。



「さて、そろそろ王女様の質問攻めに音を上げている頃だろうから…いつも通りに戻ろうか、じゃなかった。戻りましょうか、国王陛下」



それを聞いて陛下は魔工具の機能を止め、呼び鈴を鳴らす。すぐさま部屋の扉が開き王女とヘロヘロのメイアとルシル嬢が入ってきた。


「ずいぶん長いお話だったのね!」


「えぇ、久方ぶりだったので思い出話を少し」


「ズルいわ!私も聞きたかった!!!」



プンプンと可愛らしく怒る王女をなだめるように陛下は言った。


「心配するな。お前が立派な大人になれた頃には…たっぷり聞くことになる」


「本当!?それなら急いで大人にならなきゃ!」



陛下は笑い、そして王女の頭を優しく撫でながら囁く。

「急ぐ必要はない。それに、急いでどうこうなる問題ではないのだから」




▽△▽△▽△▽△


王城を出て私の屋敷に向かって歩く途中、ルシル嬢は呟いた。


「不思議な気持ちなんだ」


「ん?乙女の恋の相談ならいくらでも受けるが?」



メイアの肘が私の脇腹に刺さる。あ、凄く痛い!凄く痛いぞこれ!



「吸血鬼とは何なのか、そんな疑問を抱いてここまできたが…何も変わらないんだな。人の暮らしと」


「そうでもないさ。人間は吸血衝動の対処として家畜の血を水で薄めて飲んだりしないだろう?」

「な、なるほど!そうやって対処しているんだな。じゃなくて、他の事だ」


ルシル嬢は辺りを見渡す。


街は活気こそないが人が生活していることがわかる。商売をする者もいれば料理をする者もいる。無邪気に走る子供の声も響いてくる。



「私は「吸血鬼は悪」「全て滅ぼす」と両親に教わってきた。だが…彼らまでその対象に含むことは…それこそ私の一族が憎んだ吸血鬼の所業と同じなのではないか…て」


そして、私の方をじっと見ながら言った。


「だから、私は共存の道を探したい。その為にも…」

「吸血鬼にはしないぞ」


「え、あれ?そうなのか?やっぱりダメなのか!?」


「当たり前だろう。オススメできない」

「オススメしたこともないでしょ?」


すかさずメイアがツッコミを入れる。



そうこうしている内にやけに他の家と比べて敷地面積のおかしい館が見えてきた。


「…広いね」


「人口が少ないから許される敷地面積だね。これから先、もっと住む人が増えたら庭に家を建てることになりそうなのがちょっと心配なんだ」


「貴方の家なのかい!!!!」



王城にも負けない大きな門を開け、庭を歩く。ふぅむ…相変わらず手入れが行き届いている。



この庭、背丈ほどある生垣が道を成しており曲がりくねった道がどこまでも続いているように錯覚するよう出来ている。幾つもの分かれ道を間違えずに進んだ者だけが屋敷に辿り着けて、それ以外は永遠と草花を堪能できるという素晴らしい仕様になっているのだ。


何より素晴らしいのは、永遠と夜が続くこの空間で綺麗な花を咲かせていることだろう。これも全て一流の使用人が成せる技なのだ。



しばらく歩いてようやく館に辿り着く。メイアは平然としているが、ルシル嬢には少し長い道のりだったようだった。


「庭に…迷路を作らないでくれ…」


「迷路とは迷って初めて成立するのだよ。私と共に歩く限り、あそこはただの道だ。」



そう言いながら久方ぶりの自分の屋敷の扉の前に立つ。すると扉は手を触れる前に勝手に開き、執事服に身を包んだ老人が一人立っていた。



「お帰りなさいませ。ご主人様」


「ただいま戻った。庭の手入れご苦労だったねアルフレッド」



その姿を見て、メイアがぼそりと呟く。


「うそ…てっきり沢山メイドを侍らせてると思ったのに…」


「待って、メイア、君は私を何だと思っているんだ!?」



家畜の血:吸血鬼の国では主に、夜目の荒牛(ミッナイ・カウ)や夜鳴き鶏が飼育されている。魔物からの品種改良を施し家畜にしているため、その血の含む魔力量はかなり高い。

「まぁ代用品としては優秀だが、不味い。まろやかさ、コク、香り、全てにおいて不味い。間違いなく、一度人間の血の味を知ったものなら進んで飲もうとは思わないブツだよ」



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