黒き巨人は良き友であるのか
『ふぅむ…しかし。どうしたものか』
階段を降りてくるのは4人の男たち。明らかに馬鹿な観光客ではなさそうだ。冒険者か何かか?
男たちは慎重に私の素晴らしきワインセラーを見まわしていく。
「ワインだらけだな。一本開けてみるか?」
「よせ。これはあくまで調査だ。下手したら重要文化財だぞ。お前の3カ月の給料を使っても買えない品かもしれんぞ」
「そもそもワインかどうか怪しい。吸血鬼のことだ。ワインと見せかけて、人間の血だったりして…」
などと会話を交わす男たち。値段は、あながち間違っていない品は探せばあるかもしれない。
一方で中身はワインだ。そもそも人間の血液は保管するようなものではない。外に出せば鮮度が落ちる。そんなことをするのは下等な吸血鬼のみだ。血液の一番の保管場所は紛れもなく人間の中だというのに…
「扉がありますね。開けてみますか?」
1人があの扉を見つける。
「開ける他あるまい。内部の調査をして、報告に帰る。それが今回の依頼だからな」
リーダーらしい大剣を携えた男はそう言って、両開きの扉を大きく開け放つ。
よせばいいのに、と思うがここは面白そうなので見て見ぬふり。
扉の奥は真っ暗闇だった。恐らく、ドラウグルの指示で炎の霊たちは姿を潜めているのだろう。存在そのものが灯りの彼らには今は少し出てきてほしくない。
冒険者たちは魔工具の灯りを灯す。ポォッと、灯りが部屋に入り込む。慎重にに壁を伝いながら進む冒険者たち。
「円形の部屋みたいだな…ホールか何かか?」
「みたいだな。一度全貌が見たい。ルビン、部屋の中央に向かって光弾を」
「了解」
ローブを着た男が杖を構えて呪文を唱える。杖の先端に光の球が形成され、男は杖を振るうことで光の球を部屋の中央に向かって飛ばした。
光の球はある程度進むとパッと弾け、部屋全体を明るく照らした。
その光は、当然の如くあの巨体を照らす。
ぼんやりと照らされる顔は主人の命令を果たす時が来たと歪んだ笑みを浮かべる。
ドラウグルは呼吸をする。辺りが腐敗臭に満ちていく。
「まずい!!」
大剣の男が声を上げる。
「撤退だ!!あれは俺たちで相手ができるモノじゃない!!!」
「何言ってんだリーダー!俺に任せてくれ!!死霊系魔物は俺の餌だ!!!!」
そう言って先ほどの魔術師、ルビンは呪文を素早く唱え杖の先から光線を放つ。聖魔術の浄化の光の応用か。
光線は真っ直ぐドラウグルの額に向かって進む。巨体のドラウグルはそう素早い動きはできない。光線を避ける前に当たってしまった。
光線はドラウグルの額を貫き、天井すらも照らし出す。しかし…
「ルビン!退くぞ!!!」
大剣の男がルビンのローブを掴み、抱き抱えるようにして部屋の外に出る。
「え?何を言って…て…なんで…あそこに俺の脚が…?」
ルビンは気が付いていたなかった。自分の身体に起きている異変を。
彼の足は、無くなっていた。痛みもなく、足は崩れ落ち、辛くも上半身だけは大剣の男が抱えていた。
彼の脚は既に、腐敗したのだ。
ドラウグルの吐息は全てを腐らせる。腐ったものはやがて、朽ちる。
「おい、ルビン!しっかりしろ!」
一度腐り始めれば、腐った部分を切除しない限り腐敗は進む。
「た、助けて…たす…」
冒険者たちは聖水を用いた浄化や腐敗した部分の切除を試みる。
しかし、少し遅かった。
胴体が、腕が、そして顔が、黒く淀んだ色となり、そして崩れていく。
ルビンは、大剣の男に抱き抱えられながらその肉体を腐らせ、そして崩れた。
辺りには腐敗特有の嫌な臭いだけが漂っていた。
「ルビンが…死んだ…」
軽装の男が呟く。
「あれは黒き腐敗する守護者だ…宝を守る死霊系の最上位の魔物、恐らく吸血公爵の宝を守る役割を担っているのだろう…」
「だけど…ルビンの攻撃は当たっていた。額に当たれば流石の死霊系魔物でも…」
「嘆いても仕方ない。騎士隊に報告だ。幸い、あの魔物は部屋の中に入った敵しか攻撃できないのだろう」
「了解だ…報告には俺が行く。リーダーとケールは扉を見張っててくれ」
そう言って、軽装の男が一人階段を上がっていった。
ふぅむ…王国ってあの、私一人で手玉に取れたあそこだろう?あそこにそんな黒き腐敗する守護者と対峙できる実力の騎士がいるのか?
復興が早いのも素晴らしいが、人間の成長力とは凄まじいな。
そう干渉に浸っていると、軽装の男が噂の騎士隊と共に帰ってくる。
「ドラウグルの件、本当か?」
騎士隊の先頭に立つ良い鎧に良い髭の男が尋ねる。
「えぇ、既に仲間が1人やられた」
大剣の男改め、リーダーの男が悔しそうに言う。
「いや、すまない。騎士隊長として詫びよう。そなたの仲間の死に祈りを捧げさせてくれ」
「構いやしないさ。俺たち冒険者はそういう商売だ。ただ、あのバケモノの始末、仇討ちの協力を頼む」
「勿論。我々はその為に来た」
騎士隊は8人。皆が皆、良い鎧を着けている。腐蝕耐性に耐熱耐毒…王国の騎士ともなればあんな良い鎧も貰えるのか?それとも貸し物か?
騎士隊の隊長が扉を開ける。8人の騎士隊と冒険者3人は厳しい顔で中に入る。中にはドラウグルが胡坐をかいている。
その姿を見て「ルビンは無駄死にだってのか」と毒を吐く冒険者一行。残念ながらドラウグルは別格だ。頭を全て吹き飛ばしても彼なら再生するだろう。倒すにはそれこそ…身体の8割を同時に吹き飛ばすくらいしないと。
「行くぞ!!!!全体、浄化魔法の準備をしつつ前進!!冒険者諸君はくれぐれも無理せぬよう!」
「了解!ケールは魔法攻撃に専念した騎士の援護を!タイルンは魔工具で支援、俺は隊長殿と一緒に奴を叩く!!」
騎士隊は恐らく全員が魔法剣士といったところか。浄化魔法の準備はしつつも、足や腕には肉体強化の術式を刻んでいる。冒険者の方は…なるほど。聖水を被って無理やりドラウグルに近づいている。聖水ってそこそこの値段だと思うのだがね…
「聖魔術、放て!」
先頭に立つ隊長が声を上げる。後ろから3人の騎士が光の魔術の矢を放つ。
「愚かな」
ドラウグルは右手を大きく振り、その光の矢薙ぎ払う。その隙に別の騎士達が斬りかかってくる。
ドラウグルは大きく息を吸い込み、そして吐く。
周囲は腐敗臭で満たされていく。
「息を止めろ!肺に入れば内部から腐る!!全体一時退避、浄化の魔術で身を清めておけ!聖魔術が使える隊員は遠距離から攻撃を続けろ!!」
見てみれば、隊長が安全空間の結界まで用意している。王国の騎士隊、相当やれる輩のようだ。
「公爵殿。良い加減諦めたらどうだろうか?」
ドラウグルは騎士たちと攻防をしつつ私に念話で話しかけてくる。
『諦める…?服装の問題かね?』
「いえ、魔力の問題を」
『まさかとは思うが…君は自分の身を還元するべきとでも思っているのかね?』
確かに、我が友人「腐敗する黒き守護者」は私が召還したものではある。故に、彼を還元すれば莫大な魔力が私に返ってくる。
「左様。時間はありませんぞ」
『あまり気の進むものでは無いが…確かに君の言う通り時間は無い。この騎士達、予想以上に優れた連中だ』
「その通り。それに、我が魔力の還元があれば、残りの6柱の分岐達も回収できよう」
『ふぅむ…そこまで言うか。しかし…些か主人として不甲斐ないな。長年の警護の任に対する労いもできんのでは』
「いえ、その様なものは必要ありませんぞ。それより…」
冒険者のリーダーの大剣がドラウグルの腕を斬り飛ばす。黒い血が部屋全体に飛び散る。太い腕は鈍い音を立てて床に転がる。
「いけるぞ!!!」
「やりますな!騎士団に欲しいくらいですぞ!!」
「隊長殿、追撃を頼みます!」
「無論!所詮は死霊系魔物、我々王国騎士団第8番小隊の敵ではない!!!!」
これは些か、私も、傍観を決め込むわけにはいかなさそうだ。
『王国騎士団第8番小隊、か。覚えたぞ』
私は部屋にいる全ての者に聞こえる念話を送る。
突然の声にビクリと驚く騎士隊と冒険者。
『王国も随分賑わっているようだな。私が治めた時は君たちほどの実力者は、いなかった』
「この声は…まさか…?」
「幻術の一種か?20年越しで死者が蘇るなんてあってたまるか!!」
「隊長!どうします!」
「えぇい!今はドラウグルの始末が優先だ!一気に畳みかける!」
『ふぅむ…ノックもせずにドアを開ける様な輩であり、我が友人の腕を斬り落とし、挙句の果てには私の言葉も聞かぬというわけか。これは…死の果ての仕置きが必要だな』
「ならば我が魔力をここに貴方に返そう」
『全くもって、君は良い友人だよ。腕まで落とされたのに私に恨み節の一つくらい言っても良いんだぜ?』
「腕くらいは切ってもまた付けられよう。それでは…」
『また後で、だ。今度はもう少しマシな姿で召喚させよう』
「なるほど。それは楽しみだ。では、また後で」
本当に彼は良い友人だ。私の為にここまでしてくれる男は珍しい。
ドラウグルを還元させる。周囲の淀んだ空気と共に、地面に敷かれた巨大な魔法陣に飲み込まれていく。
それと共に、私自身に魔力が帰ってくる。
先程までドラウグルがいたところは、黒い霧が立ち込める。その中で私は肉体の生成を始める。今帰ってきた魔力でできるだけの肉体を。
そして…
「な、なんだ?ドラウグルが…人間サイズに収縮した!?」
「あれはなんだ…?骸骨なのか…?」
あぁ、そうか。今の見た目、そうなっているのか。
魔法剣士:魔術と剣術両方に長けた剣士。魔法による身体強化から繰り出される剣術は非常に強力だ。ただ、魔力切れしやすいのと複雑な魔法は使えない為決して最強ではない。
「魔法剣士…器用貧乏だろう。強いんだがね。やはり一流の剣士に魔術師が身体強化の魔法をかけたほうが強いよ」