実家に帰省は大騒動なのか
「というわけさ。私に頼み込めば…君の一族の悲願は果たされることがよくわかっただろう…?」
私はそう、青ざめたルシル嬢に囁くのだった。
ルシル嬢は恐怖と困惑、二つの表情を浮かべていた。
「さてと、掃除でも始めるか~」
なんて空気を和ませようと言っても変化はなかったしむしろ恐怖の色を濃くしてしまったようだった。
壁の血を清掃魔法(生活魔法の一種)で落としていると、彼女は呟いた。
「もし…もしだけれども…ここで私があなたにお願いしたならば…応えてくれるのかな?」
「もちろん応えないとも。彼の様な…死するべき吸血鬼はいるが、人に害を為さずひっそりと暮らす者の方が多い。彼らの命を無下にするということは…私はしたくないからねぇ…?」
「…」
ルシル嬢は考え込む。共存の道を本当に進むのか、ここで何とか根絶の道を突き進む算段を探しているのか、私にはわからない。けれども、その助け舟に成りうることは私にできる。
「もし、君が本気で共存ができないか考えるならば一度見てみると良い。吸血鬼がどんな生活をしているのかを」
「それは…つまり…?」
「吸血鬼の住まう国、話くらいには聞いているだろう?そこに行ってみようじゃないか」
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翌日、私たちは泊めてもらった村長夫婦にお礼を言って村を出た。村長夫婦は夜の事を気にかけていたが、私が無事討伐をしたと言えば信じてくれた。
帰りの馬車は無言だった。ルシル嬢はかなり悩んでいるのだろう。何せ、先祖が追い続けていた真祖が直ぐ傍にいるのだから。
ひとまず組合所に行き、報告を済ませることとした私たちを迎えてくれたのは…メイアだった。
「…」
ルシル嬢と二人並んで組合所のドアを開けると目の前に腕を組んで立っているメイア。
「やぁメイア!ただいま!!」
「なーんか楽しそうですねぇー」
「いやぁ~大変だったよ。何せ寝ようとしているところを襲われてしまって」
「夜襲われたぁ????」
「おっと、吸血鬼に、吸血鬼に襲われたんだよ??本当だよ?」
なんて会話をしていると受付カウンターでラーク君がニヤニヤしてながら「ざまぁみろ!」と小声で囁く。私の耳はそういう言葉は容赦なく拾うんだ。後で覚えておきたまえ!
なんとかメイアをなだめ、事の一部始終を話す。ついでに私の可愛いカラスを召喚してラーク君の方へ飛ばしておく。
「へぇ~…吸血鬼を狩る一族ね…」
怪訝な目でルシル嬢を睨むメイア。同時に、『ねぇ…大丈夫なの?』と念話を私に送ってくる。
『あぁ。問題ない。全て話しておいた』
するとメイアは口をあんぐり開けて、首が心配になるくらいの速さでこちらを振り向いた。
「ははは、どうしたんだ。淑女がそんな口を開けるもんじゃないよ」
指で口を閉じさせると、一瞬恥ずかしそうにするが直ぐに「違くてぇ!!!!!」と声をあげた。
「いや、貴方、その、ねぇ??馬鹿なの?やっぱり脳味噌どこかに置いてきたんじゃないの!!?」
「ちゃんと頭の中に入っているとも。解剖でもして確認してみるかい?」
「そういう趣味はないです!」
「私は少し気になるな…」
「学術的視点を向けるなぁ!!!!」
などという会話を済ませ、カラスに突かれているラーク君に依頼の報告をするのだった。
依頼の報告を終え、一旦家に戻る。馬車には二人の美女を乗せて御者をやると、さながら金持ち令嬢の使用人になった気分だった。
家に着くとルシル嬢は感嘆の声をあげる。
「大きいな…家、というか館だ。使用人なんかも吸血鬼なのかい?」
「あぁ~…本当に全部話しちゃったのね…」
「心配しないでくれ。別に誰かに話すつもりもない。もしなんだったら、制約でも交わそうか?」
メイアが私の方を見る。
「別にいいさ。私が吸血鬼と仮にみんなにバレても私に危害を加えられるような人間は…あ、勇者にバレるとまずいなぁ」
馬車をしまい、ひとまず応接間までルシル嬢を案内する。
「さっきの質問だがね。使用人はいないんだ。まぁ私のお茶を淹れる技術は完璧だからね。そこは気にならないだろうさ」
そう言いながら手早くお茶の準備をする。
「しかしそうは言っても…少し埃が溜まってくるのが問題なんだよね」
メイアにはミルクをたっぷり、私は何も入れず、ルシル嬢には角砂糖を2つ。それぞれのティーカップを机の上に音を立てずに置く。
「召喚魔法で何か召喚できないの?貴方なら持ってそうだけど…掃除の化身~みたいな」
「いないこともないが、掃除した量の2倍は汚すような輩ばかりだね」
そこで改めてメイアに訊ねる。
「メイア、今後の予定について聞いても?」
「え?今後って…?どういう…?」
「いや、何か受けてる依頼とかあるかなぁ、と。もし無いんだったらちょっと付いてきて欲しい所があってね」
「…美味しいモノが食べれるところなら」
「あぁ~、すごく厳しいなぁ…」
「じゃぁ…」
「いや残念、仕方ない。ルシル君、また2人旅になるが構わないかな?」
「あ、あぁ…私は一向に構わないが」
「行きます!どこ行くの!」
メイアは少し紅茶を零しながら声をあげる。
それから慌ててハンカチで零したお茶を拭くのだった。
「よし、決まりだな。では行こうか!吸血鬼の国へ!!」
パチンッと指を軽く鳴らす。すると、床は黒い渦を巻き座っているソファごと飲み込む。
「ちょ、待って!??」
「心の準備はさせてくれないのか!?」
「なに、心配はいらないさ。あ、でも目は瞑っておいた方がいいよ!」
目に入ると痛いからね。この闇は。
少しばかりの揺れを感じ目を開ける。すると辺りは一面開けた草原、空は真っ黒な闇に覆われた場所に変わっていた。
「もう目を開けて大丈夫。無事到着だ!」
2人は恐る恐る目を開ける。
「ここは…」
「草原ね…国なんて無いじゃない」
「ははは、警備が厳しくてね。さぁ、こっちだ」
ソファから立ち上がり、手招きをする。
「ソファは…?」
メイアが少し慌てて言う。
「おっと、忘れる前に戻しておかないと」
パチンと指を鳴らすとソファは消えた。それを見てルシル嬢が「いったいどんな魔法だ…?」と唸る。
魔法ではなく…私の持つ力なんだ、とは言わないでおいた。
しばらく草原を歩くと一か所、草1本生えていない場所に辿り着く。
「門番、出てこい。私だ。公爵が帰って来たぞー」
すると、何もなかったところに巨大な門がボォッと浮き出て2人の槍を持った門番がこちらに駆け寄って来る。
「こ、公爵様…?失礼ですが…レガート公爵様ですか!?」
「ははは、この国を出て行った公爵なんて私以外誰がいるというのかね?それとも私が留守の間に出て行った奴がいるかな?」
仮面を外しながら答える。
「いえ…そのような者は…失礼いたしました!!開門!!開門だ!!!!急げ!!!!レガート公爵様のご帰還だ!!!!!!!」
重い鐘がゴーンゴーンと鳴り響き、褐色の重たい扉が鈍い音と共に開きだす。
「さぁ、行こうか?」
そう言いながら振り返ると、ルシル嬢は神妙な顔で質問をしてきた。
「…少し聞いてもいいか?公爵というのは…」
「あぁ~、もしかして私が王か何かかと思っていたのかな?私にそんな度量は無いんだよ。王に仕える公爵家、それが私の在り方なのさ」
「あら?貴女聞いていなかったの?勇者に殺された吸血公爵、それこそここにいる珍妙仮面の魔術師よ」
「えぇ…まだ仮面が嫌いなのかいメイア…」
「え、え!!?勇者に殺された吸血公爵…!?え、それじゃ…」
「詳しい話は後だ。今は門をくぐってしまおう」
門をくぐると多くの人間…ではない。吸血鬼が私の姿を一目見ようと駆け付けていた。
「本当にレガート様だ!!!」
「勇者に殺されたというのは嘘だったか…」
「キャー!カッコイー!」
「あの後ろの2人は何者だ…?」
中々の歓迎である。それらの声援に手を振って答えながらひとまず王城へ向かう。
「凄い人気だな…?」
「そりゃぁ私は何でもできるから人気なのさ!」
「女性陣からの視線が刺さるんだけど…貴方何やったの…?」
王城も、そこまでの道のりも、今も昔も変わらないなと思いに耽る。
思い出すまでかなりの年月がかかってしまったからか…随分と懐かしく感じる。
「しかしこの国は…なんというかまるで時間旅行をしたような気分になるな。随分昔の建築様式で建てられているように見える…あ、いや古臭いとかそういう意味じゃなくて!」
何かマズイことを言ってしまったのでは?と慌てるルシル嬢。気にも留めず笑って流す。
「ははは、構わないとも。古臭くて当然だからね。何せこの街は1000年前から姿が変わっていないから…いや、中身は流石に変わってると思うけど」
メイアもルシル嬢も首をかしげる。イマイチ状況がわからないようだった。
「うーん、こういえばわかりやすいかな?1000年前、一つの王都が消え去った。名をエルド王国…、今私たちがいるのは、その消えた王国の王都そのものなんだ」
全てを包んで消えた街、エルドの王都。それは闇に取り込まれた後、私の精神世界と結合されていた。
吸血鬼の国とは、その結合されていた空間を切り離して利用した場所…つまり私の内包する影の国といったところなのさ。
影の国:この世の時空とは異なる時空に位置する一種の別世界。吸血公爵が取り込んだ国を何とか切り離し空間にピンで留めたところから成り立っている。
「心象風景とは別なんだ。あれは私の心を具現化した世界だが、これはエルドそのもの…あの日から変わらぬ街なのさ」