真祖の力は吸血鬼を震わせるのか
男は黒いマントを翻してこちらにづいてくる。
「まったく…日に何度も吸血鬼と闘いたくはないんだがね…」
「いつの間に…部屋の中に!?」
呆れている私と違って、ルシル嬢は突然の男の出現に驚いていた。
「あぁ~、君がベリス達を殺した奴かぁ…なるほど。確かに強そうだ」
吸血鬼はまるで舐めまわすように私を眺める。
「でも安心してくれ。別に戦うつもりはない。ただ、指輪を返して欲しいんだ」
指輪…、おそらく村を襲撃した吸血鬼が持っていた魔力を隠蔽する指輪のことだろう。
吸血鬼は手を伸ばす。表情は非常に穏やかだ。だが、その身が放つ殺意はとても大きい。既にルシル嬢は震えている。
「そんな大事なものを、あんな下級の吸血鬼に渡すのもどうかと思うぜ?」
すると、吸血鬼は顔を手で隠しながら笑う。
「あはははは、あんなモノは吸血鬼とも言えないさ!!吸血鬼とは、常に優雅で高貴で全てにおいて優れた存在…まさに僕のような存在の事を言うのさ!!!!!」
…いや恥ずかしい。私も同じようなことを言ったことがあるような気がするが、客観的に見るとなかなか来るものがあるなぁ!?
「だからね。僕は争う気はない。指輪さえ返してくれれば君たちの事を見逃してあげるさ」
「…信用ならないね。その溢れてる殺意を隠してから言ってほしいものだ」
「おっと、僕としたことが…」
相手が一瞬油断した隙を付き、目線をわざとドアの方向に向ける。その瞬間、吸血鬼はこちらに飛び掛かってくる。
「僕から逃げられると思ったかぁ!?」
馬鹿が。戦闘中に相手から目を背ける奴が何処にいるというのだ。
「どうやら戦闘に関しては未熟なようだなぁ…」
「ッ…」
魔術師は近接戦闘に弱い。だから近付けば楽に倒せる。それは誰しも知る事実。だからといって何も準備しない魔術師はいないぜ?
飛び掛かった吸血鬼は見事私の用意しておいた罠に引っ掛かり、その身体を真っ二つに切り離されてしまった。
「…こ、これは」
倒れこみ、離れた自分の下半身を見て焦る吸血鬼。
「わざわざ説明しないと駄目か?優雅な吸血鬼君。この部屋には既に私特製の魔術罠が仕込まれてあるんだ!…ルシル君は私の傍から離れなければ安全だからね?」
チラッと見るとコクコクと無言で頷くルシル嬢。
「ふ、ふふふふふふ…僕がこの程度で負けると思うか?」
吸血鬼はと言えば、その姿が次第におぼろげになっていき…そして消えた。
「ほーう、自分の力をもったいぶらずに使えるのは良いことだね」
透明化の力…か。自身の肉体の姿形を変えるのは吸血鬼の得意技の一つだ。光の屈折を弄って姿を見えなくさせるってところかね。…魔法でもできるぞぅ?
「僕の身体は今、あらゆる物体をも通り抜ける。例え罠がいくら張り巡らされていようと、当たることはない!!!!」
なるほど。それは魔法じゃ無理だ。しかしどうして言ってしまうかね…?
「さぁ!!怯えろ!今から君たちは僕がいつ襲ってくるかわからない恐怖に怯えるんだ!!!」
「ど、どうするんだ…?」
ルシル嬢が私にしがみつく。少しばかり目を潤わせていて、それがまたどうも綺麗なものだった…
なんて感想は後で伝えるとして、ここを乗り切って安心させないといけなさそうだな。
「あまりこういう魔法は使いたくないんだけどね…家の主人に怒られそうだし?」
発動するのは氷魔法。それを氷の棘の様にして、床一面を覆う。すると…?
「!!!!」
赤く滲んだ場所が一か所生じる。足に刺さったのだ。そこをすかさず結界魔法で覆い、拘束を試みる。
「これは一体…?」
「ほら、物体を通り抜けるなら立ってられないだろう?足の裏にはその効果が適応されていないかなぁ、と思って」
「く、くそぉ!!!舐めるなよ!!!結界魔法で僕を拘束はできない!僕は誰にも縛られないんだ!!!」
透明のまま吸血鬼が叫ぶ。
結界魔法は駄目か。では次の手を考えよう、とした時だった。吸血鬼の鋭い手刀が目の前まで迫ってきていた。
「相手が悪かったねぇ」
しかしだ。吸血鬼の動体視力と身体能力を持ってすれば、そんな攻撃は瞬時に対応できるんだ。
顔に刺さる寸前で手刀を左手で掴み、そのまま関節と別方向に折り曲げる。ゴキリ、という鈍い音が鳴り響き、吸血鬼の悲鳴が部屋にこだまする。
再び透明化される前に追い打ちの様に短刀で手首を切り落とし、その吸血鬼の手首に魔法を仕込んでおく。
「ほら、忘れ物だ」
手首を放り投げると、瞬時に透明になって消えた。
それを確認して魔法を起動させる。
その瞬間、ボムッという鈍い破裂音と共に部屋中に吸血鬼の血肉が飛び散る。やはり肉体を離れると実体化するようだった。
仕込んでおいたのは第15術式「熟した柘榴を飾りましょう」
魔力による空気の揺らぎを利用して起動し、爆発魔法を展開する術だ。離れた距離でも簡単に起動できるからかなりお気に入りの術式だとも!
「っく…が、はぁ…なんなんだ…なんなんだお前はぁぁぁ!!!」
かなりの魔力回路を損傷したのか、実体化する吸血鬼。右肩から腕にかけてはボロボロに千切れており、床板が血でどんどん色付いていく。
「ただの魔術師だとも!」
すると、ドタドタという足音と共に扉が開け放たれる。家の主人…村長とその奥さんが騒ぎを聞きつけ部屋を見に来たのだった。
「何事かね!!!…ひぃ!!????」
悲鳴、それに反応する吸血鬼、そして飛び掛かる。
肉体の回復のために、血を必要としたのだろう。村長とその妻をその標的と定めたのだ。
そして、ルシル嬢もそれに感づいたのか村長夫婦を庇うように前に立ち塞がる。だが吸血鬼は止まらない。むしろ好都合と言わんばかしにニタリと笑う。
時間とすれば一瞬の出来事だ。だが、私の目にはそれがやけにゆっくりと映った。
「その血を寄越せぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
吸血鬼が叫ぶ。
ルシル嬢はグッと目を瞑る。
「まったく…無茶しないでくれたまえよ…」
吸血鬼の首をガシリと掴む。指はもはや首に刺さり、血が結露のように首を伝って床に落ちる。
ミシミシと音を鳴らせながら村長夫婦に「ここは危険だから出て行ってくれ」と告げる。
「化け物め…」
吸血鬼は恨めしそうにこちらを見る。
「私はね。私が守ると決めたモノに害を成す輩には容赦しないことにしているんだ」
「…何が言いたい?」
「私は既に決めているのだよ。この村の住民は守る、とね。今君は、村長夫婦を襲おうとした。更に言えば前に出たルシル君も襲おうとした。優雅さも気品も何もない蛮行だ」
「仕方がないだろう!こんな傷を負えば回復には血が必要だ…!そもそもお前は何なんだ?会話を聞いた限り…お前も吸血鬼なんだろう!?」
「なんだ盗み聞きは良くないぞ?」
「だいたい!吸血鬼なら同胞の邪魔はしないでくれよ!私を誰だと思っている!吸血魔王ドラド・ブラッドデールだぞ!!かの吸血公爵とも引けは取らないと言われたアーヴァン卿から血を授かっているんだぞ!!!?」
…なるほど。アーヴァンの奴が作ってしまった吸血鬼か。良い情報が聞けた。
「お前は誰に吸血鬼にしてもらったんだ?言ってみろ!血の濃さで言えば私より下だろう?吸血鬼らしいことは何もしていないしなぁ!!!格下吸血鬼が私に逆らうとどうなるかわかっているのかぁ!?」
溜め息が出る。結局己の力を過信した馬鹿だったようだ…。最初は私の意志を継ぐものか?なんて期待したんだがねぇ?
「答えてみろよぉ!!!」
私の拘束から逃れようとジタバタする吸血鬼…自称吸血魔王。
「そうだね…ちょうどいい機会だ。ルシル君、よく見ておきたまえ」
彼が言うように、吸血鬼はその血の濃さ、真祖にどれだけ近いかで力が変わる。例え直接的な血のつながりが無くても、濃い血の者には抗うことが難しい時もある。
例えば、今のように。
「まずは、黙れ」
普段は抑えてある魔力を2割程解放し、自称吸血魔王に命じる。
「…へ…ひぃ!?」
たとえ2割であっても、その魔力の大きさは並みの魔物では太刀打ちできないものである。あんまり大きくすると色々な奴ら…勇者とか?に感知されてしまうから注意は必要なくらいだ。だから…本当に貴重な瞬間だとみんな思って欲しい。
しかし2割といえども、、吸血魔王はガタガタと震えてただでさえ白い顔が更に白く…いやもはや青いくらいに血の気が引いているようだった。ルシル嬢は…あぁ、人を見る目ではないね。
「質問に答えてあげるよ。誰に吸血鬼にしてもらったか…だけども…」
自称吸血魔王は聞きたくないと言わんばかしに首を横に振る。振り続ける。その表情は今にも泣きそうだった。
「私が真祖だから…答えられなかったんだよ」
「そんな…馬鹿な…?」
唖然とした表情でルシル嬢が呟く。それに笑顔で応じる。
「黙っていてすまなかったね。私が真祖の吸血鬼、全ての元凶なんだ」
そして、改めて自称吸血魔王の方を向く。おや、不老が自慢の吸血鬼が、恐怖で随分老けているじゃないか?
自称吸血魔王は、魚の様に口をパクパクとさせている。
「格下吸血鬼が私に逆らうと…どうなるか…教えて欲しいかな?」
首を横に振る吸血鬼。声は出せない。
「残念ながら、君は教えて欲しくなくとも彼女には教える必要があるんだ。すまないね」
そう言って、ルシル嬢の方を見る。
「よく見ておくといい。これが真祖の力さ」
そして
「自害しろ」
そう言い放つと、自称吸血魔王は震えながら、その表情は今にも泣き叫びそうになりながら自分の胸を貫き心臓をえぐり出す。痛みを必死に奥歯を噛みしめて我慢し、その心臓を己が手で握りつぶそうとする。
私が「黙れ」と言ったが故に、声が出せないのだ。出せば真祖の命令を背いたということで、身体中の血が暴れ出して血管を突き破って噴き出すのだから。
「…ふぅ…ふぅ…」
しかし…流石に自分の手で自分の心臓を握り潰す事には抵抗があるのか手足が震えて一向に進まない。ただその荒い呼吸だけが部屋に響くのだった。
「…ふぅむ。時間切れだな」
それが命令に反したと判断されたのか、吸血鬼は全身の血を噴き出した。壁は真っ赤に染まり、干からびた吸血鬼の死体が床に倒れこむ。
「というわけさ。私に頼み込めば…君の一族の悲願は果たされることがよくわかっただろう…?」
私はそう、青ざめたルシル嬢に囁くのだった。
吸血鬼における「死」:吸血鬼は再生しきれないほどの肉体の損傷が起こると死ぬ。一般的な心臓を杭で刺す、という殺し方は心臓に大きな損傷をさせ同時に杭を打ち込んだままにすることで再生の邪魔をすることができるからである。心臓が動かなくなると血液の流れが滞る為、魔力の流れも悪くなり他の部位の再生も遅くなるという利点もある。尚、切断等により切り離された肉体はくっつければ再生できるため吸血鬼を殺す際にはオススメはされない。
「でも首を斬り飛ばした後、あえて180度回転させてくっつけると面白いことになるぜ。おっと私で実験しようとするな?」